第10話

「そうして、俺が目を覚ました時、知らない海岸にいたんだ。俺は村にいたときの暦を知らないから、それから何年が経ってるのかもわからない。村の場所だって西大陸なのか東大陸なのかもわからない。だから当面の旅の目的は、俺が生まれた村を探すついでに人助けをして回ってるんだ」


俺はロアとの旅の中で時々、自分の人生のハイライトを語って聞かせた。ロアは俺がヤサイと過ごした日々には優しく微笑んでくれたし、生贄にされたところで怒ってくれた。なんて優しい人だろう。


「魔界にいる間、左手や左脚がボロボロになってしまったんでしょう。でも、いま普通に五体満足で生きてるのは、いったいどうやって……」

「ああ、魔力が俺の体の足りない部分を補ってるんだ」


 ロアの疑問に、俺は手袋を外して見せた。一緒に旅を始めて十日ほど経ったが、そういえばロアの前で手袋を外す機会はなかった。あまり自分の身の上話になることもない。旅人同士で出会ったら詮索はご法度だからだ。でも、ロアは旅をしているというより明確な目的がある。

 

「わ……すごい、これが、魔力……」

「魔界へのクラックは見たことある?あれと同じ色なんだ」

「クラックは見たことあるけど、確かにこんな感じの色だったような……」


 興味津々で俺の手を握り見まわすロア。俺の手には感覚がないから、「俺の手をロアが握っている」という現象を理解しているだけ。もし、今この瞬間に俺が意識を失えば、ロアの手は俺の手を掴めなくなるだろう。


「魔界から帰ってきたとき、肉体的には十歳くらいだったんでしょう。で、それからいままでの十年の間はどうやって生きてたの?」

「簡単さ。近くの山でかつてのように暮らしてたら通りがかった魔術師が身元を保証してくれて魔術学校に通えて、魔術の基礎理論を学んだから十五歳から今みたいな旅を続けてる」


 想像ができない流転の人生ね、とロアが感嘆している。俺は、ロアのことも知りたくなった。


「ロアはどうだったんだ。今までのロアの話を聞かせてくれよ」


 俺がそう言うと、ロアは話し出そうとして、止まってしまった。


「私の話は、また今度でいい?」


 俺も気づいた。周囲に感じるおぞましい感覚。


「楽しいおしゃべりの時間は終わりみたいだな」


 俺達はいつの間にか、山の集落のすぐそばに来ていたのがわかった。集落の場所も姿も知らないが、嫌な気配はある一定の方向からまっすぐに俺達の方に来ている。


「私たちの集落はあと少し歩かないとつかないはずなんだけど」


 こんなに遠くまで嫌な気配があるなんて、と、ロアの絶望のつぶやき。

 雰囲気は完全にクラックと同じだが、密度が全く違う。クラックの前に立った時の違和感は焚火に適度な距離で当たっているときの体の火照りに近いが、今は雨上がりに雲が晴れないときの湿気のように体中にまとわりついてくる。


「行くのはやめておくか?」


 俺は問いかけた。どう考えても、誰もなにもこの先には待っていないだろう。

 ロアは、少し迷ってから答えた。


「行こう」

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