第14話

「今、僕の書いてる小説なんですけど、法律的なことがわからなくてつまずいてて、こういうポスターとか盗んだら、どんな罰を受けるのか知りたかったんですよ。で、先生はいつもきちんとしたこと書いてるから、教えてもらえないかと思いまして、小野里さんに話を通してもらおうとしたんすけど、忙しそうでなかなか相手にしてもらえなくてですね」


「とうとう実践してみちゃった、と」


「です。手っ取り早いし、実体験って感情付いてくるじゃないですか。ずっとリアルになるでしょ。書きやすい」


 そーゆー問題なのか? この話は。リアルって何。架空の物語書くために、現実に迷惑かけていいのか、それで?


「すごい腹立ってきた。そんなことのためにオレのポスターを盗んだってことか、このバカヤロウ」


「アイドルの価値のあるやつじゃなくて、まったく価値なんてないただ同然のやつを次々とね、愉快犯なつもりなんだけど、目的があるようにも見える話なんだ。でさ」


「でさ、じゃない、でさじゃ。おまえは隠れることない、犯人だからっ。隠れたってオレがおまえを突き出してやる。とっとと出てけっ、おまえが愉快犯だ、その話の結末はほんとはポスターには天文学的な価値があって知らずに盗んだ犯人は首切られて湖に逆さ吊るしに今決まった! しかも湖にはワニとピラニアの二本立てだ!」


 ただ同然……。かなり深く中尾は傷付いたのだろう、相当派手に錯乱している。けれど天文学の問題はともかくとしても、私もかなり傾いて考えていた。


 手伝おうか? ワニの移動でも、って。


 誰も止めない暴れる中尾に背中を蹴飛ばされた佐々木は、よろけて三段、階段を降りた。支えるために手すりにつかまり、


「あ」


 と声を上げる。あ?


「これは警察の人の話を聞くチャンスじゃないか?」


 あぁぁ。


「あぁ、そうかもなッ。おまえみたいなバカは一度とっくり説教してもらって来い!」


「うん。じっくり話を聞かせてもらって来るよ。先生、今度お邪魔してもいいですか?」


「オツトメ終えたら話聞いてやるよ。佐々木君」


「ありがとうございます。僕、先生と好み似てると思うんですよ。古いのも読んでるんですよ、小栗なんてポピュラーなものじゃなくてですね、あ、夢野の評論書いたんですよ」


「いーからとっとと行っちまえってのっ」


「今行くよ、祐。自首した方が心証いいもんね。じゃ、先生、本当に話して下さいね。模範囚ですぐ出てきます」


「おー」


 微笑みを残して、佐々木くんは向きを返した。そしてゆっくりと歩き出すのは、なんだか映画のようではないか。


 ラストシーン。連続殺人犯人は、なんとクラスメイトだったのです、なんて。


 真実のところはポスター盗み魔の、悠然としたその背中に(忘れていたけど)芸術監督は、喚き立てた。


「ポスターに傷一つでもついててみろっ。市中引き回しで磔獄門だ、ばかやろーッ」


「よしよし」


 芽久はおままごとのお母さん役のように、暴れる中尾の頭をなでた。やれやれ、そして島流しだな、最後には。

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