辺境の秘密基地。
数多 玲
本編
「めっちゃ遠くない? ここ」
愚痴っているのはピンクだ。
「ここにいては、何かあったときに現場に到着するまで時間がかかってしまうな」
冷静に判断するのはグリーンである。
今日は俺たちの新しい秘密基地のお披露目なのだが、あまりに遠かったためみな一様に機嫌が悪い。
いくら空を飛べると言っても各々の生活圏から物理的に離れすぎているので、ここに来るだけでも一苦労だ。
ここに全員が集まるタイミングはあるのだろうか。
ちなみにそんな記念すべき日だがパープルがおらず、今回はその他の4人だけである。
俺たちは地球を守る……予定の変身戦隊ヒーロー的な事をやらせてもらっている。
今のところは地球を守るほどの手が回っているわけではなく、せいぜい町の平和を守っている程度だ。
今のところメンバーは5人。俺がレッドで、他にピンク、イエロー、グリーン、パープルである。
女性メンバーはピンクとイエローの2人。パープルは……まあ人間いろいろあるな。
色で分けていることに特別な意味はない。
単にわかりやすいことと、基本的に変身後の姿でしか顔を合わせないため、お互いには素顔も本名も晒していない間柄だからである。
ただ例外はあり、ピンクはグリーンと、イエローはパープルと付き合っているようだ。したがって、そこの間ではおそらく変身前の姿もお互い知っているのだろう。
各々のヒーローとしての温度感や優先度のつけ方もそれぞれだ。
俺はストイックにヒーローとしてゆくゆくは地球を丸ごと守れるような存在になりたいのだが、他のメンバーは何を考えているのか正直分からない。
だが、当然それで生計が立つわけはなく、それぞれ自分の仕事を抱えながら兼業ヒーローとして平和を守っているのだ。
「前に内見した物件は割と生活圏内から近くて、条件も良かったって言ってたよね。レッドとイエローとパープルで見たんだっけ」
「そうなのよ。物件的にはすごく良かったんだけどね」
「不動産屋に知られているような物件は秘密基地としてはふさわしくない、とボスに言われたんだ」
ああ……と納得した様子のピンク。
「で、その物件とこの物件はどっちが良かったの?」
「立地と物件の状態は前に見に行った方が良かったかな。ただこっちの方が圧倒的に広いよ」
そうなのだ。
前回見に行った物件は数えられる程度の部屋数しかなかったが、この物件はとても広かった。
個室は10個、それぞれにトイレと風呂がついている。
それとは別に、書斎のような個室が1つ。これはおそらくボスの部屋になるのだろう。
また、宴会でもできそうなほどの大広間がある。
聞くところによると200畳以上の広さがあるらしい。よくこんなのを地下に作ったな。
そしてもうひとつ、事務室のような部屋がある。
これは、最近スカウトした秘書……のような事務員が使う予定の部屋だそうだ。
本業をしながら、そちらの休日である火曜日か水曜日のどちらか、忙しいときには両方に来て事務作業をするとのことだ。
一度断られたとのことだが、給料に加えてここへ来るために俺たちと同種の変身用具一式を提供すると言ったら喜んで引き受けてくれたという。
空を飛べるだけでも便利であるこの変身用具を自由に使っていいという権利はなかなか捨てがたい。
ちなみに色はアクアブルーだそうだが、一緒に活動する日は来るのだろうか。
……本人は絶対嫌ですと言っているらしいが。
「そういえば、エレベーター見た? ひどかったよねー」
「ああ、定員3名で、錆びた鉄が擦れるようなひどい音だったな。しかも遅い」
「あれのせいでさらに出動が遅れるな」
「まあ、先に3人が出て行ってもいいし、そもそも5人全員がここにいるケースがどれだけあるかもわからんので問題はないだろう」
「内見の時もこの条件は外せないってボスが言ってたってのを聞いたけど、なんでわざわざエレベーターで外に出る必要があるのかなあ」
「知らん。ボスの趣味だそうだ」
エレベーターの質に愚痴が止まらないピンクとイエローに対し、グリーンは冷静に実用性について気にしているのが実に性格が出ている。
エレベーターはボス的にマストだったらしいが、ヒーローの基地とはかくあるべきというロマンが俺には分からない。
「ところで、不動産屋さんの紹介じゃないならここはどうやって見つけたの?」
「……それは知らない方が良いと思うぞ」
「え、レッドは知ってるの?」
「一応な」
「……まあ、この施設の形状を見ればおおよその察しはつく」
「えー、グリーンも分かってるの?」
「実は、ここはかつては悪の秘密組織の基地だったところだそうだ」
「「え」」
ピンクとイエローの声がシンクロする。まあそりゃあそういう反応になるよな。
ボスのコネで、押収したかつての悪の秘密基地を斡旋してもらったということである。
ボスとしてはあまり気が進まなかったらしいが、めぼしい物件が見つからんということでしぶしぶ折れたらしい。
だから戦闘員用の宴会場……もとい待機部屋があったのだ。
「気に入ったか?」
「「「「うわあっ」」」」
急に現れたボスに、4人全員が声をそろえて変な声を上げてしまった。
「そういうわけで、悪の組織のお下がりという微妙な物件だが、有意義に使ってほしい」
「あの大広間はどうします? まさか俺たちだけで宴会するわけにもいかないし」
「であれば、白のヒーローを補充するか? 白は200色あるらしいから200人までは増やすことができるぞ」
……200人も居てたまるか。そもそも呼び名に困るわ。
それについては4人全員で全力で拒否した。
(おわり)
辺境の秘密基地。 数多 玲 @amataro
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