第8話 右宰相


 皇帝の執務室から帰ったアルセウスはさっそくヨナムとサナトスを呼び寄せた。


 北方戦役への参加。

 元老院の動き。

 一部を除いた皇帝とのやり取り。


 推測も交えつつ、二人のそのことを伝えた。


「「…………」」

「黙るなよ」


 アルセウスの言葉を最後まで聞いた二人は、真剣な表情で沈黙をしていた。

 

「僕も行きます」


 真っ先に言葉が飛び出たのはヨナムだった。


「ダメだ。お前は残れ」

「しかし――」

「お前はまだ北方で生き残れるほどの力がねぇ。無駄死にするだけだ」

「殿下のためなら死ねます」

「じゃあまず俺のために生きろ。案ずるな。考えはある」

「……殿下がそうおっしゃるなら」


 アルセウスの説得に、ヨナムは渋々引き下がる。


 次は、サナトスの番。


「殿下は……行かれるおつもりで?」

「皇命だ。行くしかねぇだろ」

「しかし、北方戦役はあまりにも過酷です。殿下と言えど、生き残れる保証はどこにもありません」

「何を当たり前な。俺どころか、お前でも生き残れる保証はねぇだろ?」

「それは……」


 『冥王星』とも呼ばれるサナトス。

 人類最強クラスであることは間違いないが、竜種相手、相手となれば話は別だ。

 相性にもよるが、『七星』でも成すすべなく蹂躙されることがあるほど、四君主は強大な存在。


「では余計に――」

「俺はな、これはチャンスだと思ってる」

「……チャンス、ですか?」

「あぁ、中央の貴族共に目を付けられずに勢力を伸ばすには丁度いい。生き残ることさえできれば、力も手に入る」


 ウラノス辺境伯を味方につければ、帝国でも随一の軍勢が手に入る。

 竜を狩りその肉を喰らえば、絶大な魔力が手に入る。


 一石二鳥。この機会をみすみす逃すわけにはいかない。


「……わかりました。では、手配を進めておきます。私も同伴できるよう極力――」

「あー、お前も残れサナトス。北へは俺一人で行く」

「はい? しかし、それではあまりにも……」


 サナトスが反論するも、アルセウスの意思は覆らない。

 アルセウスには、アルセウスなりの計画があるのだ。


「お前ら二人には役割がある。俺が不在の間に、俺の庭を守る役割がな」


 そう言ってニヤリと笑い、アルセウスは立ち上がる。


「行くぞ」

「どちらへ?」

「会いに行くんだよ。に」


 

 ◆


 ソル=アステーラ大帝国の権力構造はこうだ。


 最上位に皇帝。

 その下に、武と文の頂点がそれぞれを支配していた。


 武力の頂点は言わずもがな、『銀夜の七星』である。

 その『七星』が一堂に集う『七星会議』。

 それこそが、帝国の武力を司る最高意思決定機関である。


 一方、個人における文の頂点無論左右の宰相。

 しかし、それを凌ぐ権力が一つ。


 ――宿老院


 三大公爵家の当主から構成される、文の最高意思決定機関。

 宰相と言えど、その意向には逆らえない。

 つまり、帝国において皇帝に次ぐ権力を持つのは『七星会議』と『宿老院』である。


 宿老院を構成する三大公爵家とは――

 ――財務を司るアウローラ家

 ――外交を司るプラネタ家

 ――司法を司るノーヴァ家


 そんな中でも、とりわけ権力を持つのは――比較的歴史が浅いノーヴァ家。


 その現当主は――レオンハート帝の実の弟であり、である。



 ◆


 時は昼過ぎ。やけに外が暗く感じるのは、恐らくあの今にも降り出しそうな曇天のせいだろう。


 ノーヴァ公爵――ギルバート・ノーヴァは朝食を取っていた。


 昨日は興味もない皇太子の魔力鑑定へ出席したせいで無駄に疲れてしまい、昼まで寝てしまった。

 しかし、興味はないにしては中々面白いものが見れたと、ギルバートは上機嫌だった。


(皇太子が『嗜血帝』と同じ魔力とは。これは中々、一荒れしそうだねぇ)


 ――嗜血帝


 ソル=アステーラ大帝国第13代皇帝にして、史上最悪の暴君として名を残す人物。

 ただ、名を残すと言っても、その逸話の殆どは闇の中に葬られている。


 曰く――飢饉の最中に酒池肉林を尽くしたとか

 曰く――十万もの捕虜を生き埋めにしたとか

 曰く――前触れもなく忠臣を切り捨てたとか

 

 逸話というのは尾ひれがつくものだが、だからと言ってすべてが嘘というわけでもないだろう。

 少なくとも、数々の忠臣を意味もなく処刑したのは事実だと、ギルバートは思っていた。


 ギルバートが食事を堪能していると、ノックと共に中年の男性が入室した。

 館の執事である。


「ギルバート様、御客人です」

「うーん、予定にないねぇ。お引き取り願いなさい」


 執事に目も向けず命令を下すギルバート。

 来客の名も聞かず、追い返そうとする。

 しかし客が客なのでそうもいかず、執事は食い下がる。

 

「アルセウス皇太子殿下でございます」

「で?」

「……失礼いたしました」


 だから何だと言わんばかりの態度。

 まだノーヴァ家の執事となって日は浅いが、それでも彼はこれ以上は無理だと悟り退室しようとする。

 

 しかし突然、ギルバートは彼を呼び止める。

 

「あーいや、ちょっと待って……客間に通していいよ。すぐに行く」

「かしこまりました」


 ギルバートの態度の急変に執事は不審に思いながらも、皇太子を追い返さずに済んだため胸を撫でおろす。


 一刻後。


 アルセウス一行を客間に通し、ギルバートの元へ戻った執事。

 しかしそこには優雅に食事を楽しむギルバートの姿があった。


「ん? あー丁度いい所に。湯を沸かしておいて」

「湯、でございますか……よろしいのですか? アルセウス殿下がお待ち――」

「湯、沸かしておいて」

「……承知いたしました」


 食後、ギルバートは湯につかった。

 すぐに行くといったにも拘らず。

 アルセウス一行を待たせたまま。


 結局ギルバートが客室に向かったのは、アルセウスたちが到着して3時間後のことだった。


 ◆


 客間に現れたギルバート。

 浴衣姿で髪すら乾かしていない。とても客を出迎える姿ではない。


「やぁ申し訳ない。仕事が立て込んでいたもので」


 さらに、第一声がこれだ。

 ふてぶてしい態度に、アルセウスの後ろに控えるヨナムとサナトスは僅かに眉をひそめる。


 仕事ではないのは明らか。だが、それを隠そうともしない。

 それはすなわち、皇太子一行を舐めているということ。


 だが、アルセウスは動揺することなく、出された菓子を摘まみながら言う。


「こっちこそ、連絡もなしに失礼した」


 その対応に、ギルバートは僅かに驚いた表情を見せる。

 それを、アルセウスは見逃さなかった。


「そんな意外そうな顔すんなよ叔父上。俺だって噛み付く相手ぐらい選ぶ」


 手に取った菓子を口に放り込み、ギルバートをチラリと見るアルセウス。

 対するギルバートは終始笑顔のままだが、明らかに面白くなさそうにソファーに腰を下ろした。

 

「はは、噂というのは当てにならないね。『狂犬』だって聞いたのに、存外肝っ玉は小さい」

「あぁ? 殴って欲しかったのか? 叔父上に被虐嗜好があったとは知らなかった。次からはそうさせてもらおう」

「あはは、可愛い甥がじゃれ合ってくれるのは大歓迎だけどねぇ。生憎と僕の護衛はおっかいから。ねぇ? アントン」

「ご命令とあらば」


 ギルバートの背後に立つ大男が僅かに闘気を放つ。

 アルセウスを威圧するように。


 それに対して、サナトスも抑えていた魔力を開放し、男を睨みつける。


 その時間、僅か一瞬。

 だが、館が揺れらすほどの力の波動が走る。


 だが、ギルバートとアルセウスは表情を変えない。


「おいおい、イチャつくなよ。? 火遊びもほどほどにな」

「っ!!」


 アルセウスの煽りに、アントンと呼ばれた男は殺気をむき出しにする。

 応じるようにサナトスは臨戦態勢に入るが――


「アントン」

「……失礼いたしました」


 ギルバートの一言ですぐさま場は静まり返る。

 サナトス、アントン両者の魔力を一瞬で自身の魔力で上書きしたのだ。


 宰相にしてはあまりに実力が卓越しすぎている。

 後ろの護衛よりも、本人の方が強いかもしれないほど。

 

「はは、切れ味が鋭くて嫌いじゃない。兄上との会話を思い出すよ……」


 懐かしそうにギルバートは呟く。

 ここへ来て、初めてギルバートは本心を見せたとアルセウスは感じていた。


 だが、それは今は関係ない。

 

「思い出にふけってるところ悪いが、そろそろ俺の話も聞いてもらおう」

「……大体想像つくけど、まあいいよ。言ってごらん」

「すかした態度は気に入らねぇな。何でもかんでも予想通りに行くと思うなよ、叔父上」


 一拍を置き、アルセウスは本題を切り出した。


「俺の下につけ。ギルバート・ノーヴァ」

「まあ……概ね予想通りかな。竜域に行きたくないって泣きつくか、僕を取り込もうとするかの二択だったからね。まあ、言い方は随分と偉そうだけど――」

「っ!?」


 アルセウスの言葉に、ギルバートは一瞬動揺を見せた。

 僅かな間だが、言葉が途中で途切れてしまった。

 ギルバートにとっては大きな失態である。

 

 本当ならこのような失態を犯す人間ではないが、目の前にいるのは現皇帝の子であり、次期皇帝だ。


 どういうつもりでその言葉を吐いたのか。

 好奇心を駆り立てられるギルバートだが、それ以上に身の危険を感じた。


「興味はない。帰りなさい」

「おいおい、話も聞かずにいいのかよ」

「話すことはもうない」

「随分と余裕がなくなってきたな、叔父上。そういう顔が見たかったぜ」

「……カマをかけたのかい?」

「いんや、本気だ」

「……どういうつもりで?」

「別に、叔父上を嵌めようとしたわけじゃねぇ。ただ、俺が本気だってのを伝えたかっただけだ」


 アルセウスの態度に、ギルバートは不機嫌さを隠そうともしなかった。


「話を聞こうじゃないか」

「っは、そう来なくちゃ」 


 両者座りなおし、相対する。

 

 歴史にも記録にも残らない。

 だが、世界の運命を変えるほど重大な対談が、今始まる。

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御伽と大樹のエトランゼ~《竜殺しの反逆者と斜陽の帝国》~ 鴉真似 @NZ496

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