黒いウエディングドレス【KAC20247】

めぐめぐ

黒いウエディングドレス

「白いウエディングドレスには、【あなたの色に染まります】という意味があるのですよね? なら黒いウエディングドレスにも意味があるのでしょうか?」


 午前の執務がひと段落し、妻リュミエールと休憩のためお茶の時間をとっている時、彼女がそんなことを尋ねてきた。


 今日は、いつも俺の補佐をしている執務官が体調不良で休みなので、リュミエールが手伝いを申し出てくれたのだ。


 愛する妻がさ……公私ともに世話を焼いてくれるとか、何のご褒美かな?

 執務官にはぜひ、ゆっくり、無理せず、ながーーーくお休みをとっていただきたい。


 さて。 


 幸せを噛み締めながら午前の公務を終え、軽くお茶をしている時にされたリュミエールの質問の答えを、前世の記憶から探る。


 確か、前世で死ぬ間際に見たネットニュースに、黒のウエディングドレスがじわじわ流行っていると読んだ記憶がある。 


 昔は黒のウエディングドレスもあったそうで、別にマナー違反ではないのだと。


 まあ確かに、黒色のウエディングドレスはシックで、好きな女性もいるだろうと思ったが、個人的に好みじゃない。


 お色直しならアリかなと思うが、ウエディングドレスはやっぱり白がいい。 


 個人的感想ですけど‼


 話が逸れたが、確か黒のウエディングドレスの意味は……


「確か、【あなた色以外には染まりません】という意味だったはずだ」


 【氷結の王妃】と呼ばれていた頃のリュミエールが、首までしっかり覆う服をきていて、絶対俺に肌を見せませんという強い意志を言葉なく見せていた時のような、強気な意味だったはず。


 それを聞きリュミエールは、ほぅっと息を吐いた。白い頬がほんのり赤みを帯び、俺を見つめる瞳からは敬意が伝わってきた。


「そのような意味が……博識なのですね。流石です、レオン」


 純粋に褒められたが、ほんとたまたま目についたネットニュースの受け売りだったので、俺は礼を言いつつも苦笑いするしかなかった。


 リュミエールは、カップに口をつけるとボソッと、


「【あなた色以外には染まりません】ですか……」


と、言葉の意味を噛み締めるように呟いていたのが印象に残った。


 *


 そんなやりとりをしたことすら忘れた、ある日の夜。


 いつものようにリュミエールの寝室に向かい、部屋に入ったのだが、今日の彼女は様子がおかしかった。


 いつもなら、ネグリジェ型の寝衣を身につけて迎えてくれるのだが、首元まで布で覆われたワンピースを着けている。寝衣というほどではないが、外に出るには簡素過ぎる服なので、部屋着みたいなものだろう。


 でも何故今日に限って、部屋着?

 彼女のネグリジェ姿を見るために、過酷とも言える公務を頑張っているといっても過言ではないんだが。


 これはもしかして、今日は駄目だってことか?

 イエスノー枕の代わりか?


 いや今時、イエスノー枕を知ってるやつ、おるんか⁉


 枕はおいといて、ネグリジェ姿を奪われ、さらにイチャイチャすることも無しになったら……俺は、戻ってきた執務官に容赦なく働かされ、傷ついた心をどう癒やせば良い⁉


 考えただけで、辛い。

 めっちゃ辛い‼


「あ、あの……レオン? 何だか泣きそうになっていますが、何かありましたか?」

「い、いや、なにも……ない……」


 リュミエールが心配そうに顔を覗き込んできたため、慌てて否定はしたが、心の動揺がおもいっきり声色に出てしまった。

 何か言いたげにしていた彼女だが、俺がそれ以上なにも言わなかったため、問い詰めることはしなかった。


 いつものように、自身が調合したお茶を用意し、俺に出してくれる。それを飲みながら、今日一日の話をする。


 いつもと同じだ。

 俺の話を、時には驚き、時には真剣に聞いてくれる姿や、逆に今日の出来事を楽しそうに話すリュミエールに、愛おしさがこみ上げる。


 この瞬間、俺はいつも幸せを噛みしめる。

 愛する人ともに一日を終えられることに、感謝の念が湧き上がる。


 話を終え、そろそろ部屋の明かりを落とそうとなったとき、


「少しお待ちくださいね」


 そう言ってリュミエールが、寝室の奥にある物置部屋に入っていった。しばらく物音が聞こえた後、


「あ、あのっ……お待たせいたし、ました……」


 先ほどまでとは違う、少し恥じらった声色とともに戻ってきたリュミエールの姿に、目を瞠った。


 俺の視界に映るのは、黒いネグリジェを身につけたリュミエールの姿だった。


 それもどことなく、いつもの寝衣よりも、は、肌の露出が多い気がするのは、き、きき、気のせいかな⁉


 いつもよりも、スカートの丈が短いのは、気のせいかな⁉

 肩紐が、めっちゃ細いのは、気のせいかな⁉


「い、以前……黒のウエディングドレスの意味をお聞きしたとき、その意味に惹かれまして、是非服の色であなた様への想いを表したいと思ったのです。で、でも、流石に黒いドレスを身につけるのは憚られたので、せめてこういう形で……」


 恥ずかしそうに俺から視線を逸らしながら、ボソボソと理由を説明するリュミエール。


 頬は真っ赤に染まり、肌の露出が多いことを気にしているのか、自分の両腕で身体を抱きしめるように隠している。彼女の精一杯が感じ取れた。


 扇情的な姿とは正反対に恥じらう姿に、俺の中の何かがぷつりと切れた気がした。


「あ、あの、レオン?」


 最後に残っているのは、リュミエールの戸惑う声と、困惑した様子でパチパチと目を瞬かせる彼女の表情。



 次の日、全ての予定をキャンセルすることになり、執務官から激おこされたが、後悔はしていない。


 全く後悔はしていない!


 大切なことなので二回言いました‼


<了>

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