白雨

マフユフミ

白雨


雨の日はキライだとキミは泣いた。


年季の入ったのビルの屋上。

錆びた柵の綻びから出した足をぶらぶらさせて、僕たちはずっと空を見ている。


コンクリートはあちこち剥げているし、下の階の窓は風でガタガタとうるさい。

階段の踊り場は清潔感なんて微塵もなくて、非常口の灯りはパチパチと点滅を繰り返す。

そんなどうしようもないビルの屋上が僕たちの居場所だった。


何をするでもなく屋上に座り、おしりや太ももが煤まみれになるのも構わず。

ただここにいる僕たちは、ここにいたい訳でもなんでもなくて。

結局は帰る場所なんてないからとりあえずここに存在している


そんな僕たちが唯一自分たちの意志で見つめたのが夕方の空。

なぜか二人して示し合わせたように飽きもせずに反対側の空を眺めて。

その時間だけ僕たちはきっと自由でいられたんだ。


それなのに。


雨の日は何も見えない。

真っ白な空、真っ白な街。

屋上に少しだけある庇の下、コンクリートに跳ね返る雨粒に体を濡らしながら、それでもここから離れることなど少しも考えず。

土砂降りではないからほんのり明るい空は、それなのに広がる雲に白く染められている。

光の差さない街もモヤモヤと白く覆われ、何もかもが白い。

真っ白な空、真っ白な街。


ぽつりぽつりと降り続く、激しくもゆるくもない雨を見て、キミは言うのだ。

「雨には色がない」と。


確かに雨は無色で透明。

白い空が解けてこの地に降りそそぐ雫には、何の色もない。

それが寂しいと、哀しいと、キミは言う。

太陽も月も、夕焼けも街の灯りも、每日僕たちが飽きもせずに眺めている彩りがないことに、キミは耐えられないらしい。


雨みたいな透明な雫を流して、そんなことを言うキミはまるで聞き分けのない赤子のようだった。

雨はキライだと泣く姿は頼りなくて、このまま白の世界へと消えてしまいそうで、僕は少し身震いする。

だって僕だけが取り残されそうだったから。

僕の世界はこの屋上とキミだけで構築されていたから、何としてもキミを失うことはできなかったのだ。


頼りない背中をそっと抱きしめる。

雨を止ませる力はないし、キミの寂しさを癒せる力もない。それでも。

ひとりじゃないことを知ってほしかった。

そばにいることを、感じてほしかった。


「あっ…」

やがてささやかな声がして、僕はキミの背中から目を上げる。

雨は相変わらず降っている。

それでも。


「キレイ…」

気まぐれに差し込んだような太陽の光が、静かに雨の街を照らしていた。

光は雨粒に乱反射して、虹色に輝いている。

ピンク、緑、青、黄色、様々な色の粒が街に降りそそぎ、キラキラと光を放っている。


「こんなにたくさんの色」

手を差し伸べて雨水を受けてみても、ただの透明。

でも、白い街に降る雨はまるで宝石のようだった。

キミはまだ涙の残る目でそれを見ていた。

うれしそうに、幸せそうに。

僕はそんなキミを見てほっと胸を撫で下ろしながら、雨に冷えてしまったキミの手をそっと握りしめた。

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白雨 マフユフミ @winterday

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