第5話
「改めまして、うちは一ノ瀬佳弥といいます。先日は見苦しい姿見せたことと、あのアホが迷惑かけてすんません」
週末。研究機構の東都支部の一室で、件の依頼者が深々と頭を下げた。年は清巳と大きく変わらない二十代の女性だ。
首の後ろでくくられた癖のある髪。白いショートパンツにカーキ色の丈のあるシャツを纏っている。右手の水晶の腕輪には透明な石が光を反射して輝く。
清巳は首を横に振った。
「
「あれはただのアホなので、そういう訳にはいきません。あれはただのアホなので。あれは、ただの、アホなので!」
三回も、それも三回目はかなり強調して同じ事を告げた。
あの奇異行動といい、知り合いである彼女の少女に対する評価であるといい、一筋縄ではいかない人物であることは理解できる。
面倒なことにならなければいいが。
あまり気乗りはしないながらも、話は聞くと応じた手前、無碍にすることはできない。
「顔を上げてください。彼女の保護と伺ってますが、詳しく伺っても?」
佳弥はゆっくりと頭を上げる。
「保護やない、捕獲や」
「――はい?」
耳を疑う清巳に、佳弥は重々しい面持ちでもう一度告げた。
「捕獲や。保護なんて生やさしゅう言葉はいらん」
きっぱりと断言されてしまった。
佳弥が腕の端末を操作した。室内のスクリーンに画面が映し出される。
「まずこの動画を見てほしゅうてな」
誰かの配信画面のようだ。左下には黒字で『石狩チャンネル』という表示がある。
黎明期において情報共有を目的に始まったダンジョン配信は半ば娯楽化して久しい。協会と連盟の言動のあれこれはさておいて、一般人からすれば非日常を仮体験できるというのが大きな要因だろう。
良くも悪くも有名な配信探索者がいる。石狩変人と呼ばれるチャンネルの主人は、そのうちの一人だ。その正体は不明。ただ、希少価値の高い魔石の動画を不定期に上げているらしい。
ダンジョン配信に限らず、そういった娯楽に興味がない清巳が唯一知っているチャンネルと言ってもいい。理由は、動画詐欺疑惑――要は動画で取り扱われている魔鉱物も魔宝石も偽物ではないか、と炎上した記事を知り合いに見せられたためだ。
最新の投稿は二週間前、五月二十六日。
他者に叩かれようとも一切の弁明もなく、淡々とチャンネルを続けているあたり、清巳は同族の匂いを感じた。視聴者の数も、登録者の数も、配信の再生数も、清巳にとって無意味であるように、このチャンネルの主もそうなのだろう。
再生されたものは配信のアーカイブらしい。カメラは浮遊型ではなく装着型を使っているらしく、撮影者の姿は映っていない。
不意に、画面が揺れた。
ひび割れた画面にブラックウルフが映る。紫色の毛並に赤い目を爛々と輝かせているそれは、変異個体だった。
獣が跳躍したところで、機械が壊されたのか映像が途切れる。
胸の内を冷たいものが滑り落ちた。
二週間前にも配信事故があったことは把握していたが、まさかこのチャンネルの主のことだったとは思いもしなかった。
「このチャンネルの主、あのアホやねん」
「――は?」
思わぬ言葉に思考が停止する。
その意味を清巳が理解するより早く、佳弥は言い募った。
「あのアホやねん。このあと一切連絡取れなくて、上にも諦めろと言われ悲嘆にくれてた所に、ひょっほー、と叫ぶアホがいてみ? 兄ちゃんどう思う⁉」
室内に置かれている机に拳を叩きつけて、佳弥が叫んだ。
探索者専用動画配信アプリ『アナジテニア』。そこは探索資格――通称、探索者証を持つものだけが配信、動画の投稿ができる。
彼女が探索資格なしで活動する「もぐら」ではないことは確定だが、それはそれとして救援後の情報発信や素材の確保を他人に押しつけて良い理由にはならない。
閑話休題。
とにもかくにも、親しい関係にあったらしい佳弥の憤りは当然であると言えた。
「だから、捕獲」
「そう! あのアホ、ひょっほー、やないねん! ぴっ、でもないねん! 無事やったら無事と顔を見せるくらいのことしいや、どアホ!」
佳弥は拳を机に叩きつけた。
肩で息をしていた彼女に憐れみの視線を向けた。顔しか知らない相手だが、問題の少女はかなり自由な人のようだ。
佳弥はその拳を口元にあて、ひとつ咳払いをした。
「あのアホのランクはうちも知らんけど、野生アホ生物を捕獲可能な人材いうたら、黄金でも厳しいやろうな。たぶん
佳弥の見立ては正しい。呆気にとられたとはいえ、ほんの二、三秒のうちに気配を掴みきれない所まで移動できる実力を少女は持っている。そんなことができるのは最高ランクの
余談だが、探索者ランクはその下に黄金、白銀、青銅、黒鉄と続く。
「ただ、うちもうちでアホ以外の探索者とあまり絡まんし、伝手もなくてな。そこに、ちょーどええにーちゃんがおるなら、頼まなん手はない」
話ながら佳弥が黒のショルダーバッグを漁る。
「あのアホ、人を見たら警戒して逃げるさかい、ソロで金青の実力は、うちにとっても理想やな」
清巳はぴくりと片眉を上げた。
「で、うちが兄ちゃんに返せそうな利点ゆうたらこれや」
佳弥がバッグから二つの箱を取り出した。一つは手のひらより少し大きめの正方形、もう一つは長方形の黒い箱だ。
箱の蓋を開きテーブルの上に広げられたそれを一瞥し、清巳は眼前の女性に厳しい目を向けた。
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