第4話
食事を摂ったことで、ロアの心身は落ち着いたようだった。食後のお茶を淹れ、ロアの持っていたカップにも注いでやり、俺も自分のカップに注いで腰かけた。
ロアの顔をよく見ると、目鼻立ちが整った綺麗な顔をしている。ぱっちりと大きな目元には朱がはいっていて、印象をくっきりさせている。
ロアはきちんと(とはいっても破けてしまっている部位もあってある程度だが)身なりを整えている。長い髪を背中でひとつにまとめ、キャスケットをかぶり、シャツ、パンツ、ブーツ、ジャケット、マントを身に着けている。背負うのであろう弓と矢筒と短剣が括られたポーチつきのベルトは外し、脇に置いてある肩掛け鞄に乗せている。
俺は、状況を整理するために会話を切り出した。
「何があった?」
森の種族は人間よりも寿命が長い。寿命が長いのに対して、人間よりも記憶力が良い。結果として、一秒の感覚が人間と違うため、会話のテンポがゆっくりになることがある。ロアもその例に違わず、二拍ほど置いて話し始めた。
「私は、東大陸の中央山脈、南の外れにある山の集落の出身です」
東大陸は中央山脈によって東西に分けられている。今俺達のいる法国は中央山脈の東と南を領土としているから、ロアは法国出身の森の種族となる。国によっては国内で森の種族を自国民と認めていない場合があるが、法国は森の種族の魔術への造詣を尊重し国交に近い関係を気づいている。
「その集落が、三か月ほど前に崩壊しました」
「崩壊?いったい何があったら『崩壊』なんて物騒なフレーズが出てくるんだ」
「私にもよくわかりませんでした。ただ言えるのは、集落の民は無惨に殺され、逃げ延びたものも散り散りになってしまって、今はだれとも連絡がとれないということだけです」
ロアは悔しそうに言った。肩が震えている。
「その、連絡が取れないというのは、返事がないってことか?それとも手段がないのか?」
「手段がありません。私たちは集落に暮らしている間、自分の手紙やメッセージを運んでくれる精霊と契約しています。でも、その精霊は個人と契約しているのではなくて、集落と契約をしているんです」
どういうことだろう。集落と契約……。
「つまり、法国に住んでいないと法国の伝言サービスが使えないみたいに、集落にいないと手紙とかのやりとりもできないのか」
「そういう感じです。正確に言うと、差出人が集落にいれば、受取人がこの世で生きてさえいれば一度メッセージを往復させることができます」
面白い。森の種族の文化はあまり詳しくない。こういう話がもっと聞けるなら教えてもらいたいが、たぶんいまはそれどころではないのだろう。
「じゃあ、今はロアさんが自分の脚で仲間を探しまわってるってことか」
「はい。私はあまり魔術が得意ではなくて。集落では狩りや採集の役目を担っていたので、旅をしながら仲間を集めるには私しかいないだろうと思ったんです。集落を出てから、近くの村、都市、山のほかの集落を回っていましたが、近くには誰もいませんでした。首都の方に行ってしまったか、海を越えて南大陸に逃げてしまったか、わかりません。きっと、皆諦めてしまったんだと思います。せめて私だけでも、集落を諦めていない民がいないと、きっと精霊たちも悲しむと思う」
ロアは下を向いてしまった。ああ、俺の前でそんな悲しそうな顔をしないでくれ。
少しして顔を上げると、ハッとした様子でロアは言った。
「会ったばかりの、しかも助けてくださった命の恩人にこんな話、すみません。お返しできるものもありませんが、いつか必ず御礼はいたします」
帽子をとって深く頭を下げるロアに、俺は逆に恐縮してしまった。
「いやいや、そんなのはいらない。困った時はお互い様だ。いつかロアさんも誰か困ってる人を見かけて、自分に助けられる余力があるのなら、そのときはその人に恩を渡してやってくれ」
『恩を渡す』とは俺のモットーみたいなものだ。いつだって人は一対一の相互の関係性で成り立っているわけじゃない。複雑に絡み合った関係性のなかでたまたま今この瞬間に一対一が見えているだけ。誰かにもらった恩を自分の手元に置いておかないようにするだけで、きっとたくさんの人が救われるはずだ。
「わかりました。リヒターさんは、優しいですね」
ロアはそう言うとふんわりと微笑んだ。
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