第69話 篝火
長和4年(1015年)、夏の終わり。
藤式部
「今年は六月閏で夏が長いので、ちょっとだけおまけのような一巻を。」
近頃の宮中の噂といえば
「とにかくまあ、人に見せられないようなどこかに閉じ込められてた娘を、何だか適当な理由を付けてひとかどの令嬢であるかのように見せかけて、こういうふうに人に見せて噂を流してるのは理解できない。
やることなすこと目立ちすぎてるし、全く何も考えずにこうして表に出したりして、内大臣のお眼鏡にかなわなければ、こんな雑に扱われるんだな。
どんなことでも上手くやれば波風立たないものを。」
と気の毒に思いました。
それにつけても、確かにまあ親だというのに長く埋もれてた娘の心を考えもしないこの大臣に引き取られてたなら、こんな恥をかいてただろうなと、
性的に迫って来るのは困るけれど、そうはいっても無理強いはせず、愛情だけがますます深くなるばかりなので、ようやく親しく打ち解けてきました。
秋になりました。
初秋の涼しい風が吹いて、我が夫の衣を裏返すうら寂しい心地がしてきて、
五日六日の夕月夜は月の沈むのも早く、涼し気に灯りを灯すと荻の音も次第に悲し気になってきます。
琴を枕にして、二人で寝そべってました。
こんなのありえないと溜息がちに夜も更けていくと、女房達が不審に思ってこっちへ来るのではないかと、庭の篝火が消えかかっているのを、お供していた右近の大夫を読んで火をつけ直しました。
なかなか涼しそうな遣り水の上で、枝ぶり良く横に大きく広がって枝を垂らしたマユミの木の下になる所にに台を浮かべ、松明用の松の割り木を多過ぎぬ程度に置いて、それを灯して後ろに下がれば、部屋の前もなかなか涼しく、煌々とした光に照らされた玉鬘の姫君の姿もなかなか見る甲斐があります。
髪の手触りなども潤いがあって上品な感じで、デレたりすることもなく、むしろ不快さを表に出さずに包み込んでいても、それが恋の気持ちを抑えてるように見えてか、可愛くてしょうがないようです。
立ち去るのも忍びないと思い、そのまま座ると、
「絶えず誰かここにいて火を焚き続けろ。
月のない夏の夜は庭が真っ暗で、とにかく何があるかわからず不安だ。」
と命じます。
「篝火の煙は変わることのない
恋の炎の煙なのです
いつまで待たせるのですか?
くすぶったまま密かに燃えるのは苦しいことですよ。」
何でそんなことを言うのかと思いつつ、
「篝火に喩える恋の煙なら
どこかの空に消えて行ってよ」
嫌そうに返せば、「それっ」と言って出て行こうとしますが、東の対の方から箏の音に合わせたなかなか風流な笛の音がします。
息子の
「右大臣の所の頭の中将だな。
なかなか出来た笛の吹き方だな。」
と言って立ち止まります。
「こっちにきなさい。
とにかく涼しい篝火の光に、立ち去れないでいる。」
と手紙に書いて使わすと、三人一緒にやって来ました。
「風の音に秋が来たと驚かされるというが、今聞こえてきた笛の音に、俺も加わりたくなってな。」
そう言って和琴を引き寄せて、うっとりさせるような演奏を聞かせます。
源氏の
二回繰り返し謡わせると、和琴は
本当にあの父の
「御簾の中には音にうるさい人がいるからな。
今夜は盃の方もほどほどにな。
こんなオヤジになってしまうと、泣き上戸だし、つい余計なこともぽろっと言うかもしれんし。」
そう言うと、御簾の
生涯続く兄弟の縁は説明できないようなもので、
「本当にこれだけ?」
「雲隠れする夜半の月ね。」
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