第2話 「春分からの1年間を占う準備開始」

「七色書房」は森と街との間に存在している。何処の森なのか街なのかはわからない。言い換えるなら、星々と地球との間の何処かに七色書房は存在している。

 

 ここ七色書房は、本が並んでいない、置かれていない「書房」である。

 ご縁のある方にとって、その時々の重要な物語と出会うことの出来る、どのような物語と出会うのかも七色にも始まってみないとわからない、そんな書房だ。


 今日はまだ誰かがやって来るまでに時間がある。店主は「七色書房」の店の中で考え事をしていた。

 店内の一角にある、いつも店主専用のひとつの机、ひとつの椅子がある。その椅子に座って、店主は小さめのサイコロをその左手の中でころころと転がしていた。これで何かが出来ないだろうか…と考えているのだ。

 

 七色は占星術やタロット、瞑想による意識の旅と縁のある人生を歩いてきている。それらを社会的自我の欲求を満たすものや当たり外れに重要度を置かずに、自分がより階層の違う自分自身と出会っていくことを目指していく意識の旅、内側の宇宙への案内ということに重点を置いている。昔も現在も七色はそうしてきた。だからだろう、七色は街の中には居ない、街の中では見つからない、そんな存在かもしれない。その人の持っている物語が起動し始めるような、そんな縁の起こりやすいタイミング、そういう時に出会うことになる。


 サイコロには占星術の12星座の星座記号が描かれている。

 そのサイコロを手に取り、そのひとつずつの記号を始まりの星座である「牡羊座」からひとつずつを確かめるように掌の中でころころ転がしている。


「牡羊…座、牡牛、双子…蟹…、獅子、乙女座…」

「そして、天秤座、蠍、射手…、山羊…、水瓶、魚座。これで、これで12サイン(星座)が揃っていますね。ならば…」


 そう呟いた店主七色。

 これは五角形の面に星座の記号が描かれていて、それは十二面体ということでもある。アストロサイコロと呼ばれているものだ。

 サイコロに描かれている十二種類の星座記号を一通り確認した後、机の引き出しの中にあった厚めの紙を使って三十枚のカードをささっと作っていった。

 サイコロは机の上の奥の方に邪魔にならないように静かに置く。トランプのようなタロットのような長方形の縦の形状のカードには1~30の数字のみを大きく紺色のマジックで手描きした。ハンドメイドの数字カードの出来上がりだ。


「1から30まで、これで、揃ってる」

(思い付いてしまったものの、準備となると、けっこう大変なことね)


 急ごしらえで用意したであろうその一枚ずつの数字カードを並べながら、ひとつずつ数字を数えて三十枚を確認していった。店主にとってはこの簡易的に急いで作って準備するというやり方は珍しいことではない。思い付いたことを形にしていく段階では、まずは時間をかけずに直感的に手先に任せて形にしてしまいたいのだ。それが店主、七色である。


 その後、カードを一度机の上でタロットカードを混ぜるようにしばらく最初は左回りに、次に右回りにカード全体を回しながら机の上で広げていった。数字は見えないように伏せておく。カードが机の上に様々な方向に散らばっている状態だ。


(準備が整ったわ)

 置いていたサイコロを再び手にして小さく店主は言った。


「今年の春分からの一年を表わす12種類を出します」


 そう宣言をしてから、最初のサイコロを机の上に転がした。

 ころん、ころころころ。

 とあるひとつの目で止まった。


「これは、双子座…の」


 そのまま今度は散らばっている数字カードの中からこれだと思う1枚を引くと「20」の数字が出た。


「ということは、1番目の記号と数字のセットのこれは、双子座の20度ってことですね」


 サイコロから出た星座「双子座」と数字カードから出た数字「20」をメモして合せる。数字カードを戻して再びリセットしてシャッフルする。次に新たにサイコロを転がして出た目の星座記号をメモして、その後に数字カードを1枚選び、その二つをセットしていく作業が続く。


「2番目の記号と数字のセットは、天秤座の、3度、ということですね」


 店主はサイコロをさらに転がし、次に数字カードを引いて、これと同じことを全部で12回繰り返していく。予定していた通りの12種類の星座と数字のセットが出来上がった。



 今回この占いには「サビアンシンボル」を使うことにしたのだ。

 それゆえの数字カードの準備だった。

 星座の記号が描かれたサイコロと1~30の数字カードを組み合わせることで、とある星座の度数をピックアップすることが可能になる。

 牡羊座から始まる12星座の中の一つずつの星座はそれぞれが30度で、12星座で360度になってひとつの円になるが、これが占星術でいうところのホロスコープ(出生図)の基本の形だ。

 牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座で6つ、さらに続いて、天秤座、蠍座、射手座、山羊座、水瓶座、魚座で12の星座が揃うことになる。これらのひとつずつの各星座は1度から始まって30度で終わりなのだ。

 通常の占星術では、生年月日と出生時間、出生地情報から計算して個人のホロスコープを作図する。今はコンピューターが自動計算してくれるものがネット上にはいくつも存在しているので、自分のホロスコープはすぐに出すことが出来る。このホロスコープにはメインの10個の天体が散らばることになる。


 しかし今回は、誰もが持っている360度のひとつの円の中にある1度~360度という一度ずつに象徴文が当てられている「サビアンシンボル」というものを使うことにした。

 12(星座)×30(度)であるこの360度の円の1度ずつには「12星座の1~30の各度数」と「象徴文」が存在している。それが「サビアンシンボル」という名前が付いているもので、360度の中の1度ずつの特徴や働きを表わしているのである。このサビアンシンボルは、とある時代にとある人たちによって、アカシックレコードと呼ばれている宇宙の図書館からチャネリングによって降ろされたものだが、後々にとても精度が高いということで研究され、世界に広まって今でも地球の占星術の世界において使われ続けているものである。

 サビアンシンボルをこの世に出したのは、主に二人の研究者が代表的だろう。米国の占星術家であるマーク・エドモンド・ジョーンズによる研究会の中で詩人でもあったエリス・ウィラーがアカシックレコードをチャネルしたものをジョーンズが書き記してまとめていき1920年代に提唱、その後、ジョーンズの友人でもあったディーン・ルディアによってさらに研究が進み、広く展開されていった。


 今回はこのサビアンシンボルをタロット的に使って、春分からの一年間の傾向やヒントを地球の地上を日々生きている縁のある方々に届けよう、より元気に日々を歩きやすくしていけるように、というのが店主のそもそもの思いであり目的だった。


 七色は用意した「サビアンシンボルカード占い」とも呼べるような12の星座記号と1~30の数字で組み合わされた12種類のセットを確認した。



 街と森の境目にある七色書房の窓の外の森の木々や空の色が刻々と変わっていくのを七色は見ていた。

 

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