第7話
そうやって、リヒターはヤサイを保護者代わりに生き抜いて、十歳になった。
リヒターは狩りや釣り、日常に必要な作業をする合間に、ヤサイに読み書きや世界の知識を少しずつ学んでいった結果、村の同世代の子供よりもよほど生活力がある少年になった。
そんなある日。
「おい」
リヒターの家の前に、村の若者が現れた。普段は村の警護を担当している若者だが、村人は「リヒター」という名前を知らない。この世で「リヒター」と呼ぶのはたった一人、ヤサイだけなのだから。
「お前、ちょっと来い」
「なんで」
「なんでもだ。いいから来い」
若者はリヒターと目を合わせない。警戒するリヒターの腕をつかんで、無理やり引きずるように村長の家に連れて行った。
「村長、連れてきました」
「うむ」
「なんだよ!離せよ!おい!」
リヒターが逃げ出さぬよう、腕と肩を若者に抑えつけられている。村長は冷たい瞳でリヒターを見つめる。
「お前は今日まで、村からの慈悲で生きながらえてきた。その恩を、命を以て返してもらおう」
「意味がわからねえ!どういうことだ!」
リヒターが問い詰めると、村長は感情のこもらない声で続けた。
「能天気なお前は知らないかもしれないが、いまこの村は深刻な食糧難でな。この村だけじゃない。あちこちの村で食料が足りていない。日照りが続いているせいでな。川や井戸の水量も減っている。人間が飢えていれば、動物も飢える。狩りに出ても獲物がいない。やっと見つけたイノシシだって痩せ衰えている。この三年で村人が十五人も死んだ」
大きな村ではない。十五人も死ねば、事態は深刻だと誰もが認識する。今、この村に必要な物は。
「お前には、生贄になってもらいたい」
生贄。
「大した信仰だな、ええ!?誰も神も祟りも信じちゃいないくせに、村人を納得させるためだけに俺を殺すってことか!!」
リヒターが叫ぶ。肩を抑え込む力が強くなり、リヒターは膝を折った。首を持ち上げて村長を睨む。
「三年間、誰も食料を持ってこなかった。だから見捨てられたか、生活が苦しんだろうと想像がついてたさ!だから俺はお前らに干し肉を納めてた!必要だろうと思って!俺が生きていられたのはこの村からの支援があったからだ!感謝してたからだ!」
リヒターの激昂。しかし、村長はそれを無視した。
「この後、日暮れと同時に禁足地にお前を奉納する。奉納までは飲まず食わずで過ごしてもらう。何か言い残すことがあれば、今述べよ」
くそったれ。リヒターは頭に血が上りすぎて、言葉が出ない。
「では、連れていけ」
リヒターは若者に持ち上げられ、村の外れの石造りの塔に押し込められた。日も当たらず、じめじめとカビ臭いその部屋に乱暴に放り込まれたリヒターは、座り込んで動かなくなった。
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