第3話
僕が開始を告げると、ローザは承知致しましたと軽く頭を下げてから、カツカツと足音を立てて暗闇へと消えて行く。どんどんと遠くなる彼女の足音はまるで秒針のように規則正しく響き渡り、聞いていてどこか心地よかった。
「(…さすがは、アンドロイド)」
機械だからこそ成せるその正確さに僕はそっと微笑む。その均一さは、不安定になりそうな僕の精神を律してくれているように感じた。
「(ずっと聞いていたいくらいだ)」
そんなことを思った矢先、彼女の足音がパタリと止まり、すぐさま扉の開く音が響き渡った。そして途端に増えた彼女以外の足音が不規則な音を立てながら、どんどんとこちらへ近付いてくる。僕は雑音のようなその足音に堪らず溜息を一つ吐き、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。
それからしばらく待てば、対面に置かれた簡素なイスの元に二人の男が現れたので、僕は再度モニターに映る顔を一瞥する。
「(相違なし…また死因である列車との接触痕も確認、と)」
この館内ではいわゆる魂というものが具現化し、我々の眼には生前の姿のまま現れる。また、その姿は死亡時から過去10分の間と定められており、死に繋がるであろう傷病などはまるで証拠のように跡として残されていた。
「(それにしても…太々しい態度だ)」
暗闇の中からだらしなく歩いて舌打ちをするその人物は、間違いなくモニターに表示されたジャンという男であり、傍らの男は彼を連れてきた看守であった。そして、そこまで付き添ったローザは2人が定位置に着いたのを確認すると、カツカツという音を立てながら僕の元へ戻り、再びピシッとした姿勢で立つ。すると看守はまるでそれを開始の合図とするかのようにスッと息を吸い、男に呼びかけ始めた。
「名乗れ」
「………ジャン」
「申請内容」
「…チッ…転生」
「おい!もっと声を張れ!」
「…うるせぇよ、いいからさっさと転生させろ」
「なっ!貴様!!」
看守は男の無礼な言動に、堪らず怒りに任せてよれた胸ぐらを掴んだ。次第に男同士の揉み合いは勢いを増し、イスがガタガタと四方八方に動く。僕はその下品な騒々しさにうんざりしながら、あくまでも冷静に看守へ声をかけた。
「落ち着きなさい」
「っしかし!」
「こうも感情的な空気になっていては始められないだろう」
「くっ…は、い」
「とはいえ看守である君とのやり取りも十分な評価対象だ」
「…はい」
「判断材料を増やしてくれて感謝するよ」
「いっいえ、身に余るお言葉です」
僕の言葉にすぐ落ち着きを取り戻した看守は、慌ててずれたままのイスを定位置に戻し、男へ座るよう促した。その指示に男は心底気怠そうな態度をとりながら、嫌々イスにどかっと腰掛ける。睨みつけるようにこちらを向く男の表情には反省の色を感じられなかった。正直、同情の余地など微塵もない。分かりきった男の結末に僕は誰にも聞こえないよう静かに溜息を吐いた。
「君の過去について調べさせて貰った」
「………」
「色々あったようだけれど、繰り返し罪を犯した事実を払拭する材料には値しないと判断する」
「………」
「何か言っておきたいことはあるかな」
「……ふざけんな…」
「ふざけてなどいない」
「ふざけてんだろうがっ!このクソ野郎が!!どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!!」
突如として男は大きく声を荒げ、興奮状態に陥った。勢いよく立ち上がったと同時に蹴り飛ばされたイスは大きな音を立てて床に倒れ込む。看守は慌てた様子で男を押さえ込み怒鳴りつけたが、男は反抗を続けた。僕はダラダラと繰り広げられるその幼稚な言動に嫌気が差してしまう。
「おい!静かにしろ!!」
「うるせぇ!!」
「…構わないよ」
「っですが!」
「何か言っておきたいことはあるかと聞いたのは私だ、好きに発言させると良い」
すると男は僕の言葉を聞くなり更に激昂し、必死に止めようと腕を伸ばす看守を振り切ってどんどんとこちらへ近付いてくる。僕と男のいる位置には高低差があるため詰め寄られることはないが、男の言動に温度を感じる程度には近付いていた。
「だいたい俺の何が悪いってんだ!!!」
「………」
「悪いのはこの世界だろうが!!!」
「………」
「どいつもこいつも俺を邪険にしやがって!!」
それから数分間、「くだらない」の一言で済ませられるような戯言がだらだらと続いた。必死に怒号を響かせる男の熱量とは裏腹にその内容は余りにも稚拙で、僕は耳に入れるのでさえも無駄なような気がしてしまう。とはいえ強制的に話を遮れば逆上し更なる面倒事にもなりかねないので、僕は男を見つめながら騒々しいBGMだと思うことにして時間を潰した。
「おい!!テメェなんとか言えよ!!!」
「悪いが、今は君の言いたいことを聞く時間だからね」
「ふざけんな!!!馬鹿にしてんのか!!!」
「先程も伝えたはずだけれど、僕はふざけてなどいないよ」
「ふざけてんだろうが!!!何も知らねぇくせに!!!」
それからしばらくすると、男は言うことが無くなったのか、それとも語彙力が尽きたのかは分からないが、徐々に口数が減ってきた。僕はやっと先に進めると内心飽き飽きしながら止まったままの意識を働かせ始める。
「他には、何かあるかな」
「うるせぇ、ぶっ殺すぞ」
「他には」
「黙れって言ってんだよ!!!」
「…無いようだね」
僕は未だ喚き続ける男から目線を移し、ローザと看守に目配せをする。すると看守は背筋を伸ばして一礼すると、男の腕を強引に引っ張りながら暗闇の中へ消えていった。その後も往生際の悪い男が反抗を続ける煩わしい騒音が耳をつくが、僕は呆れながらも気に留めることなくソートへ評価と下した決断を入力する。
最初から最後まで僕を憎んだままのジャンという男は、この瞬間殺意を抱くほどに嫌悪した僕に処刑台行きを命じられたのだ。
「(……無論、だな)」
僕はジャンのデータページを閉じ、すぐさま別の人物をタップして表示された情報へ目を走らせた。
正直なところ、この時点で相手がどう出ようと自分の中での結末はもう決まっている。そしてその結末が覆されるようなことは、これまで皆無に等しかった。
「さて、次にいこうか」
僕がそう言うとローザは軽く会釈し、また同じようにカツカツと足音を立てながら暗闇へ消えて行った。しばらくすると、聞こえてくるのは扉の開く音にバタバタと増える足音。その不揃いな足音は徐々に大きくなり、次第に看守と罪人の姿が見えてくる。そしてその数秒後には決まって僕の傍らへローザが戻り、いつもと同じように姿勢よく佇むのだ。
一人の人間の最終岐路を決めているとは思えないほど、恐ろしく単調に繰り返されるその作業に、違和感を覚える者は誰もいない。僕は先程から我を失ったように怒号をあげ反論する罪人の言葉へ耳を傾けたフリをしながら、ソートへ元々決めていた結末を入力した。
僕らはその後も同様の作業を何度も繰り返し、ふと気が付けば始業してから数時間が経過していた。長らくスポットライトに照らされていたせいか眼の奥が少し痛み、数回瞬きをして思わず眉間を押さえる。するとローザが僕の元へ歩み寄り、まるで心配するかのように優しく声を掛けた。
「どうでしょう、そろそろランチに致しませんか」
「ん…、おや、もうそんな時間か」
「準備を始めても宜しいですか」
「あぁ、頼むよ」
そう言って僕がゆっくりと席から立ち上がると、ローザはすかさずどこかへ通信を始めた。恐らく昼食の準備依頼だろう。僕はその様子を横目で見ながら、凝り固まった筋肉をほぐすようにぐっと伸びをした。
「なんだか疲れたな…」
「お休みになられますか」
「いや、長時間同じ姿勢をしていたから身体を痛めただけさ」
「ではマッサージを手配しましょう」
「はは、そこまでしなくて大丈夫だよ」
「そうですか」
「うん、放っておけば治るさ」
「承知致しました、何かありましたら遠慮なく仰って下さい」
「ありがとう」
僕はそう言って笑顔を見せ、暗闇に包まれながらローザと共に部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます