第10話


『夜の学校』のイメージの広がりはものすごく、私は心臓がきりきりしていた。肺かもしれない、酸素が足りない気がするのだ。


 こんなん、ただ明るくないだけの世界やん。見えないものを恐れるな、勇者よ! って、誰が勇者やねん。


 こんなところ、どうして来ようなんて思ったんだろう。


 西門を乗り越えるのは、簡単だった。その気になったら簡単すぎて、なんだか自分が怖くなる。門の意味を見失ったら、体力・技能的には難しいことじゃない。


 換気用にしては大き過ぎるのに、戸締りのしていない窓から校舎の中に入り込む。まぁ学校なんて盗まれるものもないし……なんて言ったら、中尾に反論を叩きつけられるだろう、今なら。


 ポスター。はいはい、あんたの精魂込めたポスター、盗まれたんだったよね。


「やぁ懐かしいじゃーないか。夜の学校、良く忍び込んだもんですわ」


「何のために」


「人生ほどよくスリルを混ぜて」


「つまりとにかくなんでもやってみるってことだよね。目的とかなくて、やってみたいだけ」


 常に緊迫感のない修平ののんきな回想と、中尾のナイスな回答が、廊下中に広がった。


 エコー設備でもしかけられているんじゃないのか? 声が響いているのは、洞窟の中のよう。夏でもないのに、肝だめしかい。


 シーズンオフで、良かったけども。


「どこ目指してるの?」


「職員室前の廊下。今はあそこが一番貼ってある」


 ホントに黒いシャツを着てきた中尾の手が前を指差すのが、ぼんやり入っている街灯の光で見えた。主忍の横に修平がいて、その後ろに私と並んで芽久がいる。


 黒いスカートの丈は膝上で、なんとバッスルスタイルで、生地の性質ががさがさと歩くたびに音のするもの。忍者?


 黒いジーンズの私は、息を吐きたくなってしまった。忍者?


 がさがさの間に、芽久の声が言った。


「四人で別々のところを見てたほうがいいかなぁ」


「んなっ、なにを言ってるんだ、芽久。一人になるんだよ?! こんなとこで一人だよ」


「そっか。犯人怖い人だったら怖いか」


「静佳はいろーんなモノを怖がってるんだよー、芽久ちゃん」


「それが普通だよ。怖いよ、普通」


 暗い中でも睨まれたのがわかった。


「しゃべるなよ」


 立派な眼力です、リーダー。


 テストの結果なんぞを貼り出すことが多いために、私はあまり見ないようにしている掲示板は、隅から隅まで何かで埋められていた。


 それが中尾の大切なポスターなのかどうかは見えないけれど、とりあえず盗まれてはいないらしい。


 ここを目指してやってくる人間には気付かれないだろうと思われし位置の階段途中に、私たちは明るかったらバカみたいなジェスチャーゲームの末、落ち着いた。


 お互いの顔なんて、顔であることしかわからない暗さの中で、私はすぐに思いついた。いつまでこうしているわけなんだ? 私たちは。


 そう言えばそもそも、現れる可能性は低い方なんだった。いつもは明晰な中尾は、今は怒りに判断力を狂わされている。


 のこのこ着いて来ないで、説得して止めるべきところだったんじゃないだろうか。判断が狂っていたのは、私たちも同じだ。


 しかし、止めて止まったとは思えないから、結果としては同じことになっていたと思われる。結局私は、もしかしたらに傾いて、ここでこうしていただろう、きっと。


 結果が同じだったと思うと、少しは気持ちも軽くなる。今さら帰っても気になるだけだし、観念してここで朝を迎えるとしよう。きっと中尾はその覚悟だ。

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