リリリリサさんはお姉ちゃんのお下がり
ronre
第1話
お姉ちゃんが久々にボクの前に現れたと思ったら、女の人を置いて行った。
「アタシはちゃんとした相手が出来たからこいつは置いていく。けっこう役に立つから家事でもなんでもやらせるといい。ほら、挨拶しな」
「あ、えっと、あーし、リリリリサって言います。舌噛むからリサでいいですよー」
「契約はすでにお前にスライドさせてあるから、たった今からお前はこいつを自由にできるぞ。魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)の受験勉強でストレスも溜まってるだろう? 適当にこいつを使って発散させるといい。
なにしろアタシも、もっぱらストレス発散に使っていたからな。サキュバスの家系だから夜の技はなかなかのものだ。このアタシが認めるのだから、お前は気をやってしまうかもしれないがな、はは!」
「エフィリアさんは夢魔顔負けの手練れでしたよーもう、本当に大変だったんですから。妹さんの方はー、見た感じうぶそうですけれど」
「うむ! 姉のアタシが認めるが妹はそういうことには奥手なのだ。リサが教育してやらんといかんかもしれんな」
「えーそれはちょっと楽しみかもですー。うふふ、色々とよろしくお願いしますねー、妹さん?」
「それじゃあ受験頑張れよ、親愛なる妹よ!」
「ち、ちょっと……勝手に話を進めすぎでしょ、お姉ちゃん!!」
ボクがあまりの怒涛の展開にワンテンポ遅れてツッコミを入れたころには、お姉ちゃんは転送魔術でその場から嵐のように消えてしまっていた。
一瞬で長距離を飛躍する転送魔術は、この世界では一級魔法士以上の術士でなければ使えない。つまりそれはお姉ちゃんが少なくとも一級魔法士であることを意味する。正確には一級のさらに上、世界に七人しか認められない特級魔法士、”赤”のエフィリア――それがボクのお姉ちゃんに与えられた名だ。
そう、魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)卒業から一年と経たないうちに、お姉ちゃんは世界最高の七色の一つに数えられてしまったのだ。
ボクと違って、お姉ちゃんはとんでもない天才である。
そんなお姉ちゃんだけれど、天才の傲慢さゆえに姉としての妹への優しさを完全に間違えており、ボクと会うたびになにかしらプレゼントという名のお下がりをくれるのが常だった。
それは食べかけのお菓子だったり、使い古しの杖だったり、ボロボロで読めない魔術書だったり、なんなら履き潰した下着だったりで、お姉ちゃんにとって要らなくなったものから適当に選んだとしか思えないものだらけ。
ボクのことを思ってとかは二の次で、ボクに要らないもの押し付けてるだろとしか思えないラインナップだった。
とはいえ特に天才ではないボクがお姉ちゃんに勝てるわけないから、もうしょうがないものとして、甘んじて全てを受け入れていたけれど――だからといって、いよいよ人間すらお下がりを押し付けてくるのは、あの、ちょっと、やりすぎじゃない!?
いや人間ではないのかもしれないけど。サキュバスって高位の魔物だったよね?
「え、ええっと、リリリリサさんだっけ。……別に、お姉ちゃんに言われたからって、ボクのところに来る必要はないんですよ?」
「いえいえー。あーし契約に縛られるタイプなので、妹さんが契約を強制解除できない限りは、ここで妹さんの世話をせざるを得ないんですよー。
エフィリアさんの口座から生活資金は無限に落としていいことになってますし、迷惑かけないですからどうか置いてくださいな。それが嫌ならこれを解除してもらうしかないですねー」
その場に残された女の人――リリリリサさんに恐る恐る声をかけたものの、あっけらかんとした拍子で返された。
さらにリリリリサさんは自らの首に付けられている赤い首輪を指さしている。そこにはリードが付いていて、辿っていくとそれはボクの手首に巻き付いている。
え、嘘いつの間に!?
「契約をスライドしていただいたのでー。あーしは妹さんの半径一キロから外に出れませんので。
まああのエフィリアさんの妹さんですから、轟級の魔物との主従契約程度、もしかしたら解除できちゃうかもしれないですけどー。あーし、そしたらエフィリアさんとの縁も完全に切れるんで、素寒貧で放り出される感じなんでちょっと嫌というか」
「ご、轟級って、しかも主従、契約?」
「はい」
「お姉ちゃん……ほんとにやばいことしてる……」
もう説明も面倒くさいけれど、そこらの一級魔法士では束になっても叶わない危険度だと認定されている魔物が轟級で、しかも魔物との主従契約は、超超高度の難魔術。
その二つを合わせ技してある状態なんて普通の魔法士に歯が立つわけもない。そもそもボクはまだ魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)の試験すら合格してない見習い魔法士だ。
つまるところ、今のボクには絶対にこの契約を解除することなどできない。
突然押し付けられた見知らぬ女の人と、強制的に暮らすしかないわけだ。
一人暮らしだから、親とかに説明する必要は確かにないけど……。
「ありえないよぉ……」
受験まであと一月。
一番放っておいてもらいたいそんな時期だったのに、ボクの元には最高の厄介事が課せられてしまったのだ。
いったい、どうなってしまうことやら……。
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「そうですよー。魔弾を真っすぐ飛ばすのは反動に耐える体幹も重要なんですけど、一番はイメージをブラさないことですよー。だいたいこういうのって外れるって思ったら外れるし、当てるって思ったら当てられるんです。実際の目線は逸らしても、心の中の目線ははなさないで、対象をじっと見るのがいいですよー」
「や、やってますけど――えいっ」
「まだまだですねー。恋するときくらいの気持ちでじっと見るのがコツですよー」
「したことないから分かんないですよっ……!」
「それはちょっとかわいいとしか言いようがないですねー」
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「魔爪の付け方は魔法塾で最初に習ったと思うんですけどー。爪に色を塗るときにムラがあると魔術にもムラが出ちゃうので。今日は基礎から見直していきましょー。もしかして付けっぱでメンテナンスしてないとかないですか?」
「……え、これって取れたら付け直すものってくらいの認識しか」
「だめです! 妹さんはオシャレ意識が低いですよー。うわ、ここささくれ出来てるじゃないですかー。魔術が刻まれた爪が魔法士の命なんですから、本当に大切にしないといけませんよ」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることないです、これから学んでいけばいいんですよー。あーしと一緒に綺麗に上手になっていきましょうー」
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「お肉屋さんで安くなってたんで魔バッファローのお肉買ってきちゃいました。今日はあーし特製の滋養強壮フルコースでいきますよー」
「やったあ! ボク、魔バッファローのステーキ好き好き大好き」
「良い魔術は良い栄養バランスからも生まれますけどー、やっぱり魔物の肉食べて直接魔力を体に巡らせるのが、一番手っ取り早く魔力を育てる手立てになりますからねー。でも妹さんはメイン料理だけ食べてサブ料理を残しがちなので、今日はぜんぶ食べてもらいますよー!」
「いや、だってリサさんの作る料理すっごく量が多いし、ボクには重いんだもん」
「それはまだまだ運動と、魔力を発散させる研鑽が足りないってことですよー。エフィリアさんみたいな一流の魔法士だとまた違いますけど、ある程度育った魔法士なら常に魔力を自然と消費して、すっごくお腹が空くはずなのでー。
使い切れない量の魔力を体に回して発散させたら、どんどんレベルアップしますのでー。どんどん食べてくださいな。はいあーん」
「あーん……うわ、本当においしいし力がみなぎってくる」
「でしょー」
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「――えいっ!」
「おおー。全段命中、完璧じゃないですかー」
「えへへ」
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「寝落ちするまで一緒に布団で魔法史の歴史を勉強しましょうー。実技は大分よくなってきましたけどー、学科を落としたら元も子もないですからねー」
「ありがとう、リサさん。リサさんの説明本当に聞きやすいし、もうボク、睡眠導入って感じで聞いちゃってるよ」
「眠ること前提にするのはちがいますよーうりうり」
「やめ、ほっぺつつかないで、ちゃんと聞きますって――」
――あれ?
いや、なんか、めちゃくちゃ受験勉強はかどってるんだけど。
というか、ボク、リリリリサさんと爆速で仲良くなって一緒に布団まで入っちゃってるんだけど。
まだ一週間位しか経ってないのに、どうなることやらどころの騒ぎじゃないよ、逆にどうしてこうなったんだだよ。
ボク、ちょろすぎない?
「……いや、でも本当にリサさんが教えるのうまいし、人当たりもいいから……だから仕方ないんだってこれは」
「あれ、どうかしましたー?」
「ななななんでもないですっ!」
小さな声で現状確認をしていたら、横からリサさんに声を掛けられて思わずびくっと反応してしまうボク。もう恥ずかしさで顔が赤くなってしまいそうだった。
こんな顔見ないでほしい――でも今も教えてもらっている手前、顔を背けるわけにもいかない。覗き込んできたリサさんの顔をふとボクは、見つめてしまう。
サキュバスは人を色香で惑わす魔物、だからとてつもない美貌を持っている、ボクはそのくらいの知識しかなかったけれど、実際にその姿を見ると、本当にその通り過ぎて恐ろしくなる。
お姉ちゃんも美貌といえばそうなんだけど……強者の相がにじみ出ているっていうか、眉とか目がすごくはっきりとしてる、キツめの美人なんだよね。光が強すぎて思わず目を背けてしまう感じ。
そこと比較するとリサさんは優しみのある美人というか、柔和な笑みが見ているだけで心を蕩かしていく感じがして、ずっと見ていたくなってしまう。その姿そのものに、引き込まれるような。
二人と比べると平々凡々な顔立ちのボクは、どうしても見劣りしてしまう。
「あの、リサさんは……なんでこんなに尽くしてくれるんですか?」
ボクの口からは、いつの間にかそんな言葉が出てしまっていた。
「いきなりボクなんかのところにお下がりさせられて、嫌じゃないんですか?
ボク、お姉ちゃんと比べたら絶対しょぼい魔法士にしかなれないし、顔も平凡だし、体も貧相だし。
あと人見知りだし、面白い話だってできないし……一緒に過ごして気持ちがいい人間だって自覚無いんですけど」
「えー?」
不安から出たその言葉にリサさんはきょとんとした顔をして、そのあとうーんと考えるような顔になって、一瞬目を閉じたあと、こちらを見つめ返してきた。
「そうですねー。まあ、契約で縛られてるんで、あーし的には一緒に過ごすしかないわけだし、どうせなら仲良くなりたいって話ではあるんですけど。エフィリアさんから、貴女のことは色々聞いてて、もともと悪い子じゃないなって感じてたんですよー。
あのお姉ちゃんの下ってだけで色々比較されて苦労してるだろうに、違う道を選ばずに魔法士になろうと努力してる姿を見て、いい子だなー好きだなー応援したいなーって思いましたしー。
だからちょっと、自然と尽くしちゃってますねー。妹さんはあーしに尽くされるの嫌です?」
「いや……いやじゃ、ないです」
「だったらみんなハッピーでいいことですよねー」
くるくると。綺麗なロングヘアに指を掛けて、遊びながらリサさんは微笑んだ。
本当にめちゃくちゃ可愛くて、しかもめちゃくちゃいい人だ。なんだかボクは申し訳なくなってきてしまう。
「でもその……リサさんに与えられてばかりで、ボクから返せるものがないような気がして」
「そんなことないですよー。例えば作った料理をおいしく食べてもらうだけでも、あーしは達成感を感じたり、喜んでくれて嬉しいなって気持ちを感じるわけですからー。あ、でも一つだけお願いできることが、まだありましたね」
「え、な、なに?」
「まだ名前教えてもらってないです」
「あ」
――――そういえばそうだった!
なし崩し的に一緒に暮らすことになって、そのまま勢いよく話が進んでいたから、ボクが名前をリサさんに教える下りがすっかり飛ばされている!
妹さんって呼ばれてて特に問題なかったし、ボク自身、お姉ちゃんの妹として認知されることが多くて、自分の名前を呼ばれるのに慣れてないから、全く気が付かなかった……。
「エフィリアさんも、妹はーとか妹がーとか、ばっかりだったので。教えてくれたほうがもっと仲良くなれると思います」
「あの、ホントに申し訳ないです、名も名乗らずにこれだけよくしてもらってたなんて……。
ボクは、ティセです。ティセ=ハルスィキリア。リサさん、改めてその……ほんとにありがとうございますってのと……これからもよろしくお願いします?」
「ティセちゃん! いい名前だー。うん、よろしくお願いします!」
弾んだ声で名前を呼ばれて、ボクはリサさんと、布団の中で手と手を絡ませ合った。
ここから改めて、ボクとリサさんの受験勉強生活が始まったのだった。
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「魔法図書館(ミュージアム)、あーしも初めて来たんですけど、ホントに色んな書物がありますねー。ティセちゃんはどんな本が好きですー?」
「ええと、ボクは『だれでも流せる水魔法』シリーズが好きで……」
「水魔法! いいですよねー生活に一番根差してますし。あーしこれ天才だと思うんですよね『夜でもバストがズレない風魔法の使い方』。著者は女子の需要をわかりすぎてますよー」
「う……リサさんには確かに必要だけどボクには必要ない本だ……」
「まだ大きくなるかもですし読んだ方がいいかもですよ? そのままでも需要あるとこにはありますけどねー、知り合いにロリ系のサキュバスいるんですけど、我々種族特性でぜったい胸大きくなっちゃうんで、わざわざ魔法で縮めてますからねえ」
「――世界、広いなあ……」
「うふふ、まあ実体験や伝聞もいいですけど、今日はいろんな本を読んで見識を広げましょー。それが人生の糧になるので!」
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「フリルド・ママのシュークリーム、美味しいですねー」
「でしょ、ボクこれめっちゃ好き好き大好き。食べると幸せが溢れてくる感じで……善い……」
「美味しさでとろけてるティセちゃんの顔かわいーなー。でも、今日は食べ歩きだけじゃなくて修行ですから、それを忘れないでくださいねー。こうやって歩きながら、人混みのなかで渦巻いてる魔力の流れを感じるんですよー。そうやって感度を上げると、色々な場面で役に立つので」
「魔法士だけじゃなくて、人が自然と垂れ流してる魔力の流れ、だよね。ボクもなんだか少しは分かってきた気がする。あそこの店の前に群がってる人たちの前とか、桃色? がぐるぐるしてるっていうか」
「あれは男性アイドルグループのファングッズが売ってる店みたいですねー。たしかにピンク色がすっごいや。うんうん、流れも見えてるし、色まで見えてるのはいい傾向ですよ。濃い魔力は、色を持ってるんですよねー」
「あ――もしかして、特級魔法士の七色って、そういう意味?」
「いいとこ気づきましたねーティセちゃん。エフィリアさん、ホントに赤いですからねー。今度会ったら、見てみるといいですよー」
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「――えいやっ!!」
「ふふ、まだまだですねーティセちゃん。止まってる的には当てられても、動く的に当てられなきゃ実践では役に立ちませんよー。試験でここまでやるかは分かりませんけど」
「試験、は、ともかく、ボクがもっと成長したいので、付き合ってもらってる、のでっ! 今日中に、絶対一回は当てるッ」
「向上心を感じるとなんだかうきうきしてしまいますー。でもあーしも簡単に免許皆伝を出すわけにもいかないので、手は抜きません、教えた通り魔力の流れを読みながら、あーしの次の行動を予測するんですよー」
「むむむ……ここだ!」
「ふふ、避けやすいですー」
「うう、難しい……でも、まだまだ!」
「あんまり根は詰めないでくださいねー、そろそろ試験なんですからー。本番ガス欠でなにもできませんでしただと、あーしも悲しいですよー」
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魔弾の基礎練習、魔爪の手入れ、適切な食事の、三点セットはもちろん。
魔法史の勉強に、魔法図書館(ミュージアム)での知識収集と、食べ歩きデートしながらの魔力探知訓練。
最終的には、リサさんと実践訓練までして。すっかりボクの魔法士としての実力は高まっていた。
――魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)は、入るだけなら倍率がそこまで高いわけでもないし、試験は止まってる的に魔弾を当てる実技くらいだとお姉ちゃんが言っていた。
だからとっくにボクは合格レベルは超えてると思ってたんだけど、入った後のことも考えると経験は積んでおいたほうがいいし……なによりリサさんと一緒に訓練するのが楽しかったので、ボクは張り切ってリサさんと一緒に毎日研鑽を積んで一か月を駆け抜けた。
……そして、無事に合格者となることができたのだった。
「リサさんっ! ボク、受かったよ!!」
ボクは受験発表会場から飛ぶように帰って、家の扉を勢いよく開けるとさっそく、リサさんに報告をした。
お姉ちゃんはどこにいるんだか分からないので除外として、親より先にリサさんに報告するなんて、もうよっぽどだった。押し付けられ気味に始まった関係だったけれど、もうリサさんなしでは生活できないと思えるほどに、ボクの中でリサさんが大きな存在になっていたのだった。
「リサさん! ……リサさん?」
だから。家に帰ったボクが出くわした光景は。
ボクの想像だにしていなかったその光景は、本当にショッキングなものだったんだ。
「――エフィリアさんっ、エフィリアさんっ、なんであーしを捨てたんですかぁっ、
あんなに気持ちいいって言ってくれたのに、あんなに――エフィリアさん、エフィリアさん――」
部屋中に、ピンク色の魔力が渦巻いているのが見えた。
サキュバスたるリサさんがその色の魔力を発することは、なんとなく気が付いていたけれど、ボクの視界を埋め尽くすくらいに濃いその魔力は、あたまがくらくらするくらいだった。
その中心、たくさん一緒に夜をすごしたベッドの上で、リサさんが色めかしく体を慰めていた。
片方の手で、自らの秘所をたくさんいじめながら、ベッドを軋ませて鳴いている。
そしてもう片方の手には何かを持っていて、リサさんは顔にそれをこすりつけるようにしている。
あれは――あれは。お姉ちゃんがボクに投げるように寄越して、捨てようにも捨てられずに棚の奥にしまっていた、お姉ちゃんの下着だ……。
「リサ、さん」
「――――あっ」
心から絞り出したようなボクの言葉に、ようやくリサさんがボクが帰ってきたことに気が付いた。
ぽとり、と、手から離れたお姉ちゃんの下着がベッドに落ちた。
お互いに顔を見合わせて、そして、双方、何も話しかけられない。
……とてつもなく気まずい雰囲気が流れている。
ボクは、急いで帰ってきたので息を荒くしていて、あんまり頭も回ってないし、リサさんもやっていたことがやっていたことだから、息は整ってないし、
ていうかリサさん服着てないし、つやつやで綺麗だったストレートロングの髪が乱れてなまめかしくて、上気した頬がほんのり赤くてすっごく魅入られて――いやそんな話がしたいんじゃない。
ボクはそんなことを思っている場合じゃない。
結局のところ――お下がり、なんだ。
リリリリサさんは、お姉ちゃんのお下がりなんだ。
それは、分かってたはずだった。
だけど、まだリサさんがお姉ちゃんのことを想っているままだなんて、全然想像がついていなかった。最初の最初、お姉ちゃんの言い草から考えたら、簡単に推測できることだったのに。
お姉ちゃんは、なんて言ってた? こう言ってただろ。
『アタシはちゃんとした相手が出来たからこいつは置いていく』って。
それってリサさんの視点で見たら、ずっと傍に置かせてくれてたのにいきなりお姉ちゃんが本命のパートナーを作って、一方的に放り出されたってことじゃないか。
リサさんが全然そんな風に見せてなかったから分からなかっただけで、普通に考えたらそんなの、感情が割り切れるわけもない。
それなのに、リサさんは自分の想いを押し込めて、涙を呑んでボクなんかにかまってくれて、
ボクは勝手にそんなリサさんに心を許して、いっぱい甘えちゃって、リサさんも柔らかくそれを受け止めてくれて。
それってどんな気持ちだったんだろう。――想像もつかない。
なにより、ボクはこの人に、何をさせてしまっていたんだろう。
「あ――ティセちゃん――あのね、これは――これはぁっ、違くて。
ティセちゃんが受かって帰ってくるのを、綺麗な家で迎えたくて、掃除してたらたまたま見つけちゃってっ」
「ごめんなさい」
「あ、謝るのはこっちだよ! あーし、こんな、ベッドの上でこんなことしてっ、しかもエフィリアさんので――」
「……ホントにごめんなさい、ボク、お姉ちゃんとリサさんの間に何があったかとか、全然考えれてなくて。そ、それなのに自分のことばっかりで。ずっと、さ、寂しかったんですよね、それなのに」
「違うよおっ!!!」
ボクが自分の不甲斐なさに俯きながら、ごめんなさいを繰り返そうとすると、
こんどはリサさんが、泣きながら叫んだ。
「確かにエフィリアさんもまだ好きなんだけど、今はティセちゃんが好きだよお……! ティセちゃんと暮らすの楽しくて、全然寂しくなんかなかったっ! ……だけど、ティセちゃん頑張ってるから、あーしの欲を押し付けるわけにもいかないし、だからっ」
「よ、欲……? ……あ」
「嘘つきで、ごめんなのは、こっちなのっ! あーしサキュバスだから、ほんとは常にこんななの。毎日こんなことばっかりしちゃうし、エフィリアさんともこんなことばっかりしてて……懐かしい匂いで発情しちゃったの……ティセちゃんは、けいべつ、するよねえ?
あーしね、最初はもう自暴自棄で、さっさとこんな関係終わらせて元の魔物に戻ろって思ってたんだよおっ、ほんとに。だけどティセちゃんが、純粋で綺麗で可愛くて、応援したくなっちゃって。
でもだからこそ、こんなことするのも、してるのも見せるわけにいかないから、ずっといいお姉さんを、頑張って演じちゃってたの」
滔々と、リサさんが述壊する。
ボクは思い違いをしていたことに気づかされる。そして、リサさんのことを分かっていなかったことにも気づかされる。そもそもリサさんはサキュバスで、お姉ちゃんのストレス発散のために傍にいたと言っていた。
サキュバスは人を色香で惑わす魔物、だからとてつもない美貌を持っている、ボクはそのくらいの知識しかなかったけれど、種族特性として常にそういう考えが頭に浮かんでしまうのだって、ちょっと考えたら想像できたことだ。
そして、つまるところリサさんは――魔法でそれを抑え込んでいたのだ。
リサさんの知り合いのサキュバスが、大きすぎる胸の大きさを魔法で抑えているみたいに、ボクのためを思って、欲望を隠してくれていた。
それがたまたま、お姉ちゃんの下着を見つけてしまったことによって暴発したのが今の状況で。
ずっとそのことをリサさんはボクに謝ってくれている。
リサさんは、おもむろに立ち上がると、棚の奥に手を突っ込んで何かをまさぐった。
「もう一個……見つけたの」
取り出したのは、これもお姉ちゃんから押し付けられたものだった。
ボロボロで読めない魔導書、全然解読すらできなくて、諦めていた代物だ。
でも――。
「魔法図書館(ミュージアム)で、似た本読んだから、もう分かるでしょ、ティセちゃん。これ、わざとボロボロにしてあるだけで、書いたのはエフィリアさんだよ。
……契約魔法の解除方法、ここに書いてあるから、いつでもティセちゃんは、あーしを捨てることができるよ」
リサさんの言う通り、魔法図書館(ミュージアム)で知見を広げたボクには、その本の表紙を読むことができた。確かにリサさんの言う通り、契約魔法に付いて書いてあることが読み取れる。
この本をボクに押し付けたときお姉ちゃんは、この展開を想定してたのか?
だとしたら――悪魔みたいに用意が良すぎる。
ボクは。
ボクは、どうしたい?
目的はある意味達成されてる。元々は、ボクは、魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)の試験に合格するためにここにいた。それは、もう達成している。
選択肢は与えられた。
一つはこのままリサさんと契約を解除して、普通に魔法士として生きていくという選択肢。
もう一つはそうしないこと……。いや、決まってるだろ。
こんなに泣きながらボクのことを応援してくれた人を見捨てて、先に行けるとか。ありえないし。
ていうか。……めっちゃ好きって言われたのに、その言葉に返さずに突き放すなんて、人間のやることじゃないだろ!!!
「ねえ、早く終わらせよ。あーしなんか忘れて、ティセちゃんは自分の人生を――」
「――水流撃(アクル)!」
ボクは魔爪に刻んだ魔術を起動させる。今日の朝、リサさんと一緒にセットしたぴかぴかの魔法を。
青い魔力を帯びながら、水流をその場に発生させ、強い圧力を持って衝撃を与える。
標的はもちろん、ボロボロで読めなかった魔導書だ。
赤に近い桃色に染まった部屋の中を青色が突き抜けるようにして魔導書を飲み込む。
元々ボロボロだったそれは水に揉まれてぐちゃぐちゃのどろどろになりながら、後ろの壁にべしゃりと張り付いてもう読めなくなった。
もう読めなくなったのだ。
「……えーっ?」
「あの。ボクもリサさんのこと、もうめっちゃ大好きなんですけど」
ボクは恥ずかしさを隠して、どきどきしながら宣言する。
「まだまだ教えてもらうこと沢山残ってるじゃないですか。その、リサさんが隠してた、いやらしいことだって、ボクだって興味ないわけじゃないし。リサさんとだったら、色々したいと思うもん。布団一緒に入ってどきどきしてたし、何したらいいか分からないだけで、もっとくっつきたいとか、触り合いたいとか、思ってましたもん。
取り繕わないで、演じるとかいらなくて、もっといろいろ、教えてください……っ。
それで――ボク、ボクは、お姉ちゃんよりすっごい大魔法士になるから。そんな契約魔法、自力で叩き壊して、ボクの手でリサさんと契約しなおして。お姉ちゃんのこと、ぜったいリサさんから忘れさせてみせる!!」
諦めていたはずの、それでも諦めきれずに望み続けた言葉が、ボクの口からするすると出てきた。
そうだ。最初っから、お姉ちゃんに勝つためにボクは魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)に挑んでいたのだ。
あの業突く張りで全てを奪い去り、かと思えば気まぐれに押し付けてくる、恐ろしくも超絶にすさまじい姉のことを。一回でいいからぎゃふんと言わせたくてここまでやってきたのだ。
ある意味リサさんもあの愚姉の被害者ということで、そこでも利害が一致しているはずだ。
「だから、もっと一緒に居てください」
「ティセちゃん……ぁう」
ボクはリサさんに手を差し伸べる。
リサさんは何が何だか分からない顔をしながら、それでも顔を真っ赤にして、ボクの手を握り返した。
一つ分かったことがある。
どうやら人の顔を真っ赤にするのには、魔法なんていらないってことみたいだ。
📚📚📚📚📚📚📚📚
数年後、世界に七人しか認められない特級魔法士の席が、また一つ入れ替わることになる。
”赤”のエフィリアの妹、”青”のティセが、魔法士総本山(ウィザーライドマウンテン)卒業を待たずしてその席を勝ち取った。
かと思えばその偉業を世界がたたえる間もなく、”青”のティセは”赤”のエフィリアに決闘を申し込んだ。
「――絶対ひぃひぃ泣かせてみせます」
「めっちゃ面白い。それでこそアタシの妹!!」
どうやらこの世界は盛大な姉妹痴話喧嘩に巻き込まれたのだと人々が理解するまで、そう時間はかからないであろう。
リリリリサさんはお姉ちゃんのお下がり ronre @6n0
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