『創世記』よりⅡ

月這山中

 

 ノアには三分以内にやらなければならないことがあった。

 箱舟からすべての動物たちを下さなければならない。


 バッファローが、詰まっている。

 出入口に、バッファローの群れが、ギチギチに詰まっている。


 どうしてこうなったのか。動物たちは慎重に誘導したはずなのに、なぜか洪水を生き残ったバッファローの群れが全てを破壊しながら現れ、箱舟の出入口に突き刺さったのだ。箱舟を頑丈に作ったのが仇となった。

 ノアはバッファローの角を押してみた。びくともしない。

 隙間から出て尻を押してみた。どうにもならない。


 たとえば箱舟の内見があったなら、入り口はバッファローの群れ、横並びで出られますか?と聞いておけばこうはならなかった。ノアは自分が何を考えてるのかわからなくなった。建造したのは自分自身だ。


 ノアはくぎ抜きを手に取り箱舟を解体し始めた。箱舟が箱だからいけないのだ、解体してしまえば箱から出すという目的は達成されるのではないだろうか。かくして箱舟から人間と動物たちは解き放たれ、あとには枠にまとめられたバッファローの群れが残った。ノアは頭を抱えた。


 ノアは自分の指にささくれができていると気付いた。ノアはそれを引き千切った。血が噴き出した。バッファローが赤い色の血に興奮して色々に色めき立った。しかしこれが好機となる。噴き出したノアの血が潤滑剤となって二体のバッファローが少しだけ動いたのだ。しめた、とノアは思った。


 バッファローの群れが枠にはまったまま走り出した。箱舟の枠に取り付いたノアはけしてはなすな。はなさないでと自分の腕に願った。トリあえず手に持っていた釘ととんかちで自分の手のひらを枠に打ち付けた。何かの刑罰のようだがそんなことはどうでもいい。色々に色めき立ったバッファロー達はなおも走り続ける。


 その時、めがねが天より降って来た。見かねた神による助けだ。数多のめがねはバッファロー達にかかり知的なバッファローへと変貌させた。冷静沈着になったバッファロー達は己の状況を見極め枠から協力して抜け出ようと試みた。互いの身体をひしめき合わせ、擦り合わせ、バッファロー達は箱舟の枠から脱した。


 やれやれ、と枠を手に付けたノアは己の汗を拭った。

 全てを破壊しながら過ぎ去っていく知的なバッファローの群れを見送り、ノアは箱舟の任を完了した。

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『創世記』よりⅡ 月這山中 @mooncreeper

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