第11話 #今日の夕ご飯は炒飯希望⑤

 闇色の瞳が自信なさげに清巳に向けられる。


「死にかけに使ったやつ?」


 清巳はぱちりと目を瞬いた。

 死にかけ。確かに、危うい状態で表現としてはそうなのだが、重症とか重体とか重篤とか、他にも言いようはあるのに。

 釈然としないが、間違ってはいないので清巳は首を縦に動かした。


「そうだな。深層クラスのものか?」

「めっ」


 両手の示指を口の前で交差させて静は短く返答した。

 言うなと誰かに口止めされているのか、あるいは言えないような品なのか。どちらにしても、深掘りしない方がいいだろう。

 そう判断し、清巳は詳細不明で報告する際の注意事項を尋ねた。


「使用したポーションに対する還元がなくなるが構わないか?」


 不思議そうな顔をしつつ頷いた静の視線が地面に向けられた。


「剣のことは本当に気にするな」


 静は身体を小さく左右に揺らした。口を開いては閉じる。


「聞きたかったことは聞けたから、行って良いぞ。――協力感謝する」


 清巳は静に背中を向けた。中層へ続く道を引き返しながら、予備の剣に視線を落とす。

 魔法を駆使して魔物ごとに適切な対処ができるならば、魔鋼でも中層攻略は可能だ。ただ、武器の性能に任せて敵を叩き切る清巳のスタイルでは武器がもたない。

 ざっ、と後方から足音がした。

 一定の距離を置いてついてくる気配がある。


「……機構には報告しておくから、先行くなら行って良いぞ」

「ん」


 肩越しに振り返った先で、静が頷いた。だが、足を早める様子はない。

 正面に視線を戻し、前方から飛んできた水の球を剣で叩き切った。いつもの武器より伝わる反動が大きい。魔鋼製とはいえ、刀身強化の付与魔法が施されているそれなりな武器だが、やはり金青の剣に比べるとまるで頼りない。

 間を置かずして水の球が飛来する。それも三つ。今までのように叩き切れば確実に武器が負ける。だが、下層の魔物相手に手を抜くこともできない。

 清巳は一歩足を引いて、片手で持っていた剣に左手を添える。武器を捨てる覚悟で柄を握り直したとき、風が横を切った。

 緋色の一閃が横一文字に走る。慣性を無視してぴたりと動きを止めた水球が一瞬にして霧散した。

 その間約二秒。再び通り抜けた風が清巳の髪を揺らす。


[東都崩壊はさすがに言い過ぎでは?]

[でも、黄金ランクは一軍相当の戦力って言われてるんだぞ。崩壊はともかく

   半壊くらいはあり得る気がする]

[ダンジョンの解明が生業の探索者に街が滅ぼされるのは笑えないんですが]

[十数年前、理由は公表されてないけど、西都の一角を軽々ぶっ飛ばした探索者

   がいます。現実に成り得ます]


 無言で構えを解き、なんとも言えない顔で身体ごと振り返った。何ごともなかったかのように佇む静をじっとりと見つめる。

 基本的に、戦闘している魔物を横合いから奪うのは御法度とされる。素材の所有権は討伐した者あるいはそのパーティーに帰属するためだ。

 オグレスを倒しておきながら、なにもせずに後方待機姿勢に戻ったということは横取りする気はないという意思表示なのだろうけれども。


「所有権は討伐者のものだからな」


 そう告げて清巳は魔物の横を通り過ぎた。

 彼女の行為は褒められたものではないが、武器を壊さずにすんだのも事実だ。

 ゆえに目を瞑ることにして慣れない手の感触に剣を見下ろした。

 妙に胸がざわつき、頬がむずむずする。 清巳は頬を乱暴に肩にこすりつけた。

 予備の剣も壊れたらしばらくは素手で対応するしかない。それで壊れるほど柔な身体はしていないが、見ていて弟妹は不安に思う要素は避けたい。

 だが大概の武器は簡単に壊れてしまうため、コストパフォーマンスが悪い。それならば、金青オリハルコンの剣の代替品を見つけるまでは素手でいた方が。

 ――いや。そんな剣はそうそうない。あの剣が折れてしまった以上、潮時なのかも。

 胃の辺りを不快な感覚が渦巻く。

 ふと、すぐ後ろに気配を感じた。

 視線を右後方へ滑らせると、細い指がポーチの蓋を持ち上げている。口に近づけられている鋼鉄製の杖に、考えるより早く身体が動いた。

 彼女の額に肘鉄が当たる。


「ぴぎゃっ」

「なにしてんだ馬鹿」


 罵りながら清巳は数歩彼女から距離をとり、剣を左手に持ち替える。

 ポーチの蓋を上から押さえ身体ごと振り返った。

 オグレスの杖を忍び込ませることに失敗した静は、前頭部を押さえながら左手で杖を差し出した。


「ん」

「却下だ」


 不服そうな顔で杖を見た静は、空間収納から取り出した紫色に輝く魔石を添えて再び両手を差し出した。


「ん」

「ダンジョン内での譲渡はトラブルの種だから応じない」


 清巳はきっぱりと断りをいれた。

 静は差し出した手を所在なさげに引っ込め、瞬きひとつで二メートルほど後方へ移動した。


[そういや、昔なんかあって西都が半壊して、協会から機構に人が流れたんだっ

   け?]

[そ。上澄みも上澄み、数十年ぶりの緋緋色金がぶち切れたあの事件。あれも

   その程度で済んで良かったねレベル]

[うそだろ]

[金青パーティーでも実力的には都一つ落とすの簡単よ。更にその上、それも

   ソロで成り上がった人が本気だったら、都一つといわず、周辺数十キロは荒れ

   野にできる]


 ダンジョン内での問題事例には事欠かない。それ故に、ダンジョン内での譲渡は原則禁止とされている。鞄に忍ばせようとするのはもってのほかだ。

 歩みを再開して程なく、再び前方に躍り出た静が一太刀で目の前の魔物を倒した。梟頭の熊――アウルベアの変異個体である。魔石を手際よくくりぬいて、清巳の前に来た彼女は先程の獲得物と一緒に両手を差し出した。


「ん」


 すぅっと頭の方から身体が冷えていく。心臓が、悲鳴の代わりに一際大きく跳ねた。不意に、それらの感覚がふつりと消えた。ぱちりと眼を瞬いてまるで身体が切り替わったかのような奇妙な感覚を覚えながら、震える指をごまかすように剣を強く握りしめた。


「だから、譲渡には応じない」


 淡々と答え、静の横を通り過ぎて先を行く。

 しばしして、赤目のホワイトフォックスを静がさくっと倒す。額に埋め込まれている魔石を抉り取って差し出した。


「ん」

「なんどされても同じだ」


 素気なくあしらい地上に向かって進む。

 やはり、清巳より早く大栗鼠を倒した静は、魔物が持っている実の中にある核と、今までの獲得物を両手に抱えて掲げた。


「ん」

「全部だせばいいものでもない」


 ぴしゃりと言い放ち、差し出されたものは決して受け取らずに先を進む。

 だが、諦めるという言葉を知らないのか、静は屈することなく手つかずの、茶釜狸の死体を指差した。


「ん」

「……嫌がらせか?」


 彼女の行動に引きながら清巳は足早に進む。

 本当に何を考えているのだろう。手のひら返しがあからさますぎるうえに貢いでくる意味が分からない。

 清巳は左手で顔を掻いた。

 魔物に遭遇する度に、これまで獲得してきた物の山を差し出す。次に差し出されたものの中には、綺麗に加工された魔宝石が数個、光をうけて煌めいていた。


「ん」

「明らかに今まで獲得したものじゃないものを混ぜるな」


 エスカレートしている押し付けに頬が引きつる。

 再び魔物を倒した彼女は、今までの獲得物に加えて魔宝石の小山を差し出した。からん、と山からこぼれ落ちた魔宝石が澄んだ音を立てる。


「ん」

「量を増やせばいいってものでもない」


 回数を重ねれば重ねるごとに多くなる品々。度を知らないのか貢ぎ物は増えるばかりで埒が明かない。

 清巳は小脇に抱えているカメラのレンズを隠し、地面を蹴った。


  [調べましたごめんなさい大人しく拡散しません死んじゃう]

  [するつもりはなかったけど、俺も]

  [怒らせたらだめなのは理解。あれはえぐい西都の半分が荒野って何]

  [理解力があってくれていいなあ……それに比べてマスコミときたら全部塵芥と

   還してやりたい]

  [おい、唐突に闇オチしたぞ。大丈夫か?]

  [なんかあったんだな]

  [兄はあんなゴミ虫に煩わされることなく惚気てて欲しい、切実に]

  [うん、そうだな(この件には触れないでおこう)]

  [化け物じみたことを惚気ながらしてるギャップがいいからね(賛成)]

  [(唯々諾々と従います)]


 道中の障害物を片づけようと剣を持ち上げた直後、猿の魔物――カクエンがみじん切りになって絶息した。





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