すべてが「めがね」になる

澤田慎梧

全てが「めがね」になる

「百万倍ね!」

「……? ああ、『メガ』ね」

「これ、めっちゃ好きやねん! 正気を失う程好きやねん!」

「……目がねぇ?」

「『目薬ばっかりさしてるけど、どうかした?』」

「……『目がね、しばしばするんだ』。これはちょっと苦しいな」

「『あいつには、絶対に勝てねぇ!』」

「もしかして、『勝ち目がねぇ』?」


 文芸部室に入ると、先輩達が謎の遊びをやっていた。中学生にもなって、何をやっているんだろう。

 思わず回れ右をしたくなったけど、そうもいかないので普通に挨拶する。


「こんにちは」

「お、マキちゃん。今日は遅かったね」

「マキちゃん、ちーっす!」


 正次先輩とトリちゃん先輩がそれぞれに挨拶を返してくれる。

 二人とも私の一つ上の二年生で、どちらも名字が「香取」という。けれども、別に親戚でもなんでもない。

 ついでに言うと顧問の先生の名前も「香取」だ。「なんなの、この部活」と入った当初は思ったけど、もう慣れた。


「二人して何をしてたんですか? 『めがね』がどうとか連呼してましたけど」

「ああ、今のかい? いつものトリちゃんの思い付きだよ」

「ああ……」


 正次先輩の答えに思わず納得する。

 この文芸部は基本、放課後に勝手に集まって思い思いの本を読んでは解散するという、緩い部活だ。年に一度出す文集への参加だけは義務付けられているけれども、それ以外はほぼ自由。

 殆どの部員は、他の部活や委員会と掛け持ちしていて、普段はそちらへ行っている始末だ。


 私のような本の虫には、放課後に邪魔されずに読書できる有難い部活だけど、トリちゃん先輩は元気に足が生えたような人なので、度々変なゲームを思い付いては、他の部員に強要しているのだ。

 正直、それが嫌で部室に顔を出さない部員もいると思う。


 だからなのか、正次先輩が率先して「人柱」になって、トリちゃん先輩の相手をしてくれていることが多かった。

 マジリスペクトっす、正次先輩。


「今日はどんなゲームだったんですか?」

「うん。『とんちクイズ』ってやつだね。トリちゃんが何か言って、僕がそれを言い換えたり答えたりした時に『めがね』って言葉が入るようにするんだ」

「ええ……?」


 またなんだかよく分からない遊びだった。

 いや、さっきの二人の会話を聞いていれば、ルール自体は理解できるけど。


「マキちゃんもやってみる?」

「いえ、結構です」


 私が無下に断ると、トリちゃん先輩はしゅんとなってしまった。

 私よりも小柄で可愛らしい先輩が凹んでいる姿は、なんというかこう、ちょっとゾクゾクする。


「わ~ん正次モン~! クールメガネ後輩がいじめるよ~」

「トリちゃん、もしかしてドラ●もんとかけたのかもしれないが、それだとどっちかというとポ●モンの仲間だぞ」

「誰がクールメガネ後輩ですか、誰が」


 正次先輩と二人してツッコむと、トリちゃん先輩はいよいよしおれてしまった。

 ますますかわいい。頭撫でたい。


「そもそも、なんで『めがね』なんですか? 他にもお題があったとか?」

「さあ? トリちゃんが突然言い出したから、僕にも分からん。そこんとこどうなんだ?」

「えっ!?」


 正次先輩の質問に、何故かトリちゃん先輩が固まる。気のせいか、顔が少し赤い。

 ――その時、私は気付いてしまった。トリちゃん先輩のカバンのポケットから覗く、メガネケースの存在に。


 この間のことだ。トリちゃん先輩が、「視力が落ちてきたからメガネかコンタクトレンズ、どちらかを始めたい」と私達に相談してきた。

 その時は、私も正次先輩も「メガネでいいんじゃないか」と答えたのだけれども、どうやら私達の勧め通りメガネを作ったらしい。

 でも、メガネデビューが気恥ずかしくて、何とかきっかけを作ろうとしてあんな変なゲームをやっていたのだろう。なんてかわいい人だろうか。


「……先輩、メガネ出来上がったんですね。見せてくださいよ」

「えっ!?」

「ああ、なるほど。メガネお披露目のきっかけを探してたのか」


  私の言葉に、正次先輩もようやくメガネの存在に気付いたようだ。この人、こういうところはとても鈍い。


「かけてみてよ」

「えっ……その……笑わない?」

「笑うもんか。なあ、マキちゃん」

「私なんか幼稚園の頃からメガネですよ。他人のメガネデビューを笑ったりしません」

「じゃ、じゃあ……」


 言いながら、おずおずとメガネを取り出すトリちゃん先輩。

 彼女のファーストメガネは、ややしゃれっ気の強い銀縁メタルフレームのものだった。フレームの形は丸い逆三角――俗に「ボストン」と呼ばれるタイプだ。


 スチャッと装着すると――むっちゃかわいい。なんだこの天使。

 思わず「先輩! むっちゃかわいいですよ! マジ天使! 結婚して!」などと荒ぶる内心が口からはみ出しそうになるが、私もクールメガネ後輩と呼ばれた女だ。空気を読んでお口にチャックした。


「ど、どうかな?」


 照れながら感想を求めてくるトリちゃん先輩。

 正次先輩を見やると、先輩はメガネっ子と化したトリちゃん先輩に見とれていた。「感想はよ」と急かすように私が咳払いすると、ようやく正気に戻り、口を開いた。


「い、いいんじゃないか?」

「ど、どの辺が?」

「え、ええと……。めがね、きれい?」

「褒めるとこメガネかよ! あたしを褒めろよ! 『似合ってるよ』とかあるだろぉ!」

「ちゃ、ちゃんと褒めただろ!?」


 ――等と、いつも通りに痴話喧嘩を始めてしまう両先輩。

 やれやれだ。


 ところでトリちゃん先輩。多分、正次先輩はさっきのゲームにかこつけて「目がね、綺麗」って言ったんだと思いますよ? なんでそこで照れてふざけるかな。

 なんかムカつくから、私からは教えてあげませんが。


 全く、この二人これで付き合ってないとか――。


(おしまい)



※KAC2024お疲れ様でした。

 面白いと思われたら☆で応援願います。

 つまらなかったら♡だけ残していってください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべてが「めがね」になる 澤田慎梧 @sumigoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ