【KAC20247】色眼鏡

大和成生

色眼鏡

 近所の商店街を散歩がてらブラブラしていた明子は、閉店セールをしていた店で見かけた電気ポットを衝動買いした。つい先ほど実家の母からの電話でポットが壊れたという話を聞いたばかりだったからだ。大きさも値段も申し分ない。タイミングもバッチリの良い買い物だったが、手で持って歩くにはちと重かった。実家に届けるため家に帰って車を出そうかとも思ったが、目の前のバス停の時刻表を確認するとちょうど実家の最寄り駅までの便があと3分ほどで到着する。こちらもタイミングバッチリである。ほぼ定刻通りに到着したバスに乗り込んだ明子は何だかワクワクした。


(バスなんか久しぶりに乗ったなぁ……)


 普段の自家用車とは違う高い視点が新鮮で、明子は子供の様に流れる景色を眺め楽しんだ。

 

 車内は立っている人はいないまでも年配の乗客が多く、この先どんどん人が乗り込んで来るようなら席を立とうと、次の停留場に停まり開いたドアへと目を向けた明子は思わず息をのんだ。


(アレは何色っていうんやろ……)


 乗り込んできた20代前半と思われる青年の頭は、鮮やかな赤、オレンジ、金、緑、水色、青、紫。いわゆるレインボーカラーに染められていた。くすんだ車内が一気に明るく色彩を帯びたような気がする。白い長袖Tシャツに細身の黒パン。尻ポケットに入れてある財布に取り付けられた太いチェーンがこすれるカチャカチャという音が静かな車内に響いた。派手な頭の青年は一旦乗り込んだバスのステップに足を掛けたままドアから身体を反らせて外を見ると、


「運転手さん、ちょお待って!」


と叫んだ。

 車内には何やら緊張感が流れる。面倒な事が起きるのではないかという嫌な予感。年配の者にとっては見るからにイマドキの若者といった青年である。19歳の娘と17歳の息子が居る50の明子から見ても、あらまぁと一瞬目を見開いてしまうくらいなのだから……

 非常識な事を為出かそうとしているのではないか。青年以外の乗客は誰も言葉は発しないが、皆何となく身構えるように少し眉間にしわが寄っている。


「おばちゃん!大丈夫や、待ってくれてはるから!転んだらアカンで気ぃつけや!!」


 レインボー青年はドアから身を乗り出し外に向かって叫んだ。

 何秒かの後、はぁはぁと荒い息遣いと共に60代ぐらいの女性がバスに乗り込んできた。


「すんません、ごめんなさい。お兄ちゃんもありがとう」


 女性は運転手さんと明子達乗客にペコペコと頭を下げて謝り、レインボー君にも頭を下げながらお礼を言った。

 レインボー君は軽く頷くとICOCAで運賃を払い、空いている座席には座らずそのままバスの奥に進むとつり革を握った。


 はぁはぁと未だ息が整わない女性は周囲の乗客に頭を下げながら座席に座る。それを見届けてバスは静かに発車した。


 車内は相変わらず静かなままだったが、少し前までの緊張感が嘘のように和やかな空気に変わっている。


 明子はそっとレインボー君の後ろ姿をのぞき見た。


(ええ子やなぁ。息子もあんな子になってくれたらなぁ……)


 レインボー君はその頭のように、人の心までも七色に染めてくれた。明子は優しい色に包まれた車内で心が温かく染まるのを感じ自然と笑みが溢れた。

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