第12話

 魔物についての生態(生きているかもよくわからないから、生態という表現があっているかはわからないが)は、不明瞭なことが多い。人間や野生動物と遭遇した時にどういう理由で襲ってくるのかわからない。肉を食い、その肉がどうなるのかもわかっていない。理由は簡単で、死体も残らなければ生け捕りにされた事例もないからだ。


 そんな魔物に文字通り汚染された集落は、実に悪夢のような光景だった。


「俺が見た、クラックの向こう側の景色は、こんな感じだったんだ」


 もちろん、クラックの向こう側の魔界には、建物なんてない。広大な空間があると同時に、少しの空間もないのが同居している。

 だが、魔界そのものに見えるくらい、この集落には魔力が満ち溢れている。むせ返りそうだ。


「タカは……生きていないんじゃないかと、思う」


 震えながらも指を咥え鳴らすロア。しかし、何も起こらない。


「どうする?探索してみるか?引き返すか?」

「引き返す。覚悟していたけど、ちょっと……ショックだな……」


 俺の質問に、ロアは弱々しく答えた。


 その時だった。


 音もなく、魔物が十数匹、近づいてきた。


 否。


 突進してきていた。


「逃げろ、ロア!!」


 俺は叫んだ。弾かれるように走り出すロアが視界の端に見える。元は狼だったような魔物と、鹿だったような魔物が一斉に走ってきている。魔物は獲物を捕食するとき、口を使う必要がない。どこか自分の一部が相手に触れればそれだけで成立する。だから、あのひときわ大きな樹木が頭から生えている鹿は非常に脅威だ。


 自分たちの常識や、無意識に正しいと思っていることが根本から破壊されるような感覚。大木が四つ足の生き物の走る速度かそれ以上で迫ってくるのは、恐怖だけでなく生理的な嫌悪感も覚える。


「はぁ、はぁ!くそっ!」


 ロアも俺も必死に足を動かす。左側面と正面からも魔物の群れが現れた。万事休す。


 ロアを掴んで飛んで逃げるか?いや、空にも鳥のような形をした何かが見える。地面を掘るか?どうやって!一か八か、正面突破しかないか。


「ロア、君の短剣に魔術を施す。それで三十秒は魔物を倒せるはずだ。正面の群れをなんとか切り抜けるぞ、いいな!」

「わかった!」


 無駄話も混乱もない。パニックになっていても頭がきちんと働いている。きっとロアもこの状況をなんとかできないか必死に考えていたのだろう。返事をするなり短剣を鞘ごとトスしてきた。受け取って、左手で鞘を撫でながら念じる。この剣は魔物が断ち切れる。


「ハッ!!」


 ロアの短い気合とともに、魔物が二体、消し飛んだ。付与が適切に動作しているのを確認して、俺は後方と上方の警戒に当たる。抜剣して右手にロングソードを両手で掴んで近づいてくる個体を吹き飛ばしながら、ロアの進軍に合わせてじりじりと包囲を抜け出そうと必死に前に進む。


「ああっ!」


 ロアの悲鳴。左肩が背中から貫かれている。俺の死角からリスのような魔物が飛び出していたらしい。胸から生えている不自然に長いあれは銛か?山の中であんなものを見るなんて。ロアの進軍ペースが落ち、包囲の輪が一気に縮まる。

 範囲攻撃術式、みたいなものがあればいいのだが、あいにくそんな都合のいいものは存在しない。存在しているかもしれないが、俺は知らない。

 

 頭上にいた飛ぶ魔物の群れが急降下してくるのが見える。ロアがやられる。


 俺は咄嗟に、地面に向かって左手を叩きつけた。イメージは、昔一度だけ見た隕石の落下とその衝撃。


 地面が抉れた。


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