第6話


「凧の歌歌え、静佳」


「名前呪縛に従ってるから却下」


「音痴だからな」


「ほっといてもらおうか」


 絵日記描くなら太陽を真ん中にと言うくらい晴れすぎた空の下、修平は楽しそうすぎに凧の糸を引いていた。


 暑くも寒くも涼しくもなく、爽やかに気持ちがいいこんな日、犬が一緒でも単品でも、砂浜は散歩する人が途切れない。


 一人残らず珍しそうに凧を見上げ、いろいろに顔を変化させて去ってゆく。変り者です、すみません。


 言われてみたらカラスに見えてしまう鳶は、悠々と大空にある。まァ、あれだけ小さかったらハチドリだけども。


 なんだかとても気持ち良さそうで、完璧なる結果を探るために、凧にぶら下がってみたらどうだろう―――なんて、修平に聞こえて本気にされたら、明日は新聞に登場だ。


 未成年だけど被害者だから、名前も出してもらえるだろう。


 色恋とはまさかなのだから、そんなことは考え続けなくてよろしい、と言うのに、頭の中ほぼほぼ支配されている私。


 スーパーで佐々木君が言いかけたのは、『聞きたいことが』だったんだと記憶している。しかも修平の話をしていたんだ。


 考えるに、――あいつは修平のファンであることは間違いなし。だからきっと修平について何かを聞きたがったんだ、と思ったけど他に『お兄さんが警察に』とかなんとか言っていて、そこからが行き止まりになる。


 それは私のことじゃないですか。


 こんなことをぐるぐると考え続けて私はまんまと寝足りていないんだよ、本日は。


 しまいには、佐々木君ってわりと顔は悪くないよねとかって、なんか打算入ってる、私の思考。


 うあー、良くない。良くないよー。でも頭も悪かなさそうだ――とかじゃーなくてね、静佳くーん。


 被愛妄想だって、これ。あぁもう。頭の中身、消去してくれ。


「しゅーさーん」


 中尾の声だ。振り返ると、海岸道路のガードレール(の上)から、手を振っていた。芽久は横の石段を、途中まで降りてきている。


 二メートル三十を跳び下りた中尾が着地に失敗して砂に埋もれるのと、ラスト一段を踏み外し、芽久が砂を撒き散らすのとが、同時に起こった。


 なんなんだ、あんたたちは。


 二人ともあまり事には動じない性質なので、てきとーに砂を掃いながら近付いてくる。


 地域住民がグループを形成して清掃にあたっている結果として、浜はいつも美しく、転がってもケガはしないらしかった。


「すごい凧上げてるねー。なんの真似?」


「実験だって、実験」


「静佳ちゃんはなんでパソコン抱えてるの?」


「最終手段。先生がこれ確かめたらすぐ抜けてたとこ送ることになってるんだ」


 確かめられなかった時のことは考えないことにしている。行き当たってばったりするんだとしたら、もうそれも宿命って気分。


「凧使うの? 石川五右衛門?」


「異国で使ってこそ意外性だろ? 日本じゃ使わないぞ、オレだって」


「それもすでにあんまし意外性とかないような」


「ほっとけっつの」


 遠慮のないその指摘に、修平は苦い返事を大声でとばしてきた。中尾は楽しげに笑い座り込むと、横からパソコンの画面を覗き込んだ。


 途中の半端な一部分でも構わないらしく読んでいる。


 芽久は興味を示したらしく、凧を見上げて一直線だ。お父さんのところに行く子供みたいだなー、なんて思いつつ、この先の脱線が見えてきて、声をかけた。


「送るよ、修平」


「いーぞー」


 ほどよく実験が片付いたところでの登場で、ホントに良かったことでした。『らぶりー芽久ちゃん』が登場してしまっては、修平はまともに作動できない。


 私はメールの体裁を整え、送信ボタンを押すと、パソコンごと中尾に画面を明け渡した。


 膝の上から重たい物がなくなって、気持ち的に重たい仕事も終了して、なんだかとってもいい気分。


 凧あげにはしゃぐ芽久の声と、修平のミス箇所をツッコむ中尾のつぶやきをバックに、私はあおーい空を見上げてみた。


 こんな長閑な気持ちになるのは久しぶり。


 やがて、眠ってしまおうかの考えが頭いっぱいに広がったところで、横で中尾が大きな声を出した。

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