眼鏡娘が眼鏡を外した数日後、予想もしてないところからクレームが来た

黒味缶

予想外のクレーム


 目が覚めるとやたらと暗い見知らぬ場所にいた。松明を掲げた黒づくめの怪しい連中に囲まれてもいた。


「……なんだ夢か」

「夢ではない」

「夢じゃないのか……こんな夢でしかない状況を作り出しておいて」


 しぶしぶ目を擦って起き上がろうとする。左足首に重みを感じたのでよく見れば、漫画で見るような露骨な足枷と鉄球を鎖でつないだものがついていた。


「これはどういう状況なのか聞いてもいいっすか?」

「ククク……余裕だな。冥途の土産に教えてやろう」


 溜めを作っているつもりなのかすぐには教えてくれず、黒い連中はぱちぱちと火の音がする松明をただ掲げる。火の粉が袖とか裾に移ったら燃え広がりそうなので見ていてちょっと心配になる。


「――貴様は、禁忌を犯した。これから貴様はその命をもって、その罪を償うのだ」

「禁忌?」

「メガネキャラの眼鏡を、途中で外しやがっただろう!!」

「あー、安易なイメチェンやめろっていわれるやーつ」

「そう!!貴様は自分の影響力を考えもせず、自身の作品である少女から眼鏡を外させた!それは創作における禁忌だとお前自身わかっているだろうにだ!」


 そのように言われてもピンと来ない。


「話の流れとかが不自然じゃなかったら良くない?」

「そこは賛否ある。我々は今回のものは伏線もないただの突拍子もないものであると判断した故に罰しにきた」


 周囲が勝手に判断して私刑を行うのがダメだというのを身をもって感じる。

 というか、そもそも本当に素直に受けてやるわけにはいかない。


「俺は特に漫画とか小説とか作ってないから、多分人違いだよ。そんで人違いでも一度ちゃんと検討してあげて欲しい」

「貴様が創作活動をしているのは把握している。嘘を吐くな」

「マジ?逆に何のこと言ってるのそれ」

「これのことだ!」


 そうして、突き付けられる一枚の紙。

 それは写真であった。写っていたのは、目に入れたって痛くない俺の娘。

 最初はピンと来なかったが見せられたものが何なのか理解した時、俺は思わず「あ゛?」と低い声をあげていた。


「……おたくらは、俺の可愛い娘が創作物だと抜かす気なのか?」

「……うん?」

「俺の娘が架空の存在だって言いたいのか?実父を目の前にして??」


 俺の怒りように、思わず一歩引く連中。許してやる気はない。


「確かにうちの娘はかわいい。眼鏡をしていてもかわいいが、眼鏡を外しても美少女だ。だがかわいいからって実在しない扱いする上に、娘自身がしたがっていたイメチェンを否定するって??」

「ピェ だ、だってぇ……」

「だって?なんだ?」

「君らって次世代個体も漫画や小説やアニメも“つくる”っていうから同じでしょ……?全部同じ創作じゃ……」

「同じなわけあるか!!」


 普段出ないような力が沸き上がり、足につけられていた鉄球を掴んで手近な黒づくめにぶん投げた。

 おびえたようにバラバラに逃げ出した連中に、俺はデカい声で言ってやる。


「もっと文化と言い回しを学んで、フィクションと現実の区別をつけてから来い!!!あと私刑もせめてそこがちゃんとできてからにしとけ!!!てめーらがまず色眼鏡を、外せーーーっ!!!」


 俺の声に追い立てられるように、松明の光がスピードをあげて遠ざかっていく。すべてが闇に呑まれていく。

 苛立ちを腹の中に抱えたまま、俺は寝て起きたら現実に戻っていることを願って、起きた時と同様に寝転んで目を瞑った。



 目覚めると居間の天井が見えた。変な夢を見た。


「あら、起きたのね」

「おはよ、おとーさん。気分はどう?」


 そうだ、ソファで昼寝していたんだった。妻はテレビを見ているが、娘は顔を覗き込んでくる。


「変な夢見てそれで気分はちょっと悪い……けど、あれ?具合はなんかめっちゃいいな」

「悪い夢が吉兆になる事って夢占いとかだとよくあるらしいよ あっ」


 娘がそう言いながら、無い眼鏡を上げようとして「まだ慣れないなあ」とはにかむ。

 そんな姿を見ると、メガネをかけていた子が眼鏡を外すのにも案外需要がある気がした。

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眼鏡娘が眼鏡を外した数日後、予想もしてないところからクレームが来た 黒味缶 @kuroazikan

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