第12話 #今日の夕ご飯は炒飯希望⑥

 想像だにせぬ光景に清巳は思わず足を留める。後方二メートルに気配が降り立つ。誰の仕業かは尋ねなくても分かった。

 ……どこまで着いてくるんだ。

 全てが釈然としない。複雑な顔をしながら清巳は再び走り出した。

 その後も清巳が手を出すより早く魔物は全て木っ端微塵に切り刻まれた。現象から考えて彼女の魔法によるものだろう。無詠唱と発動速度はそこらの探索者の比ではない。


 魔法を使えなくなって以降、弟妹で世界が完結している清巳はめっきり魔法から遠った。辛うじて新魔法が発表されれば情報を確認することはしているが、その中に魔物を木っ端微塵に切り刻む魔法はなかったはず。彼女のオリジナルなのか或いは複数同時行使なのか。どちらにしても規格外は規格外である。

 そういうのは見て見ぬ振りが一番。幸い、データにも残らないので、これ幸いと記憶の彼方で焼却する予定である。


 その後も静の貢ぎ物を躱しながら中層一階まで戻り、清巳はぴたりと動きを止めた。

 後方にはしっかりと彼女の気配がある。

 ついてきて本当に何をしたいのだろう。自分では撒くこともできない。

 諦めるしかない現実に清巳はため息を飲み込み、後ろを振り返った。


「そろそろ、配信再開するつもりなんだが」

「ん」


 首が縦に振られた。

 離れるそぶりは見せない。


「このままついてくる、のか……?」

「ん」


 がっくん、と首が縦に動いた。


「……………………………そうか」


 もうは何も言うまい。

 中層の一階から上層十階に昇り、浮遊カメラを飛ばした。

 映像と音声を再開した清巳は、後方で揺れた気配に、反射的にポーチの蓋を押さえた。


「あ」


 ポーチを押さえていた手に、彼女の指先が触れる。

 ゆっくりと肩越しに振り返った清巳は、静をじっとりに睨みつけた。


「油断も隙もないなおい」

「ん」


 両手で抱えた鞄を得意げな顔で差し出された。

 清巳は渋面をつくると、大仰にため息を吐き出した。


「カメラも回してるのに堂々と譲渡しようとするな……」


  [あ、おかえりー]

  [おかえりなさい]

  [なにしてんの]

  [随分とお楽しみだったようで]


 静は地面に品々を置き、先程よりも大きな魔宝石の小山を二つ、指で差した。


「ん」

「獲得権の放棄をしたところで、トラブルの火種になるから拒否する。あと、ちゃっかり魔宝石を付け加えるな」


 いちゃもんは、つけようと思えばいくらでもつけられる。態度が激変した理由がが分からない以上、警戒はやめられない。


「…………わかった」


 渋々といった顔で小山を袋に詰めていく。

 やっと分かってくれたと安堵したのも束の間、先程の獲得物が収められた袋が、ずいっと目の前に差し出された。


「ん」

「袋に入れればいいってものでもないから。頼むから人の話を聞いてくれ……」


 疲れたようにため息を吐いて、清巳は静に背中を向けた。

 その後も袋に綺麗なリボンを巻かれたり、無地の生地にきらきらと魔宝石を飾り付けられたり、改良を施された袋を差し出されたり。

 いつになったら諦めてくれるのかとうんざりしながら逃げるように地上へ走る。真剣に逃走する清巳の後方をぴたりと着いてくる静に苦々しい顔が隠せない。


  [兄の惚気が少ない回がこようとは]

  [振り回されてる兄も良き]

  [アオハルですか? これはアオハルの始まりですね⁉]


「早く家に帰りたい……」


 惚気る間もなかくダンジョンの入り口につき、清巳は愚痴りながらカメラを振り返り、配信を閉じた。浮遊カメラを回収して、予備の武器とともに鞄に押し込む。

 身体を襲う、いつもより強い疲労感に深呼吸を繰り返す。

 それでも妙に息が切れる気がする。頬を掻いて清巳は端末を操作した。


『まだかかると思う。お菓子リクエスト受けるから夕飯残しててくれ』


 いつもより鈍い指先でメッセージを弟に送り、清巳はゆっくりと息を吐き出した。

 傘を差しながら地上へ出た。ぱらぱらと雨粒が傘地を叩く。

 後ろをついて歩いていた気配が動かないことに気が付いて、ふと足を留めて振り返った。

 ダンジョンの出現とともにできた四メートルほどの山の麓に、ぽっかりと入り口は開いている。その内側で、静は地上の境界線を仇でも見るかのように鋭い視線を向けていた。

 ……そのうち帰るだろう、たぶん。

 結論づけて、清巳は研究機構への道を歩く。


 そぼ降る雨音に武器を失った哀惜が募る。置いてきたのは自分の意志だが、やはり七年も世話になった相棒を、そう簡単に忘れられるわけがない。

 気を抜けば崩れ落ちてしまいそうで、清巳は意図して足に力を込めた。

 ぱしゃん。

 後方で水音が跳ねた。気配が後ろをついてくる。

 肩越しに振り返った清巳は疲れの滲む声で尋ねた。


「……機構に行く予定なんだが、まさかついて来るのか?」

「ん」


 フード付きの上着を羽織り、顔を隠すようにフードを目深にかぶった静が首肯する。

 清巳が歩き出すのを待っているのか、そのまま静は立ち尽くして動かない。

 しとしとと降り注ぐ雨が静の上着を濡らしていく。

 清巳は小さく嘆息すると踵を返した。


「入ってけ。風邪引くぞ」


 きょとんとした顔つきで沈黙していた静は、ん、と首を縦に振った。





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