"ぼくたちのくに”
葎屋敷
ここは青と黄色と白黒の国。
私たちの国は白と黒と灰色と、あと青と黄色のものばかりでできている。
私は白。おじい様は黒に近い灰色。私たち以外の生き物も、灰色か白が多い。
ご飯はその辺の果実とかを食べているんだけど、そういった食料のほとんども灰色だ。偶に青とか黄色もあるけれど、灰色よりは少ない。
私は今まで、世界には十分たくさんの色があると思ってた。でも私たちが見てるものはみな、本当はもっと色鮮やかなものなんだって。灰色に見えるものも、実は違う色かもしれないんだって。でも、そうは見えない。遺伝子、というものの問題らしい、というのはおじい様が教えてくれた。この国には、私みたいに見える色が少ない子ばっかりだって、おじい様はよく言っている。
おじい様は昔、この国の外に暮らしていて、そこで学んだことが多い。この国では知恵者として重宝されていて、私たちに生き方を教えてくれる先生でもある。
私はおじい様に教えてもらうまで、大抵の色は見えないのが当たり前だった。見える以外の色があることすら、私たちはおじい様のお話でしか知らなかった。おじい様も、そういう色の存在を知っているだけで、見たことはないらしい。
だから、私たちはその色がどんな色なのか、今食べている果実の本当の色だとか、そういうことを知らないで死ぬんだろうなぁって思ってた。
でも、王が来てから変わった。王は特別だった。
王と出会ったころ、王は今に比べてとても小さかった。たぶん、生まれて間もなかったのだと思う。ただの子どもだったのだ。おじい様は、親に捨てられてしまったのだろうと言っていた。
すくすく育っていく子どもは、いつの間にか私たちの王になった。だって、彼は誰よりも賢くて、私たちを導くのが上手だった。国のみんなが夢中になるのは当たり前だった。
王はとても特別だった。私たちと違って、いろんな色を見ることができた。怪我をしたら出てくるあの黒い血が、王の口と同じくらいの色なんだってことを教えてくれた。木の実の色も同じ色のものがある。空も夜が近くなると灰色になるけど、本当は穏やかに燃える炎みたいな色なんだって。炎は白じゃないんだって。
私は王が来てから、たくさんの色を知るようになった。それだけのことで、私には王がキラキラして見える。
それに、王は色が見えること以外にも特別だった。
王は私たちよりスっと綺麗に立ち上がる。私たちよりも高いところに手が届いて、木登りが得意だった。
それにすごく優しい。私たちのために頑張って食糧を取ってきてくれる。王様なんだから大人しくしててって言っても、みんなのためだからって口元をニイってするの。
それから、ひとりで頑張って、見たことのない不思議な道具を作ってくれた。それを使えば、王は火を自在につけることができた。みんなが寒そうにしてると、それで暖かい火を作ってくれる。優しくて賢い、私たちの王。
私たちは穏やかに暮らしていた。青と黄と白黒の国は、いつまでも続くと思ってた。
けど――。
「■■■■■■■■■■――!」
「■■■■!」
ある日、私たちの国は滅ぼされた。外から侵略者がやってきたのだ。そいつらはたくさんいて、なんの前触れもなく私たちを襲った。
「おじい様、おじい様。どうなっているんでしょう。奴らはなんなんでしょう!」
「――――――」
「変です! こんなこと、ありえない。だって、奴らは、奴らの姿は――」
おじい様は沈黙している。
もう、息もしていなかった。
侵略者は二足歩行だった。私たちと違ってスっと立ち上がる。
樹木の上に登って、私たちの届かないところで待ち伏せていたりする。
私たちの悲鳴なんて聞こえないみたいに、侵略者は見たことのない道具で私たちの住処を荒らして、私たちの命を奪っていく。侵略者の道具は、自在に仲間たちの体に穴を開けていた。
おじい様が死んだ。
隣に住んでいた子が死んだ。
よく遊んでいた子も死んだ。
みんな、みんな死んでいって――、そんな地獄の中を駆け抜けた。侵略者に殺される前に、侵略者の目にも止まらないように、素早く駆け抜けた。王を探していた。
そして、息が苦しくなってきたところで、私はようやく王を見つけた。
そのすぐ傍には侵略者が二匹いた。王に話しかけている侵略者たちの、王を見る目は優しい。私たちに対するものに比べ、敵意がないのがすぐにわかった。
私たちを愛してくれた王。私たちが愛した王。彼が、侵略者に恭しく扱われているその様を私は見たのだ。
やはりそうだ。侵略者の姿は、王のそれとそっくりだった。王は侵略者の仲間だったのだ。
「裏切り者――!」
そう、すべては彼が手引きしたものだと悟った私は、彼の喉元に噛みついた。短い王の悲鳴が耳を刺した。
ああ、特別な王。私たちとは賢さが違った。私たちとは姿が違った。私たちとは、生き物として種が違った。
サルにも似た、けれど違う。私たちを裏切った、大嫌いな――。
頭の中を沸騰させるような憎しみに動かされ、彼の顔を見る。彼は私を見ている。私に手を伸ばしている。私の顔にそっと、その手が添えられた。
その手つきはいつもの、私たちに優しい王のそれで――。
「王……?」
私は彼に話しかけたけれど、返事はない。添えられた手もすぐに落ちた。もう、王は動かない。ただ黒の血が、彼の首から勢いよく噴いている。
一拍置いて、私の腹に穴が開く。侵略者が不思議な道具を使ったのだろう。
私はその場に崩れた。私から出たであろう黒色の液体が、毛にしみこんで気持ち悪い。
王、王。どうして私は死ぬのでしょう。どうして私は、王の愛を疑ってしまったのでしょう。
私は答えのない問いを抱いたまま、最期となる王との逢瀬が終わることを悟った。
*
「ああ、死んじまったなぁ……」
連れがそういう。彼の腕には子どもがひとりいる。その子どもは先ほど首元を噛まれて死んでしまった。血を滴らせるその子どもは全裸で、とても日に焼けていて、筋肉が農家の子のように逞しくついていた。言葉も独自のものらしく、保護しようと話しかけたが警戒されてしまって困っていたが、かといって目の前で死なれるのも後味が悪い。
「結局なんだったんでしょうね、この子ども」
「この森で生活してたんかねぇ」
「まさか。ここは野生動物がうようよいて、なにより狼が群れで生活しているじゃないですか。実際、この子もこの狼に噛まれてほぼ即死ですよ。こんなところで生活できるわけがないです」
「それはそうだがなぁ」
連れの指さす方を見れば、先ほど俺が仕留めた狼がいる。こいつは先ほど目にもとまらぬ速さでこちらに走ってきたかと思えば、止める間もなく子どもの喉を噛み切ってしまった。狼が恐るべき脅威であると否が応でも再認識させられた。
本来であれば、こんな狂暴な狼がいる森になんて来たくはないが、最近、この狼の毛皮の需要がとても高まっている。売れば金になるから、自分もひと稼ぎしようという奴らがひとつの集団になって大規模な狩りを計画した。俺らはそれに参加するひとり、いやふたりなのだ。ある程度狩るまでは帰れない。
「子どもの死体どうしましょう? 近くの村で見せて、心あたりある奴がいないが聞いてみます?」
「その子どもの死体を持って帰るってか? 馬鹿言え。血の匂いで狼たちに過剰に集まられでもしてみろ。俺たちの方が危ないぜ。置いていくぞ。……かわいそうだとは思うがな」
「ですねぇ……。義理もないですし。仕方ない、見なかったということで」
俺は決まった方針に安堵と一抹の罪悪感を覚えながら、俺は子どもの傍にあった木片に視線を落とす。
“■■■■■■■”
そこにはくねくねとした線が描かれていて、絵なのか文字なのかさえ区別がつかなかった。
"ぼくたちのくに” 葎屋敷 @Muguraya
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