第6話

 視線に気づいた佳弥はふっと口元を綻ばせ、ひらひらと手を振る。


「そう怖い顔しなさんな。誰にも言わへん」

「どこまで調べがついてる」


 凄む清巳に、佳弥は堪えたようすもなく肩をすくめた。


「にーちゃんのチャンネルくらいしかわからんかったって」


 配信しかしておらず、アーカイブも一切残していない空っぽのチャンネルにたどり着けただけでも、十分すぎるほどの情報収集能力である。

 どうやって口止めをするか。ソロで金青をとったことは流布していない。

 パーティーで金青を取れるような者ならば、上層をソロで徘徊することもなくはない。腕輪の石は隠していたのに、どこから情報がもれたのか。

 口外されれば、主にメディアのせいで、家の周りがうるさいことになる。確実に弟妹に迷惑がかかるからそれは避けたい。

 ダンジョン内で身につけることが推奨されている探索者証――金青こんじょう宝石がはめ込まれた腕輪外し、かつ一人でいても怪しまれない上層から中層上部を中心に過ごしているというのに。

 警戒を高める清巳を余所に佳弥は言葉を続けた。


「でも、『弟妹チャンネル』って名にするくらいやから、ごっつう大事にしとるんやろ? うちがお勧めできる、最高級品を持ってきたんや」


 佳弥は手にひらを上に向けて机の上を指し示す。

 黒の土台に置かれたのは白銀の鎖と濃い赤色の宝石でできた二種類の装飾品だ。

 ネックレスは、シンプルに赤い宝石だけが石座に留められている。

 対してブレスレットは、小指の爪半分ほどの赤い宝石がおおよそ等間隔に五つ並んでいる。宝石の間を繋ぐ銀の鎖は細く、華やかさを備えながらも繊細な印象を与える。

 自慢げな顔で商品を提示している佳弥を清巳は睨め付けた。

 一見、ルビーに見えるが、使われている魔宝石の中心に見える特有のゆらぎ。

 バレないとでも思っているのならばみくびられた物である。


「新たに緋緋色金が発掘されたという話はこの数年はなかったはずだ。独自に入手したとして、それほどの腕前なら証拠品として提出することも可能なはず。ついでに一昨日の俺を調査隊に引き入れるための魔法具プレゼンテーションにでも出せば、頷くかどうかは置いておいても吟味はしたはずだ。それをしない理由はなんだ」


 佳弥は浮かべた笑みを、ぴくりとも動かさなかった。

 鉱石を加工する技術を持つ者は、国内で三人。その名前の中に彼女の名はない。最年少で生産部門のトップランクである金剛石に上りつめる技術があるのと、緋緋色金の加工技術があるかどうかは別問題だ。


「流石やな、にーちゃん。表に出んというか、出せんのが正しくてな」


 ショルダーバッグから巻かれている紙を取り出した。

 紐を解いて、重ねられていた紙をそれぞれテーブルの上に置く。

 鑑定証明書――俗に、鑑定書と呼ばれるそれを覗き込んで清巳は眉間にしわを寄せた。


「なんだこの馬鹿げた効能」


 鉱石の名称。大きさ。鑑定を保証する個人名。そこはまだいい。

 ネックレスの効果、結界。十メートル四方内で調整可能。最小持続時間、五時間。起動方法、魔力譲渡。譲渡量により効果範囲の変更可能。装備条件、なし。

 ブレスレットの効果、結界。五から二十メートル四方まで調整可能。最小持続時間、十時間。起動方法、魔力譲渡。譲渡量により効果範囲の変更可能。装備条件、女性限定。

 通常の倍以上はある効果範囲。継続時間もお化けだ。何より結果サイズを調整可能という機能は、今の魔法具の域を超えている。世界初と言ってもいい。


「せやろ? 馬鹿げとるねん。出したら死人が出るのは確実、最悪焦土になるねん、国が」

「なんてものを作ってんだよ」

「その文句はあのアホに言うてくれへん?」

「………………………………………………は?」


 佳弥は不気味なほどの綺麗な顔で繰り返した。


「その文句はあのアホに言うてな」


 この流れで、あのアホ、と彼女が称するのは件の少女に他ならない。

 実力はある。二週間前に変異個体と遭遇したのち音信不通だったが生存していた。自前の緋緋色金を少なくとも複数所有している探索者。実力はあるが名は通っていない。

 いまいち少女の人物像を掴みきれない。


「ちなみに緋緋色金に宝石加工を施したんもあのアホやで」

「待て、情報が多い」


 佳弥はからからと笑った。


「ま、そういう諸々の理由で大々的に表に出すわけにはいかんのや。けど、効果は保証するで。あのアホ、悔しいことに腕はうちより上やからな。ほんま意味わからん」

「それは……だいぶ意味がわからないな……」


 魔宝石へ加工技術は一朝にして成らない。なかでも緋緋色金は最難関を誇る。なにせ緋緋色金に認められなければ加工ができない、と言われるような代物だ。緋緋色金専用の加工道具があったとしても、誰も彼もが手を加えられるわけではなく、技術の差で決まるわけでもないという。

 緋緋色金への魔法付与技術は確立されていない。

 そんな偏屈な鉱石の加工と付与を成している彼女は、天才という言葉では言い表しきれない才能の持ち主だ。


「せやから、うちも黙るさかい、にーちゃんも黙ってな」

「爆弾をより大きな爆弾で制するのやめてくれ」

「一応ちゃんとそれらしい理由も用意はしとったんで。協力制度あるやん。うち誰とも結んでないけん、下手に手ぇ出すとバランスを崩しかねんのや、て。もっともらしいやろ」


 探索者と生産者。それぞれの同意のもと協力関係を結ぶ事で、生産者は探索者から獲得物を、探索者は生産者から装備品等を、割安で購入することができる。

 だが、佳弥のように出る杭が出しゃばりすぎると打たれるのが世の習いだ、残念なことに。軋轢を生む存在であると自覚しているからこそ、制度を利用していないのだろう。


「……俺が指摘しなかったらどうするつもりだったんだ、それ」

「これと全く同じ、せやけど石はちゃんとルビーのものがあるねん。達成報酬いうことにすれば、その間にすり替えるのは簡単や」


 腹黒く、ずる賢くあること。それは世の中を渡り歩くために、その中で生き延びるためには必要な手段だ。

 不愉快ではあるが、理解できないわけではないので清巳は眉をひそめるに留めておく。


「引きずってでもと、この前は動揺のあまり言うたけどな。ようよう考えれば、あのアホが大人しく引きずられるわけがないねん」


 悟った顔で佳弥は告げた。


「ちゅーわけで、依頼内容は、あれを見つけたらうちに連絡をいれること。できれば通話を繋いでもらえると助かる。報酬は前払い。期限は三日。それまでに見つからんかったら、それでええ。生きてるのは分かったから、探し出せとは言わん。見つけたらでええ」


 思っていた以上の好条件に清巳は目を瞠った。


「そんなんでいいのか?」

「ええねん。肥やしにするしかないそれに、日の目を見せてやれる。三日いうのも、あれのための期日やしな。うちはなんも損はせえへん」


 今まで通りなら、三ヶ月もすればふらりと石を収めに来るだろう。

 そう言って佳弥は問うた。


「どうや? にーちゃんにも悪い話やない思うけど」


 ブレスレットとネックレスにかけられている結界魔術。半径十メートルの展開が可能で、非常時に簡単に発動でき、身に着けられるもの。

 ダンジョンの影響がいつ何時どう出るか分からないこのご時世において、弟妹の身の安全は最優先だ。


「二人が装備しても大丈夫なんだな? 緋緋色金でも」

「信頼できる筋に、これは大丈夫とお墨付きもろとるで。安心して貰ったって」


 そういう事ならば、自分の労力とふたりの安全を天秤にかけてどちらに傾くかなど、考えるまでもなかった。





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