第3話
俺は宿で目を覚ました。太陽は高く昇り、すでに昼前になっているようだった。俺はベッドから起き上がり、ブーツとレザーアーマーを身に着けると、荷物を持って外に出た。宿代を払おうとすると、女将は「アンタからは受け取れないよ」と言われたので、宿の前を掃除していた子どもに宿代を握らせてやった。
「ありがとう!」
「俺のほうこそ、泊めてくれてありがとな。いい宿だったよ」
嘘ではない。古いが清掃と手入れの行き届いた部屋。家具も時折ニスを塗り直しているのか輝いていたし、シーツもきちんと洗濯されていた。
村の出口へ向かうと、昨夜話したヴィルが眠たそうに立っていた。どうやらあのまま朝を迎え、寝ずに見張り番に立っているようだった。
「よぉ。気を付けて行けよ。次の村につくのは三日後くらいだろうな。ふああ……」
「ありがとな」
俺は村を後にした。熱烈に見送られるわけではなかった。手を振る者は何人かいたが、皆すぐに日常に戻っていった。
法国は民によって「法律」を運用することで国を運営している。国民ひとりひとりがきちんと仕事をしないと成り立たないことをみな理解している。だから、自分の仕事はきちんとこなさねばならない。山に魔物が出たならば、それを退治しなくてはならない。村の農家は畑を耕さなければならない。村の戦士は耕さなくていいが、体を鍛え戦わねばならない。政治家は畑を耕さず戦いもしないが、国が誤った方へ進まぬよう頭を働かさねばならない。
では、魔術師はどうだろう。
そもそも、魔術師はあまり数がいない。だいたい、百人のうち十人が魔力を感じ取れる。そのうえで教育を受けられる家庭に生まれる必要がある。そのために、多くは魔術師になれない。
そんな魔術師の優位性を理解している法国は、国家が魔術の才能がある子供を集めて魔術学校を運営している。軍に魔術師隊が編成されているほどだ。結果として、魔術師は国の中央に集められる。こういった村を守る戦力として魔術師は行き渡っていない。
俺はそんなことを考えながら、田舎道を歩く。
道の脇で野宿をして、村から出て二日目の昼過ぎ。
俺は行き倒れを見つけた。旅をしていると時々見かける。死んでいるものがほぼすべてだから、俺は基本的に荷物を整えて埋葬してやる。だが、今日のは違った。
「ううっ……」
まだ生きている。あちこち怪我だらけでボロボロだし、服もあちこち破けている。ついさっきまで何かに襲われていた、という感じだった。
「おい、だいじょうぶか」
近づいて仰向けに起こすと、顔立ちの整った女の子だった。耳の尖った森の種族で、長い黒髪。手足も長く、身長も高い。森の種族がよく着るシンプルな服ではなく、人間が着るような旅装備という装い。
「はぁ……ふぅ……」
弱々しく目を開いて、何とか呼吸しようとしている。肋骨が折れて内臓に刺さっているようで、うまく呼吸できていない。危険な状態だ。
「くそっ!このレベルの治療は苦手なんだッ!」
俺は悪態をつきながら左手の手袋を外し、脇腹に触れる。左手からあふれるように光が染み出し、森の種族の胴体を包み込む。
「ああああっ!!」
森の種族の女の子は叫び声をあげる。強引に引き起こされた治癒の現象に、体には激痛が走る。この子の体力が無ければ治癒が完了する前に息を引き取るかもしれない。そうなるくらいなら、治癒が終わらなくても中断して体力の回復に努めるという方法もある。俺はそういう見極めはあまり得意じゃない。
いつの間にか女の子の声がしなくなったが、それは痛みから意識が飛んだだけ。慌てる自分を落ち着ける。大丈夫だ、大丈夫。
頭の中で思い浮かべた、潰れたトマトが元に戻るイメージ。それが首を通り、肩から腕を通って、左手を伝って溢れた魔力が森の種族の体に染み込んでいくように。
そうして、森の種族の女の子の体は治療が完了した。
「なんとかなったな」
二十分ほどかかったため、俺もかなり疲れている。よろよろと鞄からパンと干し肉を引っ張り出してかじっていると、女の子は目を覚ました。
「うう……あなたは……?」
脇腹をさすりながら、弱々しく立ち上がった女の子に、俺は簡単に自己紹介をした。
「俺はリヒター。旅をしている魔術師だ」
「助けていただいたようで、ありがとうございます。私はロアといいます」
礼儀正しく、ただし森の種族のお辞儀である左手を胸に当てる仕草をしながら、ロアに礼を言われた。
「まぁ、いろいろ聞きたいことはあるけど、とりあえずパンでも食べてくれ。食欲はあるだろ?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
俺がパンを差し出すと、ロアは素直に受け取った。森の種族が干し肉を食べるかわからなかったから質問すると、食べたいというので差し出した。
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