【Last Episode】だっはっは!


「圭太! 圭太ぁ!」


 大声で圭太さんを呼びながら走るいまちゃんの全力疾走に、二人で必死についていく。


「いまさん、めちゃ足はええ! でも、これなら追いつく!」

「……うん!」


 部活で鍛えている秋人君さえ引き離しそうな勢いで走るいまちゃんの後ろから、私たちも叫び続ける。


「圭太さーん!」

「おーい! 気づけえええええ!!」


 300メートルくらい離れた交差点にさしかかったところで、雄一郎さんがキョロキョロと周りを見始めた。


「はっはっはっ……いまさんあれ、タクシー探してるのかも!」

「くっそ! 圭太! おじさん! おばさん! ……圭太あ!」

「圭太さん! 圭太さあああんっ! はあっはあっ……」


 マズい!

 

 気づいて!

 私たちに気づいて!

 

 圭太さんへの連絡は私たちや一樹おじさんたちでも取れる。

 

 けど。

 

 今日じゃなきゃ!

 今日じゃなきゃ、ダメなんだ!


「テニス部の本気、見せたらあ! うおおおおおおお!」


 秋人君がいまちゃんを抜いて、前に出た。


「アキ!」

「けー! いー! た、さああああああああんっ!!!」

「圭、太あああああああ!」

「圭太、さーんっ!」


 大声で圭太さんを呼びながら私たちを引き離していく秋人君に合わせて、いまちゃんも私も叫び続けた。


 圭太さんが、こっちを見た。私たちを見つけて、慌てた様子で雄一郎さんと友梨さんに話しかけている。


 間に、合った……!



 肩で息をする私たちに、圭太さんがゆっくりと近づいて来た。寂しそうで、悲しそうな顔だ。

 

「……みんなどうしたの? 忘れも……」

「……用があん、のはっ、あたしだっ! 言いてえことが、ある」

「言いたいこと?」


 いまちゃんがゆっくりと圭太さんに近づいていく。


「……生きててよかった。元気になってよかった。それがあたしの、本気の本音だ。あたしにウソをついたとか、悲しい思いをさせたとか……お前が元気になったことに比べりゃあ、どうでもいい。忘れろ」

「伊万里……」

「だがな」


 恐る恐る、そして優しく。

 いまちゃんが、圭太さんの胸倉をそっと掴んだ。

 

「もう二度と、あたしを置いていくな」

「え?」

「今日から……そしてこれからのあたしを置いてけぼりにするな。あたしを二度と、独りぼっちにしないでくれ」

「……!!」


 驚く雄一郎さんと友梨さんにかまわず、いまちゃんは圭太さんに向かって大きく手を広げた。


「圭太、おかえり」

「伊万里…………ただいま。ようやく帰ってこれた」


 圭太さんが、そっといまちゃんを抱きしめた。


 涙が止まらない。

 きっとこれが、いまちゃんと圭太さんの運命。


 秋君も、雄一郎さんも、友梨さんも泣いている。


「圭太、ぎゅーが足んねえよ! もっと撫でろ、好きって言え、あたしに、あたし…………うえええええん!」


 しがみついたまま泣くいまちゃんの頭を、微笑んだ圭太さんがそっと撫で続ける。


 よかった。

 本当に良かった。



「だっはっはー! コイツ、圭太! 私の彼氏! やんねぇぞ?」


 学校帰りの商店街で。


 いまちゃんに寄っていっては悲鳴や歓声をあげる人達。圭太さんはいまちゃんの側でアワアワしている。


 転入してきた圭太さんと、四人で登下校。


 最近いまちゃんはこんな感じで絶好調。

 それを見て、秋人君に話しかけた。


「秋人君、すごいね」

「え? ど、どうして?」

「気付きが行動力が、みんなを笑顔にした」


 昔から大好きすぎるのに、もっと好きになった。もう、一日中抱きついててもいいですか!


「いまさんに感謝してるし、ハルも毎日頑張ってる。俺も負けられないからさ。いまさんに恩返し、できたかな」

「だ、だからってアレはダメだからね?!」


 私の声を聞いたいまちゃんが、振り向いた。


「そういや、アキ! 礼の胸モミモミはいつすんだ? あ、代わりに一発は勘弁してくれ。あたしの初めてはぜーんぶ、圭太のもんだ」

「だからそんなことしたいなんて、ひとっことも言ってねえええええ!」


 絶叫する秋人君を見て、にひひ、と笑ったいまちゃん。


「イヤほんと、礼とか結構ですから!」

「秋人君、私の目を見てっ! あああ、目が泳いでる! だ、だめー! 秋人君! か、代わりに最近多分! 成長いちじるしい私のでっ!」

「そ、それはいつか是非お願いします……」

「みんな、エッチな事を大声で言わない! もう、伊万里!」

「だっはっはー!」



 必ず実現できる夢なんて。

 絶対届く未来なんて。

 必ず叶う願いなんて、きっとどこにもない。


 だけど。


 指先一つさえも届かない、夢や、未来や、願いも……きっと、どこにもない気がする。


 今なら、そう思うことができる。

 いまちゃんが、そう思わせてくれた。


 だったら。

 だったら。


 背中を押して貰った時の気持ちを、感謝を忘れずに。これからの私が、誰かの背中を押してあげれるように。

 

 私も、いまちゃんみたいに誰かの力になれるように。明日じゃなくて今日も、全力で走りたい。



 今日も、わいわいと肩を並べて歩く私達。


 きっと、明日も。

 これからも。


 顔いっぱいの、笑顔と一緒に。

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【第31回電撃小説大賞】どんな明日が待ちかまえていようとも、少女は歯を食いしばって今日を走った。 マクスウェルの仔猫 @majikaru1124

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