第11話

 俺はロアのひとことを聞いて、歩き始めた。

 嫌な気配は一歩進むごとにじわじわと強まっていく。俺はこの気配の正体がなんだかわかる気がした。


「わ、私は……」


 ロアは元気がない。自分の愛する故郷が絶望的だというのは、どういう気持ちなのだろう。


「ロアは魔術が苦手だと言ってたよな」

「うん」

「でも、集落で仲間外れにされたりとか、食べ物がなかったりとか、そういうことはなかったんだろ」

「うん。皆良くしてくれた……っていうとおかしいかもだけど、皆自分と他人が違うってことがよくわかっているから、苦手なことをやらせるよりも私の得意なことを伸ばしてくれたんだ。私は走り回るのも、飛び回るのも、弓も剣も得意だったから」


 なんて素敵な集落なんだ。俺の生まれた村はろくでもなかったとさえ思える。あれが普通だったのか。ロアが普通だったのか。


「わかった。じゃあ、助ける方法を見つけないとな」

「うん」


 しばらく歩くと、集落の民が切り拓いた畑が出てきた。


「ここは私の一族が使っていた土地なの。でも……」


 畑の真ん中には、魔物が鎮座している。脚が五本生え、頭が二つあり、尻尾が三本生えている、牛とイノシシを混ぜたような姿。胴と呼ぶのがもっともふさわしい部分には麻のロープがぐるぐると巻き付けられていて、足のひとつはブーツを履いている。


「もう少しどうにかならねえのかな、あの見た目」


 ヤサイの言葉が思い出される。

『魔物は、姿かたちがめちゃくちゃになるんだ。

 魂は必ず肉体を形づくる。

 肉体のない魂はゆっくりと霧散し消える。

 クラックに迷い込んだ動物は肉体が消滅するが、魂だけは魔力と混ざり合うようにしてクラックの中の魔界を彷徨う。彷徨う時間が長ければ長いほど魂は薄まる。運よくクラックから再び魂が世界に戻ってきたとき、周りにあるものを取り込んで魔力と混ぜ、無理やり肉体を得る。すると、魔物が生まれる。『魔界から戻った動物』だから、魔物と呼ぶ』


 ロアの呼吸が浅い。無意識に体が空気を吸おうとしている。俺は魔物と戦うにも慣れているが、普通に生活している人はまず見かけない。山裾で生きてきたロアも、ほとんど経験がないのだろう。


「魔物は物理的な攻撃が通らない。だから、魔力を使わないと倒せない」

 

 俺は左手の手袋を外し、思い切り魔物を殴り飛ばす。肉体を形づくっていた魔力がほどけ、ばらばらに砕けていく。


 肩で息をするロアを促して、俺達は進んでいった。両側に畑のある道を進み、まばらに現れる魔物を倒しながら、いよいよ集落の入り口に立った。


 世界にいる魔術師の数はさほど多くない。それこそ、魔物の数と釣り合うほどしかいない。魔物を倒せるのは魔力を扱うものだけだという知識が、あまりに流布されていない。


「私の集落の民は、魔術を扱える者もたくさんいた。なのに、全員が逃げ出したんだ」


 俺は目の前の光景が信じられない。


 地面に建つ家、木の上に建つ家、ありとあらゆる集落を形成するものたちが、魔力に汚染されたように澱んでいる。油にまみれたかのような風景。なんの臭いもしないが、悪臭が漂っているように錯覚する。


 集落は、完全に魔物によって占拠されていた。




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