本編2

 灯台の少し手前の自動販売機の灯りの下に、その女の子は顔を膝に埋めるようにしゃがみ込んでいた。ひくひくと肩が震えている。


 小6の僕だって、こんな時間に遊んでいたら怒られる。なのに幼稚園に通ってるかどうかの小さな子が、なぜこんな時間にこんなとこにいる?


 もしかして幽霊?お化け?顔を上げたらのっぺらぼうだったりする?


 僕は少しだけ離れた所に自転車を止めて、その子に近付きすぎないように物陰に隠れた。落ちてた小石を拾うと、その女の子の足元に向かって投げた。


 こつんこつん


 小石の転がった音に、女の子はビクッとして顔を上げる。

 涙に濡れた顔が見えた。

 あれは人間だ。大丈夫。それに、迷子かそういうのだったら助けてあげないといけない。


「ねえ、大丈夫?」


 僕の声に、その子はキョトンとした顔を僕に見せた。

 でも、次の瞬間、グシャっと顔を歪めた。

 ああ、泣いちゃう。


「お、お母さんはどこにいる? どこに住んでる? ぼ、俺が連れてったげるから大丈夫、泣かないでいいよ」

 涙を拭いてやりたくて、僕は慌ててリュックからタオルを取り出した。その子は立ち上がると、両手を僕に向けてトコトコっと近付いてきた。白いランニング?、ワンピースだかなんだかを着てる。下着なのか寝巻なのか普通の服なのか分かんない。


「…ぅあおも」

 泣きすぎたのか、その子は声がうまく出なくて、何を言ってるか分からなかった。僕は膝立ちになって、その子を抱き止めて、顔をタオルで拭いてやる。優しく、力を入れすぎないように、痛くないように。


「俺、晴太せーた。お前の名前は?」

「……ぅい」

「うい、か?」

 女の子、ういは頷いた。

「どうした? 迷子か? お家はどこだ? お母さんは?」

 僕の立て続けの質問に面食らったのか、ういは、うって顔になった。失敗。答えやすい質問にしないと。


「せた、ぅいの、あごおも、しらない?」

 どうやら、せた、ってのは僕のことだ。でも、アゴーモって何だ?

「アゴーモ?」

「ぅいのあごおも、ないの」

 なんだか分からないけど、ういは、家や親よりアゴーモが気になるみたいだ。

「そのアゴーモ、どこでなくしたか分かる?」


 ういが指差したのは、僕が通ってきた松原の方だ。清水では有名な観光地だけど今は真っ暗だ

 松原の方を振り返ると、小さな明かりみたいのがゆらゆらしてる。


「せた、あごおも…ある?」

「探そう」

 肝心のアゴーモが分からないけど、とりあえず松原に向かってみよう。僕はリュックから家を抜け出す時の必需品である小型懐中電灯を取り出した。ういの顔を拭いたタオルを捻って懐中電灯をMBXのハンドルの真ん中に括りつける。

「乗んな」

 僕はBMXのサドルにういを乗せ、そのまま引きずり始めた。ういは軽くて重さを感じない。足が着かないういは、両手でハンドルの真ん中を握り、足が回転するペダルの邪魔にならないようトップチューブにちょこんと乗せてくれた。


 左側は真っ暗な海だ。黙って自転車を引いていると、闇から波の音だけがする。ハンドルを少し揺らして地面を照らしながら歩く。闇と音が怖いけど、ういの前ではビビったとこは見せれない。





 お゛ー ご ー お゛っご お゛っご お゛ご ぉ





 松原が近付くと、また、地響きのような低い声のような音が聞こえ始めた。でも、ういの目は懐中電灯の明かりを追っていて、音は気にしていない。僕にしか聞こえないのだろうか。


 お゛ー でぃ! え゛っ ばゔっ、 お゛でぃ!


 やっぱり、聞こえる。

 だんだん大きくなる。

 小さかった明かりも大きくなってきた。

 どこかで聞いたようなリズムだけど、どう聞いても猛獣の唸り声だ。


 松の生えた砂浜の一番高いところに、キャンプファイヤーみたいな火のような明かりがあった。篝火だっけ。その周りには…




 どん、って心臓が跳ね上がった。

 それから全身が冷たくなった。










つづく

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