コンビニ弁当
sui
コンビニ弁当
夕暮れ。
制服を着た子供達は未だ外を歩き回る。友人との何気ない会話には笑みを浮かべて時に燥ぎ、一人になれば虚ろな瞳でスマートフォンを眺めている。
道行く背広の大人達は急ぎ足で目標へ向けて真っ直ぐ進む。或いは、ただ止まる事を忘れている。
その波に乗って移動する自分の顔にも、果たして表情があるのかどうか。
今は大して気にならないが、家に帰って腰を下ろせばその場を動かなくなる。そういう疲労の予感がある。
こうなってしまえば、帰ってから何かすつもりでいる事が間違いだろう。
頭を切り替えてコンビニエンスストアへ立ち寄った。
夜を忘れさせるような明るい店内に、あらゆる商品。
棚に並んだ日用雑貨を見ながら、そう言えばアレはまだ予備があっただろうか等と考える。
幅の狭い菓子コーナーでどこかの子供が留まっているのを横目にしながら目的の場所へと足早に向かう。
弁当三つ、三種類。
栄養価、腹持ち、見た目、全てそれなりかそれ以上。こちらが何も考えていなくても他人がやってくれるのだから有難い話だ。
さっさとレジへ向かって会計を済ませ、帰路を急いだ。
「ただいま」
扉の音と共に何か慌ただしく動いたような気もするが、一々気に留めても仕方がない。
「……えー」
「何だ、えーって」
「別に」
中途半端な場所に立っている娘に呆れつつ弁当を食卓に乗せる。
年々そこらで見る女性と変わらない今時らしい姿になっていくが、戸惑いばかりしかない。
可愛いと言えばそうなのかも知れないが、娘と思えば何故これがそうもお洒落をするのかという気持ちにもなる。
生意気な態度を取られれば本気で腹が立つ事もあり、しかし自分の子だと思えば下手な注意をしたくはなく、かと言って放ったらして良いものなのかも分からない。
「風呂入るから、先食べてていいぞ」
「どれ食べていいの?」
「選んでいい」
「あ、そ」
「夕飯弁当買ったって母さんに連絡しといてくれ」
「は?まだしてないの?」
何か文句を言いたそうにしているのを置いて、着替えを取りに行く。
これ以上、澱を被っていたくない。
汚れ物を籠へと放り、熱いシャワーを頭から浴びる。この瞬間が一日で最も心地良い。
重苦しい物が湯と共に排水溝へと流れて行くような感覚。閉じた目が開かれるようでさえある。
清潔感のある匂いのシャンプーでザカザカと頭皮を揉めば、更に調子が出てくる。
泡を流して体を洗う。ふと二の腕を見てこんな物だっただろうか、等と思う。
昔はもっとしっかりしていた様な気がする。それこそ、ケラケラ笑いながら飛びついてきた子供をぶら下げても、真っ直ぐ立っていられる位には。
澱も靄も排水溝に流して風呂を出る。
湯船に浸かりたい気持ちもあるが、そうも言っていられない。
タオル、ドライヤー、部屋着と流れ作業を経てリビングに戻れば、スマートフォンを弄り続けている娘の姿。
「まだ食べてなかったのか」
何の為にこちらが急いだと思っているのか。全く、子供と言うのは自由なものだ。
「良いでしょ、別に。あと母さんもう少しかかるって」
「お前はどれ食べるんだ」
「どれでも良いよ、てか全部弁当でしょ」
「……肉と魚は?」
「じゃあ、魚」
注意書きを読み、レンジに弁当をかけていると換気扇が回っている事が気になった。
コンロを見ればなかった筈の鍋があり、蓋を開けると湯気と独特の匂いが立ち上がる。
寄って来た娘が空の椀を差し出してくる。
「味噌汁」
「作ったのか?」
「……だから?」
「いや、別に」
具はワカメと豆腐。冷蔵庫に入っていた物だろう。
「お茶淹れて」
「ポットあるだろう、そっち使え」
「は?自分でやってよ」
「お前も飲むんだろ」
「……面倒臭っ」
「ったく……」
箸と湯飲み。湯気の立つ椀。弁当。
食卓の上が整っていく。
「いただきまーす」
「……」
挨拶こそすれ、スマートフォンを卓上に乗せて視線もそちらへ向けたままの娘は本当にどうしたものだろうか。
考えるのにも気力が要る。そして今はそれがない。
弁当を広げる。店で選んだ時よりも、魅力が少し落ちて見えるのは何故なのだろう。
肉を掴んで口へ運ぶ。それから米を一口。味は想定内で文句はない。下敷きになった野菜の萎び方だけは歓迎出来ないものの、そんなのは贅沢な話でしかない。
煮物を摘まむと思った固さではなく違和感を覚える。口に入れると野菜の味が強くしてやや驚く。
味噌汁を啜る。少し味が薄い。流石に口へは出さない。
以降は繰り返し。段々と器の下が見えて来る。
「ご馳走様」
「……早くない?お粗末様でした」
「よそ見しないでちゃんと食べろ」
「別に良いでしょ」
「味噌汁、上手いな」
「は?ある物入れただけだし」
「……そうか」
「そうだよ」
「ただいまぁ。遅くなってごめんねー」
「あ、おかえり」
「おかえり」
「デザートだけ買ってきたんだけど」
「ええ?太るじゃん」
「……」
「あれ、味噌汁あるの」
「そうだよ」
「じゃあちょっと多くなったかもね」
「賞味期限は?」
「えーっと……?」
人の世は難しい。
しかし食事を摂れば腹は満たされ、温もりは心身を癒す。
コンビニ弁当 sui @n-y-s-su
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます