1章 そうして旅は始まった

第1話

 俺の少し先に巨大な魔物がいる。

 近くには人間の死体がいくつか転がっている。


「死ね、バケモノ!」


 最後にひとり残された魔術師が両手で魔力を練り上げ、炎の球を体の前に造り出した。それを打ち出し渾身の攻撃を試みるものの、魔獣の一撃が振り下ろされ体がバラバラになる。断末魔も聞こえないほどの即死だった。


 俺はリヒター。魔術師だ。年齢は、たぶん二十歳。まだ立ち上がれもしない赤ん坊のころに親を魔物に殺されているので、正確な年齢はわからない。俺の身体的特徴として、左腕と左足がない。いろいろあって幼いころに無くしたのだが、なぜか今はこうして五体満足で立っている。


「出やがったな、バケモノめ」


 いまはそれどころではない。前方で魔術師が大きく体をえぐられて絶命した。東大陸のほぼ中央の山岳地帯の山裾で、近くの村からの依頼を受け魔物を討伐するため、魔物の痕跡を探って山に入っていた。


(もう少し早くたどり着けてればな)


詮無いことだが、目の前で死んでいく人間を見るのはやはり辛い。大暴れする魔物のそばで、俺は戦闘態勢を整えた。


「まったく。本当なら今頃は村で飯食ってベッドで気持ちよく寝てるころだっていうのに」

 

 魔術師やその仲間と思われる戦士たちを弔ってやる余裕は今はない。

 魔物とは、この世の姿とは思えない異形のバケモノのことを言う。この世界には無数の魔界の開き目クラックと呼ばれる次元の切れ目が開いており、世界と魔界を繋いでしまう。人間は滅多に迷い込まないが、動物は毎日相当の数がその中に入り込んでしまう。そして、クラックに入り込んだ動物の魂が運よく出てこられたとき、周囲にあるありとあらゆるものを取り込んで異形のバケモノである「魔物」となって俺達の前に現れる。


「俺が相手してやる、いくぞ!!」


 例えばそう、俺の目の前にある、地面から生える巨大な熊の腕のように。人間でいう肘の部分から先が地表から見えている状態だが、前腕部からはありとあらゆる生物の脚が生え、それらが腕が不規則に伸びてきては攻撃を繰り出してくる


「気持ち悪すぎるだろ」


 俺は手始めに左手の手袋を取って拳を握る。青と緑と黄色と赤が混ざったような色をした俺の左手は透き通っていて、拳越しに地面が見える。


「フッ」


 短く息を吐きながら、パンチを打つように左拳を突き出す。巨大な熊手に向かって一直線に魔力の塊が噴き出して、鈍い音を立ててぶつかった。


 口がないのだから声も出ない。俺の攻撃で受けた衝撃を受け流せず、熊手はうねうねとうごめいている。普通の魔物であれば今のが致命的なダメージになるはずだが、この熊手はその質量が故に消滅に至っていない。


 見上げると、遥か頭上十五メートルくらいのところに指が見え、爪もある。爪なんて意味が無いのに、どうしてこんな造形になるのか。魂が魔物になるとき、冬眠中の熊でも取り込んだのだろうか。

 

 俺はその場で右腰の剣を抜剣すると、左足で踏み切って飛び上がる。地面を蹴る瞬間に足裏から魔力を打ち出して、一気に熊手よりも高いところから攻撃を仕掛ける。


「くたばれ!!」

 

両手で振りかぶった剣に魔力をまとわせ、一気に体重を乗せて地面まで振り下ろした。


 熊手を一刀両断すると、剣を伝って熊手を形作っていた魔力が俺に流れ込んでくるのを感じた。同時に、わずかな毛皮といくつかの動物の死体を残して熊手は消えてしまった。


 後には、大きな穴だけが残った。

 

 魔物とは、クラックから染み出した魂が無理やり周囲の物質を取り込んで形成される。今回の魔物は冬眠中の熊を中心に、周辺の動物やその死体を取り込んだのだと思われた。

 俺は魔術師と戦士の遺体を丁寧に集めてきた。埋葬については村に戻ってから確認することにした。村人なのか外部の人間なのか、俺には判断がつかなかった。


「さ~て、なんか食わせてもらえるかな」


 俺は空腹でふらふらになりながら、月夜を歩き、村に戻った。


 俺が今いる村のあたりは、国で言えば「法国」という国家の支配域にある。本来なら村人は国に助けを求めるべきだが、村にいた魔術師二人と戦士二人が討伐から帰ってこず、周辺の魔獣(動物の形をとっていると魔獣と呼ぶ。形が崩れていると魔物だ)や冬眠しない野生動物も村に雪崩れ込み、すでに人的被害がでているとのことで、たまたま居合わせた俺にお鉢が回ってきたというわけだ。


「村人たちはどうするつもりなんだろうな、これから」

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