第3話

「戻ったぞ! 修平ッ」


 予定も予想もクリアして、眠る修平を見事に見つけた。時計が示すのは三時半を回ったところ、昼寝魔法のピークタイムだ。


「静佳……、お兄さん、今横になったばっかし。かわいそうだろう」


「それきっぱり自分のせいだから、良く考えてみて。ほらはいっ起きるっ、起き上がるっ」


 お兄さんとは図々しい。おっさん・西野修平は人間として生きるを重ねること三十年以上のシロモノ。


 座るのが正しいソファに長―く伸びて、高かったと自慢するくせに形態を破壊する行為に出ている。


 そう遠くなく真に高『かった』になってしまうこと間違いなしを、自分で招いているんだからバカこの上なし。


「名前呪縛の法則について語ろうか、静佳くん」


「それ私だって従いたいとこだから。どこまでできたの、まさか終わってないだろってわかってるけど」


「いちいち棘のある女だな。ウツクシクないんだから棘もやめないとマズイぞ、おまえ」


「出し入れ自在だから平気平気。これ修平専用だし。あれっ、なにこれっ、なんでこんなとこでつまづいてんのっ?」


 腹の立つことに起き上がらないまま、マジックハンドなんぞを使い、拾い上げた紙を私に突き出してくる。


 机の上にチェックしていた原稿を戻して、ふるふる不安定に震える魔法の手から、くたりとへたれた薄い紙をひったくった。


 なんだこれは。このかすれた文字は、ファックスか?


 発信者の名前を見て、嫌な感じが駆け抜ける。類は友を呼ぶのことわざ生かしすぎて、修平の周囲には妙な人間が集まりすぎているのだけれど、この麗しいカリグラフィー的署名を描く柴田って人間、内訳としては常に遠くに置いておきたい質の妙人間なのだ。


 本文は『聞かれたならば答えよう』と始まっている。A4版の紙に所狭しと言うよりはトコロかまわず書きちらかされた字だの図だの数字だのは、柴田さんの他にもう一人の人物の手が入っている様子。計算や図の意味や意義についてはさっぱりとわからないけれど、何について為されているものなのかはだんだんとわかってきた。


 これはつまり現在進行の小説内で使われているトリックに対する批評なんだ。


「余計なマネをしてくれちゃうなあっ、柴田さんはーっ。もうちょっとで完成だったのに、なんだって途中で相談とかしたりしちゃうの。それとも前から聞いてたの?」


「いや今朝思いついた。理屈として合ってるか聞いてみるべきだよな。そいで理系のシバ君に確認をって」


「理系ってあの人薬屋さんでしょ、ちっとも違うのに」


「ちゃんと物理屋に聞いてもらったって。オッケーらしいわ」


「んでなんで止まってんのよ」


「理屈だけじゃ不安じゃん」


 そいじゃ柴田さんと、さらに巻き込まれたなんとかさんの詳細な回答の意味は?


「凧、買ってきて」


「はい?」


「不確かなことは書くのやだろう。実現不可能なトリックでしたって、後で指摘されたらみっともないぞう。その時に自ら実験結果を持っていたら、現象として反論できるんだぞう」


「言うことはわかるけど、こんな時期に凧なんて売ってないよ」


「探してもみないで言うなよ。おもちゃ屋の端に一個くらい転がってっかもしんないじゃん」


「ろくでもないものなんでもとっとく先生の宝箱とかには入ってないわけ? 凧の一つくらい」


「屋根裏部屋の鍵、失くした」


「このばかたこおやじッ」


「おやじ喜んでタコ持つから、買って来てー、静佳ちゃんー」


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