第2話 #今日の夕ご飯は海鮮丼希望①

「この前の味噌カツは美味しかった。帰る時間にあわせて揚げたてを用意してくれてるとか、弟が本当に可愛い。カツはサクサクだし味噌だれもほどよい甘みで美味しかった。ほんと料理上手で可愛い。手伝い頑張ったよって目を輝かせて報告してくる妹も可愛い」


 凜とした顔立ちに和やかな笑みが浮かべながら、浮ついた声でその男性は惚気た。年の頃は二十歳くらいで、耳たぶの高さほどある髪は癖があるのか緩く波打っており、歩く度に揺れる髪の隙間からは新緑を思わせるような美しい黄緑色のピアスが覗く。

 紫色を帯びた暗い青色――金青オリハルコンでできた剣を右手に携えた清巳は、緊張の欠片もない様子でひとり隧道を歩いていた。

 足下に音もなく忍び寄る一角兎アルミラージを足で押さえつけ、一瞥することなく剣を突き立て絶命させる。

 そんな様子を、羽のついた角張った機械――浮遊カメラがしっかりと捕らえていた。


「ふたりとも可愛くてな、存在そのものが可愛すぎてすべて可愛いとしか言えない。美味しそうに食べる顔がふたりによく似合ってて、めちゃくちゃかわ」


 相好を崩して惚気を垂れ流していた清巳は、不意に耳元で鳴り響いた音に口を閉ざした。

 [救助要請]と記された淡青色の半透明な画面が、左の視界に浮かび上がる。

 清巳は眉間に皺を寄せると無言で左耳のカフ型探索用端末に触れた。耳元で鳴り響いていた音が止み、数行に渡り情報が映し出される。


  [救助要請

   浅木地下ダンジョン上層九階にて変異個体を確認

   救助対象者:黒鉄ランク探索者三名、うち一名、赤

   上層九階X6:Y17より出口方面へ逃走中

   変異種の概要:推定ランクC オーガ種の変異個体

   現在の位置はこちら]


 どどど、と地面が微かに揺れた。

 隧道は幅約五メートル、高さ約十メートルからなる。所々に存在するぬかるみや岩肌に足を取られる事なく現れたのは、天井に聳えんばかりの鋭い牙を持つビッグボアだ。

 全長五メートル、高さ三メートルの超巨体猪である。愚直に突進することしか知らないが、体躯に比例するように硬い皮を持つ魔物を倒すのは、生半可な探索者では難しい。定石は転ばせてから首を落とすことだが、清巳は文字を追いながら左に二歩ほどずれた。同時に右腕を持ち上げて腰の位置で固定する。その間、約一秒。

 直線にしか突撃できないその魔物は、避ける間もなく上下半分に分断された。真一文字に切断された牙と肉塊は慣性に従いしばらく動き続け、地面に落ちる。

 魔物を一瞥することなく清巳は深く嘆息しながら端末に触れた。


「救助要請は別にいいが、それはそれとして関わりたくない……」


 消えた画面のかわりに端末から文字が投影される。


  [どうした?]

  [たぶん救助要請]

  [お、正解っぽい。だが兄よ、それは同意しかない]

  [協会も連盟も思想が強いからね。兄に飛び火する未来しか見えない]

  [この前も事故があったばかりだろ。大丈夫だと良いが]


 配信に対するコメントには一切回答せず、清巳は来た道を全速力で引き返した。

 彼がいるのは中層三階。上層の九階まで四階分上がらなければならない。

 曲がり角で待ち構える魔物に向かい、交差路へ飛び出すと同時に斬撃を放った。一刀両断されたブラックウルフが倒れる音を聞くよりも早く、上層へ続く道を走る。

 通路を歩いているオグレスの首を、後ろからすれ違いざまに切り落とした。走りながら刀身を濡らす魔物の血を振り払った。


 中層二階を走りながらカフ型探索用端末のボタンを二度押した。

 今まで配信のコメントが映し出されていたそこに、救助者がいる階層の地図と二つの黄色とひとつの赤の点が表示される。


「生体反応はあるが、まずいな」


 呟いて清巳は更に走る速度を上げる。

 点の色は救助対象者の生命兆候だ。赤はすなわち、正常値を逸脱した状態が続いており、処置をしなければ生命に関わる状態を示す。そのトリアージも目安にすぎず、変化には数秒から数分のロスがある。着く頃にはすでに全滅していたということも十二分にあり得る。


 向かい初めて体感で三、四分ほど。ようやく上層の九階に戻ってきた。

 一度も足を留めることなく進み続けて残すこと分岐二つ。祈りも虚しく、一つ目の分岐を曲がったところで点が黒く染まった。


「ちっ」


 清巳の舌打ちは魔物の雄叫びにかき消された。離れていても分かるほど込められた魔力が隧道の空気を震わせる。それは勝者の喜びの如き叫びだった。

 間に合わなかったか。

 渦巻く激情を抑え込むように強く剣を握りしめた。

 一つ目の分岐から数秒。次の分岐まで百メートルを切った時、黒い点が黄色に戻った。

 同時に重たいものが倒れる音が響く。


「誰か間に合ったのか?」


 蘇生できるレベルのポーションが使われたのか、あるいはわずかな差で完全に事切れる前に治療が行われたか。

 分岐の前で減速した。戦闘音はない。表示されている点も黄系統の色で落ち着いている。

 壁に背をつけて気配を探れば、そこにあるのは四つ。三つは救助対象者のものだとして、残り一つは。


「ひょっほ――――!」


 唐突に、若い女性の奇声が響いた。





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