第2話

 村に戻ると、村人が広場に集まっていた。すでに夜も更けているというのに、広場の魔術灯をつけ、焚火を囲んでいる。


「ああ、リヒターさん、よくぞご無事で……!」


 村長が声をかけてきた。小柄な男だが、とても優しげな老人。俺がこの村に立ち入るなり、村の窮状を説明して助けを求めてきた。求めてきた手前、俺が魔物と戦っているあいだじゅう、こうやって広場にいたのだろう。

 俺は、間違いなく魔物を討伐したことを報告すると、村長は胸を撫で下ろした。


「よかった、これで今年の冬も越せそうです。アレのせいで冬眠できなかった動物がかなりの数、降りてきていたんです」


 冬眠を邪魔された野生動物は、冬で食料が手に入らず飢餓状態になる。すると食料を求めて人里へ降りてくるわけだが、空腹で気が立っている野生動物は非常に厄介だ。それで村長はこうして必死に討伐できる者を探していたのだろう。


「アンタ、まさか夜通しこうやって待ってたのか?」


「ははは、若い衆が『魔物が出たぞー!』と報告してくれましてね。皆で待っておりました。ここからでも熊の手が見えましたぞ。よくもあんなものを、それも一人で仕留めてくださいました。心よりお礼を言わせてください」


 老人の感謝の言葉に、俺も心が満たされるような気がした。だが、それだけでは終わりにしてはいけない。魔術師と戦士の遺体が魔物のいたところに安置してあることを報告すると、村長は痛ましそうな顔を浮かべた。


「あれは、村の衛兵と流れの魔術師でした。皆まだ若く、これからだったというのに。私たちの村を守るせいで……。申し訳ない……申し訳ない……」


 泣き崩れる村長は、若い衆に支えられて下がっていった。俺も少ししょんぼりしていた。

 彼らも死ぬとは思っていなかっただろう。大して報酬も出ないこんな村での魔物討伐依頼を受けるくらいだから、きっと気のいいやつだったに違いない。生きていれば友達になれたかもしれない。旅仲間になれたかもしれない。

 俺がもう少しだけ早くたどり着けていれば。


 考えても仕方のないことを考え始めている自分に気づいて、俺は苦笑した。


「しっかりしろ、リヒター。お前は村を助けた。死んだ者の分まで、きちんと生きろ、リヒター」


 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、気持ちを切り替えると、差し迫った自分の逼迫した事態に気が付いた。


「なにか食べるものはないか?腹が減って死にそうなんだ」


 俺がそういうと、近くにいた若い男が炙った塩漬け肉を挟んだパンとあたたかいお茶を持ってきてくれた。礼を言って受け取り、焚火のそばの丸太に座って食べていると、どうやら俺が戦っている様子を見ていたらしい村の衛兵が声をかけてきた。


「よぅ。俺はヴィル。お前さん、どえらい強さだったな」

「ありがとう。これでも十年くらい旅をしていてね。色々経験してるんだ」

「ふぅん。それにしたって不思議な攻撃だった。まるであっためたナイフでチーズを切るみたいにあのバケモンを斬っちまった。いったいどうやったんだ?あいつに挑んでいった戦士の剣はまるで歯が立たなかったのに」


 魔物に普通の武器では攻撃が通りづらい。鉄製の武器ではほとんどダメージが入らない。なぜなら。


「魔物っていうのは、体中に魔力が流れているんだ。流れている、というか、そうだな。俺達が頭まで川に潜った後、すぐに陸に上がったら水はどうなる?」

「そりゃ体中びしょびしょだよな」

「そうだ。そして、髪の毛が含んでいる水も体の表面を伝っている。魔物はそういう感じで魔力を帯びているし、体の内側から魔力が溢れ出てる」

「道理で俺達の剣じゃ切れないわけだ。見た目が恐ろしいバケモノとしか思っていなかったぜ」

「『魔の動物』が『魔物』だからな」

「なるほどな」


 そのあと、俺はヴィルから村について少し聞いた後、ふと視線を広場の中央に向けるといつの間にか宴会が始まっていた。村中の人間が集まっているかのようだ。


「何人も死んだからな」


 ヴィルが寂しそうにつぶやく。


「何人も死んだから、俺達はこうやって、辛い気持ちを笑い飛ばしてやらないと。俺達が泣いてたら死んだ連中も悲しいままだろうから」


 俺は何も言えないまま、宴会を眺めていた。村人のひとりが持ち出してきた笛の音に合わせて踊っている村人たちは、皆大きな声で笑っている。ヴィルもいつの間にかその輪のなかで踊っている。

 

 俺は、すっかり冷めたお茶を啜った。

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