第11話 最期の言葉
地主様に腕を掴まれ、動けない私に村長が近づいてくる。
恐怖で口をパクパクさせながら、私はどうにか声を発する。
「いっ……いっ………嫌っ…!嫌っ!」
頬を滴る涙の跡が乾いて、顔に張り付くような感覚がしていた。
もう、涙は出なかった。
怖くて、恐ろしくて、無意識のうちにガタガタと震える身体が私の恐怖をさらに掻き立てる。
(嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!嫌!……)
頭の中では拒絶の言葉はいくらでも出てくるのに、口も身体も思うように動かない。
私の拒絶の言葉を聞いたからか、地主様が腕を掴む力が強くなった。
「ドティアナ、落ち着くんだ。皆にとって、そして自分にとって何が一番良いか考えろ。もう一度両親に会いたいだろう?」
地主様は言い聞かせるようにそう言った。
確かに、二人には会いたい。村の皆のためにも私は死んだ方が良いのだろう。
だけど、死にたくない。
今ここで死んだら、全部無駄になる。
お父さんが生まれた事も、お母さんが生まれた事も、二人が出会った事も、私が生まれた事も、二人が愛し合った事も、私を愛してくれた事も、あの温もりも全てが無駄になる。
それに………
「会えるなら……生きて…生きて…会いたい…です……!死んでからじゃ……駄目なんです…!」
私は途切れ途切れになりながらも、切実な思いを吐き出した。
ずっと、前からこう言うべきだったんだ。
生け贄なんてなりたくない。お父さんに、お母さんに会いたい。また三人で暮らしたい。
そう言えば良かった。
(もう、遅いのは分かってる。遅すぎるくらいだよね………でも………)
私はガタガタと震える身体を抑えて、言葉を紡いだ。
「私は…死にたくない!!生け贄なんて嫌だ!!お父さんとお母さんに会いたい!!」
私は言い切った。思いの丈をぶちまけて、吐き出した。
村人達はそれまで固唾を飲んで見守っていたのを止めて、目を背け、俯く者が、後を絶たなかった。
だが、私が叫び始めた事で憤怒を覚えた者は更に怒り狂い、怒鳴り声をあげ始めた。
その中に混じって、様々な理由で見なければならないと思ったのであろう者達が、私を凝視する。
憐れみの目でこちらを見つめる者、申し訳なさそうに悲しい目を向ける者、すまない、すまないと目で訴えかける者も居た。
その中には快活さと愚直さで知られた若者の姿もあった。
しかし、それが何の役に立つのだろう。
村長はもう、私の目の前まで来ていた。
しかめっ面で、憤りをその心に抱えながら、短剣を握りしめる村長の目は、私の首筋に向けられていた。
短剣の刃が松明の火に照らされて、夕焼けに沈む太陽のような輝きを放つ。
(あ……死ぬ………死ぬんだ………)
村長は左手で私の肩を掴み、短剣を私の首を水平に切るように、真っ直ぐ持ち変えた。
はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…はっ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…ハッ…
呼吸が荒くなると同時に、口を動かす事でどうにか抑えていた恐怖が堰を切って溢れだした。
(死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!…)
もう何もかも、全てが遅かった。
もっと、早く自分が生きたいという事に気づくべきだった。
(死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬ。死ぬんだ。嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!嫌だ!まだ、まだ何も、何もしてない!何も……!)
死の縁に立って、私の私自身が知らない欲望が垣間見えた。
何かをしたい。何かを為したい。
前はそれが家の家事で、二人の帰りを待つ事で、二人と一緒に眠る事だった。
今は生け贄だ。でも…………
「嫌だ!嫌だっ!嫌!死にたくない!殺さないで!お願いっ!」
気づけば、私は金切り声で命乞いをして居た。
前のめりに眼前の村長に叫ぶ私の腕を、地主様は更に強く握り締める。
無駄だと分かってはいるのに、それでも、口は回り続けた。
「お願い!嫌なの!死にたくないの!まだ何もしてない!こんなところで死にたくない!お願い!殺さないで!生かして!お願っ…」
「女神様、お恵みを」
そこからは音が無かった。
何も感じなかった。
ほんの少し、痛みのようなものが走ったような感覚がした。
(切られ……)
瞬時にそう思ったのに、何だが痛みを感じない。代わりに首から何か液体が流れ落ちる感触がする。
下を向いて確認するまでもなく、それが何だが私には分かっていた。
血だ。
だが、不思議だ。熱くない。
何の温度もなく、私の身体を滴り落ちている。
(きっと、衣装は
ふと、私はそんな事を思った。
だが、そのすぐ後に、こんな事を思っていた。
「まだ……生きていたかった……な………」
バタンッ!
視界が暗い。真っ暗だ。
身体全身から力が抜けていく感覚がする。
あれ、どうなった?
私、今……どうなってるんだ………?
先ほどまでの景色はもう、そこには無かった。
たった一人、違う世界に行って、倒れ込んでしまったような感じだった。
そこからはもう、何も感じなかった。
少女の口から漏れた最後の言葉に、私は応えた。
倒れ行くその身体から漏れ出る明るい赤と暗い赤。
その流れは上から下へ、少女の身体を滑り落ちる。
私は目を見開いた。
空を感じ、そこにある無数の生命を感じ、その中でも幼く、弱く、脆い生命の見つけ出す。
そして、魔力を放ち、流れ出る赤に触れる。身体に沿って流れ落ちるものもあれば、衣装に染み付き、染めるもの、冷たい鉄から滴るもの、その全てを感じ取る。
勢い良く喉笛から溢れ出る赤の流れを掴み取り、来た路を戻らせる。
そして、戻った赤の明るいものは上へ、暗いものは下へと流す。
赤いものが全て身体へ戻ると同時に、裂けた喉笛を裂け始めた方とは逆から繋ぐ作業に入る。
人の皮の薄さを感じ、その下にある肉の躍動を感じ、その中で動く小さな者達の整然とした働きを感じ、魔力を注ぐ。
音もなく、しかし、確かにその裂け目は繕われ、塞がれてゆく。
そして……
バタンッ!
脆い生命の肉が気を失い倒れた時、そこは元通り。
一度の瞬きの間に、それまでに起きた事全てが治された。
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