第8話 大団円
桃子は、自分が夢を見ていることを分かっている。そして、自分の体調が悪いということもである。
そんな状態の中で、夢の続きが読めていないのではないかということにも気づいてくるのだった。
夢を見ながら、時系列で夢が続いていくことで、
「こっちの方が現実なのではないか?」
と思ったとたん、目が覚めてしまう。
「ハッ、夢だったんだ」
と夢だったことに気づかされる。
しかし、あまりにもリアルだったことを感じ、
「もう一度続きを見たい」
と思うのか、普段であれば、
「夢の続きなど、見ることはできない」
と、理解しているので、どうせ見れないと感じながら、そのまま、一度目を覚ますことが多かった。
そうなると、再度寝付くまでに、少し時間が掛かってくる。
それでも、根ついてしまうと、続きどころか、夢を見たという意識がないまま、次の睡眠からの目覚めを感じるのだった。
しかし、今回のように体調の悪い時というのは、何度もこまめに目を覚ますことが多い。目を覚ましてから、意識がしっかりしてくるのを感じるのだが、実際には、目が覚めているわけではない。
「目を覚ましたという夢でも見ているのだろうか?」
と、思わず笑いたくなるような状況で、どうやら、またそのまま眠ってしまうようなのだ。
そう思うと、やはり、
「夢は続きを見ているのだろうか?」
と、感じるのだ。
続きを見ることで、
「やはり、一度も夢から覚めたわけではない。目を覚ましたという夢の中で夢を見ていただけなんだ」
と感じるのだった。
ただ、一度は目を覚ましているようなのだ。完全に目が覚めているわけではないのだが、覚めたような気がする。錯覚と言ってしまえばそれまでなのだが、普段はない睡魔が襲ってくることで、
「これも、何かの菌の影響なのだろうか?」
と感じるのだ。
しかも、その菌というのは、表から侵入してきたものではない。なぜなら、体調の悪い時、ほぼ同じパターンだからだ。
つまりは、
「このパターンになるように持っている力が、自分の中に備わっている」
と言ってもいいだろう。
もし、外部からの菌によって引き起こされることであれば、こんなに見事に毎回同じパターンということはないだろう。
しかし、毎回、判で押したような同じパターンということは、
「自分の身体の中にある抗体、あるいは、菌というものを、周りから侵入した対外的な菌と戦うために、身体の中に持っているものである」
と考えられる。
いや、むしろこの考え方は、普通に考えられることであった。認識としては、自分だけではなく、他の人も皆同じように感じていることであり、
「いまさら感」
というものが漂っているといってもいいだろう。
それを思うと、もう一つ考えられることとして、
「ただ、今回は、何か原因があって、体調を壊したのではないか?」
と感じていた。
ショッキングなことがあって、それが思考停止を招き、頭だけで理解できなくなってしまったことで、体調を崩した。
「私にはよくあることだ」
と、桃子は感じていた。
そして、そんな精神的なショックによって、体調を崩した時というのは、いつも難しいことを考えて、理屈に合わないような発想を抱いてしまっている。
それを思うと、何がショックなのか、いまさらながらに、思い出してみようと思った。
「そうだ、3年付き合っている彼から、別れを告げられたんだったわ」
と、ショックの原因を思い出すと、一瞬まだ、体調が悪くなるのを感じたが、本当に一瞬だけのことだった。
付き合っていた男性とは、最近少し倦怠期に入ってきたことを感じていた。そして。急に彼を他人事のように思ってしまっている自分に気づいた。
それは、きっと、自分のショックを和らげるという意識が強かったのではないだろうか?
「何か、あの人に秘密があるような気がする」
と思ってしまうと、その思いを覆すには、確固たる理由がなければ、難しいところであろう。
そして、その秘密というのが、
「彼に、誰か他に好きな女性ができた」
という思いであった。
これに関しては、本人に確かめなければいけないことで、しかも、相手が本当のことをいうとは限らない。
相手がいったことを、正確にジャッジする力がなければ、難しいことになるといっても過言ではないだろう。
だから、余計に自分の中で、どうしていいのか分からなくなり、そんな中、身体と心を蝕むという、
「菌の侵入」
を、許してしまうことになるのだ。
精神的につらい時ほど、
「菌の侵入を許してしまうのだろう」
と考えた桃子は、甘んじて受け入れた菌を、自分の身体の菌や抗体で、やっつけるしかない。そう、いわゆる、
「籠城戦」
と言ってもいいだろう。
「侵入してくる敵を、城の中で待ち構えていて、固い防備の中、相手をせん滅する」
ということに賭けるのだ。
そもそも、籠城戦の場合、
「攻城側は、籠城側の3倍の兵力が必要だ」
と言われる。
それだけ、兵力という意味では、籠城側が圧倒的に有利だ・
しかし、何と言っても、まわりを囲まれて、
「ネズミ一匹抜け出せない」
という状態に追い込まれてしまっては、補給というのは、望めないといってもいいだろう。
ということは、何とか持ちこたえ、さらには援軍を待ちながら、相手が攻めてくれば、最大限の被害を与えることで、相手に。
「これ以上の攻撃を続けることは、こちらも悪戯に、兵を失うことだ」
と思わせて、何とか講和に持ち込んだり、相手が諦めて退却するというような状態に持っていく必要がある。
そういう意味では、籠城戦というのは、実に危険を伴う、
「諸刃の剣」
のような作戦だといえるだろう。
今の桃子は、自分では、
「そんな籠城戦をしているような気がする」
と思っていた。
彼の気持ちを引き付けるだけ引き付けておいて、少しずつ殲滅していく。
しかし、自分が籠城戦をしているということを相手に悟らせないようにしなければいけないということまで自分ではわかっているつもりであった。
そんな状態で、気持ちを強く持っていなければいけないはずの桃子だったが、そうもうまくいくものではない。
そんなことを考えていると、
「最初はたいしたことのない。ただの風邪なのではないだろうか?」
と感じていたのだが、だんだんと不安になってきた。
このご時世、
「世界的なパンデミック」
だったり、
「季節性のインフルエンザ」
というものであったりと、不安は絶えない。
しかも、そのどちらも、
「人と接触してはいけない」
という縛りがあることから、検査を受けることが必須になってくる。
病院に連絡を入れ、PCR検査というものを受けることにした。
検査自体はたいしたものではなく、時間にしても、数十分で結果が出るもので、実際に診察してもらうと、
「陰性です」
という結果に、ホッと胸をなでおろすということになったのだ。
そういう意味で、病院に行って検査を受けたのはよかったのだが、今度は、別の意味で不安が募ってきた。
それが、精神的なものだった。
実際に陰性判定が出て、安心したはずなのに、急にまた不安が募ってきたのは、この間の夢見があまりにも、普段と違っていたということを感じたからだった。
一つ、感じたことがあった。
「気持ちがいいと感じるのは、寝る時であり、一番嫌な瞬間というのは、目が覚める時ではないか?」
という思いだった。
現実逃避をしたくなることで、
「寝る時が何もかも忘れられる」
という思いと、
「起きる時が、現実世界に引き戻される時だ」
と感じる思いだということである。
だが、今回は、起きる時がそんなにつらいと感じなかった。
「なぜなのだろう?」
と考えてみたのだが、それがなぜなのかと思った時、
「夢の中で夢を見ている」
という感覚がよみがえってきたのだった。
それは何がいいたいのかというと、
「今回の体調の悪さによる夢は、リアルであり、実際のことに時系列を通りても近いことで、本当のことではないか?」
と感じたかのように思うのだ。
そんなことを考えていると、
「いつも体調が悪い時、同じようなことを考えていたように思っていたが、実際には、今回が初めての経験で、しかも、夢から覚めてくるように思えるにも関わらず、実際には覚めるどころか、まるでマトリョシカ人形のように、開けても開けても、中からは少し小さな人形が出てくるだけだった」
という感覚になってしまうのだ。
これも、
「負のスパイラル」
というものであり、
「悪いものの連鎖が続くことで、断続的に目が覚めていて、しかし、実際は目が覚めているように思っているのは、本当は覚めなければいけない夢を、覚め切らないことが問題であり、このまま、まさか目が覚めないなどということになるのではないだろうか?」
という思いが募っているのも、感じてくるのだ。
つまり、今回のことは、自分が意識して、していることではなく、
「外部から侵入した菌によって、もたらされていること」
ということを考えていると、頭の中にもたげてきたのが、
「自殺菌」
というものであった。
「まさか、このまま自殺をしてしまうのでは?」
と思ったが、それも一瞬だった。
「自殺菌を意識している以上、それ以上、悪い菌が、自分の身体に侵入してくることはないんだ」
ということを感じるからではないだろうか?
( 完 )
悪い菌 森本 晃次 @kakku
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