第14話

 俺だって拠点があれば料理くらいする。だけど、そもそも俺には「資源的に余裕があった時期」がない。料理を食べるという経験があまりに少ない。結果として旅の食事が貧相なことになってしまうのは仕方のないことだろう。そもそも旅先で良い食事を摂ろうという発想がなかった。今まで旅程を共にした人で食事が丁寧だった人間など一人もいなかった。ヤサイだって教えてくれなかったのだから仕方ないだろう。これからだ、これから。これからの旅でがんばればいいんだ。



 俺がロアの用意してくれた食事に大層満足しながら、内心でひたすら言い訳と「もっと旅の食事に気を遣おう」と反省をしながら後片付けをしていると、ロアがふと、思い出したように言った。


「そういえば、リヒター。リヒターは催したとき、どうしているの?考えてみたら、今まで一度も君が排泄するような素振りを見ていない気がする」


 二週間くらい一緒にいて、ようやく気付いたか、という気持ちになった。俺は素直に答えた。


「クラックに放り込まれた時に内臓もすりつぶされちゃったのがいくつかあってさ。排泄ができないんだ」

「え……?それって、じゃあ」

「あ、食べたものはちゃんと自分の栄養になるぞ。ほんとに、下っ腹がなくなってるって感じで……見るか?」


 俺が服をまくろうとするとロアは慌てたように手を振った。


「え、遠慮しとく!」

「排泄もできないし、生殖機能もなくなってるから、俺の家系は俺でおしまい。まぁ、別にそれはいいんだけどさ。生物っぽさがそこはかとないのに、食事を摂らないと死ぬ体っていうのが愛嬌があるよな」


 一度、自分が食事をしないとどうなるか実験してみたことがある。断食を始めたところ、四日目あたりで死にそうになり慌てて食事をした。


「リヒター。確かに君は不思議な存在かもしれないけど、今日を含めて私は二回も命を救われている。自分のことをどう考えていてもいいけど、卑下するような物言いはやめて。それは私に対しても失礼だよ」


 ぴしゃりと言われ、少し驚いた。ロアのしっかりしたところが垣間見えた気がした。


「ごめん。もう言わないよ」

「うん」


 ロアの左肩の傷は、いつの間にか治っている。おそらく俺が背中を治そうとしたとき、抱えていたロアにも回復作用が届いたのだろう。

 

 俺は確かに特殊存在で、そこに負い目はない。でも、もしかすると食事という行為を介することで自分と他の人の違いが明確になることを、無意識に避けていたのかもしれない。旅の粗食はいつものことだけど、狩りをして肉を獲ろう、という意識が働かなかったのもそういうことだったのかもしれない。

 まだまだだな、と自分に苦笑しながら、俺は木の皿を鞄にしまいこんだ。

 

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