第5話

「ロアさんはこれからどうするんだ?」

「一度集落に戻って状況を確認して、私のタカが生きているなら仲間たちにメッセージを送りたいと思っています」


 ひとりでやれることはもう全部やりました、と弱々しく笑うロアを見て、俺はどうしようもなく切ない気持ちになった。なんとかしてやりたい。

 俺はもうずっとひとりだ。両親が魔物に食われた日からずっと、本当の意味で仲間がいたことがない。でも恩人は何人もいる。自分で預かっている恩が抱えきれないほどある。ならば、今ここで目の前で絶望している女の子を助けるくらいやったって、おつりが来るだろう。


 気づけば口から言葉が飛び出していた。


「俺が集落に行って、何かできることあるか?」

「えっ?」


 俺は後先考えていない。そもそも、あまり考えることが得意じゃない。魔術師は考えて考えて考えて魔術を練り上げる生き物。でも俺はそういう意味では純然たる魔術師じゃないんだ。好き勝手喋ったって許されるだろ。


「これでも5年は旅をして、いろんなところを見て回ってるんだ。見たら何かできるかもしれないし、やれることがあるかもしれない」


 ロアはきょとんとしている。大きな目がこちらを見ている。


「ロアさんは魔術があまり得意じゃないんだろ。俺は魔術学校も出てるし、旅の経験もある」


 ロアはじっと聞いてくれている。俺の話に、少しでも希望を感じてほしい。そうしたら、俺がその希望を形にしてみせるから。


「いま、こうやって困ってる人の話を聞いて、じゃあサヨナラ、なんてできない。どうせ俺は放浪してる根無し草だ。俺のことも集落復活に役立ててくれよ」

「で、でも……」


 俺はじっとロアの目を見た。しばしの思案のあと、頷いてくれた。


「わかりました。お願いします」

「よし。よろしくな」


 そうして、俺とロアは旅に出ることにした。山の集落を目指して。


 山の集落までは、ここから二週間ほど歩いたところにあるとのことだった。ロアはここから集落までの道中にある村や町、都市を巡って仲間を探し歩いており、ここで油断したところに野生動物の群れの襲撃を受けてしまったのだ。


「そうだ、リヒターさん。私のことは『ロア』でいいですよ。年齢もそんなに変わらないでしょう、私たち」


 俺は苦笑しながら答えた。


「どうだろうな。森の種族の寿命は俺達よりずいぶん長いから」

「あっ、そうか。そうですよね。ちなみにおいくつですか?」

「二十歳のはずだ。色々あったから、計算があってるかわからないけど」

「うふふ。私たちは年齢を数える習慣がありません。私が生まれたときに植えた木は今五メートルくらいです」


 ロアによると、森の種族は子供が生まれると、木を植えて、その子供と同じ名前をつけて育てる。だから森の種族の集落に行くと、民と同じ名前の木が必ず植えてある。同じ名前の民がいないか、木が無い場合、その人物には何か複雑な事情があることが推察できるらしい。

 

「私たちは寿命が長いから、生まれた日や生きた年月のことに対する執着が薄いのかもしれません」


 ロアはそんなことを言った。人間は死を目撃する回数が多い。生まれてくる子にも祝福を惜しまない。でも森の種族は違う。あまり子も生まれないし、大人も死なない。自分の曾々々々祖父母が生きているというのはどういう状況なのだろう。


「じゃあ、俺のことも『リヒター』でいいよ。敬語もいらない。一瞬のせめぎ合いになった時、敬語が明暗を分ける、なんてことになりたくないしな」


 俺が冗談めかして言うと、ロアもにやっと笑った。


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