第7話

「変な話聞きたいでしょー。修さん」


「おまえの話は変な風に変だ」


「もういいんだろ? 小野里」


「いいよー。どうにでもしちゃって」


「静佳に許可を取るなよ。オレが雇い主なのに」


「バイト料安いよな」


「いいぞー、中尾―」


「おまえ静佳になんか借りでもあんの?」


「なんでも冷静に見てるだけ」


「とっとと本題に入りやがれ、依頼人」


 依頼ってわけじゃないけどさ、と立場をはっきりさせてから、中尾は砂の上に足を伸ばす。


 私は返されたパソコンを終了させて、バッグの中にしまい込む。糸まきを持った芽久と、凧を持った修平も座り、歪な円が描かれた。


「帰りがけにポスターの話したじゃん。いっちゃんと門のとこでさ」


 あぁ。掲載許可がどうのって言っていたあれ。


「修さんも卒業生だから知ってると思うけど、今井さんの銅像あるでしょ」


「喜兵衛さんだな」


 知ってるんかい。


「うん。それにさ、最近ボールぶつける奴がいて、影の役員会としては取り締まりポスターで対応したわけなんだけど」


「ポスター」


 その言い方が気に食わなかったらしい。中尾は声のボリュームを一つ上げた。


「そんななんでもないポスターじゃないんだよ、オレたちが作ったのは。彫刻家ミケランジェロがピエタを彫り上げるような苦労がそこにはだねぇ」


「祐はがんばったんだよ。修ちゃん」


「そうなのか。芽久ちゃん」


「もうね、フェルメールがモデルを探すのにも似た苦労をしてねぇ」


 語る中尾に対して私たちの、反応が薄いことは明らかであった。沈黙の中、空気は軽い。


だから、さらに声を大きくし。


「ここわかってもらわないと、後の重大さが伝わんないんだけど、浸透した? 二人とも」


「したよ。おまえがモーツァルトがレクイエムを書き上げるに値する苦労をしたってことは」


 できてないじゃん。


「まぁいいや、続けるよ。わかってくれたと信じることにする。その方が自分としても楽だよね」


 口からはあきらめる言葉が出ているけど、まだ重ねて何か訴えたそうな目で私たちを見つめててる。しつこいですねぇ、もう。


「どんな重大な話なんだ? 祐」


 促す修平にため息をぶつけ、中尾はやっと話を始めた。


「昨日は委員会でオレたち、最終下校まで残ってたんだ。帰りがけに階段下のやつを愛でようと思ったらさ」


 そすとあの後、また校舎に戻ったのか。そうか。私を探しに出てきたんだっけ。

ところで。


 愛でる? と言ったか? ポスターを?


 と。次の瞬間。


「ないんだよ、まったく! きれいさっぱりなくなってんの。一号館の一階突き当たり! 階段の手すりの裏の掲示板だよ! 金箔張った額縁に銀色を散らした桜の花びらに海には花火! 大蛸には豆絞りねじり鉢巻をしめさせて、包丁一本握らせて! 二枚とも!」


 咆える中尾は、――うるさかった。いちいち威勢良くうるさい。


 やっぱり私の中には浸透できていないらしく、言っていることの大半が、なんだかとてもムダそうに聞こえる。たかがポスターだろう、との考えが、頭を支配しているからだ。


 修平は首を前に突き出して、口を半ば開いて眉を寄せているところから推測すれば、きっと私と変わらない気持ちでいるんだろう。


 そう思うと、私は反発して思うのだった。あんたもいつもこんなだよ、と。一人陶酔突っ走りだよ。


「その場にいるやつの話を統合してみたら、東の一階の掲示板のもおとといからなかったってわかった。そいつはどこかに移動したのかと思ってたんだけど、そうじゃないことが事実だっつーことで、学校中走ってみれば、図書室前の階段にも何もない。視聴覚室の中と、三階中央。それぞれに違うデザインを貼っていたってのに!」


 どんなだよ。

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