魔術師(マギカ)の(シュトゥ)突撃(ルム)銃(ゲウェーア)

@bigboss3

第1話


その日、D大学の射撃部がD射撃場のクレー射撃を独占していた。彼等のショットガンの発射音と煙が合唱の用に響きわたっていた。そしてその中で人々の目が釘付けなる存在がいた。その青年はゴーグルも耳栓もせずに、飛んでくるクレーを発射して飛び出た直後に狙い撃ちしていた。その青年の姿ははた目から見た印象として痩せて、ふちの薄い眼鏡をかけて、髪は茶色染めた感じだった。

観衆はそのギャップが強い青年のテクニックに顔色が変わるほどだった。その表情は何かに取り付かれていると思えるほどの笑顔だった。さらに、その青年のリロードも鮮やかで物の二秒ちょっとで装填が終わってしまった。

 人々が彼の射撃に魅了されているうちに終了を知らせるアラームが鳴り響いた。

「終了~」

 射撃部の顧問と思われる中年男の間の抜けた声と共に部員は銃を下ろし弾を抜いた。当然最初に弾を抜いたのは先ほどの異常なまでに撃ち続けていた彼であった。

「多田瀬、相変わらず射撃だけは得意だな」

 顧問の言葉に彼はむくれた顔をする。他の部員も射撃の上手さに褒める者もいれば焼きもちを焼く者もいた。

「それは、一言余計です」

 そういって彼は不満のはけ口を銃の分解に回した。それは、血がにじむほどの練習をしたのかと思うほどの手際の良さで、その姿にまた人々は魅了された。

「しかし、颯斗の奴。入部して一か月しかたってないのに、俺らを完全に抜いちまうなんて……」

「これじゃあ、先輩として顔も立たねえな」

 先輩たちがそのような噂を気にも留めずに、先ほどの笑みとは打って変わって暗い表情をして、銃をケースの中に収容した。そしてそのケースを肩に背負い、その暗い表情で顧問に歩み寄った。

「先生、これで僕は帰ります」

 彼はさっきの狂気から一転、気弱な表情で出入り口に向かう。人々は口々に多田瀬のやせ衰えた吸血鬼の風貌を見つめていた。

「多田瀬君」

 彼の方に歴史オタクのような黒メガネの女性がやってきた。彼女はその眼鏡に輝く保積の目を彼に向けた。

「すごいよ、みんな目が点になってたわ」

「うん、俺にはこれしか取り柄がないからね」

「確かに勉強は普通とは言い難いし、運動もそこそこだけど、射撃部ではトップの成績を持っているじゃない」

 彼は苦笑いしながら頭をかいた。彼はどうもこの子の煽てには少し弱い所があるみたいだ。

「雫だって歴史書並みの知識があるじゃないか。僕だってまねができない」

 今度は彼女が顔を赤くして、歴史の本を地面に落とす。彼はすぐに拾ってはたいた後に彼女に「大事にしなきゃ」と言って渡す。

「あ、もうすぐバスが来る時間よ」

 彼女は射撃場に備え付けられているデジタル時計を見て彼に伝える。そして、それと時を同じくして、流線型の形をした水色路線バスがやってきた。

「雫、急ごう」

「うん」

二人は慌てふためいてバス停に駆け出した。二人はお世辞でも軽いとは言えない重りを抱えて、体力の低い二人は息を吐きながらバスに向かっていった。


多田瀬の家、それは築八〇年から九〇年は立っていると思える古風な屋敷だった。彼は疲れた体をガンケース共に肩に担いで、引き戸を開けた。部屋は電気が薄暗くついていた。そして、一言「ただいま」とだけ言って靴を脱いだ。

「お兄ちゃん、お帰り」

その光の向こうからストレートロングの一八歳ぐらいの髪が染まっている以外は時代錯誤の女の子がやってきた。

「親父やお袋は?」

「また、二人で出かけてる」

 二人は同時にため息をついて部屋に上がった。

「親父もお袋も防衛省の職員だからな。仕事忙しいだろ」

「でも、少しはあたし達の事も構ってほしいよね」

 彼女の言葉を無視して彼は自分の部屋に戻ろうとする。

「ねえ、待ってよ」

「何だよ?」

「父さんが今日はおじいちゃん達の命日だから仏壇に手を合わせろって」

 それを聞いた多田瀬は不満げな顔をして銃を担いで自分の部屋に戻っていく。その姿を見つめた彼女は、すぐに部屋の向こうへ消えていった。


 仏壇の前には二人の祖父、祖母、そして曽祖父の遺影が飾られて、その下にいる自分達の祖先を見つめていた。その写真はカラー写真でなおかつ若い姿で写っていて、昔の写真にしては異色の存在を放っていた。

「爺、婆あ、今、こうしてふたりは元気しているよ」

「おじいちゃんもおばあちゃんも天国で元気でね」

 二人はそう心の中で口にしながら、仏壇に手を合わせる。それを一分近くして拝んだ後、二人は正座で血流が止まってマヒした足を起き上がろうとした。

「ああ、し、しびれた」

「き、きつい」

 多田瀬は必死の思いで起き上がろうとしたとき、バランスを崩して

仏壇に突っ込んだ。辺りには位牌と線香の灰が辺り一面飛び出て散らかってしまった。

「何やってるの、お兄ちゃん」

 奈央はあきれて兄を助け起こす。

「ごめん、足が言うこと聞かなくて」

 そういって多田瀬がお起き上がると、仏壇の奥に何か箱のようなものが見えた。二人はそれが妙に気になって、覗いてみる。

「なんだ、あれ?」

「骨壺というふうには見えないわね」

 二人は気になってその箱を手に取った。その箱は長くて大きく、所々腐りかけていたところがあった。箱には鷲のマークと菊のマークをした焼き印が押されていて、二人をさらにいぶかしめた。

「いったい何が入ってるの?」

「昔の酒とかじゃないよな」


 その朽ちかけた木箱の中を開けてみると、そこに端がボロボロの本と四つの油紙にまかれた何かがあった。

「なんだ、これ」

「何かを包んでいるみたいだけど」

 二人は慎重にその紙の中身を空けてみた。そこに出たのは四丁の銃であった。しかもその銃は今の日本では禁止されている二種類の自動小銃だった。一方は日本軍の試作銃、もう一方は映画でよく見るドイツ製の自動小銃のようで、二人は思わず息をのんだ。

「おい、これって?」

「うん、本物だよね」

 二人は恐る恐るその銃を触れた。と奈緒が手を思わず頭を抑えた。

「どうした?」

「うん、気が腐っているみたいでとげが刺さっちゃった。」

 彼女の人差し指から一滴の血液が銃身に赤い水後をつけた。と、その銃から見たことない光と共に彼女が頭を押さえ始める。

「ど、どうした?」

「わ、わからないけど、その銃から何かが入ってくる」

 多田瀬が彼女に触れようとすると彼女は手を振りほどいた。彼の顔にはひっかき傷による血が染み出して、今度は彼の血がドイツの銃にしたたり落ちた。その直後に今度はドイツ製の銃が光りだし、今度は兄の方が頭を抱えだした。何か文字のようなものが頭に入ってくる。それは何かの古代文字のようなものが頭に入ってくる感覚を覚えて頭を抱えた。

 それが一分ぐらい続いたかと思うと、視界が開けたかのように立ち眩みが引いた。

「な、なんだったんだ今の?」

 多田瀬は首をひねりながら妹の事を思い出して、彼女を振り向く。彼女の方も変な不快感が消えたみたいで、正気を取り戻したみたいだった。

「おい、奈央、大丈夫か?」

「ええ、何とか大丈夫。けど一体何だったの?」

 二人はすっきりしかけた頭を押さえながら、なんとなく銃を見下げた。ふと、銃に変化が起きていた。血の落ちた銃は今まで以上に黒光りを放ち、銃身などに何か文字のようなものが刻まれ、模様となって光を自ら放っていた。

「おい、どうなってんだよ?」

「そんなの、わかる訳ないわよ」

 二人は恐る恐るその銃を手に取った。銃はまるでその人を待っていたかのようには腐った銃床の部分を原子に分解して、銃神のみを存在感として露わにした。

「どうなってんだよこれ」

「わからないけど、このままにしているとまずいんじゃない」

「そうだな、まずここを片付ける方が良いな。この銃は俺が持っておく」

「警察に届けるの?」

「まずは、俺の知り合いに、この銃に関して調べてもらう。うちに知り合いに歴史好きの奴がいるから」

そう言って、銃を置いて片付けようとしたとき、さっきの本が目に入った。何かアルファベットのようなものが書かれていて、その書類に極秘のスタンプが押されていた。

「秘密文書のようだけど……」

「そのようだな」

 多田瀬はぺらぺらと書類をめくったがアルファベットや見たことない言語が入り混じり、所々銃の構造を示す絵だけが示されていた。

「どう、読める?」

「いや、全く読めない」

 彼は本を閉じて、目をつむった。

「これも、大学に持っていくの?」

「ああ、その方が良いだろう」

「一緒にいってもいい?」

「学校を休むのか?」

 彼女は犬のように頷いた。彼は「仕方がないなあ」と思い、本を置い掃除機を探しに行った。奈央もようやく散らかった仏壇具のかたずけに走るのであった。

 

大学の誰もいない部室、多田瀬姉弟と森沢雫は、机に置かれた四丁の銃と目のまえの書類を見つめていた。部屋には誰もおらす、ただ、小鳥にさえずりと体育会家の聯裕声だけが響いていた。

「それで、なにが分かった?」

 多田瀬はその銃や資料に関する事で机に手を置いていた。彼女は顎に手を乗せて自分なりの答えを口にした

「はっきり言うと、歴史に詳しい私でもこの手の分野は専門外なの。ただ、見てわかったことは話すわ」

 そういって彼女はスマホを取り出し、資料を見せた。

「この二種類の銃は第二次大戦中に作られた自動小銃よ。一方はドイツのハーネスSTG44自動小銃。今のライフルの原型になった銃。もう一方は日本の四式自動小銃、アメリカのM1ガーランドを日本仕様にコピー改良したライフルよ」

 雫のスマホを見て彼女は見比べた。実物は木製部分が朽ちて、素人ではわかりづらいが、銃本体は実物に近かった。

「へえ、日本も自動小銃作っていたのか」

「あたし、イメージ的に手動のライフルで突撃するイメージがあったけど」

 兄弟はそろいもそろって日本製ライフルを物珍しそうに見つめていた。

「日本も大正時代から開発していたけど日中戦争で三八式や九九式のようなボルトアクションライフルの生産を優先して、これが作られたころには戦争には間に合わなかったの」

彼女はメガネを動かして、今度は持ってきた機密資料について話した。

「それで、こっちの機密資料については何かわかった?」

「それが内容についてはさっぱり。語学はまるっきしダメなの。でも、なに文字で何語かは分かったわ」

「いったい何語なの?」

「アルファベットのようなものは言語的にドイツ語のようね。そして、この謎の記号みたいな文字はそのドイツ語の原型になったルーン文字のようなの」

「どっかの漫画の奴がキャッハーといいそうだね」

 奈央は冗談交じりに銃を皮肉った。

「内容については全く読めないから、後で、言語学に詳しい人に頼んでみる」

「どんな人なの?」

「動画共有サイトでアイドルやっている人なの。でも、言語学では一番を取っている人よ」

 多田瀬はこの時、全く俺の知り合いはいつも変態ぞろいだ、少しまともなやつはいないのかな、と心の中で嘆いてしまった。親父やお袋も勉強しろとか抜かすのもわかると常図値思っていた。

「キャー―、ひったくり――」

 その声を聞いて三人は何事かと外に出てみる。すると二人乗りの原付が「捕まえられるな捕まえてみろ」と言う表情で、町の中を走っていく。周りに警官の姿も見当たらない。彼等は勝ち誇ったかのように見中を走りだす。

「あー、あー、あれじゃ、被害者もかわいそうにね」

 奈央は同情のそぶりを見せながらひったくりのバイクを写メで撮影した。彼女は証拠写真にしようとしたに考えたに違いない。

 と、多田瀬の視線がドイツの突撃銃に入った。彼の心の中に、試し撃ちをしたい、という欲が染み出し始めた。

「多田瀬君、なに考えているの?」

 雫の質問に彼はライフルの薬室に直接7.92ミリクルツ弾を装填するという行動で答えた。

「ちょ、ちょっと何をしようとしているの?」

「あの犯人を捕まえるための手助けをするのさ」

 多田瀬は冗談半分にライフルを手に取ると、ひったくりをするバイクに照準を合わせて狙いを澄ます。

「撃ったら警察捕まっちゃうよ」

「心配するなって、一回だけ撃つだけだから」

 二人の生死の声も聞かずに撃ちたいという欲望と犯人を止めたいという正義感がそれを完全に黙殺する状況に陥った。こうなると二人も半分諦めかけて、逆に応援を込めた忠告に変わっていた。

「間違っても、殺しちゃだめよ」

「大丈夫、タイヤをパンクさせて転倒させるだけだから」

 多田瀬は一呼吸を置いて、突撃銃の引き金に力を入れた。次の瞬間、銃の周りに何か幾何学的な文様と光が解き放ち0.1秒の感覚で光の筋が爆発的作用で飛び出した。光は一直線でバイクの胴体部分に着弾すると、それと同時に光と共にバイクの下半分をひったくり二人の両手両足諸共消し飛ばした。そのエネルギーはひったくりのバイクを突き抜け、反対側の木を巣灰も残さず焼き切り、更に路肩にあるガラス張りになった銀行を溶かし丸い穴を形成して止まった。

 最初、ひったくり事件にかかわった人間も回りで見たやじ馬もいったい何が起きたのか全く持って理解の範囲を飛び越えて混乱していた。

「あ、あああああ、お、俺の足がー」

「ど、どうなってんだー?」

 二人のひったくりは悲鳴を超えた絶叫を上げて無くした足の行方と、残っている両方の太ももからくる激痛を訴えた。

 人々は次々とSNSのネタのためのスマホ撮影を始めた。男たちはそんな人々に必死で助けを求める手を伸ばし続けた。

 その、悲鳴に対して、一台のパトカーがサイレンを鳴らして駆け寄ってきた。警官はその、漫画家映画の状況としか取れない状態に驚きと混乱の二重奏を奏でた。

 それは撃った側にとっても同じ状況に陥った。

「お、お兄ちゃん、いったい何をしたの!」

「お、俺だってわからないよ。ただ引き金を引いただけだって」

 撃った本人はいったい何が起きたのか恐怖で頭の思考が完全に凍り付いてしまった。

 と、人々の指先と視線が次々と自分達の方向に指さしていることに、雫は気が付く。

「そんなことより、早くここから逃げましょう。警察がここに来る前に」

 雫の一言に我に返った二人は慌てて銃と資料をケースの中に慌て収納しようとした。

「い、イタ」

 突然、雫が指を抑えて、歴史書を落としていた。

「だ、大丈夫か」

「大丈夫、本で切っただけだから」

 そういって本を拾い、机に置かれたSTG44を切った指で触った。と突然彼女は頭を押さえて、立ち眩みを起こした。彼女を断たせはひ弱な体で支える。

「何だよ、お前貧血か?」

「違う、少し変な感じがしただけ」

 彼女はそう言って銃をケースに慌ててしまいこむ。大学の方でも自主勉や自主練の最中だった生徒たちは何が起きたのかと、集まり始めた。

「ねえ、急いでよ。周りにやじ馬ができ始めたわよ」

 多田瀬は慌てて銃を担ぐと、いまだに意識のはっきりしない彼女の手を握りドアを勢い良く開ける。ドア向こうには数人の生徒が何がったのかとぼうぜんとした表情で見つめていた。

 多田瀬達三人は一目散に部室を飛び出した。傍から見れば重そうなケースを抱え込んだまま。

「ねえ、どうする」

 奈央は青くなった表情で二人に質問する。二人の表情はうつろになって正常な判断ができそうな状況に全く見えない。

「とにかく、家に帰るとまずいから、どこか知り合いのところに隠れるほかないね」

「でも、どこに?」

「とりあえず私の家に向かいましょう」

「雫、大丈夫?」

「うん、今日は家族みんな旅行でいないから」

 三人はその言葉を受けて、バス停に向かって走り出した。


 事件が起きて六時間が経過した。前代未聞の事件の現場では報道陣が蟻の群れとなってカメラやマイク片手に事件報道を続けていた。

 警察はその現場検証を入念に行っていた。その異様な状況に捜査員たちの戸惑いの表情は隠し切れなかった。

「いったい何やったこんなことになる?」

 捜査員たちの心に湧く反応を一人の中年刑事が口にする。その刑事はその溶けたかのように、下半分が消えたバイクを入念に調べあげていた。そのバイクの断面は飴細工のようになっていて、無事なところがなければスクラップとみなされてもおかしくない姿だった。

「俺も今まで、いろんな事件を見てきたが、こんな状況初めてだ。まるでアニメの世界が実写になったような状況だな」

「のんきなこと言ってる場合じゃないですよ、相良さん、今は証拠探しです」

 後輩刑事はそう言って相良というベテラン中年刑事を注意して証拠探しを促す。相良は光が飛んできたという証言と防犯カメラやスマホなどの映像を分析に掛けるよう指示を出した。相良は光の方向を動画と現場から推測してその光の飛んできた方向を導き出した。その方向はD大学のキャンパスをぴたりと向いていた。

「お前ら、D大学に向かって何か証拠がないか調べろ」

 警官たちは敬礼をした後、D大学のキャンパスに足を進めていった。その後ろ姿を見送った相良は、別の部下に別の質問を始めた。

「で、ホシ、いや被害者の方はどうなっている」

「今は総合病院で入院しています。足は、熱で止血されたようになったため失血死は免れています。医者の方もこんな状況は自分でも初めてだと頭を抱えていますよ」

 刑事達のありきたりの会話の中に非日常が自然と湧いて出ていた。そして、新たな証拠によってさらに謎は深まった。

「相良さん。見つけました」

 後輩刑事がハンカチに包んで証拠を持ってきた。

「何を見つけた?」

「あの光が止まったと思えるF銀行の金庫に銃弾が発見されました」

 そういってハンカチを広げて銃弾を見せた。それはさっき多田瀬が撃った7.92ミリクルツ弾の弾丸だった。しかし、これによって謎はさらに深まった。

「これは、ライフルの実弾か?」

「ええ、そうみたいですね」

「これが、ひったくりの二人組の足をバイクごと吹き飛ばした上に銀行を貫いたというのか?」

「弾丸が金庫にクレーターのような穴をあけたことを考えるとそうとしか……」

「しかし、にわかには信じられん。たった一発でこれだけの被害を出した上に、しかもこの銃弾が無傷とは、科学的にも説明がつかないぞ」

 相良達はその魔法か科学の銃弾に驚きと疑問の沼に足を取られてしまった。

「とにかく、この銃弾を鑑識に回して、銃の特定を急がせろ」

「わかりました」

 そういって刑事たちが、鑑識に回そうとしたとき、ここの事件を担当するいかにも小物という年配の警官が相良を呼びつけた。

「どうしました?」

「今回の事件なんだが、捜査は上の人間の指示で、別のものがやることになった」

 それを聞いた相良は「どういう事です」と、思わず怒号を上げる。その答えは隣にいた自衛隊の制服を着たショートヘアの女性が口にした。

「今回の事件の捜査権は私達に一任してもらいます」

「だれだ、見た所防衛省の人間に見えるが?」

「申し遅れました、私陸上自衛隊特殊作戦群所属の虹村佳奈美三尉といいます」

 佳奈美という女性は敬礼して簡単な自己紹介をした。

「これはどういうことだ、三尉。この事件に自衛隊や防衛省が管轄するなんて」

「そのことについては防衛機密に触れるためお答えすることは出来ません」

 そのお言葉に捜査員たちは激しく詰め寄った。なわばりを荒らされる出毛でも耐えられないのに、それを取り上げようというのだ。納得する説明がないと「ハイ、そうします」とは到底言えない事柄だった。

「お知りになりたいなら俺が説明しましょうか」

 そこに車で来たとか考えられる米軍の将校が歩いてやってきた。将校とはいってもさっき女性自衛官と同い年位に見える白人男性だった

「誰だ、あんた?」

「見てのとおりだ。今回の事は各国が注目していてね。その証拠にあの日ゴミを見てください」

 そういわれて振り向くと、そこには何人かの外国人が現場を窺うような目つきで記者や野次馬の振りをしていた。しかし、その動きは何かの諜報員にしか見えなかった。

「米軍の新兵器か何かなのか?」

 アメリカ人は何も口にしない。ただ沈黙のみが真実を語っていた。上司の方も顔色を青くして「これ以上詮索するな」という合図を送っていた。それを見た相良は渋い顔をして、重い口を開く。

「わかりました、捜査についてはあなた方に一任しましょう」

 相良の言葉を聞いて部下たちは憤りの合唱を上げたが、「黙ってろ」の一言で全員の抗議の歌声をやめさせた。

「ありがとうございます」

「後ほど、正式な書類をそちらに送付します」

 三人は儀礼だけの敬礼をして、互いに待ち合わせていた車に足を運ぶ。相良の方は防衛省御用達の車を睨みつけて、部下たちの抗議の声に耳を傾ける。

「先輩、このまま引き下がるのですか?」

「そうだ、これじゃメンツをつぶされたも同然です」

 後輩や部下からの声に四〇代の男は黙っていた口を開く。

「お前ら、大学に向かった奴の証言とかすぐに集めろ。お前は見つけた弾丸の写真を撮って、すぐに鑑識に回せ」

 その声を聞いた、部下たちは「どうするのです」と耳元でささやく。

「お前達はこの件から外れろ、この捜査は俺だけでやる」

「し、しかし、上が黙ってませんよ」

「そうです、我々だってあんたの手伝いを」

 後輩の協力の申し出を、相良は爆発の如き怒号で一蹴する。

「お前らが巻き込んだら、今度はどんな処分が待ってるかわからねえだろ。お前らは少なくとも情報提供だけで我慢しろ」

 そういってサイレンのなるプリウスのドアを開ける。

「心配するな、責任は俺個人で充分だ」

 そういうと音声認証で車のロックを外してキーエントリーを解除しエンジンを始動させた。部下たちは自分達の無力さに歯がゆさを感じつつ指示されたことを実行に移すのだった。


 事件から半日した後、三人は雫の家にいた。家の中は静まり、今までの事が夢であってほしいという眼で、下に置かれた銃器を見つめていた。それはあの時撃った時と全く変わりばえのしない表情だった。

「どうする?」

 奈央は兄とその友達に今後の方策を聞く。二人は首を横に振って、自分でもわからないと意思表示をする。

「警察に届けて、銃を処分してもらう?」

「何、バカ言ってるの、それこそ自分が犯人ですて自首をしに行くようなものじゃない」

 雫は思わず怒鳴り声をあげた。二人はそれを聞いて心臓の針が飛ぶ感覚を覚えた。

「冗談だよ、処分するにしても、警察じゃなくてスクラップ工場で潰してもらうとかあるじゃないか」

 それを聞いた二人は「あ、そういうことも考えられるわね」という顔をしてひ弱な兄の妙案を受け入れることを考える。

「それより、事件について何かないか、ニュースを見ないか?」

「そうよ、こんなところでじめじめしている場合じゃないわ」

 雫はそう言ってテレビのリモコンのスイッチを液晶画面に向けた。ちょうど、その時のチャンネルに六時のニュースがかかっていた。

『次のニュースです。今日の朝、D大学郊外の路地で起きました爆発事故は、過激派による爆弾テロとの疑いで警察が捜査を始めています。この事件でF銀行D出張所の建物が半壊、大学周辺でひったくりを繰り返していた二人組の両手足が他紙を失う重傷を負いました。銀行内にライフルの実弾が発見されたことなどから……』

ニュースはトップ記事となって、大々的に報じていた。どうやらテロ事件のとして扱っているみたいだった。幸いなことに、三人の男女に関するニュースは一言も出ておらず、二人は一安心した。

「よかった、私達の事は何も言ってないわ」

「でも、報道されてない可能性はあるわ」

「そうだな、今のうちにこの銃をどこかに処分してしまおう」

 多田瀬の言葉に二人は同意してケースに手をかけた時だった。突然チャイムの音が聞こえて、二人の心臓は再びフラットになりかけた。

「すみません、警察の者です」

 その言葉を聞いたとき、彼らの心が一瞬で凍り付いた。多田瀬はこのでない口パクでとジェスチャーで何とかしろと訴えかける。

 雫は恐怖で凍り付いた声で口を開いた。

「何の用ですか、今家族は旅行中で誰もいないのですけど」

「今日の朝に起きました、爆破事件についてお伺いしたいことがありまして」

「わたしとその事件とはどういう関係で?」

「大学のキャンパスからあなたとご友人が逃げるところを目撃した人が、多数いましたので確認をと」

「わかりました、手短にお願いします」

 彼女はそう言って、鍵に手をかけた。その時三人の目が一瞬、金色色にくぁるような感覚に襲われた。その事態に最初に気が付いたのは多田瀬の制止を意味する声だった。

「だめだ、雫。ドアを開けるな」

 その声に驚き、思わず鍵を外した。次の瞬間いきなりドアを蹴破る音と共に、彼女はドアにサンドイッチにされてしまう。多田瀬と奈緒の金色になった眼に写ったのは、さっきの男性の声とは似ても似つかないくらいの、スラブ系の髪と肌をした美人女性であった。彼女はロシアのAK―12というAKライフルの中でも最新のモデルを握りしめて、飛び込んで来た。二人は思わず逃げ出そうとしたが、彼女人間とは思えぬ動きで二人のみぞおちにパンチを決めて、そのまま動かなくしてしまった。サンドイッチ状態から解放された、雫は二人を助けようとしたが、彼女のシステマによって完封されてしまった。

「おとなしくしなさい、無駄に命は取りたくないから」

 彼女はネイティブな日本語で語りながら雫を関節技で押さえつけた。

「だ、だれですか、あなた?」

「名乗るほどの者じゃないけど、一応伝えておくわ。私はジアーナ。ジアーナラドリエ、ロシアから来た謎の女よ」

「い、いったい、何しに来たのですか」

 多田瀬の震える声に黒つなぎの白人女性は、銃の入ったケースを指さした。

「あなたの所有している四丁の銃を私に渡してくれない?」

 その言葉を耳にした三人は悪寒を覚えた。この女は僕達が銃を持っていること、そして竿の銃で事件を犯していることも何もかも知っていると。

「なんで、あなたがあの銃を知っているの?」

「それは、深く聞かない方が良いわ。それ状詮索していると、墓穴を掘ることになるわ」

 彼女は冷たい表情を浮かべて多田瀬達に銃口を向ける。


「わ、わかったよ。銃は渡すし、今回のことは知らなかったことにする。だから僕らの命は取らないでくれ」

 多田瀬の蛇に睨まれた蛙の表情に二人も思わず貰い泣きならぬ貰い怯えを起こしてしまった。

「なら、ケースを持ってきてゆっくりと持ってきて、中身を見せて」

 多田瀬と奈央は二人にとってはバーベル並みの重量であるケース二つを片手にひとつづつ持つとゆっくりと、撃たれる恐怖に怯えながら持っていく。

 しかし、その恐怖に耐えられなかったらしく思わず、多田瀬は床に転がっていたリモコンに足を滑らせて、その質量にのって思わずジアーナの両足に直撃してしまった。その勢いでケースの留め具が外れて、銃が四丁揃って飛び出した。

 ジアーナは銃と雫を放して両足を抑え込む。そしてロシア語で痛いと言いながら転げ回っていた。それは第三者から見ればコメディのような状態だった。

「ご、ごめんなさい、お兄ちゃんはわざとやったわけじゃないの」

 奈央の訴えにジアーナは地獄の悪魔のような表情でにらみつけた。


 その時に、三丁の銃に変化が起きた。今まで鉄部分だけしかなかった、銃が、周りの部材を引力があるかのように引き寄せて、それを銃の周りに取り込んで新たに形成し始めた。それが三〇秒位の変化だった。その変化が終わると、第二次世界大戦にできた黎明期の自動小銃は、二一世紀の銃と遜色ない現代的な姿に生まれ変わった。

「な、なんなの、なにが起きたの?」

 美人女性はその魔法でも起きたかのような変化に戸惑いを隠し切れない。ドイツのSTG44は赤錆かかった銃は銃身から何かから何まで黒光りし、その中にルーン文字がステッカーのように刻まれていた。グリップや銃床はガラスとプラスチックを吸収して本来の銃床の材質を変えたような状態にした。そして銃身の持ち手はやけどを抑えるのを見越したかのように、レールシステムの凸凹が黒く追加されていた。

 一方の四式自動小銃も変化は一緒だったが、それと比べて大きく変わっていた。銃は狩猟用ライフルやショットガンなどにみられる曲銃床からアサルトライフルに見られる、直銃床に変わり、ストック部分や照準器部分に同じようなレールシステムが備え付けられた。今で言うマークスマンライフルのような状態だった。

 彼女があっけにとられている隙を見た多田瀬は銃を握り、素早くコッキングレバーを引いて、銃口を彼女に向けた。彼女は一瞬の事で反応できなかったが、すぐにライフルを片手に持ったまま、奈央を盾にする。

「妹に手を出すな!」

「だったら、持っている銃を下ろすことね」

 彼女は重いライフルを片手に持ったまま首掛けから後ろに回して、すぐ持ってたトカレフを構える。

「お兄ちゃん、私ごと撃って!」

「何言ってるんだ、出来る訳ないだろう!」

 人質事件ではよくあるベターなセリフだった。雫は思わず苦笑してしまったが、彼女はそんなことなど気にしている場合ではなく、転がっている銃を拾おうとする。しかしすぐのロシア女性に足で踏まれた。

「変な真似をしないで頂戴」

 彼女のヒールの底を踏まれた雫は手を抑えてのたうち回る。そこの面積が少ない分重量が集中するからだった。彼女の手は赤くなって苦しむ。

 彼女の泣き叫ぶ表情を見た、彼の顔の肌はみるみる血流によって赤く染め上げられて、かけていた眼鏡をはずしたかと思うと、銃口を妹を人質にするロシア人女性に引き金を引いた。部屋の中には火薬の破裂音と薬莢の排出音と共に銃口から7.92ミリクルツ弾の暖冬が飛び出した。しかし、人を撃つことへの恐れからか多田瀬の銃口は不幸にも人質にさていた。銃弾は一直線に妹の下腹部に向かっていく。そのスローカメラの再生のように銃弾の動きが見えた。

「ああ、まずい」

 その時の多田瀬は無我夢中で物理法則を曲げられればと考えた。その時の彼の目は赤く怪しく光った。その瞬間、彼の放った銃弾が運動エネルギーを失わずに物理法則を曲げて、命中個所を妹の下腹部からロシア人女性の肩の骨を打ち砕いた。

 彼女は再び悲鳴を上げて持っていたAKを落としてしまった。妹は拘束から解放されて、涙を流し兄に抱きつく。

「大丈夫か、奈央?」

「怖かった」

 兄は必死で妹を抱き寄せた。その時に起きた銃弾の異常な軌道など、気にもすることもせずに互いの無事を確かめていた。そうやって雫の無事も確かめようと探したときに、偶然にも肩を破砕したレジーナが目に入った。彼女はロシア語で侮蔑の言葉を口にして、破壊された腕のとは反対の腕で腰のトカレフを握りさっきとは比べ物にならない表情で銃口を向けた。

「奈央、離れろ」

 多田瀬は彼女を横へ突き飛ばし、ライフルを向けた。次の瞬間、彼女の横を光の筋が五つ、彼女の体を貫き体を穴だらけにした。彼女は穴のあいたような空洞の目と茫然自失の表情で壊れた人形のように崩れて床に血の池を作った。

「誰だ、今のは?」

 その事態に混乱しながら光の方向を向くと、そこには雫が金色の目で四式自動小銃を震えながら、構えていた。

「シ、雫さん。今の君が?」

 その一言で二人はそろって銃を落として胃の内容物を逆流させた。当然と言えば当然である。人を撃ち殺した警官ですら、人生が一変する精神不調を覚える。ましてや素人二人などなおさらだった。

「お兄ちゃん、雫さん、大丈夫?」

 奈央の一言で、二人はこびりついた胃の内容物をぬぐうと、起き上がって暗い表情のまま「大丈夫」と口にした。

 三人はすぐに体を大きな穴だらけにされたロシア人に目を向けた。ロシア人はロシア語で母親の言葉を口にして、涙を流していた。その姿に三人も思わずもらい泣きしてしまう。特に引き金を引いた二人は人撃ったことが大きかったのか大粒の涙を床に落としてします落ちた涙は広がった血と混ぜ合わさっていく。

 ふと、三人の耳にパトカーのサイレンが少しずつ大きくなるのをキャッチした。

「まずいわ、誰かが通報したのよ」

 雫は慌てて逃げ出そうとする。それを多田瀬は静止した。

「待てよ」

「なに」

「ライフルを置いてくなよ。このままにしておくと後後面倒になるし」

 それを聞いた雫はいやいや銃をケースにしまって、そのケースを持ち上げる。

「雫さんのお父さんやお母さん、どう思うのかしら?」

 奈央の言葉に雫はため息をついた。

「多分、泣き出すか鬼のように起こるでしょうね。まあ、仕方がないですけど」

「感傷に浸りたいけど、今は逃げた方が良いよ」

 多田瀬の言葉に二人は我に返り、玄関に走っていく。途中多田瀬が肉の塊になりつつあったジアーナを振り向いて一言つぶやく。

「ごめんなさい」

 その言葉を彼女が聞いたかはわからないが、彼は振り向いて玄関の扉を開いて逃避行に向かうのだった。


 再び事件を起こして二日が立った。三人は自動販売機で買ったカロリーメイトを一人一つと三分の一の割合でかじりながら、空腹を凌いでいた。事件の報道はビルに備え付けられたニュースででかでかと流されていた。人々はあるものは自分の持っている端末で動画やニュースを見て、あるものは大型の画面を見上げて事件を見ていた。

 そして口々に事件のあることないことをSNSや口伝えで話し合っていた。

「うわ、ひどい書き込みね」

 奈央は書き込みの遠慮のなさに閉口してしまっていた。スマホには死刑だの人間じゃないだのいっぱい書かれていた。

「多田瀬君。このままじゃ、身が持たないわ。どうする?」

「そうだな、家に帰ろうにも、警察が張り込んでいるだろうし、キャッシュカードも足がつきそうでまずいし……」

 多田瀬が頭を押さえて悩んでいると、奈央が何かを思い出したかのように雫に質問する。

「前に言っていた人のところに行ってみない?」

「なんで?」

「何でって、言われても……」

「他に頼れる人がいないから?」

 二人の煮え切らない返答に、雫ももやもやした表情をしたが、「仕方がないわね」と口にして、スマホを取り出し、彼に連絡を入れた。スマホの耳に電話の接続音が響き、接続のための電波を流す。そして接続ができたことを表す音が彼女の耳に届いた。

「もしもし、私?」

 彼女は受話器越しの人物に事情を伏せたまま話して、そちらによりたいと話した。相手の方も何か悩んでいるようだが、何とか了承をしてくれたみたいだった。彼女はスマホの電話機能を切ると、少し喜んだ表情で返答を話した。

「どうだった」

「OKしてくれた。一応こちらの事情は伏せておいたから。」

「よかった」

 二人はほっと胸をなでおろして、これで空腹や警察の目に怯えることもなくなったと安どの顔を作った。

「それで、その人の家はどこに?」

「ここからだと、電車に乗って言った方が良いわ。彼の家はその近くだから」

「そうと決まったら、すぐに行かないと」

 奈央の言葉を受けて、多田瀬はすぐにケースを両手に握りしめて、ビルの隣にある私鉄の駅に向かった。その時に、三人を監視する目がストーキングしていることも気が付かずに。


 同じころ、上の命令を無視して独自に事件を調べていた相良は、情報の精査にいそしんでいた。彼の机には三人の学生のプロフィールと事件現場で拾った薬室、そしてぼっしゅうするまえにPDFで落とした、写真などの捜査資料のデータであった。相良はこのデータを一つ一つ調べて、わかったことがないか、もしくは見落としていることはないか調べた。

 ふと彼の耳にドアをノックする音が聞こえた。

「だれだ?」

「先輩俺です」

 それは後輩の声だった。相良は拳銃を握りしめて慎重にドアを開けた。

「お前か」

 後輩は手提げバックにサラダとチキン、そして秘密にコピーした資料を持ってきた。

「それで、何かわかりましたか?」

「ああ、わかったことを言うと、事件で見つかった銃弾は、7.92㎜クルツ弾というものだ。第二次大戦でドイツ軍が開発した代物らしい」

「いったい誰がそんなものを?」

「わからんが、少なくともこの弾を使うものは限られる。代表的なものは今の自動小銃の元祖と言えるSTG44だ」

 それを聞いた後輩は推測を先に口にした。

「ということは、犯人はかなりなミリタリーマニアということですか?」

「いや、そうとも言えない。STG44はシリアやレバノンとかに使われているというし、この弾丸もアメリカとかで再生産されているとネットで載っている」

「AKみたいにですか?」

 後輩は驚きをもって相良に質問する。

「俺も、専門家に聞かなかったら、信じないところだった。だが、こう言う例はあり得る話らしい」

「そうなんですか」

 後輩の言葉の後、今度は三人のプロフィールを広げた。

「後、事件現場から離れた男女の身元が分かった。一人は多田瀬颯斗二〇歳。D大学の二年生。家族は両親と妹の四人暮らし。父と母は防衛省職員。もう一人がその妹、多田瀬奈央一八歳。D大学の付属高校三年生。最後の一人が森沢雫。多田瀬颯斗の同級生で二〇だ」

 その資料の一つを見て少し驚いた。

「この少女……」

「どうした?」

「いえ、この少女が住んでいる家で女が血だらけで倒れているのが見つかりまして」

「まさか、被害者は森沢雫か?」

「いいえ、彼女ではありません。ロシア人でした」

 それを聞いて、また外国人が絡んでいるのかとあきれ気味に口を開く。

「それで、捜査の方はどうなっている」

「それが、大使館連中がやってきて外交官特権を盾にして、彼女を強引に連れて行ったのです」

「それをお前は黙ってみていたのか?」

「仕方がいないですよ。今度は外務省が外交問題になるって言ってきたのですから」

「いったい何がどうなっている」

 相良は事態が変な方向に向かっていることに頭を抱える。謎のひったくりから始まって次々といろんな人間がかかわりだし始めている。

「それで、彼女や彼女の両親はどうなっている」

「彼女は今もって行方がつかめていません。各所で聞きこんではいますが今もって行方不明です。それと、彼女の両親ですが……」

 後輩の言葉にためらいがあった。何か、おかしなことがあるみたいで相良は単刀直入に後輩の口を割らせた

「どうした、遠慮せず話してみろ」

「彼女の両親ですが、旅行に行っていると森村自身が近所に話していました。しかし、近所の誰も、彼女の両親姉弟を見た人はいないのです」

「それは、ただ引きこもっていたという可能性ではないのか。最近は近所の付き合いも全くないということが多いからな」

「俺もそう思いましたが、彼女の両親の携帯番号に連絡を入れましたが、この電話番号は登録されていませんと出るだけです。さらに言うと彼女の家ですが、あの家に家族が住んでいたという生活感がありませんでした」

 その報告を聞いて相良は「彼女について深く調べてみたい」とつぶやいた。

「わかった。情報提供には礼を言う」

「なに、頭の固いあなたですから、柔軟になってもらおうと思っただけです」

「仕方がないだろう、男は年をとればとるほどその考えに凝り固まるのだからな」

 そう思いながら彼は缶コーヒーを口にしながら、後輩のカモフラージュで持ってきた食料に手を出すのだった。


 相良が独自捜査に本腰を入れ始めたころ多田瀬たち三人は、列車に揺られながら、本来解読を頼むはずだった人物の家に向かった多田瀬達三人。その家はオカルト好きの人間が済むには不釣り合いなほどに、きれいな家だった。新築一年といった具合だった。

「ほんとに、こんな家に住んでいるのか?」

「そうね、なんか金持ってる奴のお城って感じよね」

 二人はそのような会話して相手がどんなのかと言い合っていると、ドアが開いた。ドア向こうに現れたのはまるでアイドルをやっていたようなイケメン男子だった。多田瀬姉弟は自分の目が錯覚に陥ったのかと兄はメガネを、妹は瞼をこすって幻覚を取り除こうとした。

「幻覚じゃないわよ。お二人さん」

 そういって二人のホッペを片方ずつ引っ張り、痛みがあることによって現実に引き寄せた。二人はすぐに現実であることを理解して、歴史オタクの彼女に質問した。

「どういうやつなんだ?」

「前にも言ったでしょ。彼は、元々アイドルやってて、よく動画共有サイトでその売り込みをしていたらしいの。今でもピークは過ぎているけど、オカルトアイドルとして人気驀進中よ」

 そういって、彼女はそのイケメンオカルトマニアに自己紹介を促した。

「どうも、金沢清雅と言います。君が多田瀬颯斗さんと妹の奈央さんですね」

 その歌うと人気の出そうな美声で奈央は顔を赤らめて、兄は死人を見る目つきで彼を見据えていた。

「あ、あのどうかしましたか?」

「あ、いえ、なんでもないです」

「それより、文字の解読の協力に感謝します」

 そういって多田瀬は、手を差し出し協力の誓いを示した。金沢も屈指のない笑みで手を重ね合わせた。

 と不意に二人は頭を一瞬押さえつけ下を俯く。まるで突発的な頭痛でも起きたかのようなしぐさだった。

「どうかした」

「いやなんでもない、それより解読だ」

 多田瀬はそう言って他の二人を金沢の中に入れて、靴を脱がせた。そして辺りを見回して、誰もいないことを確認すると、扉を閉めたのだった。

 部屋の中はキレイナまでのおしゃれ空間が広がっていて、パソコンは今どきの最新モデルで、黒革のソファとベッドが独身貴族のような様相を呈していた。しかし、そのおしゃれな姿が三人にはうらやましく思えるほどだった。

「すごい、ここで一人住でいるのですか?」

「ああ、小さいころから、家族もいなくて、一人で生活していたから」

 彼はそう言ってパソコンに電源を入れた。パソコンには梨の虹色マークが出てきて、その後にパスワードを求める項目が現れる。彼は手際よくキーボードに極秘の暗号を入れて、パソコンの画面を開く。

「じゃあ、さっそく、例の物を出して貰おう」

 多田瀬達は袋にしまっていたドイツ語とルーン文字のハイブリット書物を彼に渡した。

彼はそれを手慣れた様子でスキャナーに一ページずつパソコンに落として、それを彼が手に入れた最新の翻訳ソフトで日本語に変換させていく

「最近は全部パソコンやスマホでできるようになったわね」

「まったくだ、昔だったら辞書の山と格闘して脳の回路が焼き切れる思いをしながら、翻訳していたのが遠い昔のように思えるね」

「遠い昔か……」

 金沢は遠い昔を懐かしむような眼で多田瀬と雫の会話を聞いていた。そしてスマホをいじりながら、写真を見つめていた。

「あの、金沢さん。ご家族の記憶はホントにないのですか?」

「何だよ、急に?」

 奈央の質問に賀沢は戸惑って飲んでいたエナジードリンクを机に置いた。

「私達兄妹も家族が共働きでなかなか家族と会う機会がないの。それでも何か思い出か何かないのですか」

 その言葉を聞いた彼は何かを隠しているみたいな表情をのぞかせて、彼女たちに対して重い口を開いた。

「みんな、ここだけの秘密にしてくれるかな」

「どうした、何か秘密でもあるのか?」

 多田瀬の思い口ぶりに三人は首をひねるばかり。

「みんなは笑うかもしれないが、その通りだ。しかも今どき流行らない話だよ」

 多田瀬は「何だよ、言ってみてよ。ここだけの秘密にするから」と言って興味本位の目で彼に真実の口を開かせようとした。その行為は逆に口を重くしてしまったが、彼はその代わりということでデスクの引き出しについた鍵を開けて中から二つの物を取り出した。彼が取り出したのは、一九八〇年代アイドルのレコードと至る所に錆が浮き出た銀色の懐中時計だった。三人はその訳の分からない前時代ものの物体足して不思議そうに見つめた。

「このレコードと懐中時計が何だって言うんです?」

多田瀬の質問に金沢は重い口をゆっくりと開けて答える。

「このレコードは一九八〇年代に僕が別の芸名でデビューしたときのシングル曲なんだ」

 その言葉を聞いて、三人は一瞬沈黙したかと思うと一斉に爆笑のカルテットを奏でた。全員が冗談にもなっていないという表情で近所迷惑を起こしていた。

「何だよ、もっといい冗談を言えよ、お前の言葉が正しいなら、お前定年近いじいさんてことになるぞ」

 多田瀬の腹筋のちぎれそうな表情に金沢は両手で机を叩きつける。民はその剣幕に尉信三の針が一瞬振り切れそうになった。

「冗談じゃない、しかもそれだけじゃいない。僕の実年齢は一〇〇歳は優に超えてるんだ」

「な、なに言ってるの、そうだったらあなた不老の人間だということになるわよ」

「そうなんだ。奈央さん。信じられないかもしれないが、俺は戦争が終わった年から全く年を取っていないんだ」

 彼の必死の訴えに冗談の表情ににわかには信じられないでいた。彼女はレコードの表紙を手に取り、まじまじとその八〇年代アイドルを見つめた。

「あ、思い出した。このアイドル、昔はやった人気歌手よ。よく昔のアイドルとして初会していた」

「知ってるの?」

「うん、よく週刊誌で行方を探していたけど見つからないって騒いでいたわ。破滅型のアイドルとか言って」

 昔の音楽に疎いようだった多田瀬姉弟は「そうなんだ」とユニゾンして納得してしまう。

「その、アイドルが金沢君だっていうの」?

「そうなんだ、雫ちゃん。でも、それだけじゃない。もう一つの時計の方を見てくれないか?」

「時計?」

 金沢の言葉を聞いて時計を手にした。何かの記念のようなもののようだったが、彼女にはそれが何なのか最初はわからないでいた。

「あ、その時計!」

 その時計の正体を口にしたのは意外にも勉強の不出来の多い学友からだった。

「どうしたの、この時計知ってるの?」

「うん、その時計、確か皇族が軍の学校とかで主席になった奴に記念でプレゼントされた懐中時計だ。確か、恩寵の銀時計とかいう」

「え、こ、これがその時計なの?」

 彼女はそれを聞いて、思わず時計を箱の中に戻してしまった。彼女もその好奇なものに足して、敬意を払いたくなった。

「いいよ、雫ちゃん。そんなガラクタ、とっくに捨てておきたいと思っていたから」

「でも、皇族からもらった大事な物でしょ」

 彼女はその時計を今度は腫物を触る感覚で拾い上げた。こんな貴重な品物を滅多に見るものではなかったから彼女も少し手が振動していた。

「あの無責任なやつの貰ったものなんて、再びあったら殴ってやりたい気分だ」

 彼は握りこぶしを作って手を震わせて、顔を歪ませた。その目には憎しみのこもったもので、誰かが下手に賛美すると胸ぐらをつかまれそうな勢いだった。

「で、でも、これネットオークションやフリマとかで手に入れたやつとかじゃないの?」

「いや、奈央ちゃん、これは紛れもなくあいつからもらった時計だ。俺が学習院で主席の学力と人格を認められて渡されたものだ」

 学習院と聞いてみんなは思わず驚きの声を上げた。今の彼からはそんな名門にしかも首席で人格がしっかりしていたとは思えないほどのギャップがあったからだ。特に雫に至っては、彼とは多田瀬と同じくらいに親しかったため、言ってることと、今の外観が合致しなかった。

「ほんとに、君は戦前の生まれなの?」

「戦争の終わった年の記憶がほとんどないことを除けば間違いないと思う」

そのような会話に続けていた時に解読終了を知らせるウィンドウが開いた。みんなの視線は彼の思い出と名乗るガラクタから、多田瀬の持っていた資料の翻訳データに視線を向けた。そのデータはテキストに羅列された後、コピー機にプリントされてスキャニングされた本の二倍の厚さとなって溜まった。

「これが、僕が持っていた本の結果か」

 みんなは一枚一枚、印字された資料に目を通した。所々文字化けはあったが暗号程度と言えるほどの者ではなく全く読めないことはなかった。

「まずどこから読む?」

 多田瀬の質問に三人は口をそろえて、「最初のページ」と答えた。多田瀬はその最初のページに手を付けた。

 その内容は何かの日記だった。そこにはこう書かれていた。


 1943年、6月。私のもとにアルベルトシュペーア閣下を介して一丁の銃を持ってやってきた。その銃は今までの銃の常識を壊すに違いない最新作だった。

 ライフル並みの貫通力と短機関銃並みの連射速度と扱いやすさを持った銃だという。これは総統から止められた銃らしいが、シュペーア閣下は総統には内緒でこのMkb43という銃の開発を進めていた。


「MKb43?」

「多分、STG44の前の名前よ。ヒトラーがこの銃の開発を停止いていたからサブマシンガン名目で開発していたらしいから」

 彼女はそう言って次のページを読み進めるよう多田瀬に促す。

 多田瀬は彼女の催促に応じて次のページを見開いて音読を再開する。


1943年7月、Mkb43を改良することにした。恐らくこの戦争が終わった時、今までのボルトアクションライフルや半自動小銃は衰退してこの銃を先祖とする銃火器が生まれるはずだ。私はそれをさらに進化させてゲルマン民族の繁栄に役立てるのだ。


 その文体を見た4人の顔は被差別民族の侮蔑的変形に変わっていた。選民思想は裏返せば、下等種族と見下す偏見の温床。今ではタブーとなった考えだ。彼等はそれが許せなくて、憤慨寸前になっていた。

 多田瀬はそれを押し殺して次を読み始める。


1943年10月 私は先祖代々続く秘密の本に読みふけった。戦場にいる息子のために、Mkb43を与えようと考えた。幸いMkb43の戦場では評判だったみたいで、私は特別仕様の物をつて使ってプレゼントすることにした。


 みんなはそれを見て秘密とは一体何だろうと思った。それがこの銃に隠された謎の光線と関係あることは明白だった。

「何だろうな。秘密の本というのは?」

「この本に何か隠されてない?」

 そういって、隙間に紙をはさんで何か手掛かりがないか調べると、さっきのルーン文字が目に入った。この翻訳はちぐはぐでかなり読みづらく、専門用語もいくつかあった。

「まったくわからないな」

「ええ、なんか魔導書みたいで気持ち悪い」

 みんな口々に語りあって読んでみると、そのライフルに関する記述があった。

 〝我が鏃を邪なるものたちを貫く光となりて、我に力を与えん。〟

 何の呪文なんだ?みんなはその言葉を不思議そうに眺める。この世の地獄を体現したかのような戦争にどこかの三流小説のような話を聞かされて口が開きかけそうになった。

「いったい何なの?」

 みんな不思議に思いながら読み進めようとしたときに、チャイムの音が聞こえた。

「なあ、今日誰か知り合いが来るの?」

「いいや、予定を開けてもらったよ」

「このパターンって、あれじゃない?」

「あれよね」

 三人はこのパターンかと思いながら顔を険しくした。

「どうしたの、そのあれっていうのは何なの?」

「さっき襲ったロシア人女性の時と同じってことよ」

 それを聞いた金沢は「冗談はよしてくれ」という表情で居留守を使おうとした。しかし、他の三人は「適当に追い払ってくれ」と懇願されてしまう。

 金沢は恐怖で震えながらも慎重に穴をのぞいてだれなのか見てみた。それは警官二人だった。恐らく、三人について聞きに来たに違いない。三人はすぐに部屋の奥に入るように言った。三人は否応もなく部屋の奥に足音も立てないように隠れた。

 三人は息を殺しながら、危機が通り過ぎるのを持つ。

「あの、警察の方ですか」

「はい、そうです」

 若い新人の婦人警官は少し訛りがあるのか、少し聞き取りづらい日本語を話す。

「どういった御用で」

「ここに重要参考三人が家に入ったという情報を聞きまして」

 金沢は緊張のあまり顔が氷のような状態になっていた。足が痙攣のような状態になって、崩れ落ちそうな状態になっていた。

「い、いえ、そんな人知りません」

 三人は思わず小声で「馬鹿」と叫んだ。彼はその時顔に「まずい」と書いてしまった。

「ご存じのようですね。失礼ですが中に入らせてもらいます」

「令状でもあるのですか?」

 彼は令嬢がないことを理由に追い返しにかかるが二人はそんな言葉を無視して、土足で上がり込む。奥の部屋ではみんなが慌てて出す声が聞こえた。その隙を見逃さず、警官はホルスターから拳銃を抜いて扉を蹴破った。

「全員そのまま」

「何もしないでください」

 警官は銃口を向けたまま三人に警官としての任務を行った。みんなは顔路を完全に悪くして、手を上げてゆっくり立ち上がる。

「あ、あの私達……」

「いいからそのままにしてなさい」

「わ、わかりました。それにしても新人とは思えませんね」

 と言いながら、下を俯く雫。

「あら、新品の靴を履いてるのね」

「ええ、新人ですから」

 そういって婦人警官は慎重に近づいていく。突然、多田瀬がこの警官の持つ違和感に警鐘を鳴らした。

「待てよ、この二人警官じゃないぞ」

 その瞬間、警官の皮を被った若い男女は本性を出し、テコンドーと中国武術を合わせたかのような格闘技で襲いかかる。

 二人は思わず隠していたライフルをこん棒代わりにして防戦するが、二人は当然の如く投げ飛ばしてしまう。彼等は三人のうち二人からライフルを奪うと、それを構えて無表情のまま威圧をかける。

「だ、誰、あんた達?」

「名乗るほどの者じゃない。多田瀬奈央、お兄さん達と一緒についてきてもらいましょう」

 その気持ちの悪いほどの丁寧な言葉遣いに二人は違和感と恐怖を覚えた。そして同jに兄妹そろって共通の答えを出した。

(この人達、日本人じゃないな)

 そう思って、顔をムンクの叫びになる寸前になるのを抑え込んでいた。雫と金沢はどうしたらいいのかわからない状態だった。

「お、お願いします。何もしませんから、見逃してください」

「それをどうするかはこちらで判断します」

 男がきっぱりと答えるとスマホのバイブ音が聞こえてきた。男はそれを取り出して、耳に傾けた。

 その時にチャンスだと思ったのか、金沢は転がっていた、固そうな棒を持つと、後方から振り下ろした。

「イオマン(危ない)!」

 女性の一言に男は振り向いたが、不覚にも相手は頭に打撃が加わり、対暗みをして倒れた。彼女は銃底で殴ろうとしたが、直後に奈央がとびかかって、素人づくめのヘッドロックを仕掛けた。

 あっという間に五人の押し相撲状態になってしまい、軽い肉弾戦みたいになってしまった。しかし、当然のことながら明らかに強そうな警官もどきが簡単に勝ってしまう。みんなうつぶせにされて、悔しがる。

 銃口は二方向より三人に向けられた。民はこれで最後かと思い体を震わせて死を覚悟しにかかった。

「こいつ!」

 男は奪ったライフルで引き金を引いた。三人は思わず目をつぶってしまうが引き金の引く音だけが、何回かしただけだった。

「くそ、弾が入ってないか」

 その直後、背後から銃声が二発聞こえた。二人はザクロのように体から肉片が飛び散り、悲鳴を上げる暇もなく倒れこんだ。

 三人は思わず悲鳴の大合唱を上げて床は紛れもなく赤黒い絵の具が広がった。

「き、貴様……」

 みんなは男よりも発砲した相手を見つめた。銃声向こうには金沢が四式自動小銃を握りしめて顔を凍り付かせていた。

「か、金沢君、き、君が……」

「お、俺、思わず握っちゃって」

「固まってる場合じゃないでしょ。早く逃げないと」

 奈央の一言に三人は我に返り慌てて、逃げ出しにかかった。床の血だまりに転がる物体など気にする暇もなく、銃と資料をまとめてその場から逃げ出そうとする。

「ま、待て、逃げるな……」

 婦人警官もどきは奈央の足を血にまみれた白い手袋で妨害を図った、実の兄から飛んできた一蹴りが彼女の顎を捕らえ、そのまま糸が切れたかのよう手を離した。

「あ、ありがとう、兄さん」

「例は後だ、この部屋から出るぞ」

 みんなは引っ越しか、もしくは夜逃げの大仕上げのような感覚で外に飛び出た。外には異変に気が付いた野次馬の群れが口々に噂の草を生やし始めていた。

「お、お前ら、道を開けろ」

金沢は四式小銃を人々に向けて邪魔だと言い放つ。野次馬達は驚きと恐怖で道を開けるが、それよりも早く、雫が「退いて―!」と叫んでライフルを天高く上げて引き金を一回、引いた。

街一帯に爆竹の破裂音のような甲高い音が響きわたり、人混みの中に抑え込んでいた恐怖という空気の入った風船が一気に破裂して、パニックを引き起こした。

みんな、人を踏み倒して、花弁のように散っていく。

「みんな、いまだ!」

 四人はライフと資料を裸の状態で全速力で逃げ出した。遠くの方からパトカーのサイレンが響きだし、近づいてくるのを背に再び多田瀬達は住処を追われていった。

 彼らはまたもや路頭に迷い仲間が再び増えて逃げることを余儀なくされた。

 そのやじ馬に混じって数人の中国人が彼らの後を荒み切った目で見つめていた。彼らはパニックと動揺の混じる人込みの中を後に後ろに止めてあった外国車に乗り込んで彼らの後を追跡を始めた。


 その頃、刑事の相良の方は行きつけのコーヒーショップムーンバックスで写真を見つめていた。その写真は白黒でかなりの年代物ようだった。背後には巨大な船体と三人の男のにこやかな笑みがそこに写っていた。そして彼のパソコンには多田瀬達に関するデータが色々と書き込まれていた。PDFで落とし込まれたこのデータは手書きから何やら、いろんなものが書き込まれていた。

「相良さん」

 後輩の明るい声を聞いて相良が振り向くと、その声の人物は茶色の紙袋とトールサイズのホットコーヒーを片手に向かい側の席に座った。相良はコーヒーを口にして捜査の状況を聞いてみた。

「それで、何か進展はあったか?」

「はい、事件現場から逃げた多田瀬姉弟についてですが、事情聴取もかねて彼の家を訪ねました。」

 彼はそう言いながら自分のコーヒーを胃袋の中に少しずつ入れる。

「それで、本人はいなかったのだろ」

「はい、近所の話だとここ数日、誰も帰っていないとのことでした」

 それを聞いた、相良は「やっぱりか」という表情を作り、次の質問をつづけた。

「それで、二人の親には連絡がついたのか?」

「実はそのことですが、やはり連絡が付きませんでした。というよりも、近所の話だと、ここ十年から二十年、夫婦を見た者はいないとのことです。一応、防衛省に問い合わせましたが、記録はありましたが、退職したとのことです」

 その言葉を聞いた相良はいつもの癖でたばこの箱の入ったポッケに手を伸ばしかけたが、この店が禁煙だったことに気が付いたようですぐにやめて、代わりに自分の持っていた写真を取り出して、口を開いた。

「やはり、多田瀬達の親はいなかったか。いや、最初っから二人は存在しないというべきだったか……」

「一体どういうことです?」

 後輩の質問に彼はパソコンのデータを見せた。そこには同じ顔をした男女の戸籍簿が何枚かあった。

「これが、多田瀬の親類か何かですか?」

「いや、名前も性も違う。全くの別人として登録されたものだ」

 その言葉を聞いて部下は「そんなの、おかしいじゃないですか」と口を動かすが相良は目で事実であることを伝えた。

「一体どういうことですか」

「わからないが、この写真が何かの真実かもしれない」

 そういって持っていた写真を見せた。後輩はその写真に何が写っているのか見てみると、相良そっくりの海軍兵と二人の下士官の写真だった。その一人は多田瀬によく似ていた。

「何ですかこの写真」

「これは俺のじいさんが長崎で極秘に撮った戦艦武蔵進水時の写真だ」

 後輩はうそだろうという眼付きでその写真を見つめた。確かにそれは戦艦大和写真みたいだった。見たところ砲塔も艦橋もないため艤装の前、進水式を上げた直後という感じだった。

「これは珍しいですね。ネットとかにあげれば高い資料として話題になりますよ」

「そうだな、でも問題はそこじゃない。そこに映っている三人が問題なんだ」

 そういわれて後輩は目を凝らして、その人物を確認してみた。環境が組みあがりもしなかった武蔵の船体を背景に、左側が相良のおじいさんであることはわかった。残り二人は戦時だと長身の部類にはいるぐらいの背格好をしていた。顔はどことなく、重要参考人二人に似ていた。

「この二人は、先輩のおじいさんの友人ですか」

「そうだ、名は多田瀬勝と金沢清治。俺のじいさんの友人で番ガラだった時からのなかだったらしい」

「番ガラ?」

「今で言う、不良だ。海軍に徴兵されるまで、悪さばかりしていたらしい」

 そういって、今度は肌の温度にまでに下がった自分のコーヒーに手を伸ばした。そして後輩が、三人より後ろの武蔵の写真を物珍しい表情で核出したとき、突然だれかその写真を奪って取り上げる。

「どれ、私にも見せてください」

「それと、ついでですが相席よろしいでしょうか」

 その聞き覚えのある声に二人は怪訝な表情でその主を見た。

「おい、他にも席が空いているだろう。座るのならもっと他に」

 相良の口はそれを最後に止まってしまった。その写真強奪犯に身に覚えがあった。というより知らない方が可笑しかった。なぜならその人物は、階級章と制服を身に着けていたから。

「まあ、そう冷たいこと言わないでください。せっかく久しぶりにあなたの顔を見に来たのですから」

 それはクリスと虹村の二人だった。彼等はまるで偶然再会したかのようなそぶりで外側の席に丁寧且つ強引に席に陣取った。そして、持ってきた最も巨大なサイズのアイスコーヒーとチョコチップクッキーを乗せたおぼんを置いた。

 彼女はそのコーヒーを右側ですすり、アホ面丸出しの三人とまだ産声を上げたばかりの鋼鉄でできたリヴァイアサンの写真を見つめていた。

「ああ、もうおいしくないわね。ムーンバックスのコーヒーは」

「そうだな、やっぱりチェーン店の出すコーヒーは我々の口には合わないな」

 その様子を聞いていた客の多くが陽気な音楽が流れているのをしり目に、フリーズ状態に陥り、店で働く緑色のエプロンを着た人々はその二人に対して不満を超える鬼のような表情でにらみつける。

 二人はそんな空気を風上にも置かず平然とすすっていた。後輩は「ちょっと」と狼狽した表情で二人をなだめようとする。

「で、俺に何の用だ、まさか再び警告に来たとでも言いに来たのか?」

「物分かりが良いですね。上は従っているのにあなたが従わないので、今回、再びお邪魔しに来ました」

 その言葉を聞いた相良の目は猿以下の上司に食らいつく虎のそれと同じものを二人に向けた。

「この際言っておくが、俺は貴様らの命令系統には属していないし、この捜査は自分の趣味だから上司も知らないし、聞く理由もない」

「そう、じゃあ、腕ずくでも聞いてもらわないとね」

 そういってムーンバックスの紙袋に突っ込んだ何かを向けた。その中身を確認したくても、相良は何かの脅し道具だと分かった。

「そんな小細工、俺に通用するか?」

「勿論、ことを大きくしたくないから使わなくて済むと嬉しいが」

 そういって何かの機械音が響いた。それはまるで撃鉄を起こす音に似たものだった。

 虹村はクリスの脅迫をしり目に進水した船に写る三人組を目を凝らして観察していた。

「やっぱりあの二人ね、あなたのおじいさんもいいお友達を持ったものね」

「嫌味として聞いておく」

 相良は皮肉の言葉で出た左ジャブに右クロスの賞賛で返した。後輩は三人の不快感の空気に対して中和作業でなごませたかった。

「で、あんたらはこの二人が何者か知っているのか?」

「ええ、この二人は私たちにとって

「日本ではこんな言葉を知らないのか。知らぬが仏という?」

 その言葉を聞いても相良は動じることはなかった。

「知ってるよ、でも、こう言う言葉もあるぞ。好奇心が猫を殺すという」

 次の瞬間、三人の目が鋭くなり互いに利き腕を上げて一直線に向けた。相良は警察用リボルバー拳銃を、他の二人はオートマチック拳銃を向けた。それを見た客は一瞬で凍り付き、二,三人は悲鳴のプレビュートをあげた。

「や、やめてください。こんなところで銃を撃ち合ったらやばいですよ!」

 彼がそう言いかけたときにサイレンの音が聞こえてきて、コーヒーのカップを机ごと拭きと飛ばして、四人は慌てて外へ飛び出した。そして、警官の制止の声を振り切り、二手に分かれて二人はその場から逃げ出した。

 相良は煙草で衰えた肺で酸素と二酸化炭素の入れ替えを繰り返して、三分の一に縮んだ写真を広げた。

「まったく、無茶しないでください」

「仕方がないだろう、相手の目が人を殺すときの目だったのだから」

「だからって、公共の場で銃を向けるなんて服務規程違反です」

 後輩はそう言って銃を懐にしまう。相良も思わず銃を見た。その時彼の脳裏にある疑問符が浮かんだ。

「虹村の拳銃……」

「あの女性がどうかしましたか?」

「あの拳銃、四五口径弾を使うやつだったな」

「ああ、そういえばそうでしたね。コルトガバメントだったと思います」

 それに続けて「何かおかしいことでも?」と質問した。

「普通、自衛隊かその関係の人間なら九㎜口径の拳銃を使うはずだったよな」

「そう言えばそうですね。でも、自衛隊も九〇年代までガバメントを使っていたって聞いてますよ。予備として保管していた奴を使用しているとか」

「いや、いくら何でも士官クラスなら最新の物を使うだろう」

二人は全く合点がいかずに頭を抱える。どうにもあの銃が気になって仕方がない。

「あと、あのアメリカ兵もガバメント使っていた。米軍ではガバメントを使っていることは知っているが使い古されているみたいだった」

「それが何か関係があるのですか?」

「いや、それが少し気になってな」

 相良はそう言って奪い返した写真を見つめる。その進水したての武蔵の色のついた写真に写る多田瀬と金沢によく似た友人に目を凝らしながら観察していた。

「話の続きですがその後、彼らはどうなりましたか?」

「じいさんはその後、戦犯に訴追されかけて、巣鴨プリズンに入れられたが、恩赦で釈放されて、一警官として婆さんと結婚して普通に生きて死んだよ。ただ、あとの二人は行方が全く分からない。親父やじいさんから聞いた話だと、原爆を受けた後の長崎で、二人の妹と婚約者を探しに行ったらしい。それから先のことは全く分からない。じいさんも長崎に転勤したりして方々探したが見つからなかったようだ」

 そう言いかけた時何か思い出したかのように付け加えを後輩に行った。

「ただ、旧制中学校の避難所で二人と彼女はあったみたいだが、その時の二人は全身大やけどと放射線障害で虫の息だったらしい。その翌日、二人は何者かに連れ去られて行方不明になった。ちまたではこの二人が連れ去ったと噂になっていた」

 その真偽もわからぬ話を聞いた後輩は推測を相良にぶつけてみた。

「たぶん、その写真の二人が連れ去ったのでしょう。心中したか、どこかで生きて家族を作ったってことじゃないですかね?」

「そう単純だったらいいのだが……、ならなぜ防衛省や米軍とかが動いているのか。その謎が解けない」

 そういいながら写真を胸ポケットにしまい込んだ。

「それネットとかに流さないのですか。武蔵のカラー写真なんてそんな貴重資料、大和ミュージアムに寄贈すればいいのに」

「それができるのならとっくにしている。これは重要な証拠だ。この山の方がつくまで渡せない。それに俺の祖父さんの大切な形見だ。簡単に渡せるものじゃない」

彼は辺りを見回して、事態を把握し始める。ムーンバックスではパトカーが十台止まりその倍の警官たちが非常線のテープを張り、目撃者の言葉をメモに書き留めていた。

「俺らはここで別れよう。なにかあったら、スマホで連絡する」

「わかりました。先輩も気をつけてください」

後輩の敬礼を見届けた相良は再び写真を取り出して、祖父たちの思い出にふけりながら捜査の続行を進めた。この事件の先には何が待っているのか、相良を含めわかる者はいない。


 相良が問題を起こしている頃、金沢の自宅でまたしても発砲事件を起こした多田瀬達は中華料理店で空っぽの内臓を食糧で満たしにかかっていた。今回は金沢自身が偶然にもキャッシュカードとクレジットカードを置いてきた財布から抜き取って、ポケットに入れていたおかげで、お金に困ることはなかった。

 とはいえ、いつ通報されるかわからない状況で自分達は誰も頼ることもできない状況を悩むことこの上なかった。

 金沢は人を初めて撃ったというショックから冷めぬ状況で、注文した中華丼をすくう蓮華を持つ右手を震わせながら、口に運ぼうとしなかった。

「まだ、忘れられないのね」

 金沢は黙って頷いた。それを見た彼等もその気持ちが痛いほどわかった。既に3人合わせて九回ぐらい、トイレの溜まった水の中に胃の内容物と混ざった酸性液を混ぜ込んでいる。

「気持ちが滅入ってるところ悪いけど、早いとこ飯食って、ラブ補でも何でもいいからこの資料の続きを見よう」

「兄さん、そんな空気に見える。兄さんだって二回ぐらい吐いたじゃない」

「そう言うお前だって、マーボー豆腐を吐きに四回行ったじゃないか」

 多田瀬姉弟の食事の会話とおも思えぬ、汚物だらけの言葉の応酬はお客だらけだったら、汚いものを見るような視線が四方八方から飛んでくるところだ。幸いにもこの中華料理店には四人以外は店の店員を除いて、閑古鳥の状態だったため冷たい視線を向ける人間は誰一人いなかった。もっとも店の人間も暇なため、出てくる様子もなかった。

「ねえ、その汚い会話は止めて、早く食べましょう」

「そうだね、じゃあ、皿を空にしよう」

 そういって四人は勢いよく食事をかきこむ。食事のマナーなど気にすることもなく、口の中にほおばる。当然の帰結ではあるが次々と食道を詰まらせてしまう。みんなは何度もせき込みや胸たたきをして、詰まったものを早く流し込もうともがく。それはあたかも水面で球ができずに酸素を求める水泳選手に見えた。

「お客様、大丈夫ですか?」

 事態に気が付いた、店の女性が慌てて水の入ったガラスのコップを四つお盆に乗せて持ってきた。みんなはお礼も言わずにほぼ同時にコップの中身を一気に飲み干した。その結果つまり物は食道から胃の中に流し込まれた。

 みんなは止まっていた酸素と二酸化炭素の入れ替えを再開して、食事を再び始めた。

「ああ、苦しかった」

「みんなが揃って詰まるなんてめったにないね」

 民は息を絶え絶えしながら再び食事を始めた。その様子を水を持ってきた女性店員は薄い笑いをして厨房の奥に戻っていく。

 のどのつまりが取れて、ものの一分半して、彼らの早食い大会は終了した。多田瀬は今はいつだろうという顔を作りスマホ時間を確認する。時間はPM19:45を指していた。

「もう、遅い時間だ。早いとこ宿を決めて今後のことを決めよう」

「そうね。家に帰れない以上、そうするしかないわね」

「じゃあ、早いとこ、宿決めて、こいつの続きを読んじゃおう」

 金沢の一言の後再び横に置いてあった水を飲み干して席を立ちお会計のレジに列を作った。女性店員はレジに置いてあったベルの音で出てきてレシートを掴むとレジを打ち込んだ。四人はさっきまでの喉も通らなかったのが嘘みたいな表情で並んだ。

 レジの女性は丁寧な表情でレジを打って、四人分の食事代金を口にした。

「四人合わせて、只になります」

 四人は思わず、「え、もう一度言ってください」と思わず聞き返した。あれだけ喰って飲んで吐いてしたりしたのに、全部タダだって。いったい何の冗談だ。当然四人はぶかしんで「どういうことですか?」とその店員に質問をしてみた。

「今日は特別な日で、私達あなた方がこの店に来るのを待っていました」

「え、待っていたって、どういうことですか?」

「あなた方に代金は取りになりません。その代わりにいくつかの質問と、あなた達の持っている銃とそれに関する資料を代金としていただきます」

「なっ!」

 思わず驚いて、エアガン用のケースにしまい込んだライフルを後ろに隠した。しかしそれは、本物の銃が隠されていることの小目にもなった。

「あら、どうしました。青い顔なさって?」

 四人の警戒のシグナルが、みんなは慌ててその場から逃げようと出入り口に殺到したが、急に眠気が襲いかかり始め、体の言うことが徐々に奪われていき始めた。

「な、なんなの、なんか眠くなってきた」

「それに銃が、やけに重いわ」

 そういって女の子二人はぱたりと倒れてそのまま寝息を立ててしまった。

「お、お前、俺らや妹たちに何を飲ました?」

「大丈夫です。お水の中に程度の低い睡眠薬を入れました。毒はないですし、少し寝てもらうだけですから」

 店員の悪意のこもった丁寧ななだめに怒りの銃口を向けた勝った男二人だったがその思いもむなしく、ふらふらと体を回転させながら銃の入ったケースと共に、そのまま闇の中に吸い込まれていった。


 四人が意識を混濁させていた頃警察署の人事内でひと悶着が起きていた。相良が上司に呼び出されて、通告を受けていた。その処分内容は無期限の休職だった。理由は命令不服従と暴走と言われたが、納得できる理由とは思えなかった。

「どういうことです」

 相良はオオカミのように獰猛な表情でふくれっ面で貴様には言う権利はないという表情の上司を睨みつけた。周りが制止をしなければ素手の暴力では済まされないような剣幕だった。上司は面倒くさそうにその理由をぶしつけに答える。

「君の胸にききたまえ。これならわかるだろう」

 彼はあの事件の事はわかってはいたが、見え透いた嘘で理由を問いただし、給食の撤回を求めた。勿論それは無駄な努力だとわかってはいたが。

「わかりませんね、私は上司の命令には従っていましたよ。確かに暴走は覚えてる限りないわけではないですが、それでも結果は出したでしょう」

「相良、これは署長の決定だけじゃない。その上からの圧力で決まったのだ。これでわかるだろう」

 相良は顔を渋くして警察手帳と手錠に警棒、そしてリボルバー拳銃を置いてくるりと振り向くと、怒りの矛先をシュレッダーに向けて格闘技のキックでク巨大なへこみを形成させた。

 署員は思わず驚き、かつ恐怖で心臓の針が振り切れてしまい、視点が一斉に外壁に足跡が付いた、裁断機とそれに被害を与えて血圧上昇している男に向いた。

 相良は誰とも話したくないというオーラを出しながら、ずかずかと刑事課の出入り口を乱暴に開け閉めして去っていった。

「おい、誰か奴が暴走しないように見張っておけ。いいな」

 保身丸出しの命令を聞いた所内の人間達は「ハイハイ」という面倒な上司に足して見せる態度で、彼らは書類の制作作業に没頭して現実から逃避した。

 そんな気まずい空気から一抜けした相良は一息ついて、そのまま警察署の出入り口へ一直線に向かうと見せかけて、部屋内部にある警察の保管室に足を向けていた。彼はここに保管されているあるものを入手するために向かった。否、正確に言えば回収されたものを取り返しに向かったというのが正確な言葉だった。

 彼はここに呼び出される前に保管室の鍵を盗み、誰もいなくなったところを見計らって、侵入した。部屋の中はありとあらゆるものが厳重に保管されていて、その中に押収された銃器群が溶鉱炉に溶かされて新たな製品に生まれ変わるのを待っていた。相良の目的はその中の何丁かを失敬、もしくは合法的に盗難するのが目的だった。

「あったぞ。これだ、これを探していたんだ」

 相良が探していたのは祖父が戦時、もしくは戦後の混乱で持っていた九九式軽機関銃と十四年式拳銃であった。祖父の死後、遺品整理をしているときに油紙に何重にもまかれて良好な状態で家の奥にしまわれていた。親族や離婚した妻子は曽おじいちゃんの形見だから隠して持っておこうと彼を説得したが、「警察官である以上、法律を無視するわけにはいかない」と強硬に反対して警察の保管庫送りにしてしまった。皮肉にもこれがもとで、いや正確にも積もりに積もった不満がとどめの一撃となって相良は長年連れ添った妻と子供から三行半を叩きつけられることになった。

 そんな因縁深い祖父の形見を相良は生まれて初めて手を握ることになった。使い方は動画共有サイトで見たため、あとは安全な場所で練習するだけ。何しろ今回の事件自分の想像をはるかにしのぐ何かが含まれていると踏んでいた。彼らが解決するその前に重要参考人を抑えなくてはならない。

 彼は鍵を外して旧日本軍のマシンガンとピストルを手にした後、買い物に使う手提げバックに入れて、再び何事もなかったかのように鍵を戻した。そして、元来た場所をゆっくりと歩き周囲に誰もいないことを確認して、鍵を閉めた。

「あ、相良刑事!」

 思わず相良は心臓が止まる思いをして振り向いた。それは新人の婦警だった。彼女は何も知らないようで、同時に警察内で起きた彼の処分も聞いていたようだ。

「何だ、新人。俺になんかようか?」

「いえ、でも聞きました。無期限の休職になられたのですよね」

「もう、噂になっているのか?」

「ええ、署内で話のタネになっていますよ」

 相良はやれやれという顔で、手に持っている物を彼女の目から話すための嘘話を作り始めた。

「妻とは別れて、職も休まされてもう厄年だな。まあ、人生を見つめなおすにはちょうどいいころだと感じているよ」

「ははは、相良刑事はまだそんな年じゃないでしょう」

 そう笑いあいながら、この場を切り抜けるタイミングをうかがっていた。まさかこの買い物バックの中に保管された授記が入っていると知られては蜂の巣をつつかれた状態になるのは火を見るより明らかだった。

「それじゃ、俺は急ぐ。別れた子供がと面会したがっているから」

「そうですか、それじゃお気をつけて」

 その別れの挨拶を背にして急ぎ足で保管室から離れていった。そしてその足は保管室の鍵あった部屋の方に向いていた。

「あの、相良刑事。出口とは別方向ですよ」

「いや、返すものがあって、それ済ましてから行く」

 そういって彼はそそくさと走っていく。その様子を婦警は首を傾げながら見つめていた。


 D警察署の外に出た相良は一息つくと、電子タバコをふかしてスマホのSNSに投稿を始めた。勿論これは自分の行動をアピールするためではなく、ある目的のものを入手するための情報交換のために使っていた。

「サイバー犯罪対策課の奴らの話だと、SNSで麻薬や銃器を¥の連絡を取り合っているはずだから、弾類は手に入るはずだけどな」

 相良は銃弾を入手するため闇サイトを通して入手を図っていた。たとえ銃を手にしても弾丸がなければただのお荷物。しかし、銃弾は警察の保管庫にある者では心もとなかったため、いろんな部署の情報から非合法で入手するやり方を学んでいた。

 拳銃はともかく、軽機関銃はライフル弾とほぼ同じだと思い重宝店での入手を試みたが、旧日本軍の再生産品は国内だと困難だったため、これも一緒に探すことにした。

「ビンゴ、ロッカールームに取引してくださいと出た。ここは繁華街近くの駅だな、あそこは裏取引で有名だから金あれば大丈夫だろう」

 そういってスマホをしまい込んで、タクシーを拾おうとしたときに、後方上から支線のようなものを感じた。彼は刑事のしぐさで胸ポケットに手を突っ込んで後ろを振り向いた。その視線の主は秒単位の差で物陰に隠れてしまった。

「あそこは確か、上が陣取っているところだな」

 相良はそう思ったが、さっきの視線は署長とかの上の連中の視線ではなかった。それは何か別の物視線で何か侮蔑のこもった何かだった。

 相良はその視線の主の確認を図ったが、うまいこと隠れて確認することができない。

彼が早く正体を現せて言わんばかりの表情で二階を長くみていると、何やら署内が騒がしくなった。それは正しく蜂の巣をつつかれたみたいな大騒ぎだった。どうやら保管庫で盗んだものが無くなっていることに気がついて、その犯人はどこにいるのか騒ぎ立てているみたいだった。

「ここで長居しているとあいつらがでてくるぞ」

 相良はそう思い駆け足で逃げ切ろうとする準備を始めていた。幸いにも繁華街の駅に向かうバスがタイミングよくやってきて、それが警察署前のバス停に止まった。彼は今がチャンスという重いものを抱えて、バスの中に入った。バスの中は混んでも空いてもなく、そこそこの人間が席に空きを作り座っていた。

「すみません、このバスは繁華街まで行きますか?」

「ええ、行きますよ。渋滞がなければ一六分で着きますよ」

 それを聞いた相良「早く発車してください」と言って席の奥に陣取った。

 運転手はいぶかしげに思いながらも、ドアを閉めて出発のアナウンスをした後ギアを入れて発進させた。

 相良がバスの後部に振り向くと警官たちが「待て」という表情で何人も飛び出たが、すでに後の祭りだった。

「悪いな、これは俺のプライドの問題なんでな」

 そうつぶやきながら、顔には出ないが心に出た舌を出して元に振り向くと一息ついて、水筒に詰め込んだムーンバックスのブラックコーヒーを飲んで一息ついた。周りの人々は「何飲んでいるのだ」という部屋代わりに使っている休職警官を見つめていた。相良はそのような視線をのらりくらりとかわしながら、スマホを見つめるのだった。


 相良がバスの中で揺られて、弾薬の入手に不安を感じているころ、中華料理店で薬を盛られた多田瀬達四人の大学生は精肉場の解体された豚や牛みたいに吊るされていた。ここは部屋というか倉庫とも荷台ともつかない狭くて暗い空間があり、壁にはチェーンソーや鋸、ガスバーナーと拷問のための一式がそろい、血肉の腐った匂いが空間を漂わせていた。

 観音開きの扉が開いたかと思うと、一〇〇歳は超えていそうな専任の雰囲気を漂わせる、老人とそのひ孫と思われる若い中国人女性が彼女を支えて入ってきた、

 多田瀬は眩しい光で目を覚まして、自分が置かれている状況を確認した。

「あ、あれ、なんだここは……」

「何、この匂い。すごく臭い」

「何だ、この場所……」

「あ、あれ、なんであたしたち吊るされているの?」

 四人は思い思いに自分達の状況を口にしていた。その様子を老人と女性は侮蔑と憎しみにまみれた笑顔で見つめていた。

「目が覚めたようだ、多田瀬勝。いや、今は多田瀬颯斗と言った方が良いかのう」

 その老人から出る皺の顔に似合うほどのかすれた声に、多田瀬は首をひねりながら聞いてみた。

「だ、誰だ、あんた?どうしてじじいの名前を?いやそれよりここはどこなのですか」

「矢継ぎ早に質問するんじゃない。弟はもう余命が幾ばくもないのにいっぺんに質問に答えようがないでしょう」

「よせ、姉上、今の四人には嘘の記憶と真実の記憶を入れ替えているのだ」

 そういいながら杖で彼女を抑え込む。姉はすぐさま素直に従った儒教的な教えが染みついていたみたいだった。

「姉上?その人どう見てひ孫かなんかだろ?」

「違うわい、まぎれもなくわしの姉だ。貴様らのせいで姉は記憶も年もなくなってしまったのだからな」

 そのかすれた声を精一杯に怒鳴りつけてきた。それは今どきの被害者意識からではなく、実際に経験したときに出た憎しみの目だった。

「おじいさん、認知症か何か患っているのよ。一度病院に見てもらって休んだらどう」

それを聞いた老人は血流全体にいきわたらして染みだらけの体を赤に近い色に変えてステッキを奈央の顔に一〇回も振り下ろして彼女の顔に紫の線を作った。

「おい、じじい。妹にあざを作っていったい何のつもりだ」

「やかましい、お前にそんなこと言える立場か。今から体に聞いてその銃とお前達の体の秘密をたっぷり聞き出してやる」

 老人がそう言うと扉の向こうから、いかにも拷問係という異常な目をした男女二人が入ってきた。汚れてもいいように食肉加工用のゴーグルとマスクにエプロン姿でやってきて、再び扉を閉めた。男はガスバーナーに火をつけて、火の調子を確認し、女はチェーンソーのエンジンに火をつけて、独特の音を立てまわしだした。

「まずは、質問しよう。お前達が持っていたあのライフルはどこで入手した?」

「なにって、実家に隠していたみたいだった。それ以上は何も」

 それを聞いた老人の姉という女が金属バットを拷問係に課すよう言ってそれを奪うと多田瀬の足にフルスイングで叩きつけた。それはまさにスズメバチに刺されたみたいな激痛がひ弱な彼の足に届いた。

「もう一度言う、あの銃はどうやって入手した?」

「だから、仏壇の奥に様われていたんだって」

「本当よ、私は一緒に見たわよ」

 二人の姉弟の訴えは虚しくも四人は心には全く響かなかった。老人は「往生際が悪いな」という一言で今度はペンチを取り出すと奈央の人差し指の伸ばした爪を掴んだ。そしてまさにマフィア映画の拷問さながらに勢いよく爪を引きはがして、その残骸を流れ出た鮮血と共に床に落とした。

「ぎゃああああああああああ」

 奈央はその激痛で思わず女性の出す声とは思えぬ悲鳴を上げて、涙を流した。兄はその光景にひいてしまい、他の男女もその現実世界とは思えぬ所業に恐怖で顔を紙のように変形させた。

「お前が嘘をつくと、ここにいる妹の節子は痛い目にあうぞ」

「私はそんな名前じゃない、節子は私の曾おばあちゃんの名前よ」

 奈央は名前を間違えるなという表情でその老人に唾を飛ばした。老人は目を丸くして、今度は平手で頬をはたき上げた。

「まだわからんのか、娘。お前が総祖母だと思っているその名前こそお前の本当の名前だ」

「おじいさんこそ、なにわけわかんないこと言ってる。いい加減その老害の脳を見てもらえよ」

 金沢の老人をぞんざいに扱う物言いをされたときに老人は何かを見抜いたかのような魔ざしでとがらした口調で質問する。

「じゃあ、これはどう説明するつもりだ、金沢清治」

 老人はそう言ってあるモノクロの古写真を見せつけた。そこには海軍将校の集合写真を拡大したものだったが、そこには海軍帽と軍服を身にまとった金沢そっくりの人物が映っていた。

「こ、これが何だっていうのだ」

「わしが何も知らぬおいぼれと思ったか。貴様の事は戦争が終わってから逐一調べて監視していたのじゃ。お前が長崎で行方不明になってからずっとな」

 老人はそう言って金沢の綺麗な肌にバーナーであぶった真っ赤な鉄の棒を押し付けた。辺りには肉の焼ける匂いがほのかに漂い、金沢のアイドル顔に黒こげの痣と苦痛で歪んだ顔だけが残った。

「おじいさん。貴方はいったい何者なの?」

「名乗るほどの者ではない。しいて言えばこの世界で名の知れた中国マフィアの長で、祖国とつながりを持つスパイというところじゃ」

老人は自信たっぷりの声ですでに半べそでは済まない表情を浮かべる四人に言い放った。

「お前たちはこれからたっぷりといたぶって記憶の中のことほりだしてやる。心配するな、お前たちは死にはしない」

「手加減してくれるの」

「そんなことしたって知らないものは知らないわよ」

「そうだ、手加減したって何にも言わないよ」

 それを聞いた老司は再び高笑いをして彼らの無作為な希望論を一蹴した。

「わしはそんなに甘い人間だと思っているのか、お前たちは早く死んでほしいと思うくらいに痛めつけては貸すつもりだ。もっともお前たちはどうあがいても死ぬことはできんだろうがな」

 その老人のほくそ笑む姿を見た多田瀬たちは恐怖で顔がこわばっていき、必死で命乞いを求めたくなった。当然のことながら老人はそんなことなどお構いもなく、周りの男女に「痛めつけろ、殺す位にな。気にするな、わしの言っていることが正しければ死ぬことはないだろう」という言葉を広東語で話し、妹と名乗る女性に介護させられて扉の向こうに消えていった。二人は顔を見合わせて、不思議がっていたがそれがドsの心を上回るのにさして時間はかからなかった。

 二人はよだれを垂らしながら、そのサディスト的な感情をむき出しに四人日用品や工具を応用した拷問器具を近づける。その姿は四人の目からすれば獲物を面白半分に楽しむ猛獣そのものに見えたことは想像に難くなかった。


繁華街のコインロッカールーム。硬貨を一枚入れれば短期的に荷物を預けられる。その手軽さゆえに、闇売買から捨て子、さらには死体の捨て場所に至るまで、犯罪に利用されることなど当たり前だった。

 当然警察やコインロッカーの所有会社はそれを事前に理解しているため、取引情報を手にすれば、即座に動いてこれをけん制している。

 そのコインロッカーに相良はやってきて、銃器の入った銃ケースを担いでやってきた。銃ケース自体はサバゲーのもので代用して持ってきた。当然中身はBB弾ではなく本物の金属弾を放つものが入っている。

「009はここだったな」

 相良はコインロッカーの番号を確認して、取引のものが入っているロッカーを探し当てる。番号009番を確認した相良はそのカギを使いドアを開けてみると、中に紙袋が入っていて、それを相良は取り出した。彼は周りの視線を気にしながらも、人込みで開けるのはまずいと思い、紙袋に代わって、現ナマの入った封筒を入れて、100円を投入して再びロッカーを封印した。そして、それを手にしたまま今度は男子トイレに足を向けていった。人々はそんな彼の行動に目もくれることもなく、いつもの通りの行動をするのだった。

 男子トイレの洋式便器がある個室。その中で座った相良は一息ついて紙袋とガンケースを取り出した。

「さて、中身の確認をするか」

 そう言って紙袋を開けて中のものを確認した。中に入っていたのは確かに拳銃弾とライフル弾だった。しかし、それは彼が求めたものではなかった。

 弾丸は確かに十四年式拳銃の再生産品だったが、弾丸は九九式軽機関銃のものではなく、旧ソ連のAK47の弾丸が入った長方形の缶詰だった。それを見た相良は舌打ちして叩き落した。

「くそ、だまされた」

相良は顔を真っ赤にして紙袋を丸めてトイレに流そうした時に何か固いものが入っている感触を覚えた。気になって、中見てみると何かの金属部品と手紙が書かれていた。彼はそのしわだらけになった紙の内容を確認すると、こう書かれていた。

〝ご指定された弾丸は日本国内では入手が困難なため、比較的安価なAK47の弾丸とそれを使えるようにするコンバートを送ります。九九式軽機関銃はAK47の弾丸でも問題なく稼働することが確認されています。真偽を確認したいのであれば、こちらの動画共有サイトにアクセスして改造の仕方と試射の確認をお願いします〟

「……こんな嘘っぱちな話、信じられるか」

 相良はそう思いながらも紙に書かれたURLをスマホに打ち込んで、手紙に書かれた動画の確認を始めた。何しろ、銃がいつも身近にある彼がこの話を信じることもできない、下手すれば暴発の可能性が高いのに違う弾丸で撃てるはずがない。そう知っていた。

 しかしその動画は彼の確信をいい意味で打ち砕いた。AK47のマガジンを専用の変換器で取り付けて、AKのマガジンを装着してコッキングレバー引いて引き金を引いてみると、なんの問題もなく発射音とともに弾丸と薬莢が分離して弾丸は銃口から、薬莢から飛び出た。しかもそれは三〇発弾倉野中真美がすっからかんになるまで続いた。動画の投稿主と思われる人物はにっこり笑顔をして九九式軽機関銃の丈夫さをアピールしていた。

「……まじかよ……」

 相良は目を見開きながらも、口元に笑みがほころんで、床に転がったAKの弾丸が入った缶とマガジンを拾った。まさに瓢箪から駒の動画だった。

 彼はすぐに間のふたを開けて、紙に包まれた弾丸の束を取り出した。そして九九式軽機関銃の弾倉部に変換アダプターを取り付けて使える状態にした。


 再びコインロッカー。武器を使える状態にして取れを出た相良は今度は約束通り、札の入った袋を弾丸の入ったコインロッカー009番に入れると鍵をかけて、それをもとあった、駅前の座椅子に張り付けるためテープの張り付いた鍵を準備した。そして下をのぞき込んでカギを張り付けた直後だった。

「何やっている?」

 その声を着た相良は条件反射的に十四年式拳銃を振り向きざまに向けた。そこにはいたのは虹村とクリスだった。彼らは、まるで偶然会ったかのような感じでやってきたが。二度会えば偶然ではないという言葉を信じている相良は必然だという目で再会をお世辞でも歓迎しなかった。

「あんたらか、また会ったな」

「そうね、一体ガムテープに名に張り付けている?」

「別に何でもない」

 そう言って拳銃を懐にしまった。バーグは皮肉たっぷりの質問を彼にぶつけてみる。

「あなた、拳銃を変えたの。しかも旧日本軍の使っていた」

「ああ、前の拳銃が故障しているから変えたほうがいいといわれて使っている」

あからさまの嘘に対してクリスは一蹴に付した。

「驚いたな、日本の警察はそんなプレミアものの拳銃を使うとは知らなかった。南部一四年式拳銃。しかも、試作品の複列カムしようという、マニアですら見たことのないものを」

 拳銃の言葉を聞いた相良は不意に思いだしたかのように小骨のようにささった疑問を聞いてみた」

「拳銃といえば虹村さん。あんた今の自衛隊でもガバメント使っているのかい」

「いったい何のこと」

 虹村は首をかしげながら相良にその意味を聞いてみた。

「米軍所属のクリスはともかく、自衛隊はSFP9になっているのに、なぜ日本人には不向きな四五口径の拳銃を使っているかと思ってね」

「ああ、クリスが武器庫から黙って借りて私に貸してくれたの」

 彼女は最もあり得る言葉で答えたが、相良はそれでも何かしっくりしない何かを、感じ取っていたがそのことはわきに置いておくことにした。

「ところで厳戒態勢にしなくてもいいのか。相手は銃持っているうえに、しかも重要参考人の大学生はクレー射撃でパーフェクトをとるほどの人間だぞ」

 その言葉を聞いて、二人はそんなことはわかりきっているという笑いで彼の警告を鼻先で答えた。

「フ、そんなことを知らないと思っているの。ただ的を当てるだけの腕しかもっていない人間に対応できないと思うの?」

「そう、その気になれば四人を生け捕りにするだけの部隊と作戦をとれるのだ。あとは場所を見つけて決行の合図を待つだけだ」

 その小ばかにした態度に相良はこめかみを怒張させたが、「どうして、そんな準備を立てることができたんだ?」という疑問が彼の自制心となっていた。

 少なくとも彼らは今回の事件が起きる前から準備をしておかなければこんなに余裕ができなんておかしいと彼は感じた。もちろんこれは頭の中で考えたことで証拠を見つけなければ、偶然と言い張る思考のものだったけど。

 三人の冷ややかな会話をしていた時に、虹村の背後を歩く中国人風の二人組が相良の目に入った。刑事の観察眼のためか、その二人の会話と服についた赤いしみが興味は二人からそれに移ったのだ。

「おいどっち見てる。話を聞くなら俺たちを見ろよ」

「あの中国人。血で濡れてる。食肉加工業者という感じでもないな」

そう言って今度は目から耳でその人物の会話を聞いた。幸い刑事課に入る前に組織犯罪課に入った際、強制的に語学を同僚に教えられたためある程度はわかった。簡単に訳すとこうだ。

「おい、ボスの頭、ついに痴呆が悪化したのか」

「そうだよなあ、あの女は自分の姉だと言い切るし、何よりたかが日本人の学生四人に対してこれはいきすぎじゃないか」

「それにあの四丁の銃も香港経由で北京へ送れというのも変だしな」

「まったく、いったいどうなっている」

「空地で止まっているところであの四人もかわいそうに」

 その言葉を聞いた相良は直感的に正せたたちのことだと思って二人に会話の中止を単刀直入に話した。

「すまない、急用ができた。もう会わないことを祈るよ」

「いったいどんな用事なのかしら」

 虹村の悪意に満ちた質問を無視して、彼はさっきの二人が話した空地のある通りにはしりだした。さっきの話が正しければ多田瀬たち事件の重要参考人は何かしらの理由でマフィアにつかまり拷問を受けていると考えられる。急がなくては体をバラバラにされて使える内臓は闇ルートで金持ちの体の一部になり残りはハンニバルレクターのような一部の人肉愛好家を除けば家畜の飼料にされると考えられる。そうなれば事件の全容をつかむことができない。彼はそれを恐れていた。彼は重たいバックを担ぎながら空地に足を急がせるのであった。

 相良が中国マフィアのネタをもとにトラックに向かっている頃、多田瀬たち四人は元は人間とは思えぬ姿となってぶら下がっていた。それはまさに肉処理された豚や牛そのものの状態だった。体中いたるところ血と火傷でステーキのような臭いが部屋を漂わせ、全員の爪ははがされて床に転がり、女の子二人の顔は不細工に変り果て、男二人のほうは串刺しの状態にされていた。

 彼らの声は悲鳴を上げる元気すらなく、死にかけの生き物が出すいな鳴き声のようなものしか上げることができなかった。誰も助けてくれる当てもない、彼らが正直に話しても、信じる目ではなく疑りと真相を求める目が彼らの返答となった。

「おい、素人にこれはやりすぎじゃない?」

「でも、ボスは殺す位やっても死なないとは言ってるが、この様子だといつ死んでもおかしくないぞ」

 そのような会話を広東語で四人の耳に届くか届かないかの距離で会話をしていた。当然のことだが、語学のことは英語を素人に毛が生えた程度の知識と拷問の後遺症で何を言っているのか皆目わからなかった。

 彼らが死にたいと願い始めたとき、外で中国語の叫ぶ声が聞こえ、そこか何発もの銃弾の音が聞こえて悲鳴が何回か聞こえたかと思うと、扉のドアノブ部分が穴だらけになり、け破って入ってきたのは相良だった。彼は九九式軽機関銃を抱えて、拷問係二人を鬼の顔で睨みつけた。

「動くな、両手を頭に挙げてそのまま跪け」

 相良の怒号に、二人は驚いたが、すぐさま怒号返しをした。

「誰だ、貴様。こんなトラックに何の用だ」

「何の用だと。聞くんなら自分の格好とそれでやっている所業を見てから聞くのだな」

 そう言って今の目線からすれば思い機関銃を持ち上げて二人を金縛りにした。

「あんた、私たちがどの組織に属しているのか知っているの?」

「ここを縄張りにしている、香港マフィアの拷問係だろ。警察のデータを見て知っている」

 それを聞いた二人は目を見開き顔を見合わせた。装備やその乱暴な態度がとてもまともな日本の警察のやることには思えなかったみたいだった。

「どうした、早く持っているものをおろせ」

「こんなことしてどうなるかわかっているのか」

 そう言って男はチェーンソーを会話に集中させているすきに持ち始めた。彼はその巨体にたがわなない力で、相良に斜め下から攻撃を仕掛けた。しかしかれは、それを予期していたらしく、重り代わりにしかならない景気官需に取り付けられた銃剣でつばぜり合いをして、それを受け流して封じた後、その銃剣をマシンガンと自分の体重を質量として、男の腹に突き立てた。男は一瞬沈黙したかと思うと、口から血を吹き出し、無理やり体から離れて、前のめりに倒れた。

「こ、この野郎」

 恩は北居ない言葉を広東語で口走り、携帯型自作火炎放射器で相良を焼き豚に変えようとしたが、とっさに相良は回し蹴りを仕掛けて、足をくじかけた。恩派はトラックの荷台で火炎放射器を落としてしまいそれを拾おうとしたたが、それを見越した彼の持っていた拳銃が火を噴いて、火炎放射器の液体燃料の入ったボンベに命中して、中身が彼女の上半身を火炎地獄で燃やしだした。彼女は悲鳴を上げなら必死で多受けを求める声を上げながら、外に飛び出してどこかに消えてしまった。

「多田瀬颯斗と多田瀬奈央だな」

 二人はか細い声で「あなたは誰です」と聞いた。

「警察のものだ、といっても休職中の身だが」

 相良そういってピストルで腕に巻き付けられた鎖めがけて引き金を四発はなった。爆竹の破裂音のような発射音を荷台の中に響かせて、金属と触れ合うときに放たれる火花を飛ばして、数珠つなぎの金属を破壊して四人を解放した。

「その様子じゃ立てそうにないな。救急車を呼ぶからそこで待っている」

「普通、応援呼ぶじゃないですか?」

 きれいな顔が醜い肉の塊になりかけた雫の質問に相良はちゃんと聞いておけよという迷惑そうな顔で彼女を見た。

「聞いていなかったのか、俺は休職中だ。今回のことがばれれば懲戒処分ものだから、応援なんて呼べないんだ」

 そう言いながら外へ出ようとしたときに、彼は思わず死を覚悟した。そこにはさっきの銃撃戦を聞いてやってきた中国マフィアのメンバーがトカレフを片手にやってきた。おまけに中国マフィアのボスもそこにいた。

「ひさしぶりだな、相良。相変わらず型破りなことだ」

「久しぶりだな、ラウのじいさん。表舞台に出ないから死んだと思ったぞ」

「抜かせ、お前こそ映画張りの優秀さと粗暴でよく警察を追い出だされずに済んだものだ」

 そう言ってよぼよぼの体で拳銃を握るラウ。それをアシストする若い女性。

「ラウ、これはどういうことだ。あんたが残忍だとは知っていたけど、まさかなんの知らない、若いのをこんなに痛めつけるなんて思わなかった」

「まあ、そう思っても仕方がないが。これには訳があってな。相良、その四人を置いてこの場から立ち去れ。そうすれば今回の殺戮を流しておこう」

 当然ではあるが休職中のみとはいえ、一警官の彼にはこんなできた話、飲むことも飲めることもできないうますぎる話だった。

「虫が良すぎて、逆にひいちまう話だな」

 その言葉聞いていた時に、無意識的に四人は何かをつぶやき始めた。それはドイツ語ともラテン語とも取れる言葉だった。何か呪文のような言葉だった。

「おい、いったい何を言っている?」

 相良の興味が多田瀬たちに向いたとき、彼らの目に信じられない事態が起きていた。さっきまで動くのすら不可能だった二人がゆっくりと立ち上がると、その醜くなった顔のめが金色に変わったとき突然向かいから自分たちの持っていた銃が飛んできたかと思うと、それが零コンマ以下の時間で彼らの手に握られて、そこから銃を構えだし、さらにエネルギーの塊が噴出して、それが次々とトカレフ構えた構成員の体を上半身から吹き飛ばしていき、さらに建物まで熱で溶かしていき、穴をあけていった。

 その現実とも思えない光景に相良とラウは何もできないで固まるは置かなかった。ただ一人多田瀬たちを除けば付き添いの女性だけが平然とまるで人形のようにたじろがず無表情で、その光景が当たり前のような顔で止まっていた。

「い、いったい何が?」

 二人はその人間とも思えぬ所業に沈黙するほかなかった。ラウの部下たちは上半身がまさに消し飛び血を吹き出すともなく、止血されて下半身だけが残り崩れ落ちた。

生き残ったのは、わずか七人だけになった。

「多田瀬、君らは一体……」

 多田瀬たちは何も言わなかった。神々しいゾンビのような雰囲気を出しながら二人を寄せ付けようとしなかった。彼らの持っている銃はエネルギーを放ちながら、何かこの世界が作り上げたものとは思えぬオーラを出してこの世界に生きるよこしまなものを破壊することを使命に存在しているようにも見えた。

「相良少尉の孫か」

 金沢はその何十年も生きていたかのような威厳のこもった声で彼をやさしく見つめた。それは自分の孫の再会を懐かしく思えるようなしゃべり方で金色色の瞳の色をそのままにやさしく見つめた。

「ほんとに相良さんによく似ているわ。そしてその無鉄砲さも」

 雫は現代風のライフルを持ちながら上品な物腰で孫を見るような顔で同じように見つめる。しかし、それが相良にとって数多の外道や邪道の道に走ってきた人間の形相より恐ろしく最も理解するのが恐ろしい存在に見えた。それは向かいの老獪で狡猾な生き方をした人物も同じだった。

「なんということだ。まさかプロトタイプがここまでやるとは思えなんだ」

 ラウの驚きと喜びのミックスに奈央はクスクス笑いながら答えた。

「それは違うわ。私も兄さんも金沢さんも美代子も模造品よ」

 その戦時中の映画に出てくるような言葉遣いに相良は何かの違和感を覚えるに至った。

「こうなったら、ここでお前たちを撃ち殺すしかない」

 ラウは弱り切った体で腕だけになった構成員からトカレフを奪うと、真っ先にドイツのライフルを持つ兄妹に向けた。

「俺たちを殺すのか?」

「そうだ、お前を生きたままとらえろという命令だったが、この際やむおえん。死体にして冷凍のまま、香港経由で北京の施設に送る」

 そう言って撃鉄を起こして狙いを定めだす。多田瀬たちも冷静に銃口を向ける。多田瀬たちはそれに動じる様子もなく銃口を見つめていた。

「それはいいけど、そうしたらあなた仙人になれないわよ」

「わしはそんなことも止めてはいない。わしが求めているのは姉が普通の人間に戻って普通に年老いて死ぬことだ。もうわしも姉も十分生きた」

「現実的な判断だ。でも、お姉さんはとっくの昔にあんたのことを見限っているみたいだけど」

 その言葉を聞いたラウは「そんな馬鹿な」という顔でひ孫といわれてもおかしくない姉を振り向いたかと思うと、一秒もしないうちに、姉からの返答を返された。彼女は隠しナイフを取り出すと顎の下から上に向かってナイフを突き立てられて、上あごを突き抜けて、脳に達した。ラウは意識が途切れる寸前に姉の冷ややかな瞳と彼女の一言が最後の記憶となった。

「彼らの言う通りよ。私はあなたのような愚弟にうんざりしていたの」

 その言葉を口にした後一気に引き抜いた。それによって、せき止めていた壁がなくなったことで赤い液体が飛び出て、そのまま部下たちとともに糸が切れた人形と同じ存在になった。

 ラウの最後を見た多田瀬たちは相良を見つめるとそのまま電源が切れたようで銃を落として、そのまま崩れ落ちた。相良は慌てて彼らを助け起こそうとしたが、手が全く足りないうえに、役目を終えた銃思っていたため重量がかかった。

「いったい何だったんだ?」

相良は不思議に思いながら彼らを仰向けにして、持っていた銃を押収して、構成員の残った衣服を破り、応急処置を始めた。重要参考人をこのまま死なすわけにはいかなかったためひっしだった。そこにラウの妹がやってきて応急処置を手伝った。

「いったい何のつもりだ」

「この人を助けないといけないの、私も彼らと同じだから」

「どういうことだ」

 彼女は沈黙したままだった。彼女はただ相良の必死の手当てをただ黙って止血を行う。そこへ救急車のサイレンとヘッドライトの明かりが拷問部屋だったトラックを照らし出した。

「やっと来たか。まあ、この殺戮が終わった後だからこれ以上の被害が出なかったのは幸運だったかもしれない」

 そう言って救急隊員を手招きしてけがの手当てをお願いした。

 救急隊員は目の前に起きている死屍累々の惨状を口を押さえながら、奇跡的に生きている学生四人の応急処置に奔走し始めた。横に転がる人だったものを最初は助けようとしたが「そいつらはもう生きてない」という相良の言葉と、明らかに生きていればゾンビの類に入る姿を見てそれを理解して赤い物体の救出を始めた。

 ふと相良はほかに何人来ているのか見ているのか確認しようと見上げてみると、救護隊員に混じって虹村とバークが不敵な笑みでこちらを見つめていた。

「おい、何してる。早くこいつらを助けろ」

 相良の必死の声に彼らは鼻で笑いながら歩み寄ってきた。そしてsyが見込みながらまるで軍事とは思えぬ態度で話した。

「心配するな。俺たちはそのぐらいの傷なら一晩で回復する」

「ええ、その銃を扱えるようにするために私たちは改造されたの」

 相良たちは「何わけのわからないこと言っている」と怒鳴りながら必死でケガを付け焼刃の治療術で時間を稼いだ。

 虹村は「そんなことしても大丈夫なのに」とつぶやきながらも渋々治療を手伝った。その姿は戦争で肉だらけの姿になった、人々の治療現場さながらの光景に他ならなかった。


 D大学病院のICU。多田瀬たちは古代エジプトのミイラと同じ姿で白いシーツをかけられたまま寝かされていた。彼らは今までのことが疲労となって変換されて睡眠を誘発して静かにしていた。時間は闇夜が一日の黄昏を迎え、太陽の光が黎明を変えるとき迎える時間の中間点に差し掛かりかけていた。院内は人の気配は数人の警察官と担当の医師がいるのみであとはたまに病室を抜け出して飲み物を買いに行く枯れた木のような体をした患者のみだった。

 相良は四人の様子を扉越しに見つめていた。あの時の青年がまるで仙人かもしくは錬金術に出てくるホムンクルスのような雰囲気を彷彿させていた。それに対して彼は何もできなかったことに情けなかった。

 そんな相良に対して上司は怒気を爆発させてそれを巨大なスピーカーに変換してつばと合わせて相良に浴びせかけたが、聞く耳を全くもっておらず、上司のエネルギーはただただ浪費するだけでしかなかった。

 その様子は周りから見れば失笑の類に入るものであった。部下はその様子を早く終われと言いたげな顔で叱責を見つめていた。

その状態が一〇分続いてようやく怒気を発するだけのエネルギーが切れて、何かしらの捨てセリフを残した後反対方向に紙コップを投げ捨てて靴音を荒く立ち去って行った。

 一息ついた相良は後輩に向き直り、手招きして話をしたいと意思表示をした。後輩も上司のいなくなったことで話しができるようになったことに高揚感を覚えつつ、先輩刑事に近づいてきた。

「先輩、お疲れさまでした」

「ほんと、お疲れだ」

 相良はそう言って床にしゃがみこんだ。彼には降格処分か何かの罰が待っていたが、書体がと別れたために何ら罰にはならないため、むしろ刑事罰を恐れていた。

「先輩、いったい何があったのですか?」

「いっても信じることのできない光景だ」

 そう言いながら彼はうつむいたまま蹲っていた。ラウと一緒にいた女性は警察に連行されて、取り調べを受けている。虹村とクリスは上層部に連絡を入れるといことでどこかに行った。事件はいまだに闇の中。何か手掛かりはないのかと思った。

「お疲れのとこ悪いですけど、実は気になることが分かったのです」

 それを聞いた相良はさっきの疲れなど忘れて目を輝かせながら、頭を上げた。

「多田瀬たちのことについてか」

 その期待はいい意味で否定されて後輩の口から話された。

「いえ、そのことではありません。実はさっきの防衛省と米軍からやってきたという女性についてです」

 彼はそういうと、周囲を見回して、彼の右耳に身内を始めた。

「虹村佳奈美とクリスバークの資料ですが」

「存在しなかったのか?」

「いえ、実在はしました。二人の家族もいました。しかし、一方は一九七〇年代に、もう一方は一九九〇年代末に死亡したことになっています」

「なんだって?」

 思わず相良は声を上げてしまった。その声は沈黙が義務がとされている院内はエコーになるほどだった。

「ということは偽名を使っているか、もしくは戸籍を乗っ取ったかのどちらか?」

「いえ、それはあり得ません。彼らは確実に実在しました。ご家族のほうからでも確認は取れました。間違いなく本人です」

「じゃあ、なんで死んだと?」

「クリスバーグはベトナム戦争中にアメリカ海軍特殊部隊の任務で戦死。虹村佳奈美は予備自衛官として訓練中の事故で殉職となっていました」

 相良の頭はますます混乱のスパイラルに陥っていた。彼らといい奴らといい、もはや人間の域を完全に超えているようであった。

「先輩、今回の事件。いったいどうなっているのですか」

 相良は何かぶつぶつつぶやいていた。まるで念仏のような小言を口にして。そして、後輩が聞き取れる言葉で冗談としか受け取れないことを口にした

「あいつらはホムンクルスか、まさかな」

 相良の一言に何を言っているのかわからなかった。「あの、なんて言いましか?」と聞き返した。

「いや、なんでもない。それより、さっき押収した武器のほかに何かの翻訳した書類が見つかった」

「今回の事件と何か関係が?」

「そのためにも意識が回復するのを待つさ」

 それを聞いた後輩は「そうですか」一言終えると続けて「それでは私は別の仕事がありますから」と言って病院の待合室からその場を後にした。

 相良は「やっと一人になれたか」と一言ため息交じりのつぶやきをして、バックの中に入っていた紙束を取り出した。それは多田瀬たちがライフルとともに所持していた極秘文書の翻訳したものだった。

 彼らを治療したとき、撃ち殺されたラウの中から見つけたものだった。その時の相良にはそれを読む暇もなかったが、虹村とクリスがライフルのほかに何か探していることに気が付き、ラウと一緒にいた女性と一緒に隠して今の今まで秘密にしていた。

 彼は内容の一部を読むことにした。そこにはこう書かれていた。


 一九四四年の六月。息子はバルジの戦いで大活躍した。新型ライフルに魔術を加えた銃でアメリカ軍やイギリス軍を押し返した。戦術的な勝利ではあるが、これで私の技術が信頼させられた。これでわが祖国を破滅を回避することができる


 一九四五年一月三〇日。私は二つの真実によって絶望した。アウシュビッツの蛮行をソ連経由の情報で知った。自分の民族を繁栄させるためにユダヤを殺していた。今考えれば不況で貧しい原因をすべて誰かに押し付けていた。それがつけとなって風船のように膨らんでいき、それがヒトラーとドイツ民族の優越という怪物を生み出していた。

 もう一つの真実がバルジの戦いから帰った息子だった。息子は戦い続けて前の大戦で問題になった精神疾患を患った。さらにその原因の一つにと私のライフルの使い過ぎ精神を摩耗を起こして廃人の一歩手前になっていた。

 

 一九四五年三月。ヒトラーはもうかなわないにもかかわらず精神的に狂い始めた。さらにスターリンの赤軍が目前に迫っている。もはや猶予はない。この銃はUボートに乗せて海上投棄させる。息子は何とか回復したが年を一生とることができないかもしれない。それが分かった理由は息子を守るために認識票として掘られた刺青を焼いて消したら、半日で元に戻ってしまった。こうなったのもの私のせいだ。私は全責任をとってヒトラーを殺し、国民の代表としてけりをつける。息子は東欧に逃がすしかない


「な、なんだ、こりゃ?」

 相良はどこかの小説の筋にすらならない話の内容に思わず笑ってしまった。その姿を警官は一体何があったと見つめた。

「す、すまない、驚かしっちまったな」

 そう言って資料を袋に詰め込んだ。その時警官が驚きの顔でみんなに口伝えをしていた。いったい何があったと聞いたが、「何でもないです」と言ってそのまま誰かに伝えに行ったが、すぐに何があったかは勘づくに足りていた。

「意識を取り戻したな」

 そう言って誰もいなくなったのを確認すると、中に入って彼らに話を聞こうと入った。

「おい、大丈夫だったか?」

 相良は笑みを作って四人の様子を見に来た。四人とも重症者とは思えぬ返事で「あ、あんたは?」と包帯だらけの顔で驚いた。

「意識を取り戻したばかりにしては信じられない元気だ」

「いや、驚いているのは僕らのほうです」

 そう言って思い出したかのように「あの紙はどこだ」と4人は驚いてきょろつかしていたが、相良は「探しているのはこれか」と見せた。

「ああ、それですよ。その書類を捜していたんですよ」

「ああ、それにしても三流の小説ですらつまらないものだ」

「あ、あのそれは小説のあらすじじゃなくて、多田瀬君たちのおじいさんの追っているドイツ軍の資料ですよ」

 その言葉を聞いて「こんな荒唐無稽な話があるかと」言ってしまう。

「それは僕だって信じてませんよ」

 そう言いかけたとき、四人は少し頭を抱えて話すのを途中でやめた。

「どうかしたか?」

「いや、何でもないわ」

 そう言って奈央は気になって「中はどうなっていたの」と聞いた。相良はありのままを伝えて四人を納得させた。

「なるほど、そういうことですか」

「それなら、あの銃が日本に来た理由も納得できます」

 みんなは思わずようやく話が納得できたと思った。相良にはその理由がいまだにわからないでいたようだが、それはそれでわきによけて、今度は四人について聞いてきた。

「ところで多田瀬君。君たちは本当に多田瀬兄妹本人なのか」

 それを聞いた二人は思考の停止と不思議な表情で休職中の刑事を見つめる。

「な、何を言ってるんですか。僕らのことを調べたのなら身元だってある程度は」

「君の言う通り、ある程度はわかった。だけど、君たちの近所に君たち以外の家族を見た人は誰もいない。いたのは君たちと同い年くらいの容姿のそっくりな男女二人だけ」

二人は思わず沈黙してしまった。しかし、それにおびえた様子だったのは金沢と雫もそうだった。

「そうだ、金沢だったか。あんた、動画共有サイトでよく出てたよな。その時なんだが、うちの別れた女房のお袋がお前によく似たアイドルのファンだったんだが、何か心当たりはないか?」

「他人の空似でしょう。アイドルなんて虚構の存在なんだから」

 金沢はそう言ってとぼけた。まさか自分が不老で名前を変えてアイドル活動しているなんて信じるバカはいないと踏んでいたから。

 しかし次の質問で彼は大いに慌てることになる。

「じゃあ、お前の家にあった、アイドルの写真と銀時計はなんだ?」

 その瞬間、みんな一斉にシーンとしてしまった。ここにいる誰もがこの男は何かかぎつけたのだと察するには十分すぎる不安だった。

「あ、あれはネットオークションで買ったんだ。時計もアイドルのほうも……」

「あれ?アイドルグッツはあったが、銀時計はなかったぞ」

 それを聞いた彼は思わず顔を青くして懐に手を探った。そしてその手からは御中時計が現れ出て、ブラフであることを悟った。

「だましたのか?」

「人聞き悪いな。引っかかったのはお前のほうだろう」

 そう言って相良は写真を取り出した。それは三人で取った戦艦武蔵の写真だった。

「この写真が何か?」

「ここに写っている二人。お前とあんただろう」

 二人はただ何も言わずに沈黙していた。そのシーツを握る手は小刻みに震えていた。

「この写真は日本では貴重なカラー写真で撮った。戦艦武蔵の写真だ。ここに写っているのは俺のじいさんとあんたたちだよな?」

「これをどこで?」

「ずっと前から持っていた」

 そう言って彼は強く聞いてみた。

「はっきり聞こうか、お前たちなんで年を取っていない。それになんで自分を偽っている?」

 彼らは何も答えなかった。答えても現実路線を貫く彼らのことだから、テレビドラマに出てくる、脅し文句をつけられると感じていた。

「なんでって言われても、僕が聞きたいぐらいですよ」

 そうはぐらかして、何かを思いついたかのように口を開く。

「あ、あの、おトイレ行っていいですか?」

「あ、あたしも我慢してたから」

「俺も一緒に行きます」

 みんながみんな口をそろえてトイレに行こうと体をおきようとしたが、相良は逃がすまいとした行動に移った。

「トイレならこれにしていけよ」

 彼らは四人分の尿瓶を持ってきて、ここでするよう促した。

 みんなふざけるなという表情をしながら、反論した。

「こんなので大なんかできるかよ」

 そう言って四人は体を老人のように起こしながら体を無理に動かしていた。

「おい、さっきまで重傷だっただろう。そのからだじゃ」

 そう言って相良は金沢の手を無理やり握って体を床にたたきつけた。

 その際に包帯がほどけたのだが、その瞬間に誰もが驚きの声を上げた。

「な、なんだ、これ」

 それはさっきまで体中が悲惨な状況だった傷口が見事に治っていた。

「おい、お前ほんとに人間か?」

「そんなの俺たちが聞きたいよ」

 そう言って彼らは急ぎ足で強制的に扉を開けた。

 警官たちは驚いて引き留めることもできないままトイレに向かっていった。

「いったい何が何だか」

 相良はただただあっけにとられるほかなかった。


 多田瀬たちがトイレに行って一〇分立った。さすがに長すぎるだろうと感じ取って、トイレに向かった。彼はまず男子トイレをけ破るように開けたがいたのはほかの患者だった。

「な、なんだよ」

「す、すまない。ところでここに大学生くらいの男性二人がここに入ってこなかった」

 そう聞かれたとき彼は考え込むと思い出したかのように口を開いた。

「ひょっとしてあんた刑事さん」

「今は休職中だけど、どうしてわかった」

「さっきトイレから出てきた青年がこの紙を渡してくれって」

 その紙を手に取り紙の内容をみた。中身にはこう書かれていた

(屋上で待ってます)

 その数文字が書かれている。これは罠なのかその中に彼の刑事としての警戒感が去来したのかもしれない。しかし、彼自身が話があるということは何かを知っているからここで話せないこと話すのだと分かった。

「お使いご苦労だった。さっきのことは忘れてくれ」

 そう言うと相良は一目散にエレベーターに向かって駆け抜けていった。

 エレベーターについた相良は上に上がる際に拳銃を取り出した。彼は刑事の癖として武器の念入りなチェックは余念がなかった。

「まだ、手が震えてるぜ」

 相良はこの時さっきの中国マフィアとの戦いで字初めて人に銃を売った感触がいまだに忘れ慣れられないみたいだった。

「今度はそんなことがないこと祈るほかないか」

 そう言ってだが銃を腰に入れて顔をたたき気合を入れた。

 それに合わせるかのようにエレベーターのチャイムが鳴って到着を知らせた。彼はそこから屋上に向かう階段をゆっくりとした足取りで向かっていった。

 

 相良が屋上に向かっている頃、多田瀬たちは月夜を見つめていた。それは美しく、中秋の名月にお引けを取らないものだった。

彼らの目は水のように澄んで、美しい光を帯びていた。彼らの手には警察から押収して紛失したはずのライフルが握られていた。

「兄さん。記憶のほうはどう?」

「少しずつだけど思い出してきてる……」

「ほんとは普通の人として暮らしたかったけど、私たちがやってきたことを考えれば虫が良すぎるわ」

「ああ、そうだな」

 四人がそう言いながら月夜を楽しんでいると、相良が一四年式拳銃を構えて入ってきた。

「動くな」

「あなたは相良の孫か?」

 多田瀬たちは即座に銃を構えて対峙した。その眼には敵意はなかったが、互いににらみ合いの体制に移る。

「あんた、多田瀬勝だろ?」

「今の僕は多田瀬颯斗だ」

 多田瀬はそう言って銃を下ろした。一方の相良のほうはいまだに警戒の色を解かない

「俺にはいろいろと聞きたいことが山ほどある。だが、その前に持っている銃をこっちに渡せ」

「無理な注文しないでよ」

 そう言ってほかの三人も銃口を下げた。誰もこれ以上の殺戮を望んでいないと訴えたかったみたいだが相良には通用しなかった。

「わかるけど、この銃は命でもあるんだ。よく、漫画とかで命みたいなものだとかいうけど、まさにこれは僕らの命だ」

「……信じたわけじゃない。だが話を聞こうか」

「そうですね、いったい何を話したらいいの?」

 雫の質問に相良はクシャクシャになった日誌の翻訳を見せつけた。

「お前たちが持っていた資料だ。最後の日付はバルジの戦いにドイツ軍が敗れた後にUボートで日本に向かったという記述で終わっていた。その後のことを聞きたい」

「わかったわ。でも、ちゃんと信じてくれる?」

「内容によるがな」

 その言葉を聞いた多田瀬と金沢は口を開いた。

「事の始まりはUボートが長崎に入港して送られた銃器が始まりだった。戦争末期だったあの時、新しい銃器がもたらされた。それが僕の持っているドイツの突撃銃だった。もうすぐ本土決戦が近くなってきたせいもあって自動小銃の開発を行っていた」

「でも、八月七日。あれが起きたことで俺たちの運命は変わった」

「長崎に原爆が落とされた日だな」

 相良の言葉を聞いて二人は黙って頷く。

「その時僕達は防空壕の中で来るはずもなかった本土決戦に対して銃の整備をしていた。B29の落とした人類二つ目の原爆で一瞬意識を失って気が付いて防空壕の外へ出たときどこも焼き尽くされていた。その時僕らが思ったのは妹と今の雫の安否だった。地獄に変わった長崎を駆け巡って、二人がいるはずの実家に向かった」

「それでどうなった?」

「俺たちが来た時には二人は全身やけどで虫の息だった。俺たちは二人を抱えて絶望と憎悪の声を高々に叫びながら、俺たちが生きなれた教会のあった場所に向かった」

 それを聞いた相良は首をひねった。それならそこにいる二人は数十年もしかも年を取らずに生きていることはあり得るわけがないと考えた。

「じゃあ、そこにいる二人はなんだ?」

「私たちはあの時一度死んで、そして望まぬ生を復活させたの」

「あたしも、忘れていたけどこの銃を拾ってから少しずつだけど思い出しかけてる」

「……話を続けてくれ」

「教会についた僕らは初めて神に祈った。どうか、妹を金沢の婚約者を死なせないでくださいって。そしたら、一緒に抱えていた四丁の銃が光り輝いたかと思うと僕らは意識を失った」

「気が付いたときには記憶を失って、バラバラになっていた。持っていた銃も消えていた」

「銃は私たちが持っていたの。その後はどう生きたかは思い出したくもないわ」

 顔をゆがませて銃を見つめる奈央を兄はやさしく抱いた。妹はそれを黙って受け入れる。

「しかし、どうして、死の淵からよみがえった?」

「おそらく、俺たちが無意識的に銃と契約したことで不老と蘇生がされたせいだと思う。もちろんそれ相応の代償は受けたけど……」

「代償?」

「よく漫画やアニメで見ないか。長く生きると、寿命の大切さがよくわかるみたいな話?」

「ああ、じいさんがよく言ってたな。早くばあちゃんに会いたいみたいな」

「そう、こうして記憶を封印もしくは忘れようとしたのもそれに耐えきれなかったから」

 しかし相良の目が何かを嗅ぎ当てたみたいな鋭い目がナイフのように鋭い言葉となって帰ってきた。

「それだけじゃないだろう。ほかに何か隠しているだろう?」

「べ、別に何も隠しているわけじゃ」

「そうだよ。いったい何を隠して」

 どう用意して何とか否定をしようとしたとき、扉を開ける音が聞こえた。そこにはライフルを構えて、無表情うかつしっかりと多田瀬たちを見つめる、虹村とクリスが背広を着た諜報機関の人間を数人引き連れてやってきた。

「お話の続きはこっちが引きうけます。相良元刑事」

「この四人はうちが預かる」

 四人は彼らを見たとき思わず相良をにらみつけた。相良はしてやられたという表情で彼らに本音を口にした。

「勘違いしているようだから答えるけど、協力していたわけじゃい。利用されてしまった」

「そんな、虫のいい話信じるとでも思うの?」

「だろうね、でも嘘はついていない。これだけは真実だ」

 四人は相良の話をまともに信じようともしなかった。相良のほうでもこの状況で自分だけが知っている真相を話しても信じてもらえないし言い訳しても疑りが大きくなるだけだからそれ以上は潔く沈黙した。

「多田瀬勝さんと妹の節子さん。いや、今は颯斗と奈央さんだったね。取り調べは防衛省と米軍が引き継ぐから、昔のやり方で吐かせる警察よりかは優しいから」

 そう言いながら一緒に来た人間に手錠を持ってきてかけさせた。二人はおとなしく従った何かに気が付いたような表情で相良を見つめた

『相良さん、あの二人……』

『気が付いたか?』

『一応、あの二人をああしたのはたぶん私たちよ』

「おい、いったい何を話している?」

 男の一人の怒号に思わず身をすくめて、四人は改めて従うことになった。

『兄さん、気が付いた?』

『一応、終戦後から大学に入学するまでの記憶がないよ』

『でも、私たち何かやらかしたようなのは間違いないわ』

『その証拠があの二人だ、雫さん』

 二人はそう言いながら、何もできず見つめる相良をしり目に扉の向こうへ進んでいった。


 取調室とは名ばかりの殺風景の部屋。そこに普通に手錠をかけられて多田瀬たちは拷問を受けないだけましだと思いつつ、今度は何を聞かれるのかと思いながら世間話していた。ずっと沈黙していると精神がおかしくなると思ったせいでもある。

 そこへ虹村とクリスが嫌みのこもった笑顔で注射器と彼らのライフルを抱えて一緒に入ってきた。

「気分はどうかしら」

「うん、すごくいいよ。ここの椅子は高級別途並みに座り心地がいいし、拷問もない上にやさしく聞いてくれるから、ファーストクラスにはちょうどいいよ」

 多田瀬たちは下手な皮肉を込めて虹村たちを小ばかにした。その皮肉を彼ら真央承知していたみたいでお互いに皮肉返しをした。

「それはよかったわ。今回はそれに新しいサービスを用意してきたわ。あなたたちの文字通りの命であるライフルと中毒性抜群の薬付きでね」

 そう言って彼女たちはハンマーを持ってそれを女性の力とは思えぬ力で持ち上げた。

 それを見たときに二人の顔色は心なしか穏やかではいられなくなった。

「ちょ、ちょっと待てよ。それで何しようとしている。わかってるだろ、俺痛めつけたって、何にもはかないって」

 それを聞いたクリスは思わず高笑いをして、「お前たちをいじめても何にもならないことぐらいわかっているさ」と言って、雫と彼女のライフルを両手に抱えて床に置いた。

「だから、間接的に彼の妹とお前の元婚約者、そしてライフルを通して聴くことにする」

 そう言って銃を床に置いた。そして今度は虹村がその銃を足で踏みつけた。

「いた多々、な、何足を踏まれたみたい」

 雫は突然痛がり初めて、転げまわっていた。それを見たときほかの三人は青い顔をしてその理由が何なのかを悟った。

「ま、まさか。僕たちが年も取らずに不老不死の状態なのは?」

「今頃気づいたようね。この銃はあなたたちの命そのものよ。そのおかげで魔術的な攻撃も不老もそうなっているわ」

 そう言うと今度は多田瀬のライフルを手にすると、拷問に使う万力で銃を挟み込んで力いっぱいに締め付けだす。

 その瞬間、多田瀬は激痛でおなかを抑え込み始めた。

「終え、く、苦しい、い、痛い」

「や、やめて兄さんを苦しめないで」

「じゃあ、順番を変えてあなたからやりましょう」

 そう言うと今度は奈央のライフルを床に置き、さっきまで持っていたハンマーを銃床にたたきつけた。

 今度は奈央の両足が変な方向に折れ曲がって金切り声を上げた

「ぎゃああああ、あ、足が折れたあああ」

「お、おい、やめろ。妹に手を出すな」

 四人は阿鼻叫喚となりながらも必死に追いすがる。二人はまるで親の仇を見るみたいな目で本音をくちばしった。

「なら、お前たち。この銃の完全な技術を教えろ」

「な、何を言っているの?」

「とぼけるな、お前たちはまだ思い出さないのか。お前たちはこの銃の技術とそれに適応した人間への改造を東西両陣営に売り込んだのは調べがついている。だがその技術には欠陥があって、多くの人間がお前たちのいい加減な技術で犠牲になったかわかるか」

 四人は最初はぴんと来なかったが、一分もしないうちに何かを思い出したかのように目を大きく見開いた。

「お、思い出した。あの時連合軍の連中がやってきて取引を持ち掛けられてきた。僕たちの身の安全を保障して新しい人生を再スタートできるようにしてやるから、その銃の技術を提供しろと」

 ほかの三人も同様の反応を見せていた。その時の四人には自分の罪の一端を忘れかけていたことに気が付いたみたいだった

「だが、あの技術は未完だった。世界各地の戦争で俺たちのような人間とその銃と同じようにコピーされた銃で戦果を出したが、それを使えば使うほどに精神が摩耗していき、遂には、廃人となっていき下手したら命も取られるものになった。お前たちのせいでな」

 その怒りはまさに火山噴火のごとき勢いで、殴りたくなるほどのものだった。四人は結果の重大さをようやくわかるようになったみたいだった。

「悪かったよ、まさかあんたたちにこんな十字架を背負わせることになるなんて」

「悪かっただと。それで済むと思っていたのか。お前たちのせいで俺たちやどれだけの人間が犠牲になったかわかるか」

 四人は首を振りながら改めて聞いてみた。

「何が聞きたいのですか?」

「この銃と人体改造の完全な資料はどこにある?」

「資料ですか?」

「そうだ。お前たちの売ったりした技術は欠陥があったことは言ったな。その資料はおそらく保管していた資料の中にあると踏んでね」

 それを聞いたとき雫はため息をついて、首を横に振った。

「私たちはそんな資料はありません。いえ、それ以前に私を含め銃もそれに適合して不老になった人間もすべて鼻から欠陥を抱えているの」

「そんな話を信じると思っているわけ」

「信じてもらえないのはわかっているけどこれは事実よ。この銃もこの銃を適応するようになった人間も欠陥を抱えたまま日本に伝えられたの」

 雫の言葉をまったく信じようしない二人は「それだけ言うのであれば、証拠を見せなさい」と言い放った。

「持っていたけど、あんたたちに逮捕されたときに資料を渡したわ」

「誰に渡した?」

 クリスの問い詰めにみんなは口をそろえて「あの人だよ」と言った。それが誰を指すのか二人に察するに余りあるものだった。

「相良か」

「迂闊だったわ」

 そう思って二人はスマホを取り出して誰かに連絡を入れた。おそらく彼を拘束するか資料の奪還の指示だった。

 彼らのある程度の指示を与えた後スマホを切って彼女たちをごみを見るような目つきで彼らを見つめた。

「僕たちはどうなるの?」

「ようが済んだから、処分という形になるわね」

 四人は思わず見返してしまった。予想はしていたみたいだったが、死を覚悟するまではしなかったみたいだった。

「やっぱりそうなるんだ」

 彼らはあきらめのついた表情でうなだれてしまった。


 同じころ、相良は市ヶ谷にある防衛相本部に潜入をしていた。彼らのスマホから放たれるGPSの位置情報からこの場所を突き止めた。彼は九九式軽機関銃を両手に抱えて四人の後を追いかけた。まさか防衛相内部に向かうことになるとは夢にも思わなかった。

 彼はその発信機の反応から場所を絞り出していった。しかし、その場所は何の変哲もない壁になっていた。いったいどういうことなのか彼は首を傾げた。恐らく仕掛けがあってそこに秘密の通路があるのだと察するが、その仕掛けがわからない。

 そこへ黒服の男たちが列を作ってやってきたのを感じ取って、物陰に隠れる。黒服の男たちが立ち止まるとカードを取り出して壁にかざすと、壁から望遠鏡の覗きレンズのようなものが現れ出て、それが出現したのを確認した男は眼鏡を外してそれをのぞき込んだ。

すると、扉が音もなくスライドして人が入れるくらいの長方形の形をした穴が出現した。そして開いた扉の中に全員入っていく。そこへ入れ違いにクリスと虹村が現れ出た。

「まさか、あの刑事が持っていたとは」

「そうね、彼らを拘束する時に一緒に捕まえるべきだったわ」

 そう言って彼らはどこかに行った。

「まさか、この資料を探しているのか?」

 そう言って相良は袋の中に入れていた紙束を見た。この資料は防衛省が狙っていることはまず間違いない。しかも外国の組織も狙っている。この資料は一体何なのか今は隅に置いておくことにしようという表情であの部屋への潜入方法を考えた。

「カードキーと生体認証。前者は盗めば問題ないが、後者は本人じゃないと開かない。しかも目をくりぬくというわけにもいかない」

 少し悩んで相良は現実的かつもっともな方法を考え付く。

「生きたまま捕まえることにしようか」

 そう言って彼は扉を開ける人間が来るのを待った。

 二,三分したぐらいしたとき、男がやってきてカードキーを取り出した。

 その秒単位の隙を相良は物音も立てずについて彼の首に腕を巻き付かせて拘束する。

「だ、誰だ、お前?」

「俺が誰かはどうでもいい、ここ開けてくれるな」

「いやだと言ったら?」

「代わりのやつを探すだけだ」

 そう言われた男は素直にカードをかざして生体認証用の機械を登場させた。

「よし、よくやった」

「でも、ここからはどうする?」

「こうするのさ」

 そう言うと相良は男の頭を押さえつけると、目を無理やり開けさせてスキャニングさせた。スキャニングは見事に成功して扉が開いた。

「よし、お前はもう用済みだな」

 そう言って相良男の首を万力の要領で絞めて血流をいきわたらなくさせて失神させた。

「よし、ここに入る前に装備をっと」

 彼は九九式軽機関銃に弾を込めると虎の穴の中に入っていった。


 多田瀬が不法侵入して五分ぐらいたったころ、四人は何もないところで暇を持て余していた。調べるでもなく処分されるでもないこの単調な時間を世間話しながらつぶしていた。

「はあ、いったいどうなるのかしら」

「銃はどういうわけか返してくれたし、消すにしたって時間が長すぎるしいったいいつまで僕らをここへ監禁するのかな」

 そう言って市の時計が秒読み段階という状況をまったく実感できない中で天井のシミを捜していた。

「だ、誰だ、お前は?」

 その声は突然だった。壁の向こうは防音しようではないのか、さっき中国マフィアと捕まった時と同じような展開を示す声が聞こえた。

「おい、なんかまずいぞ」

「みんな武器を持って」

「わかったわ、兄さん」

「でも、弾なんか入ってないわよ」

 みんなはそう言って、銃を握った。その直後に扉が開き、中から相良が入ってきた。みんなは条件反射的に銃口を向けるがこけおどしなのは相良には明白だった。

「みんな無事か」

 それを見た多田瀬は銃を下げるよう言ってみんな下げ下げだした。相良も重量のある機関銃を上にあげた。

「多田瀬君」

「相良さん、どうしてここに?」

「君たちのスマホから出るGPSを使って追いかけた。しかし市ヶ谷にこんな施設があったとは……」

 そう言いながら相良は銃を持ちながら案内する。四人は何とか助かったと思い施設の外に出ようとした。

 しかし、彼らの目の前に新たな敵が現れた。それは拳銃を片手にやってきた、黒スーツサングラスといかにも怪しい男たちが構えて包囲した。五人は慌ててデスクの物陰に隠れて弾から身を守る。

「見つけたぞ」

「射殺しろ」

 その声とともに一斉に銃口が火を噴いて、柱やデスクを穴だらけにしていく。みんなはその時初めて恐怖を感じた表情をしていた。しかも敵の数が多いせいかその攻撃は苛烈なもので、もはやいつ打たれてもおかしくない状況だった。

「多田瀬、このままじゃまずいぞ」

「わかってる。こうなったらイチかバチか、まとめて相手にしてやる」

「でも、どうやってこっちは弾なんか入っていないのよ」

 雫の言葉を聞いた多田瀬は相良に手招きした。相良いったいなんだ顔をしながら弾丸を避けながらやってきた。

「なんだいったい」

「相良刑事。あんたさっさと持ってる弾を僕たちに返してください」

「は、いったい何のことだ?」

「とぼけないでくださいよ」

 そう言うと多田瀬は相良の持っていた袋を強引に奪い中をまさぐった。

「おい、何するんだ」

 怒号を無視して、多田瀬は強引に中を取り出した。そこにクリップ止めのライフル弾と弾倉が出てきた。

「やっぱりあんたが持っていたのか」

「どうしてわかった」

「僕たちが持っていた球数と使った数が合わなかったからだ。ここに来るまでさんざん残りの球は聞かれたから」

 そう言いながら多田瀬は弾を分配して補充させた。

「お前たち、こんなことしたら……」

「今は生き残るほうが先決でしょう」

 そう言って彼は一呼吸おいて目をつぶった。それに同調してほかのみんなも心の中の勇気を呼び覚まそうとつむる。

相良自身も始末書の束を想像してか彼らとは違うため息の空気入れ替えをして口を開いた。

「よし、俺が囮になって攻撃する。その間に逃げ出せ」

「いや。このまま押し切る」

 その瞬間彼らの目は金色輝いたかと思うと一気に突入を開始した。

 多田瀬たちの銃弾は物理法則を完全に無視しながら、次々と相手の体に引き寄せられていく。彼らの体に命中すると丸い穴となって肉片を消していく。

 多田瀬以外の人間は素人程度の腕をその魔法の銃で補っていたが、多田瀬本人は酢様事業層をしながら闘劇を開始する

 その鬼気迫る銃撃に相良も思わず身震いする。金色の瞳がこの世ならざるものとして黒服の男たちを噴く以上に黒く変えていった。

「な、なんだ、あいつの銃は?」

「ほんとにあいつ、人間なのか?」

「仕方がない、特殊警備部隊を出せ」

 そう言うと黒服たちは一時撤退を開始した。そのすきを五人は見逃さなかった。

「今よ、みんな」

「よし、行くぞ」

 そう言ってみんなは全力で迷路のような防衛相の秘密施設からの脱出を開始した。


 彼らが秘密の出入り口から出て少ししたとき何か違和感を相良はとらえた。

「どうしました?」

「おかしい、ここは防衛の中枢だぞ。これだけの銃撃を秘密の区画で犯しておいて、蜂の巣をつつかれて働きバチが出てこないのはおかしいだろ」

 そう言われてほかの四人は首をかしげながら逃げ回っていると、突然ヘリの回転音が響きだして、五人が振り向くと無人戦闘ヘリと兵員輸送のティルトローター機が現れ出て、一方は銃口を彼らに向けて、もう一方は上空に飛び上がった。

「まずい、やっぱり罠か」

 そう言ってしまうかしまわないかしないうちに無人機がバルカン砲の咆哮を始めた。

 全員慌てふためいて頭を下げた。

「くそ、なんて攻撃だ」

 全員が敵の無人機からの攻撃に手をこまねいている間にも特殊部隊が突入を開始してきた。そのサブマシンガンからの攻撃も熾烈を極めるものだった。

「くそ、このままだと挟み撃ちだ」

 みんなが最大のピンチに陥った時に一台の車が突撃してきた。みんなは驚いて吹き飛ばされると、扉が開いた。

「先輩!」

「お前か」

 それは相良の後輩だった。相良は「どうしてここに」と聞こうとしたが「そんなことより早く」と言われ五人は慌てふためいて乗り込んだ。そしてそのアクセルペダルを踏みこんで勢いよく防衛省の建物から脱出していった。

「はあ、助かった」

 みんなはそう安どして逃げ出していく。

 どれくらい距離が離れたか人がいなくなったところを運転する。

「礼を言うぞ。おかげで助かった」

「いえ、礼を言うのは私のほうです。捕獲対象をまとめて連れてきてもらったのですから」

 その悪意のこもった言葉に相良は思わず「どういうことだ」聞いたがその返事は銃弾を頭に受けたことで返された。

 拳銃の咆哮とともに相良は倒れてしまう。彼の部下は邪魔だと放り捨てようとしたときに、多田瀬が持っていたライフルで首を押さえて拘束した。

「くそ、よくも刑事さんを殺したな」

 そう言っているうちに部下は気を失ってしまった。

「兄さん。刑事さんは生きてるよ」

「頭を撃たれたんだろ、生きてるわけが」

「いや、弾丸はこめかみをかすっただけだから、致命傷じゃない」

 そう言って相良のネクタイを外して止血する

「どうする、誰か運転できる人はいない」

 その運転は金沢が担当してくれた、最も無念なようでハンドルを右へ左榎田行動を押さえるのに必死だった。

「くそ、こいつ早くのけてくれよ」

 そのパニックになった車内をよそに車は闇夜の中を駆け抜けていく。

 そこへ、次激してくる何台もの公用車が接近してきた。そして一斉に銃口を放ちながら近づいてくる

「多田瀬君、運転は私たちに任せて、あなたは追ってくる車をすべて撃退して」

 雫にそう言われた多田瀬は映画のカーチェイスさながらの要領で楠間から身を乗り出し銃を乱射する。

 銃弾は光を帯びながら次々と車を文字通りの鉄くずに変えていく。

 敵も拳銃を何発も乱射して応戦するがなかなか当たることがない。

 そこへ援軍が登場した。それは先の無人ヘリだ。再びバルカン砲の咆哮が始まり、車に襲い掛かる。

 彼はそれ狙いを定めた。

「我が槍その邪なるものを貫け」

 その一言と共に光が放たれてヘリを一線で貫き道路にクレーターを作った。

「終わったぞ。早く安全なところに止めて」

 そう言われて彼らは河川敷に向かって闇夜に消えていった。


「先回りして正解だったわ」

「ベトナム時代のゲリラ戦の戦術がこんな形で役に立つとは思わなかった」

河川敷にたどり着いた多田瀬たちを待ち構えていたのは虹村やクリスたちをはじめとした各国の工作員たちだった。

 彼らの乗る車を包囲して銃口を相手ににらみつけた。みんなは大けがを負った相良を背に警戒しながら、にらみ合っていた。

「お前達に、この銃は渡さない」

 その二〇位の青年は茶色い髪をなびかせて、その金色の瞳で前方を軍事のオーラを放つ数人の男女を睨みつけ、後方には彼の友達と見える男女を守っていた。彼女たちの手にも彼と同じ銃を握っていたが、その銃は小刻みに振動していた。

「お前が、どうこう言おうと、その銃は渡してもらうぞ」

白人の男はM1911を握りしめて、威嚇の態勢を崩さない。彼の銃身は同じく真っ赤だった。そして、ここに握られているどの銃も同じ様相をしていた。そして、その撃ち合いになった、橋のたもとは、まるでレーザーで撃ち合ったかのような大小さまざまな穴や切断面、そして焼けこげた匂いが辺りを包み込んでいた。

「これだけ、撃ち合って降伏しないとは思わなかったよ」

 五六式ライフルを持った東洋人が朝鮮語訛りの日本語で誉め言葉に似た驚きを口にした。

「俺だってこれでも、クレー射撃で鍛えた腕がある。お前達みたいなろくでなしなんかに負けるか」

「アマチュア崩れで、私達を苦しめたというのか。ふざけるのもいい加減にしろ」

「そうだ、その程度の腕でわが部隊を壊滅させたというのか?」

 彼らの怒号が周囲に反響して、エコーとなって響いてくる。

「この銃は、曽祖父が遺した、大切なものだ。同時に、この世界の戦場に解き放ってはいけないものなんだ。お前らの飼い主に伝えておけ。今度狙ったら、一人残さず皆殺しにしてやると」

彼の決意の声に対する返答がやってきた。遠くの方からオスプレイがやってきて、照準をこちらに向けていた。彼は迷いもなく、まるで、クレー射撃の飛んでくるクレーの要領でそのヘリに引き金を引いた。

凄まじい光と、そこから放出されるエネルギーが飛び出し、眼前のティルトローターを熱量と共に貫通して、爆発する暇も与えず、力尽きた鉄の虫になった。

その銃口は周りを静寂させるほどのオーラを放ち、その姿は銃の皮を被った黒狼の様相を呈していた。そして、目の前にいる青年の姿も同様であった。

「それを解き放ったのはお前たちのほうだ」

 クリス達はそう言って拳銃を固く握りしめる。

「多田瀬颯斗、あなたは長崎で原爆が投下された後に後ろの妹さんと金沢の婚約者を蘇生させるために、Uボートで運んできた魔法の銃と契約した」

「それは最近思い出したよ」

そう言って彼は拳銃を強く握りしめながらにらみつける。

「その銃は一見すると日本軍が作った四式自動小銃とドイツのSTG44に見えるけど違うわ。その銃はとある銃技師が精神力でエネルギーの物理法則や数万倍の威力を変えるなどの超常的力を与えることのできる力を秘めている」

そう言いながら六四式小銃を構えてその銃の名前を叫んだ

「人呼んで、魔術師(マギカ)の(シュトゥ)突撃(ルム)銃(ゲウェーア)」

 各国の諜報員たちは写真を投げつけた。その写真はどれもモノクロか質の悪いカラー写真ばかりだった。そこには多田瀬たち同様の彼らそっくりの兵士の姿が映っていた。

「やっぱりあんたたちも僕らと同じ」

「そうだ、俺たちはお前たちが東西両陣営にこの銃の技術とそれに耐える人体改造を売るための人体改造の製法を売った。だが、お前たちはわざと不完全なものを売ったから」

 彼らの怒りは今まさに咆哮するような物言いで迫ってきた。だが多田瀬たちは首を横に振って何もわかっていないのだなという表情で口を開く。

「残念だけど、僕たちが各国に売った情報はすべて一文字も残さずに渡した。最初っから欠陥だらけのものだったんだよ」

「彼の言う通りよ。恐らく日本軍も、ドイツのほうでもこの研究に欠陥解決には至らなかったのです」

「うそを言うな。お前たちが隠し持っていることは、調べが……」

「その人の言っていることは正しいぞ」

 彼らの銃口が一斉に車のほうを向いた。それは頭にネクタイを包帯代わりにしてゆっくり相良が下りてきた。

「相良さん、大丈夫なのか」

「お前か、頭を撃たれて平気いられるとはな」

 クリスは皮肉交じりに彼の幸運を称賛した。

「そんなことより、彼らが言っていることは正しい。この日記が何よりの証拠だ」

 そう言って相良は天高く日記を見せた。

「それは失われたといわれるドイツ技師の日記。なるほどそこに失われた技術が……」

「残念だがこれを改良したという記述は一切なかった。つまり、お前たちが探しているものは最初っから幻影を追いかけていたのさ」

 その言葉を聞いても彼らは信じることはできなかったようだ。「だが、情報筋では彼らが資料を」と言いかけたとき、突然銃弾の発射音が聞こえて相良は腹を押さえて倒れこんだ。

 それはさっきまで気を失っていた、相良の後輩だった。

「そんなものは我々が流したブラフさ」

「き、貴様は?」

「目を覚ましたのですか?」

「おかげさんでな、とっておきのことを言っておこう。この情報は国内にいる改造人間を掃討するのが目的さ」

 そう言って今度は奈央の銃に照準を合わせた。まずこのままだと殺される多田瀬は条件反射的に銃口を相良の後輩に合わせた。

「やめろー」

 多田瀬はそう叫んで銃口を引いた。二発の銃声が河川敷の車の騒音にかき消されて再び静寂になった時に彼らが見たのは、奈央の前に盾となって立ちはだかる相良と顔の右半分がえぐられた後輩が崩れ落ちる後だった。

「相良刑事!」

 多田瀬は慌てふためいて彼に駆け寄ったが、彼の傷は致命傷で燃え尽きる寸前だった。

「多田瀬、妹さんは守ったぜ」

「あんたなんて馬鹿なことを」

 奈央は自分を守ってくれた刑事に感謝と贖罪の目で質問した。

「家族に何かできることはないですか?」

「いいよ、あんなの、俺は仕事以外はろくでなしだから。だがせめてできることと言ったらこの銃を家族に返しておいてほしいことだ」

 血が噴水のように噴き出して最後が近いことを知らせていた。彼は、最後の力で彼女に手渡した。

「じゃあ、じいさん所に行ってるから、地獄に来ないで生きてくれ」

 そう言い残して彼の動向は大きく見開いて呼吸が停止した。


 相良の死体を簡易的に弔った多田瀬たちは再び互いににらみ合いをしながら、どちらが敵なのか睨あっていた。ティルトローター機を撃墜して彼らのにらみ合いは頂点に達していた。

「貴様らは自衛隊の部隊を壊滅させた。我々ももう後は引けない」

「彼らの対峙はまさにすさまじい殺気を帯びて対立を起こしていた。そこへほかの黒いヘリが現れて、ラぺリングして部隊が現れた。その部隊員は銃口に火が放たれたかと思うと彼らの持つレーザーのような光が彼らの足元に着弾した。

「援軍は来たみたいだな」

「まさか、もうやってきたのか?」

 多田瀬たちの顔は青い顔をして彼らを見つめた。それは自分の売った技術で改良に改良を重ねた極秘部隊だと気づくのにそんなに時間がかからなかった。

「さあ、さすがにお前たちの腕でも特殊訓練を受けたこいつらにかなわないだろう」

 そう言いながらバーグ達を囲みだす特殊部隊員。しかし、彼らは何かおかしいことに気が付いた。まるで多田瀬たちだけでなく、クリス達各国の工作員たちも一緒に抹殺しようというそぶりを見せだし始めた。

「おい、何やってる?」

「そうよ、私たちはあなたの味方よ?」

「無駄ですよ、八の言葉が正しければ僕は勿論、あなたたちも用済みでということ。未完もしくは欠陥の僕たちを消すために」

「なん……だと……」

 それを聞いたクリスは声にもならない声を上げて絶望に打ちひしがれたかのように打ちひしがれた。

「奴らの考えそうなことだ」

「用が済んだらきれいに抹殺するとは」

 みんな他国の工作員はあきれ気味に彼らの絶望を冷ややかに見つめる。

 それを見つめた、多田瀬たちはある提案をした。

「ここは一時休戦してこいつらを倒しながら生き残りませんか」

「何言ってる?」

「このままだと僕たちは確実に処理されます」

 その虫のいい提案に最初は何か企んでいるかと思ってはいたが、この状況だとらちが明かないと感じ互いに協力することに決めた目配せを送った。

「何を言っている、持っている銃を」

 そう言って一人が銃底で殴りかかろうとしたとき、彼らは条件反射的に反撃を開始した。

 多田瀬たちは、持っていた銃を次々と光の帯を放ち、彼らの情半紙を消しゴムのようにけしていく。

工作員たちは磨き抜かれた格闘術で次々と殴り倒して銃を放っていく。

 それはまさにこの地域が小さな戦場になったことを意味していた。

 辺り一面に光帯が祭りのかがり火のように照らし出され、いったいはまさにベトナムのケサンと沖縄とスターリングラードがミックスされて割ったような状況となっていた。

 その中で彼らはその魔術的と科学的なものが混ざり合い河川敷を地獄に送るための花火のような様相を呈するのに十分すぎる状況を作るのだった

その時、彼の手には一丁の銃が握られていた。彼の手が握る銃は第二次大戦でドイツが作った突撃銃の始祖鳥STG44と呼ばれるものだった。銃身は銃の摩耗試験でもやったかのように真っ赤に変色し、白い煙が噴き出していた。彼の左手に手袋をしていなければ、川が張り付いていたことは想像に難くない。

そこにあったのはいくつもの屍と残骸となったヘリや兵員輸送の車。そしてレーザーで穴が開いたかのようにいくつにもわたって大きな風穴になっていた。

そこに一人の少女が川で胃の内容物を吐きながらも彼のもとにやってきた。

「兄さん……」

「奈央……」

 兄弟は持っていた銃を引きつりながら互位に手を握り合って、自らの所業を呪うのであった。

「くそ、くそ、くそお」

 クリスと虹村はまだ息の合った兵士の持つライフルを踏みつけて破壊しようとする。その度に兵士のうめき声が何度もの何度も聞こえてきた。

 旧共産圏の工作員は息があるかの確認をしながらとどめを刺し続けていた。

 雫と金沢は体を震わせながら恐怖に振るえていた。

 そこいる誰もが生きていることかみしめているみたいだった。


 半月後、とある火葬場で夫の死を嘆く子供と妻が泣きなが遺影と骨壺持って歩いていた。見送りは何人かの同僚と数人の親族の感情のこもらない、儀礼のみの挨拶をしり目に見つめていた。そこへ二人の若い兄弟が箱を持ってやってきた。

「相良刑事の奥さんと子供さんですね」

 少女は憐みの声で彼女に質問する。

「あ、あのどちら様?」

「相良刑事の祖父の代からの友人です。刑事からこれを送ってくださいと頼まれました」

 そう言って二つの箱を手渡した。子供たちは「お菓子か何かなの?」と質問したが青年は首を横に振って「お父さんの形見だよ。大事にしてね」と告げた後スマホで時間を確認した。

「あ、もうこんな時間だ。奥さん、僕たちはこれから東欧に行かないといけないのでこれで」

「あ、待ってください、せめて名前だけでも」

 二人の男女は慌てふためいてタクシーに向かっていった。

「あの人の形見って何なの?」

 そう思い中を開けてみるとそこには日本軍の銃二丁とカラーで撮られた彼そっくりの写真が入っていた。それを見た彼女は思わず手が震えだし、箱の中に水滴を落とした。

「戦艦武蔵の写真だ」

 子供たちは喜んではこの中をのぞき込む。

 そんな無邪気な子供声を背にして妻は大声で泣き、下に跪いた。その様子は冷ややかに見ていた人々が心配するほどの姿だった


 三日後、ボスニアヘルツェゴビナにある炭鉱鉄道。そこにはドイツのお下がり品であるBR52型蒸気機関車がかつての民族紛争が起きた大地で余命を残していた。その機関車に一八歳ぐらいのアーリア系少年が運転士として働いていた。

 その少年の存在は周囲から奇異の目で見られていた。

「バウアー、お前運転がうまいな」

 熟練の老運転士は彼をほめたたえた。その少年はまるで半世紀も暮らしていたと思えるくらいに流暢なボスニア語で返す。

「はい、昔このタイプの機関車を運転したことがあるから」

「しかし、お前の運転技術は何十年もやってきたみたいじゃないか」

 一瞬バウアーはフリーズを起こしたが、すぐに作り笑顔で取り作った。

「上司に徹底的に教え込まれましたから」

 そう言いながら彼は空になった貨車を引き込み線に押して再び石炭を入れに走った。

 その様子を口々に噂をする作業員がいた。

「おい、お前ら口を動かしてないで手を動かせ」

「はい、しかし、おやじ。バウアーを信用できるんですか」

「仕事ができるんだ。たとえ半世紀年取ってない噂ぐらいなんだ」

 少年は聞こえないふりをして煤だらけの肌をぬぐって、汗水を流していた。

「そうだ、バウアー、お前に会いたいって人間が来ているぞ」

「ぼ、僕にですか。いったい誰が?」

「なんかわからないが、外国人みたいだぞ。アジア系の」

 バウアーは首をかしげながらも「仕事が済んだら会いに行きますと言ってください」と伝えるが、おやじの「あとは俺がやるから、お前はそいつらに会いに行ってこい」と言われたために彼は「あとは任せます」と言って機関車から降りて行った。

 たくさんの機関車が汽笛を上げながら走っている合間に数人の男女がケースを片手に立っていた。

バウワーは首を傾げつつもその人物たちに近づいていき、話を聞きに来た。

「あの、いったい誰ですか」

「初めまして、ハンスバウワーさん。僕の名は多田瀬颯斗、こっちは妹の奈央で金沢と森沢でこっちが虹村とクリスだ」

「それで、こんな辺鄙な炭鉱にいったい何の用ですか。僕は貨車を運ぶのに忙しいのですから」

 そう言って用事を聞いたらさっさと行こうというそぶりを見せていた。それを雫は強い力でつかみ逃がしはしないという態度を示す。

「逃げるのですか。自分を偽って過去とも逃げて、自分の宿命とも向かい合わずに」

 彼女のことは力強くそれでいて、覚悟を迫るものだった。

「あなたは第二次世界大戦後にチトー政権下のここに逃げて軍人として生きた後、ユーゴ紛争で生ける神話にまでなった」

 それを聞いたバウワーは何も言い訳することもなく「とぼけても無駄なようですね」と一言つぶやいた。

「僕はもう、人を殺すのはたくさんなんです。バルジの時だってユーゴ紛争の時だって、人間たちのエゴで僕は数えきれない人の命が消えるのを見ました。僕は誰かのために人を殺すのじゃなくて、誰かのために幸せにする生活をしたいのです」

 バウワーは涙をこらえながらも偽らざる本音を口にした。そのことは彼らにとって大切な願いであることは従順承知していた。

「失礼だが、お前の願いは今やっていることとは矛盾していると思うぞ。確かにあんたの気持ちはわかるがそれと逃げることは別問題だ」

 そう言ってクリスはある本を手渡した。

「も、もしかしてこれって?」

「そうだ、あんたの親父が残した資料とその翻訳だ」

 その瞬間、彼はすべてを察して震える手を父の遺品に添えた。それは彼自身が恐らく数十年ぶりに手にする元凶だった。

「これをお前に返す。これをどうするかはあんた自身が決めろ」

これを見たときその古い資料はだんだんとしわができ始めて、その紙が何粒ものシミができ始めた。そして腕で目をこすると決意をした顔で彼らに口を開く。

「ついてきてください」

 そう言って彼らを手招きすると、彼らをさっき乗っていた戦時型蒸気機関車に案内した。

 作業員たちは最初観光客に蒸気機関車運転台を案内するのだと勘違いして気にも留めないまま彼の行動を黙認した。

「どうした、バウワー。何か用でもあるのか?」

「親父さん。すみませんが彼らと僕だけにしてくれませんか」

「なんだよ、珍しいこと言うな。何か用事でも?」

「ちょっとした私用です」

 親父も不思議がっていたが彼の言う通りにして、運転室空咳を外した。

 自分たちだけになったの確認したバウワーは石炭を放り込む窯のふたを開けるとそれに彼らが持ってきた資料を投げ込んだ。

 資料は普段燃やす燃料と違ってあっという間に燃え広がり灰も残さずにこの地上から姿を消した。

 それを確認した彼らは正しい選択をしたことに満足の表情で彼を見つめた。

「この選択をすることを期待していましたよ」

「あなたは、正しい選択をしました」

 彼らの感謝を込めたねぎらいの言葉に彼自身は複雑な表情で答えた。

「実のところ、躊躇がありました。僕自身着の身着のまま両親の思い出を何一つ持たずに逃げてきました。僕は殺戮者で人間兵器で臆病な人間だった。それはあなたたちの言う通りだったかもしれません」

 そう言って一呼吸おいて一緒に運転台から降り始める。

「だけど、あの資料は僕と両親の絆の一つだった。唯一の形見であるあれを灰にすることは何よりつらかったです」

 そう言って彼らは機関庫の外に出ると深呼吸して天を仰いだ。気持ちを切り替える体制だったに違いない。そう思い今度は彼らにいくつか質問を始める。

「あなたたちも僕と同じでしょ」

「その通りだ。元の原因はこっちの四人のせいでもあるがな」

 クリスはそう言って首を使って彼らを指した。彼らも済まなそうな表情で頭を下げる。

「僕のせいで気みたいな兵器が生まれてしまった。妹と婚約者を救いたいという思いがゆがんだ形になって」

 それを聞いたバウワーは「君たちのせいじゃない。悪いのは僕と両親たちのせいだ」と言って慰める。

「あなたはここで働くの?」

「はい、しばらくはここでおせっかいになろうと考えています。そういう君たちはどうするの」

「私たちはこれから、世界中に広がったこの技術の後始末に向かいます。もうこれ以上悲劇を繰り返さないためにも」

 それを聞いた彼らは安どの笑みを作って出ようとしたとき、虹村とクリスは何かに気が付いてケースを開けだした。中からは自分たちのまさに命のライフルを取り出し、攻撃の体制に移った。

 それを見たバウワーを含むほかのメンバーも警戒し始める。その様子を周りの作業員たちは不思議そうな表情で見つめた。

「どうかしたか、バウワー。それにそこの観光客も何物騒なものを出してる。

「そこのおじさん、早くここから離れて。もうすぐ敵が来る」

「なんだと、まさか民族派の残党たちか?」

「いや、違います。もっと洗練されて冷酷なプロです」

 バウワーはそういうと目をつぶり右手を横に伸ばした。その時彼の右手に手品のように銃が突然現れて、握りだした。

「おい、どこからライフルを出した?」

「そんなことより親父さん、早く安全な所へ」

「そうだ、もすぐ奴らがここに」

 その直後。黒づくめの兵士たちが銃を片手に現れ出て、彼らを囲みだす。

「腕はなまってないですか?」

「大丈夫です、今度は逃げるつもりはありません」

 彼らのそんなやり取りをよそにその謎の部隊は彼らを包囲しにかかる。

「お前たちは完全に包囲された、おとなしく投降しろ」

 彼らの声をよそに六人の男女は銃を構えだしそのすさまじいエネルギーを放つ銃の引き金を引いた。

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魔術師(マギカ)の(シュトゥ)突撃(ルム)銃(ゲウェーア) @bigboss3

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