色界幻想

葛瀬 秋奈

色界幻想

 扉を開けると、世界は灰色だった。

 

 コンクリート打ちっぱなしの壁と床、もう役目を果たさなくなった天井から覗く鉛色の空。


 慎重に閉めたつもりだったが、金色のドアノブは音を立てて崩れた。


 にわかに風が吹き、足下にぽたりと黒い染みができる。雨。水は無色透明なのに、灰色の床を黒く染めあげていく。


 傘はない。構わず先へ進む。


 ざあざあと銀糸を垂らすように降っていた雨は、ふいにぴたりと止んだ。ふたたび空を見上げると、青空に虹がかかっていた。


 相変わらず風は強く吹いている。


 藍色の外套がやけに重い。脱ぎ捨てていきたかったが、やめておいた。歩き続ければじきに乾くだろう。


 先へ進む。


 地面は灰色から茶色に変わった。そこかしこから枯れて黄ばんだ草が生えている。


 どんどん先へ進む。


 草木が青々とした緑色へと変わってきた。幾重にも重なり合った葉の隙間から陽光が差し込んで、部分的に白くなっている。白黒と思われた陰影は、しかしよく見ると茶色のグラデーションにすぎない。


 柔らかな風を感じながら歩みを進める。


 しばらく木陰に包まれていたが、やがて視界がパッと開けた。赤土の荒野、地平線の先へと続く黒いアスファルト道路。青い空には白い雲がぽつんと浮いている。


 照り返しに目を焼かれながら彷徨うように道を歩く。


 やがて壊れかけた黄色と黒の踏み切りが現れて、カンカン響く警報と共に赤ランプが点滅した。鈍色のレールの上を橙色の無人列車が走りすぎていく。レールの中で紫のスミレが揺れていた。


 残響音をぼんやり聞き流して先へ進む。


 薄汚れた白いビルディング群の間を通り過ぎた。ことごとく崩れかけていたが、その陰で三毛と白黒の猫たちが仲良く寝ていた。柔らかそうな毛に包まれた腹が規則正しく動くのを見た。


 バタバタと羽音が響き、カラスの群れが飛んでいく。青かった空はいつの間にか赤く染まっていた。長く伸びた影が行く手を阻む。急速に色が失われていく。


 そして世界は藍に落ちた。

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