2章 大魔術師ベルクラフト

第16話

 俺達は数日の旅ののち、朝のうちにひとつの街に入った。大きめの街で、法国の南北に伸びる街道の交点にあるため非常に栄えている。街の周囲を覆う外壁の外側に、建設中の壁もあり、発展を続けているのだろうというのが外からも分かった。

 人も物も集まるであろうこの街で、俺達は旅の体勢を整えることにした。


「次の者。身分証を出せ」


 入城の衛兵もしっかりしている。城門に何人も常駐してひとりひとりの身元をきちんとチェックして、治安を維持している。もっとも、正面から入る者への警戒はもとより、城壁に張り巡らされている人を拒否する魔術の方がよほど警戒がすさまじい。


「俺はリヒター。旅の魔術師。こっちは仲間のロア」


 俺は口頭で自己紹介をしながら、身分証代わりの魔術学校卒業証を出した。これを持っていると法国では絶大な効果を持つ。俺が出たのはド辺境の小さな学校だが、それでも魔術を修めたことに変わりはない。


「よし。仲間の身分は証明できるか」

「書類がないので俺が身元保証人になります」

「わかった。銅貨五十枚で保証書を発行する。何も問題を起こさなければ退城のときに45枚は返ってくる」


 ロアの身分も保証されたところで、俺達は街に入城した。

 やはりいい街だ。メインの街道が東西に伸び、人や馬が行き交っている。道の脇には露店も出ており、活気がある。路地を覗き込んでも汚れておらず、街の人々に清掃業が成り立つほどの余裕があることがわかる。

 物珍しいのかあちこちを見回しては興味を惹かれているロアに話しかけた。


「今は俺がロアの身分を保証してるから、もしロアがなにかやらかしたら俺が責任をとって処刑されちゃうんだ。気を付けてね」


 冗談めかして言うと、ロアもにこりと笑った。


「私は森で生きてきたから、街のルールがわからなくて何かやらかしちゃうかも。あそこに置いてある果物は持っていってもいいのかしら?」


 俺は声を出して笑った。


 まずは宿に向かい、荷物を降ろして装備も身軽にした。俺達は別に人に追われる身ではないのだから、警戒も緩めて良い。普段は腰に巻いている剣を背中に背負い、久しぶりにマント無しで外に出た。ロアも似たような装備で、いつも背負っている弓や肩掛け鞄は部屋に置き、ジャケットと帽子だけの身軽な格好で出てきた。


「じゃあ、また後で。夕食の頃に」

「うん。後でね」


 俺達はそれぞれ必要な物があるため、夕食を宿でとる約束だけして別行動をとることにした。

 俺はとにかく旅程のなかで食事に対する意識を上げねばならない。それに細かな備品が消耗しているし、剣も研いでおきたかった。


 街行く人に鍛冶屋の場所を聞き、剣を預けると明日には仕上がると言ってもらった。俺はそのあと本を扱っている雑貨屋に入って、旅の料理に使えそうな本を物色した。

 一冊を購入し雑貨屋を出ると、太陽も一番高くなっており腹も減っていたので、近くの屋台で水で溶いた小麦粉を焼いたものに肉や野菜を挟んでソースをかけた食べ物を買い、広場のベンチで食べていた時だった。


「うう、ヒック。俺の家はよぅ、大魔術師ぃ、ベルクラフトに救われたんだよォ」


 俺の座る隣のベンチで、昼間から酒を飲み酔っぱらっている中年の男が、近くにいる若い女に絡んでいた。


「うわっ!」


 女は悲鳴をあげて逃げ出す。聞き手を失った酔っ払いは、それでも気にも留めず中空に話をつづけた。


「ベルクラフトはよぅ、俺の先祖の家の畑に現れた、ひっく。魔物のぬ……ぬ……群れを追っ払ってくれたんだァ」


 俺は慌てて酔っ払いに駆け寄った。

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