第7話 #今日の夕ご飯は炒飯希望①
「――というわけで、見つけたら捕獲に回ることになった」
週が明けた月曜日。浅木地下ダンジョン下層上部。いつもより深めに潜った清巳は配信開始早々、にこやかな笑顔で宣言した。
[惚気じゃない⁉]
[どいういうわけ?]
[捕獲? 野生魔物を?]
毎週月曜日と木曜日のおよそ十時から。その行動パターンを知る物好きな三人が待っていましたと言わんばかりに視聴に加わって即座に突っ込みを放つ。
それをいつものように流して独り言を続けた。
「俺の基準を満たし、なおかつうちの弟妹の利益になるものを貰っちゃ、やらないわけにはいかない」
右手の死角から突っ込んできた魔物の武器を剣で受け流した。その流れで魔物の後ろに回り込み、跳躍する。
一瞬遅れて杖が鋭く薙ぎ払われた。空振りに終わった攻撃。視線を彷徨わせるその横っ面に清巳は回し蹴りをたたき込んだ。
着地した清巳は、ふらつくオグレスの首にすかさず剣を突き出した。
喉を貫かれて絶命した魔物がゆっくりと後ろに倒れる。
[相変わらずの超物理戦法]
[普通は隙をついて挟み撃ちにして、魔法師が魔法を絶え間なく打つ間に後方に
回った前衛が後ろから倒すのが定石なんだが]
[物理極振りで見てて気持ちいいからこれはこれであり]
自分の戦闘スタイルに関するコメントも綺麗に流して、清巳は浮き足だった声で話を続けた。
「報酬はネックレスとブレスレットでな。ブレスレットは妹に渡した。可愛いって大はしゃぎで、朝も見て見てって見せびらかしてきてまじで可愛かった。ネックレスは弟にやったんだが、そっけなかった。でも朝起きたらちゃんとつけてくれてるんだよ、うちの弟妹最高だろ」
声を弾ませながら、手元はしっかりと解体に動く。オグレスの角を素手でへし折り、爪を剥ぐ。オグレスは雌だからオーグルよりも硬度が低いため価値が落ちる。だが、下層にいる魔物は上層の魔物と比較すると能力が上だ。爪や角などの素材になりうるものも強化、変質しているため、上層のオグレス比較するとそれなりの価値にはなる。
[兄の基準を満たしたのがすげえ]
[気のせいだった。安定の惚気にほっとした]
オグレスから得られる素材を全て剥ぎ取り、ダンジョン産不思議鞄――空間収納付き魔法鞄に放り込む。残った、素材にもならないものは通路の端にまとめて置いておく。
十分もすれば地面に溶けて消えて無くなるという、衛生的仕様だ。
「最高と言えば、海鮮の漬け丼美味しかった。あのあと、けっこう帰るのが遅くなったんだよ。連絡するのが遅くなって、二人に心配掛けてなー」
[ギルティ]
[一報は必要]
[こんな生存報告配信してるのに]
定時報告という案は、連絡がなかったらなにがあったか分からないから嫌だと却下された。ふたりが授業を受けている以上、通話を繋ぎ続けるという手段も難しい。
二人がいつ見てもわかるように配信という手段を講じてからもう四年が経つ。
「例の如く海鮮丼を用意しててくれてたわけだけど、刺身って傷むのがはやいから、わざわざ漬けて長持ちするようにしてた弟が優秀。反抗期のただ中に見せるこの優しさ、可愛くないわけがないよな。弟の優しさ漬けの海鮮丼がうまかった」
慈愛の滲む声。緩む頬。和む目元。愛しくて仕方がないと言った顔をしながら、腹部目がけて足下から飛び上がったアルミラージの角を手で鷲掴みにした。
「妹も妹で可愛くてな。起きて待っててくれたうえに帰ったらかけよって来てくれてな、その時点で可愛いだろ」
右手に持っていた剣を地面に突き刺して、牙を剥いて暴れる兎もどきの首を手で縊る。骨を砕く感触が手に伝わる。
魔物の肢体がだらりと垂れた。動かない脚をもって逆さ吊りにして首を落とす。
「俺の食べる海鮮漬け丼を物欲しそうに見てる姿が更に可愛い。食べさせてあげたら、ほっぺ押さえて身もだえてるのがもっと可愛い。そのあと眠そうに船を漕ぐ姿に可愛さ天元突破した。寝顔がかわいいかわいい。結論妹超かわいい」
淀みなく妹の魅力を語りながら、右手で地面に落ちたウサギの頭から角をむしり取って、ウエストポーチの口に当てた。手品のように忽然と角が消える。
[うん、ごちそうさま]
[弟妹惚気ごち]
[弟君のご飯を食べたい]
[初見です。話している内容と映像の温度差に頭がバグってます]
入れ替えるように取り出した三十センチメートル四方の薄皮を取り出した。それで傷口を覆い、再び逆さに持ち上げる。
したたり落ちていた血は薄皮に吸収されて消えた。
「俺が悪いのはわかってるけど、二人して起きて待っててくれて本当に本当に可愛い。弟もな、口悪くいいながら、ちらちらと様子をうかがってるんだよ、可愛いだろ。眠そうに欠伸をしながらがんばって起きててさ。結論弟も超かわいい」
処理を終えたウサギをポーチに収め、清巳は歩みを再開した。
[初見がいようと惚気続ける、さすが兄]
[ここは弟妹の惚気と自慢が延々と繰り返されます。温度差は仕様です]
[魔物の角って、素手でむしり取れるものでしたっけ?]
[兄なので]
[兄だからしゃーなし]
[それが兄です]
[えぇ……?]
視界の隅にぽつぽつと流れるコメントを追う。追うだけで反応はしない。
配信者とやり取りをしたいならそれをしてくれる余所へ行け、というのが清巳の持論だ。
ちなみに、一般的には解体用のナイフでごりごり削って根元から採取するのだが、中層程度ならばダンジョン産の鋼――魔鋼の刃物であれば簡単に切り落とせる。
のんびりとした足取りで隧道を奥へと進んでいく。
「可愛くて可愛くて仕方がないふたりが弟妹でいてくれて本当に可愛い。寝るのがいつもより遅かった分、朝、ふたりとも眠そうな顔してたのがこれまたかわい――」
十字路で清巳は足をとめた。
「にょほ、ほほっ!」
直後、右手の道から響いた緊張感の欠片もない奇声に、清巳は遠い目をしながら壁際に背をつけた。
見なくても分かる。会うのは二度目でも分かる。
そっと顔を覗かせれば、想像に違わず魔石に頬ずりをしている少女がそこにいた。
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