いまちゃんの涙、涙、涙。

 ピリピリとした空気に包まれる、いまちゃんのうちのリビング。


 いまちゃんは、外で見た時と同じ表情同じ格好で壁に寄りかかり、黙ったまま圭太さんと向かい合っている。


 テーブルには圭太さんのお父さんお母さんである雄一郎さんに友梨ゆりさん、いまちゃんのお父さんお母さんの一樹いつきおじさんと敦子あつこおばさんが二人を見守り、私と秋人君はテーブルから少し離れたソファに座っている。


「はん。朝っからトンデモばなし聞かされて半信半疑で待ちかまえてみりゃ、死んだと思ってた圭太が本当にご登場しやがった。死んだって思い込んでた圭太が、だ。何だあ? あたしは夢でも見てんのか?」

「伊万里……」


 ドンッ!!!


(!!!)


 握りこぶしの外側で、いまちゃんが壁を叩く。

 

 空気が、震えている。


「そりゃ、墓参りに行かせてもらえねえ訳だ! ガキだってわからあな! 墓にお前の名前が刻まれてなきゃあよ!」 


 いまちゃんの怒りに、みんなが押し黙る。


「い……まり。ごめん」

「謝ってんじゃねえよ。聞け。いいか? ガキにだって夢はある。未来を描く。あん時のあたしにだってあった。頑張って生きるお前の力になりたい、一緒に生きたいって夢や未来がよお!」


 唇を噛み締めながらいまちゃんを見つめる圭太さんから、いまちゃんは一瞬も目をそらさないまま口を開いた。


「わからなくはねえ、優しいお前のことだ。あん時のお前なりに、病気と闘っている中で、一生懸命に考えて出した答えなんだろうよ。そうなんだよな? 圭太」

「…………うん」


 顔を青ざめさせながらも深く頷いた圭太さん。


「伊万里、お前の気持ちは分かるが……少し落ち着きなさい」

「圭太だけじゃないんだ。幼い圭太の必死な気持ちを、想いを汲んでしまった親の、私と友梨の責任が大きい。この通りだ」

「伊万里ちゃん……ごめんなさい」


 ふわり。


 片手をかざして、一樹おじさんたちの言葉をさえぎるいまちゃん。


「父さん、おじさん、おばさん。今はあたしのターンだ。言わんとすることはわかる、わかるんだ……けど、言わせてくれないか」


 その言葉と、いまちゃんの静かで醒めた目線に一樹おじさん達が口を閉じた。私と秋人君は口をはさむ事さえできない。


「ギリギリの中であたしに悲しい思いをさせたくなくって、それでも必死にあたしとの未来を願って、乾坤一擲けんこんいってきの勝負に出た。嬉しいさ。嬉しいに決まってる。でもな? でもなあ!」


 ドンッ!


 ドンッ!!!


 いまちゃんの気持ちが籠ったような、壁を叩く音がまた響く。


「あん時のあたしがどこにもいねえじゃねえか! 必死こいて藻掻もがいて足掻あがいて頑張って、お前に寄り添って生きるちっさいあたしが、お前を大好きなあの頃のあたしが! お前の未来のどこにもいなかったってことだろうが!」

「!!!」


 いまちゃんの言葉でよろめいた圭太さんが、テーブルに手をついた。


「い、いまちゃ……」


 いまちゃんの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。腕で何度拭っても止まることのない、いまちゃんの涙、涙、涙。


 私の差し出したタオルに首を振るいまちゃん。


「もういい……全部分かった。お前の気持ち、あの頃のこと、この十年お前がどれだけ頑張ってきたか……。元気でよかった。生きててよかった。でも、なんも考えられねえ。帰ってくれ」

「伊万里……ごめん。子供の考えだった、本当にごめん」

「もうわかんねえよ! 帰ってくれって言ってんだろ!!!」






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