琉球に向けるコルト
@bigboss3
第1話
その日、一人の少年は目を覚ました。彼の体は全身が擦り傷だらけで、至る所から赤い鮮血が垂れていた。彼は痛む左腕を抑えようと右手を動かした。しかし、彼が視線を向けると肝心の右腕が生き物に食いちぎられたように、消えていた。彼は右腕を無くしていることに一瞬目を疑ったが、すぐに正気に戻り、辺りを見回した。眼前には液体燃料の染み渡る匂いと紅蓮に燃え盛る沖縄県営鉄道の与那原駅舎と軍用の大型ヘリコプターの残骸、そして黒いマネキン人形のような人型のものが至る所に転がっていた。彼は身体をよろめきながらあたりを見渡した。ふとそこに同じく左腕を失った男風の格好をした女性が同じようによろめいていた。
「君は、確かうちと同じ学部の……。」
彼女はただ黙って彼と同様に辺りを見回していた。二人は辺りを見回し誰かを探しているみたいであった。ふと彼らの視線がそれぞれにある一転に向いた。それは爆発かそれともローターに巻き込まれたのか、主を失い、炎に引火することもなく燃え尽きていない片腕であった。それぞれにプレゼントと思われるつぶれた箱が握りしめられていて、それが片時も話さなかった思いを象徴していた。
二人はそれぞれに握りしめられた箱を拾い、中を確認した。中にはそれぞれに一丁の拳銃が入っていた。それはアメリカ軍のトライアルでMk23拳銃に敗れたコルトガバメントM1911A2のモデルガンであった。中を確認し片方だけになった腕で銃を握った時、二人は声にもならない声で泣き叫んだ。その雄叫びは西に向かって沈んでいく太陽に届きそうなぐらいの音量であった。
数か月後、沖縄アメリカ軍基地
司令官室では砂漠用の迷彩服にやたらでかい階級章と勲章をつけた身長一九〇cm位の白人がデスクの中で電子タバコを咥えながら、書類に目を通していた。デスクには大量の事故調査報告書と始末書の書類で厚さ三センチの束を形成していた。
彼が書類と睨めっこしていると耳元にドアをノックする音が聞こえた。
「入りたまえ。」
司令官がそう言うと扉の向こうから若い兵士が入ってきてデスクの前まで歩いてきた。「指令、秋田官房長官が那覇市の繁華街で待っているとのことです。」
一人のアメリカ人兵士が敬礼をして、司令官の執務椅子に座る男に報告をする。一方の椅子の人物は顔を歪ませ、部下の話を聞き入った。
「ご苦労、ではこれから私も準備していく、君は下がってよろしい。」
「ハッ、失礼しました。」
兵士は敬礼をすると一歩下がり、機械並みの正確さと区切りのある動きで後ろに振り向くと執務室を後にした。司令官は執務室の椅子に深く腰掛け、アメリカから取り寄せた煙草に火をつけた。
「はあ、いつものこととはいえ、ジャップ共の機嫌を取るのは大変だな。まあ、安保を締結しているからには何とでもなるのだがな。」
司令官は平然と差別用語を口にした。これは意識したものではないようですべてのアメリカ人だけではないにしても自然と出てしまった本音であった。当然外では口に出せないため、匿名のサイトやSNS、更にはこのように一人になれるようなところで本音を口にすることができるのである。
そのような本音と先ほどの会話を吸収する黒い機械が執務室横の隅に仕掛けられていることなど司令官をはじめこの基地のすべての人間は思いもよらなかった。
基地から三〇〇m東の藪の中からの聞き耳を立てる一人の人物がいた。その人物は全身を黒のレザースーツに覆われ、茶色の長い髪をして背は一八〇cm位はあろうかという美形の女性が立っていた。その女性は耳元にイヤホンをつけて西側の基地に居座る帝王の声に耳をそばだてていたのであった。
ふと、スマートフォンのバイブ音が彼女のポケットから聞こえてきた。彼女は薄い胸板のポケットから取り出すと、耳もとに傾けた。
「僕だよ。そう、そっちのほうは準備できているみたいだね。」
その声は明らかに男のものであった。もっともその音質は低音質のものではなく、美しい容姿に似合うニューハーフの出す音域だった。
「うん、こっちのほうも車を出すみたいだよ。」
彼がそう言うと、もう片方の手で双眼鏡を覗き込んだ。双眼鏡の眼前には多数のアメリカ軍兵士が整列して、M16A3を構えたまま、その兵士と兵士の間に司令官が敬礼をして公用車の開いた扉から乗り込んでいく。兵士が扉を閉めると軍御用達の自動車はエンジンをうならせ、発進し始めた。車は検問所のポールで一時停止し、警備の日本人が運転席の人物にどこに行くか質問をした。1分近く話を聞いた警備員は敬礼をして、遮断機のポールを上げた。それを確認した公用車のブレーキランプは消え、エンジン音を周囲にとどろかせると、治外法権のアメリカ領土から、彼らにとっては庭先も同然の他国の領土へ足を向けた。
それを確認した彼は、バイクにまたがり。キーを回して、エンジンを起動させた。特殊繊維で織り込まれた手袋に覆われた手でアクセルを回し、エンジンを駆動させて、目的の車の追跡し始めた。彼のその目は眼前の目標を鋭く見据え、時速一五〇キロのメーター表示など気にすることもなく、まるでレーサーのようなドライビングでその車列を追跡するのであった。
一方、町の繁華街に位置するラブホテルの一室に一人の裸の人物が耳にスマホをあてがい、その会話相手の人物は中性的な顔と男性のようなショートヘア、線の細いながらも筋肉質で胸に二つの膨らみを持ち、宝塚の男役顔負けの音質としゃべり方で会話していた。
その会話をする傍らで一人の女性が体の胴体部分に五発分の弾丸を撃ち込まれたまま、シーツに血を流して動向を開いたまま口を開けて息絶えていた。その人物は男性経験がないか、股間の部分には処女を示す赤い血が流れていた。机にその女性のものと思われるビジネススーツと眼鏡と髪留めが転がっていた。身分証には政府の役人を示すものがバックからさらけ出して至る所に転がっていた。
「ああ、ああ、アキラ君。気を付けてやってきてね。それじゃ、例の場所で。」
そういって彼女はスマホを切り、彼女のほうを向いた。
「君とのひと時は楽しかったよ。今度は地獄で悪魔か鬼と一緒に楽しんでね。」
そういって彼女はスマホを置いて、自分の来ていた服に袖を通し始めた。当然撃たれた女性の言葉など変えるはずもなくただ沈黙のみが部屋を包み込み、代わりに人混みの声とクラクションの音のみが彼の返事として帰ってきた。彼女はあるたくらみのためにハニートラップに掛かって機密情報を話してしまったのだ。犯罪には女と金が動いているとはよく言ったものである。そうして彼女は用済みとなり口封じも兼ねてシーツに置かれたサプレッサー付きのコルトM1911A2に体を蜂の巣にされたのである。
ベッドの横には念には念を入れてか、同じ数だけの穴の開いた枕がベッドから転げ落ちていた。どうやら着替え中の人物はかなり用心深いようであった。
「これで、よしと。」
女性は着替えが済んだようだ。そのいでたちはアキラと同じくボディースーツを着込んだいでたちであった。彼女は別れのキスを送るとマッチに火をつけて、それをシーツに置くとそのまま外に出て行ってしまった。
フロントロビーでは受付の人間が眠い目をこすりながら退屈な客の出入りを見張っていた。ふと目の前にさっきの客が歩いてやってきた。
「いらっしゃいませ、チェックアウトですか?」
ボーイの質問に彼女は黙ってうなずき鍵をフロントに返した。ボーイは何の迷いも疑いもなくチェックアウトの手続きのための領収書を渡した。
「バイクでツーリングでもなさるのですか?」
ボーイの質問に彼女は一瞬目を見開いた。
「どうしてそう思うのです?」
「その恰好がバイクのツーリングに使う服装によく似ていたから。」
ボーイの答えに一瞬胸をなでおろして電子マネー用の端末に財布をかざした。
「ええ、友人と今夜一緒に走ることにしているんです。」
「そうですか、そういえばお連れの方は?」
「先に部屋から出ましたけど、支払いは私がするって言っていますから。」
「そうですか、それでは領収書を。」
彼女がそれを手にして外へ出ようとしたとき、突然火災報知機のベルが鳴りだした。ボーイは閉じかけた瞼を大きく開けて慌てふためいた。
「お客様、火事が起きたようです、早く非難を。」
ボーイはすぐにお釣りを手渡すと、フロントの脇に置かれた消火器を取り出して、慌ててエレベーターに向かって駆け出していった。そして非番だった他の従業員も慌てた様子で消火器を持ったボーイの後に続いていく。
その後ろ姿を、ほくそえみながら彼女は出入口から出ていった。ホテルの外では四階の窓の一室から煙が上がり、その光景を通行人達が足を止めて指をさしながら見上げていた。それは個人個人だったのがだんだんと人だかりになり、通りを中心に人の流れを阻害し始めた。その人だかりをよそにボディースーツ姿の男装美麗は路肩に留めていた自分のバイクにまたがり、エンジンをかけるとスマホのナビで目的地と現在地のマップを見た。どうやら彼女は那覇市に向かうようであった。スマホをバイクハンドルの計器盤にセットするとアクセルを回して、車体を那覇市方面に進めていった。途中二台から三台の消防車とすれ違っていくが、彼女は気に留めた様子もなくスピードを上げてその場を後にしていった。
事の始まりは半年前にさかのぼる。沖縄の旧沖縄軽便鉄道の発掘調査のために旧沖縄県営鉄道の駅舎で発掘調査の活動していた調査団がヘリの墜落事故でほとんどが死亡するというニュースから始まった。その日、彼らはいつものようにかつての鉄道の跡地に何か痕跡はないか発掘をしていた時、上空を飛んでいたヘリコプターがエンジントラブルで不時着体制に入った。しかしその直後にヘリは電気系統がショートを起こし空中で爆発。残骸は燃えながら旧沖縄県営鉄道の与那原駅舎に墜落。発掘中の学生や学者など三〇人近くが死傷する大惨事となった。
女装男子の三木アキラと男装の美麗である森口メイはその時、発掘現場にいたのだ。彼等はそれぞれに一方的な好意を受けた人物がいた。三木アキラは優等生で地味な女の子が自分に好意を受けていた。彼女は女装癖のあるアキラの事を女だと思い込んで友達になろうと誘い、彼と楽しいひと時を過ごしていた。しかしある時彼女は彼が男であったという事実を知りショックで彼にひどい暴言と平手打ちをという制裁をかけてしまった。
一方、メイの方でも彼と全く同じ展開が起きていた。メイに好意を受けた人物は沖縄から歌手を目指そうと夢見ていた少年であった。彼は互いに音楽について語り合いバラ色の人生を送るかに思えたが、彼女らもまた凄まじいまでの別れの洗礼をしてしまったのである。しかし、やがて二組の男女はともに自分達がやった過ちに気づき、それぞれに仲直りをするためともに最初の出会いであった。旧沖縄県営鉄道の与那原駅舎の前で謝罪と彼らがよく好きだったというモデルガンのプレゼントを片手に二人を呼び出した。そしてそれぞれの相手に謝罪の言葉を口にしようとしたとき、ヘリが二人の真上から落下したのであった。不運にも二人は回転していたヘリのローターによってひき肉に変えられて、残ったのはそれぞれの腕とプレゼントとして渡す予定であったコルトガバメントのM1911A2モデルだけであった。二人は声にもならない声で泣き叫び続けたのであった。しかし悲劇はまだ続いた。政府はヘリの墜落事故の責任追及を逃れるために遺族に見舞金を贈るなどして責任逃れを図ったのである。さらに米軍は日米地位協定を盾に一切の責任を取らない構えを見せた。そして、見舞金を貰ったことで遺族は主に本土の人間を中心に厳しい差別と偏見の矢面に立たされたのである。愛するものを奪われ世間から冷たい視線を投げかけられた二人の目には血のように赤黒い殺意と憎悪が雪だるまのように大きくなった。
そして二人はこの事件を思惑によって葬り去ろうとする基地司令官と政府高官に対して愛する者に対して行った理不尽に対する報復を計画し今夜それを実行に移し始めたのである。
沖縄那覇の繁華街。そこは一見すると華やかで町の至る所に外に遊びに来た米兵や観光目的に沖縄にやってきた観光客などが多数を占めていた。街は見た目こそ華やかであったその利益が沖縄の人たちに還元されることはほとんどなかった。この店の多くは本土からの資本で沖縄にその経済効果が波及することはほとんどなかった。失業率がワースト上位をキープするのは伊達ではないということだろう。当然ここに来た観光客など沖縄の実情な知る由もなくひと時の楽しみを謳歌していた。
そんな街に、一台のバイクが繁華街の立体駐車場に入り、中に併設された駐輪場に停車した。それは三木アキラの乗るスポーツバイクであった。彼は那覇市の繁華街についた後に森口メイと合流するためにここにやってきたのだ。彼はバイクのキーを回してエンジンの鼓動を止めてスタンドを立てらすと、またがっていた席から降りた。駐車場の中は外か聞こえてくる繁華街の喧騒以外何も聞こえてこず、辺りは生きるものは何もないといったような状態であった。
「五分早く来たわね。」
暗闇の向こうから声が聞こえてきた。彼はM1911A2を取りだし闇の向こうに向けた。そこには人影が見えた。森口メイであった。彼女は銃を持って暗闇から光の中に照らし出されるように現れた。
暗闇の影が彼女だと知り銃を下ろして懐にしまい込んだ。
「森口さん、ついにこの時が来たね。」
「ええ、そうね。アキラ君もこの数か月辛かったね。」
二人は肩を抱き合い互いに軽い口づけをした。それは本来では自分達の失われた人々に対して和解の象徴として行うべきものであった。二人はこのキスの後、本来失われていたはずの腕を互いに重ねあい握り合った。
「腕の方はどう?」
メイはアキラの肩を触りながら言った。
「うん、拒絶反を抑える薬を飲んでいるから今のところ拒絶反応はないよ。君のほうはどうだい?」
「私も大丈夫。この腕は彼の残した大切なものだもの。」
そういいながら彼女は自分の肩を寄せた。
あの墜落事故の後、二人はすぐに集中治療室に担ぎ込まれ三日三晩生死の境をさまよい続けた。目が覚めたとき二人の目はもはや死人のようになっていた。二人のショックを見た医師団はある提案を持ち掛けた。それは腕の移植であった。過去には欠損した腕や足の移植した例は何例かある。中には顔の移植をした例もある。しかし日本には内臓や角膜循環器以外の移植例は全くの皆無であった。その理由は二つあった。一つは腕や足などの部位は血管や筋肉さらに神経に至るまで一本一本つなげる技術を要するために、高い手術技術を要すること。もう一つはこの部位は拒絶反応が出やすく、安易に行えないという欠点を要していたことである。最初のころ二人は義手で良いと言って拒絶していたが、ドナーの身元を知ってしまったことでふたりの考えは大きく変わった。そのドナーは事故で死んだ自分達のかけがえのない人達だったからだ。二人は互いの相手の腕の移植を希望してすぐに行ってほしいと訴えた。最初医師団は同性の人物のドナーで移植すると言ったが二人の強い希望で互いの相手で行うことになった。手術はゼロが六つ七つつく位の費用と全国の移植手術のエキスパートチームで挑み、十数時間にも及ぶ長いものとなったが成功し二人の腕に再び新しい腕が生えた。
その時の二人には涙を流して俯いていた。誰もが二人が自分の大切な人が残してくれて二人の思いと共に生きていることに喜んで涙しているのだと誰もが思った。しかし、二人の涙はそんなものではなかったその涙はまるで血のように赤い憎悪に染まった激情の涙だったのだ。
「ところで、例の情報は本物なのか。」
「間違いない、さっき寝た後に始末した女性秘書官が包み隠さずにしゃべってくれたよ。今日の深夜司令官にバーで酒を飲んで、機嫌を取らせるつもりらしい。」
「問題はどのタイミングで行くかだな。」
「チャンスとしては二人が別れを告げるときに一緒に出てきたときだね。」
メイの言葉を聞きアキラはすぐに答えを導き出した。
「それじゃ、二人が車に乗る前だな。」
「それが一番確実にやるチャンスね。」
そういってメイは袋から何か衣類を取り出し始めた。それは変装のために用意した一般の服であった。二人は自らが着ていた服を脱ぎ始め、一般住民に紛れて近づく計画であった。
「アキラ君。わかっているけど、もしこれを実行したら私もあなたも後戻りはできなくなるよ。」
「今更引き返せる?」
お互いに冗談気味の覚悟を求めあいながら、その顔は笑みに包まれていた。二人は一般人の服に着替えなおした後、M1911A2の底に複列弾倉を入れて、スライドを引いて薬室に45ACP弾を装填した。この銃は自分の相手が二人にプレゼントするはずであったモデルガンを知り合いの違法ガンスミスに頼み込み、本物の弾丸が撃てるように改造したものであった。それはかなりのこだわり用であり、本来このような銃にはライフリングが施されていないのだが、二人は本物の銃と同じようにするために銃身にらせん状の溝ライフリングを施すようにオーダーした。ガンスミスは難色を示したが、大金をはたいては受けないわけにもいかず、オーダー通りのものに仕上げた。見た目も機能もかつてMk23と競い合って敗れたガバメントと全く持って同じものになり、見た感じ違和感がないほどであった。弾丸は沖縄の土産品に売ってあった空薬きょうに自前の鉛玉作成とガンパウダー詰めによって自作したものや、裏世界、例えば密輸入や米軍からの流れ品、はたまた暴力団などの闇市場に流れている弾丸の箱を購入したりして手に入れた。そして射撃の腕は観光名目で釜山やグアムにある射撃場に行って腕を磨き、プロと大差なほどになっていた。
二人は弾を込めた後の銃を一瞬眺め始めた。そしてそれを懐かしむような顔で眺めた。その銃は電光掲示板や車の通りすぎる光に映し出されながら冷たく黒光りしていた。ともにコルトガバメントを大きくしたようなシルエットに、銃下のレールシステムと、金属光するらせん状の溝が掘られた銃口。ともに色違いであることを除けばほぼ同じ銃といっても過言ではない姿をしていた。
その大切な思い出にして、復讐の道具である銃を懐に入れた二人はうちにある感情のこもらない冷たい瞳を隠すと、手をつないでカップルに化けて夜の那覇市街に飛び出していった。
三時間後、繁華街のバーで私服のアメリカ兵に囲まれた先ほどの司令官が酒臭い息をまき散らしながら出てきた。
「指令、そろそろお帰りになりますか。」
「そうだな、お忍びで抜けだしたのだから早く帰らなくてはな。」
司令官はそう言いながら繁華街の人混みに直立不動で言った。
アメリカ在日米軍司令官マイケル・エドモンド中将。彼は由緒正しき軍人の家系に生まれた。アメリカ士官学校を首席で卒業、湾岸戦争、イラク戦争などで従軍、各地の戦闘で昇進を重ね二〇二〇年に沖縄の在日米軍司令官の椅子に収まった。ここまでくればほとんどまともな人物に思えるがこの男には裏の顔があった。彼は一〇代のころに非合法組織KKK(クー・クラックス・クラン)のメンバーとなっていた。今では表面上の人種差別は鳴りを潜めてはいるが、裏ではまるで煮えたぎるマグマのように人種間の騒乱が起きていた。彼も若気の至りでこの何世紀にもわたる伝統的な白人至上主義の結社に入り、黒人やインディアンは勿論、中東からの移民や日本、中国の観光客を見つけては強姦、ゆすりなどの悪事に染めていた。それを心配した家族は強制的に脱会させたうえで、更生させるために士官学校に入れた。結果は家族の思惑通り彼は更生してくれたが、潜在的な人種観がなくなったわけではなく、彼の有色人種に対する軽蔑の目は戦場でむき出しになり、子供や老人を問わず多くのアラブ人をまるで害虫退治のように殺していった。当然軍法会議にかけられるべきことなのだが、彼の品性と軍人としての実績が彼の訴追の妨げとなり、逆にテロリストの芽を摘んだ英雄として彼は勲章を増やしていった。そして今では沖縄という自分のアイランドの王様となり沖縄の人々の感情を逆撫でさせるようなことを黙認しながら今に至っている。
司令官が我が宮殿に帰ろうとしたときに太り気味の背広を着た中年から初老の転換点のような容姿をした男がSP(ガードマン)に囲まれて歩いてきた。その人物は足が悪いのか引きつった歩き方をしながら歩いてきた
「エドモンド中将、今回はいい店を紹介してくれてありがとうございます。」
「それはお互い様ですよ。秋田官房長官。」
司令官は儀礼のみの敬礼をして官房長官にお礼の言葉を返した。
秋田幸三は官房長官に収まった、日本の政治家である。彼は各派閥を海千山千で乗り換えながら、まるで妖怪の如き狡猾さで政府の重要ポストに上りつめた男である。彼は今回のヘリ墜落事故では、補償金の支払いやネットユーザーの先導などの硬軟自在な手腕で沖縄の運動を抑え込んで、人々の怒りを自分達から被害者や遺族に向かうよう仕向けたのである。それはタヌキやキツネでは表現力不足問だと指摘するほどであった。
今回はそれに協力したうえ、沖縄で名目上共存に対するお礼として店に招待された次第なのだ。最もお互いに本音の部分をひた隠しにして、面の厚い態度で接したうえでの態度であった。
「おい、秘書との連絡はまだつかないのか。」
「はい、何度携帯の番号に電話しても留守電になってしまうのです。」
ガードマンの縮こまった態度に官房長官は鼻息を荒く振り向いた。
「しょうがないな、いったいどこに行っているのだ、こんな大事な時に。」
官房長官を眉間にしわを寄せて、いつもなら連絡が付く女性に不満を口にした。当然つながるはずがなかった。この時の彼女はハニートラップにかかり、体に穴をあけて、身体を黒くしたまま沖縄県警の死体安置所に体を横たえていたのだから。
「どうかなしたのですか。」
兵士の一人が事態の状況に気が付きづけづけとした態度で質問をした。
「いや、私事だよ。私の秘書官と連絡がつかないだけだ。」
「何かあったのでは?」
「大丈夫だよ。恐らく家族と会話しているのでしょう。」
そういって官房長官は司令官に手を伸ばし別れの握手を求めた。
「それではまたいつか。」
官房長官と米軍司令官が握手をして別れを告げようとしていた。その時一組のカップルが思わず立ちコケを起こしてしまい、そのまま前のめりになってしまった。それを見ていた彼らはどうしたものかと思いながら近づいてきて質問を投げかけた。
「お二人さん、大丈夫ですかい。」
官房長官が二人を気遣いながら質問をした。
「すみません、最近つかれっぱなしで体調を崩しているんです。」
二人は荒い息をしながらLEDでカラフルに着色された光に目を輝かせた。
「そうか、それなら病院まで送ってあげよう。」
官房長官はそう言うとガードマンを手招きして、彼らを送るよう指示を出した。司令官はそれを片側で見て感心した面持ち、兵士達に指示を出した。
「病院まで彼らを運んでやってくれ。」
「よろしいのですか?」
「かまわんよ、官房長官の建前上、我々も協力してやらねば。」
兵士達は頷きながら、彼らに近づいて助け起こそうとした。
「ありがとうございます。私もメイも感謝します。そのお礼に……。」
「お礼に?」
「お前達の命を貰おう。」
次の瞬間、二人は今までの病弱が嘘のようにムクリと立ち上がり、懐から拳銃を取り出した。それは複列カムにしたコルトガバメントのようであった。その瞳は水晶のような輝きを失い、代わりに感情などを吸い取ってしまうようなブラックホールのごとき冷たく暗い物に変えていた。彼らが拳銃を取りだしたとき、その場にいた全員が一瞬にして早期警戒網のネットワークを構築していった。兵士の一人が男の方に掴みかかり、彼を抑え込もうとするが逆に彼は素早い身のこなしで逆にその兵士を人質にして彼らの次の行動を取れないようにしてしまった。女性の方は持っていた拳銃を近くの兵士によって取り押さえられたが逆にそれを逆手に取られ、銃を撃てないようにされ、逆にその兵士の首を反対に回して身体機能を停止させた。おぞましい光景に高い地位と権力を持つ二人は腰を抜かし、兵士達とガードマンに守られながら、慌ててその場を後にした。残った兵士達はすぐに二人を取り押さえようとするが、二人の体術は並み兵士を赤子同然にしてしまうほど強力で、逆に彼らを追い詰めていく。相手の圧倒的な体術に恐れをなした皮脂の一人が携帯していた拳銃を取りだすと、二人にめがけて引き金を引いた。繁華街には火薬の破裂音のような音が響き渡り、辺りにいた人々が何事かと振り向く。次の瞬間二人は持っていたM911A2を発砲した兵士に向かって撃ち返した。次の瞬間、激しい銃撃戦になり待ちに出ていた人々阿鼻叫喚の声と、津波のように逃げ惑う群衆の波によってパニック状態に陥った。激しい銃撃戦は通行人にまで被害が及び、人々の呻く声は悲鳴によってかき消された。残った兵士とガードマンは相手を無力化しようと懸命にあがなうが、発砲は容易なものではなかった。二人は彼らの攻撃を紙一重でかわしていき、狙いを定められないよう物陰や人混みに紛れ、相手の攻撃を嘲笑っていた。彼らの苦渋に満ちた顔が嫌というほど見て取れた。
突然背後の方から車なエンジン音とタイヤのスリップ音が聞こえた。それは司令官か官房長官が乗ってやってきた公用のリムジンの音であった。そのリムジンは道行く人々を次々と引いていき全速力で通りの中を突き進んでいた。その音を聞いた二人は銃撃を中止して人混みの中をかけ割っていく。それを見た兵士とガードマンは二人の後を追った。人混みを蹴り飛ばしたり殴ったりしながらかけいって二人の逃走を阻止しようと追う。二人を追跡して二〇〇m位まで行ったとき、突然近くの駐車場の方位からものすごい爆音が聞こえてきた。彼らが銃を構えその方向を向くと、中から二台スポーツバイクが飛び出てきてまるでスタントでもするかのようなテクニックで町中から飛び出てきた。その姿に追跡してきた兵士やガードマンは勿論逃げ惑った人々までもが腰を抜かした。
その運転手は先ほどの二人であった。二人は乗ってきたバイクにまたがり司令官と官房長官を追撃する腹積もりなのだ。
「メイ、やつらを追うぞ。」
「わかったアキラ。逃がしはしないわよ。」
二人がそのような会話をしてエンジンをふかすと、勢いよくエンジンを駆動させ人混みを貫いていった。腰を抜かしていた兵士とガードマンはすぐに立ち直り、持っていた拳銃で彼らめがけて銃弾の嵐を撃ち込んだ。銃弾は彼等には一発も当たらず逆に逃げていた人々に命中して至る所に人的被害を与えた。
そして二人の乗ったバイクは彼らの攻撃をよそに全力疾走で逃げたリムジンの追跡を図ったのであった。
「なんだ、あの二人は?」
官房長官は脂汗をかき、後部座席で荒い息をした。テロ行為など全く持って直接的に受けたことのない彼にとって、突然見ず知らずの人物に銃口を向けられるなど夢にも思わなかったからである。しかし、隣に座る司令官は視線を潜り抜けただけあって、すぐに備え付けの無線機で連絡を入れた。
「私だ。防衛プログラムデルタを発動させろ。」
その時車内の人間たちは防衛プログラムという聞きなれない言葉に一瞬首をひねり、いったい何のプログラムかと聞き返した。
「万一、沖縄で暴動などの司令部の頭脳に危機が陥る事態になった時に備えて計画されたプランだ。」
プランの内容に対しては口にはしなかった。官房長官はいったいどんなプランなんだと問いただしても、国防上極秘事項だから自分の目で確かめてみてくれとの一点張りであった。官房長官は怪訝な顔をしながらも、彼を信じて情勢を見計らっていた。
彼が無線でデルタプランを通信してから三分後に上空から轟音が聞こえてきた。それはアメリカ軍が保有しているUAV、グローバルホークであった。ラジコン感覚で飛ぶこの無人偵察機はリムジンの上空を超低空で飛び後方数キロに追撃してくると思われる二つの大型自動二輪の方角に向かって飛んでいく。そしてそのあとを追いかけて、二台の砂漠使用の迷彩に塗られた大型の軍用車がリムジンの反対側を相対速度百五十キロで駆け抜け、同じ方向に向かわせていった。
さらに、道の角からは十台近くのハンヴィーが現れ、逃走するリムジンの前後を挟み込む形で護衛を始めた。それは大統領を護衛するために集められたかのような編成であった。
「少し大げさすぎやしないか。」
「心配する必要はない。」
官房長官の質問に口元に笑みを作って自慢げな顔を作って答えた。今回の事件は狂信的なテロリストの犯行であると発表してしまえば、いいと考えた。また、たとえ自分を含む責任者が見つかったとしても日本国内で裁くことはできないし、沖縄県民の抗議の声も聞き流してしまえばいいわけであるし、彼らの抗議などしばらくしてしまえば収まるというのが司令官の考えであった。また、たとえ大きくなっても官房長官にそれに対する対処ができるだろといった。沖縄の現実を生で見たことのないネットの差別的かつ中傷的なネット叩きを使えば、いくら抗議の声を周りからの差別と偏見の目にさらされるのが恐ろしくてなりひそめることができる。それが司令官の考えであった。
「しかし、無人機はさすがにやりすぎなのでは?」
「なに、それも心配には及ばない。十中八九そこまで大ごとにならないだろ。もし攻撃したとしても後は誤爆なりそれ相応の理由をつけた欺瞞情報を流せばいい。さっき後を追わせたハンヴィーに囲まれて、おとなしく降伏するだろう。」
そういいながら司令官は鼻高々に笑い声をあげるのであった。この時、彼は知らなかった。自分の頼もしい切り札が、後を追ったハンヴィー諸共、鉄の残骸に変えられて、二人が冷たい表情を計器の光に映し出されながらこちらに迫っていることを。
二人を乗せたリムジンとそれを守るハンヴィーの大群は高速道路の料金所を強引に突破すると、速度を三桁にまで上げてそのまま勢いよく走りだした。一方そのあとをレーサーのごときテクニックで前方の自動車群をかわしながら追撃するメイとアキラのバイクは物凄い勢いで肉薄する。料金所の遮断機も勢いよくスライディングをしていく。タイヤは白い煙を上げながら、アスファルトとの摩擦でゴムを溶かしていく。二人のバイクは遮断機と地面との間を紙一重の隙間ですり抜けていく。すり抜けた二人はすぐに態勢を立て直してスロットルを回してリムジンの一団の追撃を図った。
リムジンの車内ではようやく逃げ出すことができたと安心の顔を作って、ため息をした。
「危ない所でしたね。」
「ええ、これであの二人がここまで来ることはないでしょう。」
この時の二人は基地まで逃げこめばあの二人は追いついては来ないだろう。何せあそこは治外法権の場所だ、いくらなんでもあの二人は追いついては来ないと口にした。しかし、二人の考えは完全に甘い考えであることを身をもって知ることになった。
突如、運転席の人間のアクセルがすさまじい勢いで上がり、タイヤの回転回数を上げ始めた。」
二人は席にかかるGに体を押し付けられ身体をよろけだした。
「どうした、なぜ急に速度を上げた?」
司令官の質問に男は切羽詰まった声で返答をした。
「大変です、さっきの二人が物凄い勢いで追ってきています。」
それを聞いた二人は目を大きく見開いた。二人はバンパーの窓を開けて外を覗き込んだ。外では凄まじい轟音を轟かせてヘッドライトで眩く光らせる荷台のバイクが迫っていた。
「仕方がない、実弾の使用を許可する。二人を排除せよ。」
それを聞いた運転手は無線機に手にして護衛中のハンヴィーに連絡を入れて、実弾使用の許可を伝えた。それを聞いたハンヴィーの兵士達はすぐに自分らの装備する銃に弾丸を込めて、応戦体制の手はずを整えた。その間にも二人のバイクは物凄い勢いで車列に迫っていた。
彼らの距離が一〇〇mを切った所で兵士の一人がM16を両手に持って二人に照準を合わせて、二人に向かって銃口を向けた。そして引き金を引き、5.56mmNATO弾を放ち、二つのバイクの運転手を無効化に諮った。しかし彼らの容赦のない攻撃を二人はまるで蝶が舞うが如きバイクテクニックでかわしていった。兵士達は懸命に銃弾を放って追撃者の存在を消し去ろうとするが、彼らはしぶとく食い下がり、徐々に距離を縮めていく。そして距離が五〇mに近づいたとき懐からM1911A2を取り出した。そして片方の腕でハンドルを握りもう片方の腕でピストルを握ると引き金を引いた。45ACP弾はハンヴィーの窓枠やタイヤ、そして車体に命中したがさして問題にもならなかった。ハンヴィーは装甲車ほどの頑丈さはなかったが、少なくともライフル弾程度の弾丸を防ぐ程度の装甲板を有していたため拳銃など蚊に刺された程度の被害しか受けなかった。だが、それでも車内に響く弾丸の命中音は中に入った兵士にとっては恐怖を抱くには充分であった。
二人は懸命に攻撃を仕掛ける。しかし当然のことながらハンヴィーに致命的な被害を与えるには全く持って力不足であった。二人にとってそれがかなりのいら立ちであることは顔を見ても明らかであった。
「くそ、しつこい奴らだ。」
兵士のほとりが舌打ちしながら、銃を装填し直す。
「こうなったら、M2とMk48を使うぞ。」
「まて、ここで使ったら問題になるぞ。」
「かまうな、今は奴らから指令達を守るのが先決だ。」
兵士達の言うM2とMk48とは米軍が正式採用されているマシンガンの名称である。M2はジョン・モーゼス・ブローニングが第一次世界大戦末期に開発した12.7mm弾を使う大口径重機関銃の事である。一方Mk48とはFN社のミニミ・マシンガンを7.62mmNATO弾に使用を改めた軽機関銃の事である。本来は分隊支援や塹壕の破壊に使用される機関銃ではあるのだが、彼らのしつこさに業を煮やした米軍兵士は彼らを追い散らすために使うことにしたのである。
兵士は大口径のM2に弾丸を装填し照準をバイクに定めた。他の車列もMk48を上のハッチを開けて構えだし、こうなればさすがの二人もM1911A2のようなピストルでは完全に太刀打ちできるはずもなく、この時の誰もが、そう感じていた。しかし、ふたりはそれを予期していたかのような行動に移りだした。彼らはスピードをハンヴィーに合わせだすと、背中に背負ったバックから何やら取り出し始めた。中から取り出したのは粘土状の材質で形は長方形、上の方には何やらタイマーのような電子機器、下の方には磁石のような丸い円盤がついていた。
「なんだ、あれ。」
ハンヴィーの運転手はその物体に首を傾げた。弾を装填していた兵士が小さく何かをつぶやいた。
「セムテックス……。」
次の瞬間、車内の空気は一瞬で冷凍庫のように温度が急低下した。彼の言ったセムテックスとは当時のチェコスロバキアが開発した、プラスチック爆弾の名前だったからだ。
「飛ばせ、早く逃げろ。」
「駄目だ、こいつじゃここまでが限界だ。」
「それよりも引っ付いている奴を投げ捨てろ。」
車内の空気は氷点下から一転して急上昇して怒号が飛び交った。彼らの言葉が飛び交う間にもアキラの乗るバイクはハンヴィーの側面に近づけると持っていた磁石のついたセムテックスを張り付けた。それを見た中の兵士は慌ててドアを開けてセムテックスの除去に取り掛かったが、アキラのバイクが距離を離れた後、彼は口の中で思いっきり歯と歯をかみしめた。その直後にセムテックスから爆風と火炎の嵐がハンヴィーに襲い掛かった。さすがの装甲で固めた軍用ジープも至近距離で爆発物を爆破されればひとたまりもなく中の乗員と兵士は一瞬で即死し、そのまま動かなくなった。さらに走行中に爆破した衝撃でハンヴィーは横に回転し二、三回バウンドした後そのまま高速の壁に衝突し、そのまま対向していた乗用車に衝突して止まった。
さらに被害は周辺のハンヴィーにも波及してしまう。爆破を受けなかった後方のハンヴィーも、前方の車両の突然の事態に気が動転してしまい、思わず急ブレーキをかける者、ハンドル操作を間違えるものが続発、勢い余って次々と玉突き事故を起こしたのであった。
一方の彼らの護衛対象であるリムジンも事態の衝撃にパニックに陥った。司令官は肝が据わっているみたいで、驚いてはいたが何とか平静を保っていた。一方の官房長官は事態がこのようなテロ活動など全く予期していなかったみたいで恐怖で頭を隠していた。
運転手はすぐに逃げ出そうとアクセルをいっぱいにして逃げ出そうとする。その直後に前方のハンヴィーから爆炎が上がり次々と玉突き事故を起こしてしていた。事態を予期してハンドルを右に切り、事故から難を逃れようと横にそれた。次の瞬間さっきまで戦法は知っていたハンヴィーがその前に走っていた車両に追突されそのままスピンを起こしてしまった。その時彼らはなんとか難を逃れたというため息が車内の温度を上げたがそれは一時ことであった。その直後メイの乗るバイクが現れ何かピンク色の丸い物体をボンネットのガラス窓に向けて投げつけた。物体の正体はカラーボールであった。カラーボールは正面の窓ガラスに直撃するとピンク色の取れをまき散らしリムジンの視界を完全に奪った。予想外の事態に兵士は完全に気が動転してハンドル操作を誤り、凄まじいタイヤのスリップ音を起こした後、中で何度も上下が反対になる感覚を起こして、中の人間たちはその衝撃に揺さぶられて気を失ってしまった。
廃車同然になった高級車はボンネットから煙を上げて道路の道をふさぐ形で横倒しになっていた。その中から体中血だらけになった姿で官房長官と米軍司令官が這い上がって中から出てきた。彼らはうめき声をあげながらも何とか逃げ出そうと懸命であった。
その彼らの逃避行をあざ笑うかのように、二人を追っていた二台のバイクはすぐに追いつき爆音を上げながら道の正面に停車した。そしてそのバイクに乗った二人の男女は座席から降りるとゆっくりとしかし着実に彼らに近づいてきた
「お前たちは誰だ、なぜ我々をつけ狙う?」
マイケルのしどろもどろの英語の質問に二人は腕をまくしたて、手袋を脱いで質問に答えた。
「この腕が何かわかるかい?」
メイの感情のこもらない答えに対して二人は首を傾げた。彼らにはいったい何なのかわからなかった。その直後に雲に隠れていた太陽が二人を照らし出しその全体像をあらわにさせた。そこに写しだされたのは、肌の色が途中から違った腕であった。その腕は日焼けの失敗でこうなったのかと思われたが、途中からそれぞれに腕の太さと形が違っていてそれが他人の腕であることを示していた。そう、彼らは二人の死を忘れないために失われた腕にそれぞれの男女の腕を移植していたのであった。そんなことなど司令官と官房長官にわかるはずもなかった
「なんだ、その腕は?」
「他人の腕を移植したようだが?」
「その通りだ。」
「この腕はお前たちのせい失われた人たちのうちの二人の腕を移植したものだ。」
それを聞いた官房長官と司令官の顔は一瞬にして蒼くなった。二人は彼らのドナーが誰だかわかったみたいであった。
「貴様ら、まさかあの時の!!」
「ようやく気付いたようですね。」
アキラの冷たい視線に官房長官と司令官は腰を抜かしていた。彼ら脳裏にはあの時火事の対岸程度で終わらしたはずのヘリの墜落現場が目に浮かんだのかもしれない。
「や、やめろ、もしこれ以上かかわるのなら、国際問題になるぞ。」
官房長官は悲鳴にも似た警告で彼らの攻撃を止めようとした。
「そうだ、もし首を突っ込めばホワイトハウスの住民が本気をだす。そうなったら君たちの人生は終わったもの同然だぞ。」
二人の懸命の警告を織り交ぜた説得を二人は鼻先であしらった。
「僕達には関係のないことです。」
「そう、私にとって重要なのはあなた達に厳しい罰を課すことですから。」
そういって二人はおもむろに後ろを振り向きハンヴィーのほうに歩いていった。そして中から傷だらけで呻いていた米軍兵士を連れ出しその場に座らせた。
「彼をどうするつもりだ?」
米軍司令官の質問に二人は何も言わずに二人は兵士を連れてくると何を考えたのかその兵士の頭の髪を鷲掴みにして彼ののど元童にした。そして、アキラは頭を押さえメイはどこから取り出したのか大型の鉈を取り出し手彼の首にあてがった。次の瞬間その光景を間のあたり死して彼らとる次の行動が手に取るように分かった
「お願い、た、た、助けてください指令。」
兵士に恐怖と命乞いの声でそこに転がる自分の上官に助けを求めた。しかし、ここでは彼の権力は全く持って無意味になっていた。二人の権力は人がいて、それを理解し、そのことをとどこおりなく行う人間がいるからこそ成立するものであった。それをすべてはがされて、その力を恐れない人間には彼らの力全く持って無意味であった。そしてそれこそ彼らの持つ力の限界点であった。二人はそのことをこの男女の前で否応なしに見せつけられたのである。
そしてその兵士の首筋にメイの持つ鉈が力強く振り下ろされた。その瞬間その兵士の首筋から大量の鮮血が噴出して、四人の体にペンキのスプレーの如く吹き付けた。兵士は激痛ですさまじい音域の声を張り上げて、闇にこだまさせた。
二人は自らの所業を顔色一つ変えることもなく行い、彼の首と体が完全に分離するまでメイは何度も鉈を振り下ろした。
一方官房長官と司令官は二人の屠殺行為を見て顔を完全に歪ませてしまった。官房長官は腰砕けで後ろに這いつくばり、失禁を起こしていた。司令官は自分の大切な兵士が眼前で無残に殺されていく様を見ることしかできないことに苦虫をかみしめた。
「やめてくれ、か、金ならいくらでも出す。だから命だけは。」
「その言葉を聞いて、遺族はどう思う?」
そういって二人はM1911A2を取り出し、二人の手足に一発ずつ、合計四発をうちこんだ。二人は弾丸が命中した瞬間悲鳴を上げて、動けなくなった体を転げまわった。二人は顔色一つ変えず二人を引きずっていくと、なにを考えたのかタイヤを取り外し始め、そのホイールを人間の力では不可能と思えるほどの力で外した。それを数本ずつにして二人に無理やりその輪の中に入れた。
「いったい何をするつもりだ?」
「ウィッカーマンって知っていますか。昔生贄のために豚や羊は勿論、捕虜にした兵士を木でできた人の形をした大きな人形の中に押し込んで、それを薪のように盛大に燃やしたやつ。」
それを聞いた二人は自分達がその代わりをすると気が付き顔面が蒼白になった。官房長官は懸命に泣きながら命乞いをして助かろうとした。当然彼等にはこのような男を助ける義理など、持ち合わせていなかった。一方の司令官は怒りと悔しさに顔歪め激しい脅し文句を込めた怒号を言い放った。
「貴様らの末路は決まったぞ、貴様らは合衆国のブラックリストに載って、UAVのピンポイント攻撃に怯えながら逃げるんだ。後で自首したところでお前らはグアンカモナ行は免れないからな。」
階級章のでかい男の妄言にも似た怒りに彼らは一言言い放った。
「黙れ白豚。」
そういいながら二人は他の生き残りの兵士がいないか再び探し出しに行くのであった。
数時間後、事態を聞きつけたMPと警察の大群が高速道路で燃え盛る炎の前まで疾走して、距離一〇〇mから二〇〇mで停車した。彼らはすぐにパトカーやジープから降り、現場に近づいた。そこで彼らは現実とは思えないものであった。
その燃え盛る炎の燃料はハンヴィーから取り外されたと思われる予備のタイヤと、そのわっかの中にまるで輪投げの棒のようになった、二人の男性であった。特に男性二人は生きたまま燃やされていたらしく、生きたまま悲鳴と恐怖で顔が歪んでいた。そしてその炎を中心に十数人のアメリカ兵やガードマンの切断された首がまるで首狩り族の風習を見よう、見まねでやったかのような状態でハンヴィーのボンネットに鎮座されていた。さらに残りの胴体はそのまま高速道路の立て看板に逆さ吊りにされて、切断された箇所から血をしたたらせて、アスファルトに血だまりを作っていた。
彼らはそのおぞましい光景に目を背けた。中には路上で嘔吐をする者もいた。それでも彼らはすぐに消防に連絡をして火を消すよう要請した。そしてそれまでの間、彼らは消火器を手に炎上する二つの死体に吹き付けた。炎は燃焼に必要な酸素を減らされ代わりに消火に使われる気化ガスを大量に増やされ、その劫火を消滅させていった。結果として消防隊を呼んだことは徒労に終わったのだが、そこまで予測できるはずもなく彼らはその炎上した死体の身元確認をし始めた。ふと床の彼らの視線が何かに向いた。それは身分証であった。その身分証は日本人のものであった。それを確認した警官は慎重に指紋が付かないよ拾い上げそれをビニールのジッパーのついた袋に入れた。
一方の米軍兵士も車上につるしていたドッグタグを回収して一人一人ひとり身元を確認していった。それは今の状況では身元の確認ができないための行動であった。
「本部より各車、被害者の身元が割れました。所持品によれば秋田幸三、東京都出身、年齢六十三歳……。」
警官はビニールに入れられた免許証と思われるカードを読み上げ各車のその情報を伝えた。そんな彼の行動をよそに、現場についたMPや景観は辺りに漂う燃料の匂いと人が焼けこげる匂いを手で覆いながら、胴体と頭の分裂した遺体を元通りにする作業をするのであった。
エピローグ
『次のニュースです、先週の深夜未明に起きたアメリカ軍司令官マイケル・エドモンド中将と秋田幸三官房長官が焼死体になった事件で、沖縄県警は沖縄芸術大学の大学院生三木アキラ容疑者と森口メイ容疑者を殺人と死体遺棄などの容疑で全国に指名手配しました。両容疑者は三月末におきました、米軍ヘリの墜落事故の被害者で、警察はそれに対する復讐とみて捜査をしています。また被害を受けたアメリカ軍もCIAと協力して二人を最重要容疑者といて捜査しています。』
沖縄那覇空港のフロアーの画面からは先週に起きた殺人事件に関するニュースで連日大きく取りあげられていた。この事件は日米安保の根幹を揺るがす事件なため、総力を挙げて二人の消息を追っているようではあったが、二人の消息は要として知れないようであった。そのニュースを流しているモニターには、沖縄から本土や海外に向かうと思われる、休暇中のアメリカ兵。本土へ帰ろうとする親子連れ、台湾や香港などの海外から来た渡航者など様々だった。
その中に一組の男女がそのニュースをしり目にタラップに向かって歩いていた。二人は新婚のカップルという感じには見えずむしろ全身黒ずくめの格好で貿易か何かの仕事のために出かける人間といった感じであった。二人は警備員のボディチェックや金属探知機、X線装置のゲートを何のお咎めもなく通り、最後の検査に臨んでいた。
「お二人とも新婚旅行か何かですか?」
検査員の質問に二人は笑顔で答えた。それを見た検査員はそうですかと返事をして彼を金属探知機のゲートを通して香港行きの飛行機に向かわせた。二人は互いに最新の未来的なサングラスをかけて靴音を立てながら飛行機に向かっていった。
それを確認した出国監査員はすぐに電話に手を伸ばしどこかに連絡し始めた。
「いま、二人が飛行機に乗り出しました、すぐに確保を願います。」
審査員は切羽詰まった声で誰かに連絡を入れて、二人が飛行機に向かったことを連絡した。二人はそのような連絡など気にも留めずに飛行機の中に入っていった。
機内には香港に商談や観光に向かう人々で込み合いそれぞれ思い思いに断章をしていた。中には飛行機のおもちゃを使って飛行機ごっこをする子供もいた。
その子供がはしゃぐあまりさっきの男女にぶつかってしまった。子供は思わず泣いてしまうが二人は優しい笑みで子供を助け起こした。
「大丈夫、坊や。」
「けがはないかい?」
その二人は容姿に似合わず優しくまるで自分の子供であるかのような態度で接した。子供はどこもケガしてないとアピールして家族の下に戻った。彼の親ちゃんと前を見てないといけないでしょと注意をして、そのあとケガはないだの、あのお兄さんたちにお礼か何か言ったなどの根掘り葉掘り聞かれ、お礼を言ってないという言葉を聞いた両親は誤ってきなさいと言われ、二人の後を追った。
二人は子供の衝突などどこ吹く風という顔をして飛行機の切符に記載されていた座席番号の書かれた席に腰を下ろそうとした。
「よし、そこを動くな。」
それは突然の事であった。突如観光客の姿をした男数人が突然拳銃を取り出し二人を包囲した。突然の事態に二人は勿論周りの観光客も一体何が起きたのかわからなかった。それを横目で見ていた子供はふたりが危ないと感じたのか駆け出し始め、銃を持った男に噛みついた。男は思わずよろけて条件反射的にその子供を銃底で殴りつけた、更にそれを見ていた銃を持った隊員が条件反射的に銃口を子供に向けて指に引き金を引いた。弾丸は少年の内臓を貫通させて、彼を物言わぬ体に変えてしまった。
それを見た二人の男女は雄叫びを上げM1911A2を零コンマ以下のスピードで取り出しその銃口を子供に引き金を引いた男達に向けるのであった。
琉球に向けるコルト @bigboss3
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