キョウケン・ラヴトワイライト

生來 哲学

はいはーい、間違った恋をしちゃいまーす

 さて、ボクには三分以内に終わらせなければならないことがあった。

 ――いや、どうだろう? やっぱり明日でもいいかもしれない。

 すなわち告白だ。

 人生に一世一代のイベント。だけどボクはまだ踏み出せずにいる。




「俺のターン、『すべてを破壊して突き進むバッファローの群れ』を召喚。『ささくれた箱』を手札から破棄して効果を発動、更に墓地の『鳥会えず』の効果を発動して山札から『住居の内見』を取り出して発動。ここまで対抗は?」

「ありません。負けました」

 ボクは関島くんを見下ろしながら敗北を宣言する。

「今回は俺の引きがよかったね」

「うん、すぐやられちゃった」

 慣れた手つきでカードを片付ける関島くんを見下ろしながら、ボクは負けたというのに不思議と笑みを浮かべた。

 放課後の教室。

 高校生の男女が二人きり。

 うら若い二人なのにやってることはカードゲームという子供じみた遊び。そこがいい。

 ボクは関島くんに間違った恋をしている。

 人を好きになる理由に正しいも間違ったもないが、実の所ボクは世間で言うところのショタコンだ。小さくてかわいい小学生くらいの子供が好きで、実のところ関島くんじゃなくても小さくてかわいい男の子なら誰でもいいところはある。

 その点、関島くんは理想的だった。背が低く、童顔で、のど仏があるのに声もやや高い。

 なにより、歩幅もボクより狭い。

 よたよたと歩く小さな関島くんに歩調を合わせてわざとゆっくり歩くのが好きだ。

 ただ困ったことに、関島くんは遅めの成長期を最近迎えているらしく、少しずつ身長がボクに近づきつつある。あまり大きくなるようなら足を切断して上げたいところだけどそこはまだ我慢してる。

 出来れば――これ以上身長が伸びる前に女装させて上げたい。

 関島くんの身長なら、ボクの中学一年の時の服を着させることが出来るだろう。

 いつかこういう時が来た時の為に、ボクの中学の頃の服でお気に入りの者は妹に渡さず、綺麗にアイロンをかけてボクのクローゼットにしまっている。

 ――ボクの中学の時の服を着た関島くん、きっとかわいいだろうなぁ。

「よだれ垂れてるよ、小鳥遊たかなしさん」

「ごめん、ちょっと晩ご飯のこと考えてて」

「小鳥遊さんは相変わらず食い意地が張ってるねー」

 ――まあ晩ご飯ってのは君のことだよ関島くん!

 と、脳内で思いつつもなははは、とボクは口元の涎を拭く。

 ――そろそろマズイかもしれない。

 最近は関島くんと一緒に居るときに妄想が爆発する時間が少しずつ増えている。

 注意される度に食べ物のことを考えてた、で乗り切っているがいい加減ごまかしが効かないかもしれない。

 いや、流石の関島くんも自分が性的に食べられそうなことに気づいてる可能性はある。でも、こう、女子の中ではボクが一番仲が良いはずだし、こうして一緒に放課後二人きりになることも許してくれてるし、いい加減次の段階に行っても良いはずだ。

「っと、そろそろ校門が閉まる時間だね。学校を出よう。小鳥遊さんも晩ご飯食べたいだろうし」

「――待って」

「ん?」

 ――しまった、思わず呼び止めてしまった。

 赤色に染まった教室で、ボクと関島くんは向かい合う。

「実はずっと訊きたいことがあったんだけど訊いて良い?」

「……それは帰り道、商店街を歩きながらとかじゃだめなの?」

「うーん、ダメかなぁ」

 公衆の面前での告白をする勇気は流石にまだない。

「二人きりで、ね」

 ボクのただならぬ雰囲気に何かを感じ取ったのか、関島くんがごくりと息をのむ。

「関島くんは………………好きな人居る?」

 ボクの言葉に関島くんはぷいっ、と子供のように目を逸らした。

 ――そんなところがかわいい。 

「いる、かも」

「かも?」

「その、自分でもよく分かってなくて」

 言いよどむ関島くんを見てボクの心は決まった。

 ――押せばイケる。

「ボクは好きな人いるよ、うひひ」

「うひひ?」

「なーんでもない。じゃあクイズしよっか」

 もしかしたら――すごくよこしまな笑みを浮かべているかもしれない。

 ボクはゆっくりと窓側に、夕陽を背にして自分の表情を隠す。

「ボクは誰が好きだと思う?」

 自分より一回り小さな関島くんを見下ろしながら、どこか問い詰めるように言う。

「さ、さぁ?」

「当ててみてよ」

 ただでさえ小さな関島くんがいつも以上に縮こまって何も言わなくなってしまった。

 ボクは何も言わず、椅子にかけてあった自分のブレザーのジャケットを取り、関島くんの肩にぱさっ、と被せた。

「え?」

「いや、寒そうに見えたからね」

 ボクは笑いながら同じく関島くんの椅子にかけてあったブレザーのジャケットを手にして自分の肩にかけた。小さすぎて袖に手が入らないけど、マントにするには良いだろう。汗臭い匂いがして、これが関島くんの匂いか、と思った。

「俺のブレ――」

 手を伸ばそうとする関島くんだけど、ボクはすっと後ろに下がって手の届かない距離に逃げる。

「クイズの答え、分かってるでしょ。三分以内に答えてよ。校門しまっちゃうよ」

 関島くんのブレザーの匂いをすーはー、とかぎながら、ボクは自然と笑みを浮かべていた。

「……言いたくないな」

「どうして?」

「やり口が汚い」

「そうかな? 強引に唇を奪った方がよかった?」

 ボクと関島くんの視線がぶつかった。

 全く関係のない情報なのだけど、関島くんは典型的な文系男子でもやしっ子だ。対してボクは運動が好きで握力もちょっと鍛えてる。こないだ試しに腕相撲をしたらボクが勝ったのを確認済みだ。全く関係のないことだけども。

「そんなことをしたら――」

「そんなことをしたら?」

「――小鳥遊さんのことを好きになってしまう」

「は?」

 思わずボクの目が点になる。

 ――もしかしてボクは何か聞き間違えた?

「もう一度言ってくれる?」

「俺、こんななりだから、色んな人に優しくされて来たし、小鳥遊さんにも今まで優しい友人でいてもらえたから好きにはなってなかったんだけど――」

 関島くんの口が止まる。

 ――ボクは。

 腰を落とし、関島くんに顔を近づける。

 互いに何も言わない。

 やがて、つん、とボクと関島くんの鼻が触れる。

「ボクのことが好きって言いなさい」

 関島くんの目が見開かれる。

 瞳孔が開き、まじまじとボクのことを見つめてくる。

 もしかしたらボクは、人が恋に堕ちる瞬間を見たのかも知れない。

「……ボクは」

 関島くんが声を震わせながらボクを見つめてくる。かわいいね。

「…………小鳥遊さんのことが好きになりました」

「よく出来ましたァん! ボクもずっと前から関島くんのこと大好きだよ! 愛してる!」

 がばっと関島くんの身体を強く強く抱きしめてあげる。

「じゃ、これでボク達は恋人ってことで」

「え、いやその……」

 言いよどむ関島くんの口をボクは強引に塞いだ。彼の口の中をあらんかぎりの力で暴れてあげる。

「ぷはっ」

 口を離して、ボクはもう一度関島くんに訊く。

「ボク達は恋人だよね」

「はい、その通りです」

「やったぁ! 嬉しい!」

 ボクは思わず小躍りしながら彼を抱えてぐるぐると回転する。

「じゃ、日曜日は女装デートで!」

「え?」

「女装デートね? 関島歩ちゃん」

「……はい」

 こうしてボク達の間違った恋はスタートしたのだった。




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