少女は歯を食いしばって、今日を走った。
「雄一郎君、友梨さん……」
座り込んで涙を拭い続けるいまちゃんを見た一樹おじさんは、そこまで言ったあとに敦子おばさんと一緒に、圭太さん達に頭を下げた。
私はいまちゃんのそばで膝をついて、震える肩をさすった。私は私で、どうしたらいいかわからない。こんなに怒っているいまちゃんを見たことがない。
そして。
こんなに悲しそうに泣いているいまちゃんを見たのは一度きり。
秋人君と話をしたあの日に見た、映像。
今では朧気になった記憶の中で、だけだ。
訳が分からなくて。
どうしたらいいのか、わからなくて。
そして圭太さんと逢えて嬉しくて。
でも、悲しくて。
ただ、ただ。
悲しくて。
いまちゃんが泣いているのは、怒ってるのは。きっと、嬉しいと悲しいが、プラスとマイナスがごちゃまぜになっているからだと思う。
だって。
圭太さんともう逢いたくないとか。
キライだとか。
ひとことも言ってない。
元気になってよかった。
生きてて嬉しい。
そう言ってたじゃないか!
でも、どうしたらいいのかがわからない。いまちゃんの背中や肩をさすり続けることしか、一緒に泣くことしかできない。
同じようにしゃがみ込んでいる秋人君を見た。唇を噛み締める秋人君は、首を横に振りながら悲しげに、いまちゃんを見つめている。
「伊万里、今日は……いや。帰るね。……僕のことを、いくら恨んでも憎んでもいい。つくづく思い知った。僕のしたことは、どれだけ最低だったのかと」
「…………」
涙を流す圭太さんに、うつ向いたまま反応のないいまちゃん。
でも、これって。
この言葉って。
まるで、お別れの……!
「さよなら、伊万里。本当にごめん……ごめんなさい。大好きだった。幸せに……なって、下さい」
「!」
「…………ううっ……くっ」
●
いまちゃんは私の腕を掴んで。
涙を流して。
雄一郎さんと友梨さんの謝罪の言葉に耳を貸すこともなく。
出ていこうとする圭太さんたちを見送りにいくこともなく。
ずっとうつ向いて、座り込んだままだ。
圭太さんたちに頭を下げて、いまちゃんに声をかける。
「いまちゃん、ごめんね。私たち、余計なこと……した」
「違う」
「!」
いまちゃんが涙に濡れた瞳で、私を見た。
「圭太に逢えて嬉しかった。生きててくれたことが、頑張ってたことが分かって、本当に嬉しかったんだ。あたしのために頑張ってくれたのはわかってる、感謝してる」
「…………」
「でも、体が動かねえ……圭太のさよならにも言葉が何ひとつ出て来なかった。はは、情けねえ……」
「いまちゃん……」
「あたしは……あたしは。結局、圭太とは一緒に生きていけない運命だったのかもしれねえ……」
運命。
今日のことを運命と言ういまちゃんが本当にそう思うなら、それでいいのかもしれない、と思う。
これ以上悲しむいまちゃんを、私たちも見たくない。違う幸せを見つけるために、立ち直るお手伝いだっていくらでもする。
だけど、その前に。
ひとつだけ、聞かなきゃいけないことがある。
「いまちゃんはこれで……もう後悔しなくてすむ?」
「……………………?!」
バッ!!
さすっていたいまちゃんの震えが止まった。
そして音が鳴りそうなほどに振りむいて、私を見た。
「いまちゃんはこれで明日、後悔しない……んだ、よね?」
「!!!」
「今日のいまちゃんは、もう諦めた、でいいんだよね?」
「…………んな訳、あるかよ!」
いまちゃんが歯を食いしばって、勢いよく立ち上がる。
「ハル、秋!」
叫んだいまちゃんが、玄関に向かって走り出した。
「はい! 秋人君、行こう!」
「よっしゃあ!」
背筋を伸ばして、大きなストライドで走り出したいまちゃんの背中を、私と秋人君で追いかける。
まだ間に合う。
絶対に。
絶対に、だ!!
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