第8話

 やがて夕暮れ時になり、迎えのものが現れた。


「出ろ」


 リヒターがおとなしくそれに従い外に出る。暗闇に慣れ切った目が外の明るさに眩み、顔をしかめる。


「手を後ろに回せ」


 リヒターが手を後ろに回すと、縄がかけられた。そのまま村の外の禁足地まで連れていかれると、すぐそばに建てられた神殿に連れ込まれた。


 この村にとっての「禁足地」とは、シンプルに「入ると危険」という意味だ。過去、何人も行方不明になったエリアを柵で囲んで禁足地とした。やがて禁足地には神聖な意味合いが付与されていき、今ではこうして神殿が建っている。


 神殿の中には、中年の女が二人いて、リヒターの世話を始めた。巫女と呼ばれ、神殿の管理を任された人間のうちの二人。生贄をささげる儀式のマニュアルが整っているようで、二人は迷いなく動いた。


「服を替えます」


 リヒターは拘束されたまま着ていた服を引き裂かれ全裸にされた後、濡れた付近で体中を拭かれた。


「大いなる存在は肉体の清濁を問わない」


 しばらく放置された後、リヒターに大きな穴の開いた布が頭からかぶせられた。穴から頭を出され腰のあたりを麻紐で縛り布をまとめられると、リヒターは巨大な布の塊から頭と足首を生やした生き物のようになった。


「大いなる存在は肥瘠ひそうを問わない」


 首に包帯のような布がぐるぐると巻かれ、頭が動かせなくなると、リヒターの呼吸が浅くなった。心拍が上がる。


「大いなる存在は崇拝を望まない」


(俺は、死ぬのか)


 呼吸が浅くなったことで心拍数が上がっているのか、死への恐怖が心臓の鼓動を早めているのか、もはやわからない。


「大いなる存在は声を聞き届けない」


 リヒターの口の中に綿が詰め込まれ、縄でできた猿轡をかまされた。


「大いなる存在は何も語りかけない」


 耳にも綿が詰め込まれる。もう声も出ない。リヒターは震え始めた。


 頭に布袋が被せられ、袋の口が首で閉じられる。何も見えなくなった。


「大いなる存在は美醜を問わない」


 リヒターは込み上げる嘔吐感が喉の包帯でせき止められているような感覚に襲われ、呼吸が止まったような錯覚。足裏が板張りの床に立っている以外の情報が遮断され、自分の未来も「死」だけが約束されている。

 

 リヒターは外に連れ出された。平衡感覚がおかしくなっており、自分がまっすぐ立てているかわからない。


「大いなる存在は口を開けている」


 リヒターの後ろ手に縛っていた縄が外され、代わりに両側から青年が肩と腕を掴んで無理やり前に進ませる。


「大いなる存在よ、我ら無辜なる民の罪を赦したまえ」


 魔界への開きクラックの前に連れてこられたリヒター。いよいよ、傍目にも彼が震えているのが見えた。自分の身に何が起こるかもわからない。


 彼は、パニックになった。

「……!…………!」


 声にならない声で叫んでいるが、リヒターの声は誰にも届かない。禁足地が解放され、リヒターの様子を多くの村人が遠目に眺めていた。

 クラックまで一本の道が石畳で繋がり、道の両脇に並んで立つ村人が持った松明によって照らされている。その道をリヒターは乱暴に歩かされる。足は何度も石畳につんのめり爪が何枚か剥がれ血だらけになっている。


「大いなる存在よ」


「鎮まりたまえ」


 リヒターは両側から持ち上げられ、そしてクラックに投げ込まれた。

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