未完成×サイ→コ↓ロ←ジ↑カ→ルの匚

gaction9969

〇●〇

 周知だと思っていたコトが、実は自分だけに訪れていたモノだったと、ふとしたきっかけによってもたらされた時、どういう反応を返せばよいかなんて、僕なんかには全然分からなかったわけで。


 そもそも、そんな違和感の予兆というのはあった。このヒトは何で心にも無いコトを言うのだろう、とか。このヒトの言葉の意図は分かるのだけれど、なぜ、


 ……なぜその言葉に合致した「感情の色」を放出していないんだろう、とか。


 感情には色がある。確かにそう僕には視えていた。


 ……いや、今もまだ視えている。自問の後に来た絶望は、自分の中の感情がぐちゃまぜになって、周りの色をも呑み込むかのような「漆黒色」をしていたけれど。それを基本ベースに、それを背景バックに、より、周りの感情の色が、鮮明に視えているまであるかのように。


 何で僕だけ違うのだろう。


 そもそも昔から、感情に乏しい、泣かない笑わない怒らない子供だった、と記憶している。ただその頃はまだ良かった。施設の周りの子供たちは「怒る時には赤」「泣く時は青」、そして「笑う時には緑」と、「出す」感情と色がすんなり直結していたから。むしろ相手の気持ちを慮って繊細に精密に動けていたかも知れない。でも逆に自分の「感情の色」を出すことは何となく恐ろしくて、そして恥ずかしくて、いつしか僕は感情を顕すということを避けるように、自重セーブするようになっていった。


 ヒトが、感情とは違う言葉や表情や行動をすると知ったのはいつの頃からだろうか。


 分からなくなった。笑いながら癇癪シグナルを発し、泣きながら恍惚マリーゴールドの色を呈し、そして無機質に激憤アガットを噴き出させる。自分がどうかしてしまったのかと危ぶんだが、それはそもそもの根幹からして間違っていた。僕がおかしかったのだ。そして感情は往々にして、自らの内で醸成されるかのように籠り、外にはのままでは出ていかないということも実感していった。けど、


 押し殺し、偽るのならば、感情は何のためにあるのか。


 その考えに至った時、僕の「感情」も摩耗し、虚ろになっていくように感じた。様々な感情のひとつひとつを丁寧に「箱詰め」にして、意識の片隅に積み上げて整理し、漏れ出さないようにきちりと管理する。そういったことを繰り返すうちに、自分がまたあの「漆黒」に呑み込まれていくように感じた。生死の境も、よく分からなくなるほどに。


 そんな僕を救ってくれた言葉を、今でも覚えている。いや、多分一生忘れない。


――「感情」が視える? 「感情」を「箱詰め」に出来る? はっは、するっとそんなことを言えるってことは、相当なもんだ。


 本当の「感情」の乗った言葉、本当の「感情」を孕んだ表情……


 ……僕は、僕を必要としてくれるヒトたちのために、自分の「感情」を武器に、「感情」と戦う。これからも、多分ずっと。


(了)

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