【KAC2024】巻き戻し探偵神宮寺那由多は巻き戻す 寂れた色街

白鷺雨月

第1話寂れた色街

H県の三栗谷みくりや町はかつてはこの地方を代表する歓楽街であった。男女の色と欲望が渦巻く街であった。

だが今では寂れたどこにでもある地方都市になっていた。


それは二十年ほど前にこの都市の市長が行ったいわゆる浄化作戦のためである。

左派リベラル系の市民団体がそれにのりかかり、この街から非合法の風俗店がまず消えた。次に合法的な性サービスを行う店がターゲットになり、消えていった。

彼らはとどまることをしらない。

子供のため、街のため、未来のためというようなきれいな言葉を理由に彼らが思う社会からいらないものを消し去った。

そうしてできあがったのはシャッター街であった。


その人の気配のほぼない三栗谷町に神宮寺那由多は来訪した。

スーツを着た白髪の老人と共にである。

那由多は昭和初期に建てられたというタイルをはられた建物を指さした。

「あそこにその人はいます」

那由多は言った。


事務的な那由多の報告に老人は静かに頷く。

かつて知ったという足取りで那由多はその建物の中にはいる。

下駄箱に靴をおき、さらに奥にはいる。

老人は右足を引きずりながら、那由多の後に続く。

どうやら体が悪いようだ。

那由多は彼にあわせてゆっくりと歩いた。



一番奥の部屋の扉を那由多はノックした。

どうぞという若い女性の声がする。

那由多は扉を開け、中にはいる。

黒い着物を着た和風美人がいた。

着物の美人は二人に椅子に座るように促す。温かい緑茶とせんべいの入った木の桶を置いた。

那由多は遠慮なく、そのせんべいをぼりぼりと食べる。


「那由多さん、あの写真は手に入りましたか?」

和風美人は那由多に問う。

那由多はこくりと頷く。

「その田代さんが持っているよ」

ちらりと那由多は老人を見る。

田代と呼ばれた老人は目を見開き、その和風美人をじっと見ている。

「み、御船千鶴子……」

しわがれた声で老人は和服美人を見ている。


「ああ、とこかで見たと思ったら鯨屋のいたずら坊主じゃないの」

御船千鶴子は目を細めて、老人に言った。

老人は持っていた鞄から額に入った写真を取り出し、机に置いた。


それは月の写真であった。

那由多は御船千鶴子からこの月の写真を探しだしてほしいとの依頼を受けていた。


「まあ、懐かしいわ。無くなったと思っていたら建坊けんぼうが持っていたのね」

ふふっと御船千鶴子は微笑む。


「千鶴子姉さん、死ぬ前にあなたに会いたかった。やはりあなたは超能力者だったのですね。僕が子供だったころとちっとも変わっていない」

咳き込みながら老人は言った。

「さて、どうかしらね」

千鶴子は自分のために入れた緑茶をすする。


「この月の裏側の写真はお返しします」

田代老人は深く頭を下げた。

「ありがとう、建坊。もうこんないたずらをしちゃダメよ」

千鶴子は言った。

「はい、千鶴子姉さん」

子供のような声で田代老人は言った。


「それじゅあ、私はこれで」

せんべいを平らげた那由多は席をたつ。

「ありがとう、那由多さん。お礼に困ったことがあったら相談に乗るわ。その時はまたここに来なさい。ここは時間からはぐれたところだからね」

御船千鶴子は扉をあけ、部屋の外に出る那由多の背中に向けてそういった。



那由多が建物から出て、数歩あるき、なんとなく振り向くとそのタイルを張り巡らした建物は消えていた。

更地だけが広がっていた。

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