本編1

 夜中に目が覚めて眠れなくなった僕は、こっそり家を抜け出して、BMXに乗って三保の灯台に向かった。

 まだ暗い夜の三保へ、僕のBMXは空気の壁に穴を開けるみたいに進んでく。



 僕は、晴太せーた。11歳。


 僕ん家から灯台まではちょっと遠いけど、灯台で海を見ながらコーラを飲んだらカッコいいだろって、そんなことを考えてペダルを踏んでた。

 国道は昼間より自動車は少ないけど、たまに大きなトラックが横を追い越していく。その音と振動に僕は少しだけビビる。


 左折すると清水エスパルスの三保グラウンドが見えた。僕はサッカー王国清水生まれの清水育ちだ。いつかはエスパルスに入ってオレンジのユニフォームを着たい。だから練習をいつも頑張ってる。



 灯台まであと少し、というところで、びゅおんって音がして、冷たくて強い風が吹いた。


 くしゃん


 軽い音がして前輪に何かが絡み付く。

 慌ててブレーキを掴むと、きゅっとタイヤが鳴った。


 BMXを持ち上げて道の隅に止めて、前輪を覗き込んだ。

 スポークにオレンジ色の何かが絡み付いていた。止まらなかったらスポークが折れたかもしれない。

 僕はぶつぶつ文句を言いながら、スポークに絡んでいるモノをスポークから外そうとした。


 これって


 それはツルツルした布で、街灯の光で鮮やかなオレンジ色を跳ね返し、見慣れた文字や模様も見えた。

 丁寧に、丁寧に、布が破れないようにスポークから外していく。


「やっぱり!」


 それは、エスパルスのレプリカユニフォームで今年のデザインだった。僕も大好きな選手の背番号だ。大切にしてただろうに、洗濯して干しといたのが風で飛んじゃったのかな。僕は、お母さんがやるみたいに、バサバサ振ってシワを伸ばす。Mサイズで僕が着ると丁度いいけど、もらうわけにはいかない。家に帰ってからお母さんに相談しよう。そう思いながら、なるべく綺麗に畳んでリュックの中にしまった。


 そして、BMXのペダルを漕ぐと、なんだかさっきまでよりペダルが軽くて、ずっと速く走れるようになった気がした。

 その勢いでギュンギュン灯台に向かった。



 右側には太平洋。

 有名な観光地の三保の松原がある。




 お゛ー げ ーぇ 

 お゛ー げ ーぇ

 お゛っ げ お゛っ げ ぇぇ 



 地響きのような音に僕はギョッとした。変な唸り声みたいなのが松原の方から響いた。

 でも、BMXが走って松原が後ろに遠ざかるにつれて、地響きも聞こえなくなった。


「なんだったんだろ、今の音」

 ちょっと怖くなったけど、灯台まではあと少し。夜明けはまだ先。

 海の向こうの伊豆半島の黒い影の上が少し紫になってきたような気がする。



 けど、僕は灯台に辿り着けなかった。



 しゃがみ込んで泣いている小さな女の子を見つけてしまったから。










つづく

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